かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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最終章/抗う者達
混迷の世界


 

 【月神シズルナリカ】によって【真なるバベル】は乗っ取られた。

 

 無論、言うまでもなくその影響はイスラリアの方舟全てに影響を及ぼす。特に【太陽の結界】への影響は計り知れない。その多くが揺らぎ、銀竜達への影響を余儀なくされた。

 

 竜や魔物達に対抗するための最大の守りが失われ、人類は為す術なく――――

 

「まさか、本当に使うことになるとは、ですね」

「備えあればというが、本当にまさかだ。歴代当主の執念勝ちだな、これは」

 

 ――――やられる、と言うこともなく、その瀬戸際にて踏ん張っていた。

 

 【大罪都市ラスト】の地下空間にて、レイライン一族の長代行のダーナンと、その補佐役ボロンの二人は並び立ち、そこに刻まれていた巨大なる白王陣を起動させていた。

 かつて白の魔女から継承され、脈々と受け継がれてきた人々を守るための守りの力。時代と共に役割を失い忘れ去られてもなお、歴代レイライン当主が執念といってもいい思いを込めながら維持し続けたそれが、輝きを放っていた。

 

 その輝きは大罪都市ラストのみならず、その周辺の衛星国に至るまで連なり、そこから更にその光を伸ばしていく。薄れ欠けた太陽の結界を助けるようにして、目映い白の結界が、方舟を覆い尽くす勢いだった。

 

 すさまじい力だった。このような窮地にならなければ全く意味の無い力だった。全てが無為に帰す。その可能性を理解していながらもそれを承知で、何年も、何十年も何百年も、何世代にもわたって注ぎ込みつづけた力が花開いていた。

 

「リーネには謝っておいた方が良いかな」

 

 ボロンは小さく、苦笑する。歴代のレイライン当主達の努力を「固執の類い」と断じて、切り捨てようとしていたのはボロンだ。しかし今、結果論かも知れないが、その判断が誤りであったことを思い知らされた。

 

「多分、感謝した方があの子は喜ぶよ」

 

 ダーナンは小さく笑う。

 彼女が旅に出てから、定期的にリーネからの手紙は届いていた。それまで、彼女の内面にあまり触れることが出来ていなかったが、手紙の中の彼女は思った以上に饒舌だった。かなり、いやとてつもなくエキセントリックな旅を続けているようだが、その中でも家族への気遣いや、仲間達に対する信頼、そして家族から受け継いだものに対する誇らしさが語られていた。

 彼女は表情に出ないだけで随分とわかりやすい子だった。

 近くにいるとき、そういう彼女の内面を理解してやれなかった事、それが自分の手元から離れてしまった後にわかったことは少し悔しかったが、それでも彼女がのびのびとやれている事がうれしかった。

 

 しかし今、そんな彼の心中など知ったことかというように、世界は大変なことになってしまった。この地下空間にも聞こえてくる地響き、戦闘音を耳にしながら、ダーナンは目を細める。

 

「……どうなるんだろうね、これから」

 

 白王陣の力は、太陽の結界のように無尽蔵ではないし、やはり結界をも侵入してくる銀竜達の侵攻を完全に抑えるには至らない。厳しい状況は続くだろう。あるいは本当にこのまま世界が終わってしまうかも知れない。

 家族達には大丈夫だと言い聞かせたが、やはりどうしても不安だった。

 

「わからぬよ。わからないが……うむ」

 

 ボロンもそれは同じだったのだろう。苦々しい表情を一瞬浮かべ、そして首を横に振る。

 

「――――諦めるのは嫌だな。我が一族の復興はここからなのだから」

「おじさん」

「抗おうとも。でなければ、無為であるとしてもと、これを刻み続けた歴代当主に笑われてしまうよ」

 

 ダーナンは足下を見る。血が滲むほど、地下空間が削り取られるほどの力強さで刻まれた白王陣が光り輝きながら、その上に立つダーナンを見つめていた。

 発破をかけられている、というよりも睨み付けられているかのような感覚に陥って、ダーナンは苦笑した。それはあのとき、当主の座を奪い取ったリーネの瞳そっくりだった。

 

「そうだね、負けてはいられないな」

 

 彼はうなずき、今なお力を広げ続ける白王陣の制御に集中した。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「っきゃあああー!!?」

「いや!いやあ!!」

 

 大罪都市国グラドルの神殿は混沌のただ中にあった。

 太陽の結界が揺らぎ、竜達が侵入し暴れ回る。その地獄のような光景は、グラドルにとって二度目だ。一度目は神官達がおぞましい粘魔の竜となって暴れ回った。そして今回の二度目、しかし慣れるという事はあり得なかった。当たり前だが、彼らにとって二度と起こってほしくないトラウマに等しい。

 ソレが再び、情け容赦なく起こったのだ。パニックは必然だ。

 

「た、助け―――」

 

 神官を助けるべき従者達も泣きわめきながら逃げ回るばかりだ。しかし、そんな中にも、

 

「落ち着きなさい、あんたら!!!」

 

 力強く一喝し、混沌を鎮めようとする者もいた。

 従者ミミココはその小さな手で壁を殴りつけて、慌てふためいて泣きわめく従者達を落ち着かせた。手がものすごく痛かったのでちょっと泣きそうになるのを我慢した。

 

「魔物が入ってきた時の避難マニュアルあったでしょう!慌ててどうするの!」

 

 そう、こういうときのマニュアルは用意されていたのだ。

 先の騒動が起こったとき、同じような事態が起こらないとは限らないとラクレツィア様が先回りして用意したものだ。大罪都市プラウディアから用意を促された避難所(シェルター)への避難路や、そこにたどり着くまでの手順など、事細かに書かれたものが全ての従者達に渡されている。

 勿論ミミココも読んだ(正直寝落ちしかけそうになるくらい超つまんない内容だったけど)。こいつらもソレは読むのが義務だったはずなの、だが、

 

「…………」

「……あった……っけ?」

「知らない……」

 

 ダメだった。

 

「ちゃんと読んでなさいよ、もー!!こっち!!」

 

 ミミココはぶち切れながら従者達を先導し、移動を開始する。

 あちこちで戦える神官達が侵入してきた銀竜達を迎撃している。よく見れば決して、もうどうしようも無い状況ではないのだ。ラクレツィア様が準備をたくさんしてきたのだからきっと大丈夫!と、ミミココは自分に言い聞かせながら背後の従者達に発破をかける。

 

「あと少しで―――っ!?」

『――――――――AAA』

 

 だが不意に、上空から出現した銀竜にミミココは体を強張らせた。それでも泣きそうになりながらも背後の従者達をかばおうとしたのは反射だった。だけど、そんなことをせずに逃げれば良かったと後悔した。

 ああ、どうせならお母さん達に会いたかった。そう思いながらミミココは観念するように目を閉じた――――が、

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。目を開けて顔を上げると、“新人”がいつもの笑みを浮かべながらこちらをのぞき込んでいた。

 

「あ、あれ?新人?竜は?」

「あっちに」

 

 そう言って彼は指さすと、自分に襲いかかろうとしていた筈の銀竜が、そのすぐ隣の中庭に墜落していた。顔面から中庭の噴水に突っ込んで、なかなか悲惨な事になってる。

 

「目算を誤って墜落したみたいですね」

「……あれえ、本当?ラッキー!」

 

 本当にラッキーだった。ミミココは幸運に感謝した。きっと日頃、【運命の精霊フォーチューン】様にお祈りしていたのが功を奏したに違いない(祈りの内容は今日の配食はデザートプリンが良いですとかそんなのだったけど)。

 

「……いや、今、なんか、足で蹴っ飛ばし……」

 

 背後で従者達が何やらぶつぶつと言っているが、ミミココは気にならなかった。それよりも、新人の背後に目がいった。

 

「ミミココ」

「ラクレツィア様!」

 

 ラクレツィア様が新人に先導されてやってきた。ミミココは驚き、喜び、咄嗟に彼女に抱きついた。いけない無礼だったかも、と思ったがラクレツィアはそのままミミココの頭をなでてくれて、うれしかった。

 だけど、喜んでもいられない。ミミココはすぐに顔を上げた。

 

「一緒に逃げましょう!」

 

 しかし、ラクレツィアはすぐに険しい表情になり、首を横に振った。

 

「貴女は逃げなさい。私はまだ、神官達の指揮を執らねばならないから」

「でも!」

「さあ、早く。戦えない者は皆、この先の避難所(シェルター)へ。そして神官の皆へ、無事と安全を祈るのです」

 

 その言葉に従って、ミミココについてきていた従者達は次々と避難所へと逃げていく。しかし、当のミミココだけは、その場に踏み止まり続けた。

 

「ミミココ?」

「……ラクレツィア様、仕事はできるけどお部屋のお片付けとか全然じゃないですか!」

 

 そしてぶち切れた。んもー!!と雄叫びを上げる。銀竜達を迎撃していた神官達は新手の魔物でも出たのかとぎょっとした表情でこちらを見てきたが気にしない。ミミココは振り返り、新人に向かってガッツポーズをとった。

 

「執務室に行くぞ-!!新人!!!どうせ部屋も散らかり放題なんだから!!!」

「はい、先輩」

 

 そう言って、ミミココはラクレツィア様の仕事場に直進し、腕まくりする。絶対に絶対に絶対に荒れ放題だ。徹底的に片付けてやる!かつて無いほどの労働意欲をオーラのようにまといながら、ミミココは突撃する。

 

「…………」

「新人従者が今の仕事だ」

「…………わかったわよ」

 

 ミミココの背後の二人のやりとりは、彼女には聞こえることは無かった。

 

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