かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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急転

 

「推測するに、召喚に成功したことに術者が気づかず、無駄骨を折ってた、とかかな。全く、運が良いんだか悪いんだか…」

 

 その生物は、子供という事はわかった。

 小さな手足、小柄な身体、大きな頭。それがどういう生物なのかはわからないが、身体が完成していないアンバランスさを抱えている。ヒトの赤子にどこか似ていた。

 だが、そこに愛らしさは微塵も感じない。歪で、不気味で、おぞましい。胸の奥底から湧き上がってくるのはただひたすら嫌悪感しかなかった。

 

 生物としての本能が拒絶していた。これを愛しく思ってはいけないと。

 

『ぐげ』

 

 その、頭部を真っ二つにするような大きな口から、舌がこぼれる、不気味な蛇のような舌。一体どこに収まっていたのだろうと思うほどの巨大な舌が地面に零れ落ちて、

 

『ぐげ』

 

 次の瞬間、舌が部屋を、空間を、薙ぎ払った。

 

「っ!?」

「盾」

《んにぃー!!》

 

 轟音が部屋に木霊する。

 何が起きたのか、ローズには何も見えなかった。ただ、ディズの紅の鎧の手先が盾のような形状に変化していた。凄い力を受け止めたのか激しく震動していた。

 同時に、部屋の中の半分近くの物が“消えて”いた。散らばっていた幾つもの魔具も、魔石も、バラバラになっていた死霊術師の死体すらもゴッソリと。

 

「【暴食】の配下か、面倒だな」

 

 ディズがつぶやく視線の先、不気味な生物はその肥大した頭を更に大きく膨らませて、もごもごと蠢かせていた。頭だけ不定形の粘魔(スライム)のようになっていて、不気味だった。

 

「なに、してるの……」

「食ってるんだよ。魔石と、あと死霊術師の死体を」

 

 は?と聞きなおそうとした瞬間、小さな生物は動きを止めた。そしてかぱっと口を大きく開いた。そしてその口の中に、一見して魔石のような輝く赤黒い石が存在していた。

 血管のようなものが浮き出て、脈を打っている。まるで心臓のようだった。

 

「あれは……?」

「“元、死霊術師”【熱光】」

 

 次々と変わる状況をローズが飲み込む間は一切なかった。

 ディズは指をピッと指さした。その先から強力な閃光が放たれた。それは奇妙な生物の頭を貫き、更にその奥の壁を貫通し破壊した。闇夜に一条の閃光が流れ星のように奔った。

 

 だが、

 

『ぐげ』

 

 閃光を喰らってなお、奇妙な生物は生きていた。口内の赤黒い魔石を咥えたまま、首を傾げるようにして若干焦げ付いた頭を未熟な足先で掻き、

 

『ぷぺ』

 

 ぺっと、魔石を吐き出した。砦の窓から外へと、

 

「鞭」

《あい》

『ぐっげげ』

 

 再び、瞬間の交差が起こる。

 ディズが握っていた盾が、今度は鞭のようにしなり、吐き出された魔石のようなものを打ち砕かんと伸びた。だが、その直前、蛇のような舌がディズの鞭を弾き、妨害する。

 

 そしてその隙に、魔石は窓から指令室の外に飛び出していった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 カナンの砦の中でも最も薄暗く狭い牢獄。

 盗賊たちが奴隷のように扱っていた人質達の牢獄に出来た、迷宮へと続く穴の底にて。

 

「……うぐ、ぐが」

 

 盗賊たちのボスだったガダは呻くようにして“起き上がった”。

 頭が痛い。そして意識がぼんやりする。意識を失う前に何があったのか、はっきりと思い出せずに、ただ不愉快な後頭部の痛みに彼は頭をしかめた。そしてこうなった原因となる侵入者たちを思い出し、腸を煮えくり返らせた。

 

「クソ…あの、あの餓鬼ども、見つけ出して殺してやる……!」

 

 いや、殺すだけでは飽き足らない。徹底的にいたぶり犯し苦しめた後に奴隷のように虐め殺してやる。死んだ後の死体は死霊術師に玩具にさせてやる。

 真っ黒な情念に突き動かされながら、彼はふらふらとなりながら、穴の上を見上げる。既に人質たちもあの侵入者も去った後なのだろう。既に他の人間の気配はなかった。

 

 “殺さなかったことを”後悔させてやる。

 

 そう思いながら、何とか穴のとっかかりを掴みながら、穴を登っていく。いったいどうやって掘り返された穴なのか、ゴッソリと掘り返され、迷宮の壁伝いに昇るのは中々困難だった。

 悪戦苦闘している間に、他の仲間たちも背後からゾロゾロとやってきた。まんまと全員この穴に突き落とされたらしい。間抜けどもめ、とガダは自分の事を棚に上げ、仲間たちを罵った。

 

「おい、てめえらチンタラしてんじゃねえ!ここを出てあのガキどもを探すぞ!!」

『……が、ぐが、ボ、ボボ、ボズ、あのガキ、がが』

 

 ガダの憤激に対して、彼の仲間たちの返事は淀んでいた。奇妙な、言葉にもならないような声をあげながら、のそのそとした動きでガダの壁登りに追従する。

 

「おお、“そうだとも!ようやくまともな事言うようになってきたじゃねえか馬鹿共!”」

 

 ところが、だ。ガダは仲間たちのうめき声などまるで聞こえていないように、それどころか何故か嬉しそうにしながら、“のそのそとした動きで”壁を登っていく。

 

『が、……ぐげ、ごろ、ごろ、ごろず、ごろ、ごろず、GOGOGOGOGOAAA』

「そうだ!見ていやがれあのガキどもが!絶対に嬲り殺しにしてやる!あの坊主の生首晒しながらあの女をぶち犯してそのまま殺す!!」

『AA……あAAAAAAAAAAA』

「あの死霊術師だって覚悟しろ!あいつがそもそもあんな真似しなけりゃ…!ハハ!!」

『AAaaaaaaaaaAAAAA……ァAAAAA……!!!』

「ハハハハハ!!AHHAHAHAHAHAHA!!!!』

 

 “頭蓋の半分が内側にめり込んだガダ”は、嗤いながら、仲間たちと共にズルズルと、侵入者たちを追いつめるべく穴の中から這い出ようとしていた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 カナンの砦、中庭

 

「………?」

 

 真っ先に異変に気付いたのはシズクだった。

 

 盗賊たちの大半をひとまとめにして殴殺し、人質たちを解放した。結界を使い死霊兵の眼から逃れながら、外への誘導を開始していた。敵の陽動、混乱作戦は既に完了していた。盗賊の戦力も大幅に削り、人質を救出した。これ以上の目立つ行動は無意味だ。後は速やかに退散をするのみだ。

 盗賊たちの完全な殲滅はアルトの騎士団に任せればよい。盗賊討伐の名声はウル

達も惜しいと言えば惜しいが、人質を危機に晒して得られる名声などたかが知れている。

 

 故に迷わず、人質達を安全な場所へ誘導する、その途中だった。

 

「シズク?」

 

 大きく崩壊したカナンの砦の中庭に移動している最中、シズクがピタリと足を止めたのだ。そしてじっと、中庭から見上げるように建っている司令塔を見つめる。

 

 どうしたのだ、と声を再びかけようとすると、その前に、

 

「ウル様」

 

 シズクは振り返り、駆け寄り耳元に口を寄せ、小さな声でつぶやいた。

 

「大変です」

 

 その言葉に、ウルは嫌な予感がした。

 

「なに、アレ」

 

 人質の女が一人、戸惑うような声をあげた。自然とウルもそちらに視線が向かう。司令塔の頂上付近から、何かが飛び出した。この闇夜の空にもわかるくらいに不気味に輝く赤黒い石。魔石のようにも見えるし、心臓のようにも見えた。

 飛び出してきた“ソレ”はそのまま落下することもなく、空中で速度を落とし、その場にとどまり浮遊する。そして、まさしく心臓のように脈を打った。

 

「なんだ?」

 

 ドクンという大きな音が辺り一帯に響く。砦を取り巻く結界中に木霊するようだった。異常な事態が起こっている。ウルとシズクは連れ出した人質たちを両端からかばうように周囲を警戒した。

 

『『『KAKAKAKAKKAKAKAKAKAKAKAKA!!!!!!』』』

 

 間もなくして、その警戒が正しかったことが示された。

 

 中庭の幾つかの出入り口、そして崩れた瓦礫から死霊兵たちが突如、あふれかえるようにして出現した。十や二十ではきかない量の骨、骨、骨、いったいどこに潜んでいたのだろう。島喰亀や、砦の中で見掛けた数とは比べ物にならない規模の死霊兵が出現した。

 

「ヒ…!」

「静かに」

 

 不可視の結界の中で驚く人質たちの声をシズクが抑える。シズクの結界は視界のみならず、音や魔力すらも遮断する。少なくとも。死霊兵どもの目には止まることはないはずだ。それは既に先の奴隷部屋の不意打ちが成功したことで証明された。

 故に、息をひそめ、中庭の隅で様子を窺う。人質を連れての突破は到底不可能な数の死霊兵が集まっている。やり過ごし、上手くこの場から離れるしかない。そのためにも隙を窺わなければ―――

 

「う、うわああああああ!!」

「あれは……」

 

 死霊兵たちとは別方向から、盗賊たちが姿を現す。先ほどまで怒りの形相で、此方を追いかけていた彼らは、今は恐怖に顔を歪めて逃げ惑う。

 

「ど、どうしたんだお前ら!や、やめぎゃあああ!!!!」

 

 正確に言えば“盗賊たちだったもの”から。

 

『GAAAAAAAAAAA……AAAAA!!』

 

 仲間たちの首を食いちぎり、血を啜りうめく盗賊“だった”ものたち。

 頭に岩石をめりこませながら、あるいは首をあらぬ方向にへし折りながら、死霊兵たちに混じりながらずるずると中庭の中央へと歩いていく盗賊たち。その目は白く濁り、そして傷口は真っ黒になって一滴も血がこぼれ落ちてこない。

 

 そういう特異な体質のヒトでないというのなら、間違いなく彼らもまた死んでいる。

 

 “死霊兵”だ。しかし、ウル達が彼らを殺して時間も経っていない。にも拘らずその短い間に彼らの死体を死霊術師が利用した?そんな暇はないはずだ。で、あれば

 

「予想通りどの程度の割合かは知らないが、もともと“死んでたな連中”」

 

 事前の予想はついていた。故に驚きはない。死霊兵たちの観察をウルはつづけた。突如としてこの中庭に集った彼ら。ウル達を見つけたのではないとするなら、やはり原因はあの天に浮かぶ“赤黒い魔石”だろう。

 

『KAKAKAKAKAKAKAKAKAKA!!』

『OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!』

 

 死霊兵、そして蘇死体(リビングデッド)、彼らは瞬く間に集まり、積み重なるようにしてどんどんと天高くにある魔石へと群がり、そしてあっという間に一塊になってしまった。すでに赤い魔石の姿は見えない。脈動と共に放たれる不気味な光だけが定期的に周囲に迸った。

 状況は、まったくの不明。だが、死霊兵達がこっちに敵意を向けていない事だけは確かだ。ウルはシズクに目くばせし、結界の中にいる十人くらいの人質たちに潜めつつ声をかける。

 

「皆、今のうちに移動する。ついてきてくれ」

 

 結界の術師であるシズクを先頭にし、全員がぞろぞろと移動していく。最後尾にはウルが警備にあたる。と、人質たちの最後列、先ほどウルと話していた年老いた男が立ち止まっていた。

 

「どうかしたか?早く先に」

「彼らは何をしているのかわかるかの?」

 

 男はウルの方を見ず、死霊兵たちと、そして天で脈動する魔石を注視している。

 

「彼らはのう、崇めているのだ。新たな主を』

「―――」

 

 そして男は、ぐりんと首をウルへと回し、そしていつのまにか握っていた大剣をウルへと振り下ろした。

 

 


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