かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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混迷の世界③ 弱い者虐め

 

 大罪都市グリードもまた、状況は混沌としていた。

 【太陽の結界】の揺らぎ、バベル崩壊の兆しに対する動揺は比較的、少なかった。特に迷宮の出現と魔物の襲撃が多かったグリード領では、太陽の結界の存在を信頼しても、依存する事は無かった。予期せぬ魔物達の襲撃、都市の危機に対して対応できるだけの能力が備わっていた。

 

「北東部から魔物襲来、撃ち落としなさい!!!」

 

 とはいえ、それでも方舟そのものが崩壊するような危機、迷宮から湧き出る無尽蔵の魔物達に銀竜、その全てに対応するのが困難なのは間違いなかった。

 何せ冒険者ギルドの受付嬢すら、戦いに出ねばならないほどなのだから。

 

「先輩!!これって受付嬢の仕事なんですかぁ?!」

「そうよ!」

「言い切った!」

 

 後輩が泣き言と悲鳴を上げながら、ギルドの保管庫に保管されていた中古の鈍器(元の持ち主のものだと思われる血がべったり)を振り回して魔物を叩き潰す横で、ロッズは叫ぶ。

 

「ギルドにやってくる不埒者を追い返すのも、私たちの仕事、よ!!」

 

 不埒者なのは間違いない。まず人語を使わない。受付の列を守らない。周囲を汚すし建物は破壊するし、挙げ句の果てにこっちを殺そうとしてくる。

 ギルドの受付として、なんとしてもご退場願わねばならない。

 

「私、有給、とって、良いですかぁ!?」

「そんなものは、ない!」

「ひぃん!!」

 

 そんな素晴らしいものがあるのなら、とっくの昔にロッズが使っている。冒険者ギルドの受付に正当な福利厚生なんてものを期待することの方が間違っている。国に仕えるというのは決して楽では無いのだ。

 

『GRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR!!!』

 

 だが、どれほど冒険者ギルドの受付が何でも出来るスーパーウーマンであったとしても、出来る事に限りはある。魔物達の一部が揺らいだ太陽の結界を突き破り、直進してきた。中型か、大型の魔物達。対処不能なその数に、ロッズは自分が挽肉になることを覚悟した。

 

「【断牙】」

「【鉄砕】」

 

 しかしその直後、空から二つの影が飛び降りて、都市国の中に侵入してきた魔物達を叩き潰した。暴力的だが、あまりにも頼もしいその姿をロッズは勿論知っている。

 

「コーダルさん!ジーロウさん!」

 

 鉄砕のコーダルと冒険者ギルドのギルド長ジーロウだった。銀級の冒険者の二人が姿を見せた瞬間、周囲の冒険者達は沸き立った。まさしく英雄の姿だった。更に二人の後に続いて冒険者達が更にやってくる。その先陣を切っているのは、

 

「大丈夫ですか!ロッズさん!」

「ハロル!あなた迷宮は!?」

「大体始末したので戻ってきました!また後で行きます!」

 

 元気一杯のハロルの返事に「若い……」と声が出そうになった。老いを感じている場合ではない。まだまだ魔物の数は数えきれぬほど居るのだ。

 

「諸君!抗え!!」

 

 コーダルは拳を振り上げて、鼓舞する。それだけで一瞬崩れそうになっていた戦線が再び持ち直した。二人に続いて増援もやってきていた。危なかったと、ロッズは倒れ込みそうになると、それをいつの間にか隣に来ていたジーロウが支えた。

 

「全く、引退なんてしていられんな」

「すみません、助かりました」

「よくぞ持ちこたえてくれた」

 

 ロッズの感謝にジーロウは小さく微笑みうなずく。本当にイケメンなおじさまだった。今でもギルド職員の女性陣から人気なのもよくわかる。彼よりも高い地位になりながら「あいつはなあ……」みたいな顔をされる無精髭の男とは大違いだ。

 

「全く、あのサボり魔は何してんだか……!」

 

 ロッズは叫びながらも、再び魔術を放ち、不埒な来客を迎撃するギルド受付としての仕事に従事した。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 方舟イスラリア全土が凄まじい騒動に襲われているまさにその頃。

 

 その外、魔界でもまた、異常な事態に包まれていた。

 

「禁忌生物大量に出現!!」

「対処間に合いません!!!」

「Ω種も大量に……!!どうすることも出来ないです!!」

 

 白銀の竜はイスラリア大陸をこの世界に現出させた。とうとう、あのどうあがこうともたどり着くことすら困難極まった忌まわしい方舟を地上に引きずり出すことには成功した。

 しかしその結果予想だにしない、そして至極当然の事態が発生した。

 それまで“どこにでもあってどこにも存在しない”という奇妙な状態にあった方舟が地上に現れた。それもJ地区のすぐそばに。そしてそれは、世界中に分散していた【涙】が一カ所に集中するという異常事態を引き起こした。

 しかも、その【涙】はイスラリア人の悪感情であるならば、方舟が危機に陥ると同時にその排出量が増えるのは道理だ。そこから出現する禁忌生物の量は爆発的に増え、それらがJ地区のドームに一斉に襲いかかった。

 

「どうして、こうなる……!!」

 

 紛れもない未曾有の危機に、Jー04ドーム代表のモリクニは歯を食いしばった。

 

 どうしてこうなるか?口にはしたが、勿論彼には分かっている。

 

 J地区を、わずかに残された自分たちの居場所を守るために、長命手術まで受け入れて、死に物狂いで戦い続けてきた男だ。どれだけ不平不満を告げられても、戦い続けてきた男だ。それくらいのこと、分かっている。

 

 これは投げつけた呪いが、返ってきている。それだけのことなのだ。

 

 至極当然の末路が、とてつもなくわかりやすく返ってきている。それだけだ。そして、だからこそモリクニにはそれに抗う気力がわいてこなかった。何せおそらく、彼は最も方舟に対する呪いと怨嗟をため込み続けてきたのだから。

 ドームを守る。なんとしても守り抜く。

 その信条で戦い続ける以上、否応なく方舟は敵となる。呪いをこぼし続け、住む場所を、食料を、資源を損ない続ける忌々しい方舟に対するおぞましい黒い太陽と向き合い続けなければならなくなる。その過程で、自分の内側に方舟への憎悪が蓄積するのは必然だった。

 あるいは年老いて、寿命が来ればそこからも解放されるのかも知れないが、ソレすらも許されない。彼は地獄の中にいた。ずっと地獄で戦い続けて、そして弱り果てた。

 

 だから、自分の呪いが返ってきているという事実に向き合うことが出来なかった。

 

「代表!しっかりしてください!!」

「うるさい……」

 

 全ての気力を奪われ、執務室でうなだれるモリクニを秘書官が揺する。それをうっとうしいと払いのけようとするが、彼女はやめなかった。

 

「貴方には出来ることがあります!!諦めないでください!!」

「お前に何が……!俺の……!これまでの……!」

 

 人生が!呪いが!疲れが!!!

 そう叫ぼうとしたが、秘書官が手に取ってこちらに突きつけてきたのは小型の端末だった。何だ、と言おうとしたが、映像が映し出されていた。

 

《自警部隊の連中を支援しろ!!彼らの頑張りを無駄にするな!》

《皆、落ち着いて!食料は避難所に十分ある!品質もバッチリだから安心してよ!》

《女子供を優先して逃がせ!急げ!!》

 

「貴方が守ろうとした人々です!私たちが守らねばならない人々はまだ戦っています!」

 

 秘書官がみっともなく叫ぶ。そしてそのまま端末を投げつけて、その両手でモリクニの肩を揺さぶった。

 

「代表!全ての指揮を執れるのは貴方だけなんです!!くじけないでください!」

 

 勝手なことをぬかすな。

 陳腐な情で訴えようとするな。

 疲れたんだ。頼むから休ませてくれ。

 

 ありとあらゆる言葉がモリクニの内側からあふれた。その全てを目の前の秘書にたたきつけようと彼は大きく口を開き、そして叫んだ。

 

「各エリアの代表と、自警部隊と連絡を取れ……!」

 

 呪いと失意と老いと疲労、その全てに苛まれてなお、彼の魂には未だに一縷の炎がともっていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 Jー04地区ドーム外周は地獄の様相となっていた。

 

「どうすれば、良いんだよ……!」

「こんなの無理だ!」

 

 自警部隊の者達は膝をつき、絶望に打ちのめされている。彼らの周囲には無数の禁忌生物たちの死体がある。これまで彼らが経験したことの無いようなほどの数の禁忌生物たちが散らばって、ブスブスと溶けていく。

 

『AAAAAAAAAA…………』

 

 そして、彼らの目の前には、その数を圧倒的に上回る量の、黒ずんだ禁忌生物たちがあふれかえっていた。最早ソレは黒い津波のようだった。山のように見えるΩ種すらみえる。その一体ですら勝てないのに、それが波のように押し寄せてきて、戦う気力を保てという方が無茶だった。

 

「報いだろうさ」

 

 ぽつりと誰かが言った。

 

「報い……」

「俺たちもあいつらを、苦しめたんだろう」

 

 先に起こったJー04地区の騒動を彼も聞いていた。自分たちが被害者づら出来るような立場では無いことを思い知らされた。だとするならば、こんな風になるだけの道理は確かに存在していた。

 

「だったら、だったらしょうがねえってえ!?」

「簡単に、諦めてんじゃあないわよ……!」

 

 が、しかし、その弱音を吐き出した男の隣で、同僚が拳を振り上げ顔面を殴りつける。メットをかぶってるせいで表情はわかりにくかったが、その声と拳は震え、激情が満ち満ちていた。

 

「そりゃそうかもしれねえけど!!私たちは私たちで、知らずにやらかしてたのかもしれないけど!でもこっちだって楽した訳じゃない!」

 

 別にこっちだって、あぐらをかきながら、あいつらのせいだあいつらのせいだとわめいていた訳じゃない。確かにあんな子供に当たったのはみっともなかったけれども、機会があれば謝るけども!それでも、そう言いたくなるくらいの苦労は山ほどあったのだ!

 

「そうだよ……!それにさあ……!」

 

 また一人、立ち上がる。迫る禁忌生物たちを打ち抜きながら、彼は叫ぶ。

 

「赤ん坊生まれたばかりみたいな母親が!つまんねえ勉強ずっと頑張ってたようなチビが!老い先短いからって避難所(シェルター)の椅子譲って、外で震えてるようなジジイやババアが!」

 

 また一人、一人と立ち上がり、銃を構える。無論、あふれかえりながら迫り来る【禁忌生物】を押し返すことまでは出来やしない。まもなく眼前まで迫ろうとして、それでも彼らは戦うことはやめなかった。

 

「こんな風に死んで良いわけじゃ!ないだろうが!!」

『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!』

 

 叫ぶ。だが、その声も禁忌生物の呪わしい咆吼にかき消され、彼らの体は呪いによって押しつぶされ―――

 

「【紅蓮拳】」

 

 ―――は、しなかった。

 

 空から炎が――――否、隕石が墜ちてきた。

 まるで黒い津波の如く押し寄せてきていた禁忌生物たちに隕石は次々と直撃し、それらは爆発し燃え広がる。あれほどまでに絶望的だった光景が、次の瞬間には灼熱の炎へと変わった。

 

「は…………!?」

「よう、同類ども」

 

 そしてその炎の海から、ボサボサの髪に無精髭が姿を現した。先の騒動で自警部隊全員を無力感にたたきのめした大男、グレンは、自警部隊に背を向けて、禁忌生物たちと対峙するように立っている。

 

 その背に居る自警部隊を、ドームを、家族の仇を護るように。

 

「な、なんで……?」

「加害者同士、仲良くしようぜって言ったろうが」

 

 理由なんてその程度だ、とでも言うように彼は鼻で笑う。

 そして未だ目の前から迫る禁忌生物たちへと拳を構えた。どれほど方舟の魔物達と比べて貧弱であろうとも、方舟から溢れる廃棄物はとどまることは知らない。一度二度、焼き払ったところでとどまることはなかった。

 

「良いねワラワラと、うれしいぜ」

《グレン、聞こえてる?》

「ああ」

《伝えたとおり、魔力は少ない。魔力補給薬は十分に渡したけど、それも十分じゃ無い。下手な魔術連発したら、すぐに枯渇するし、使える魔術も限られる》

「安心しろ」

 

 炎が巻き起こり、地面が揺れ動き、岩石が浮遊する。自在に天変地異を引き起こしながら、皮肉めいた笑みをグレンは浮かべる。

 

「弱い者虐めは得意中の得意だ」

 

 そして彼は家族の仇を救うため、拳に紅蓮纏わせ、禁忌を打った。

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