かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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報酬

 螺旋図書館にて。

 

「なんとかたどり着いた、か!」

 

 七天が一人、グロンゾンは幾人ものけが人達を背負いながら、なんとか避難所(シェルター)前までたどり着いていた。

 あの時、まんまとシズクにしてやられ、バベルを乗っ取られたあと、グロンゾン達は激変したバベルの塔内で取り残されていた。幸いにして現時点においては、バベル内部で通常の迷宮のように無数の魔物達が出現するような事態は起こらなかったが、いつそうなるともわからなかった。

 グロンゾンは負傷した仲間達をつれ、なんとか避難してきたのだ。

 

「流石、このあたりは無事だな……うむ」

 

 プラウディアはおろか、イスラリア中に設置された避難所(シェルター)はあのグレーレが創り出した肝いりの設備だ。最低でも1ヶ月は自活できるだけの設備を整え、迷宮の階層のように外部から隔絶した空間に存在するため外の影響も受けにくいと彼が太鼓判を押していた。

 実際そっと扉を開けると、バベルに逃げ込んできた者達の姿もあった。彼等がバベルに逃げ込んでしまったことで今の混沌とした状況に陥ったことを考えると思わないことはないでもないが、彼等に罪はない。無事であったことをグロンゾンはただ安堵した。そして部下達に向き直る。

 

「お前達はこの避難所のなかで、彼等を護れ」

 

 自分は中には入れない。グロンゾンは顔が知られすぎている。間違いなくパニックが起こってしまうという確信があった。

 彼等の混乱を鎮め、安堵させてやりたい気持ちもあるが、グロンゾンがバベルの中でやらなければならない事はまだ残っている。休んでいる暇は無かった。

 

「グロンゾン様!我々も!!」

 

 そしてそんなグロンゾンの意思を察したのか、若い部下が剣の柄を強く握り声をあげた。が、グロンゾンは即座に首を横に振る。

 

「ついてこられても邪魔だ」

 

 情け容赦なく言い捨てた。部下はショックを受けたようにうつむくが、仕方が無い。こればかりは、半端に言葉を選んでなどやれない。

 

「自分の出来ることを見誤るな。良いな。ここにいる彼等を護り、そして怪しい者がいないかの監視も行うのだ。それはお前達にしか出来ぬ事だ」

 

 グロンゾンの言葉に、部下達は顔を上げ、苦しそうにしながらも頷いた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「む……!」

 

 避難所から背を向け、螺旋図書館をグロンゾンは駆ける。だが、しばらくするとわずかに顔をしかめ、足を止めた。

 

「……全く、偉そうな説教をしたものだ」

 

 何かを発見したわけでは無かった。全身に痛みが走り、動きが鈍ったのだ。

 色欲との戦いの傷はまだ癒えず、シズクとの戦いで無茶をした。それだけやっても彼女のもくろみを防げず、そして今、身体を休めざるを得ない自分にグロンゾンは苦笑する。

 全く情けない限りだった。だが己のふがいなさ、情けなさを嘆いて絶望するのは後だ。

 そんなことをした所でこの戦況が向上するわけでもなく、誰かの命が助かったりもしない。自戒など、なすべきをなしたその後にいくらでもすればいい。

 

「今は、スーア様を救わねばな……」

 

 あの優しき御子だけは、王の忘れ形見だけは、護らねばならない。

 ディズから貸し与えられた【神拳】の反響と力の共鳴により、スーアの位置は分かっている。バベルの迷宮化による大規模な変動によって、自分と同じように螺旋図書館の地下にいるのは間違いない。

 シズクは自分ではどうにもできない。ならばせめてスーアだけでも助け出さねば――

 

「っぬ!?」

 

 だが、そう決意した次の瞬間、近くで激しい轟音が響いた。敵の襲撃かとグロンゾンは身体を起こし、視線をそちらにやると、

 

「なん……!」

「あら、グロンゾン様――――」

 

 まさかの、当のシズクがそこにいた。

 禍々しくも美しい白銀の鎧を身に纏った月女神、グロンゾンが最初に接触した時のように、死霊術によるバベルの乗っ取りに気をとられている状態でも無い、完全な戦闘形態。負の信仰により集積され立ち上る、あまりに膨大な魔力。

 即座に自分では勝てぬ事を理解した。そして向こうも同様だろう。

 

「っかあ!!」

 

 グロンゾンは即座に地面に【神拳】をたたき込み、【破邪】の壁を張る。同時に自分の周囲に不可視の力場が発生した。記憶に新しい【色欲】の力場だ。今は打ち消せているが、純粋な出力がまるで違う。グロンゾンは冷や汗をかいた。

 

「【神拳】の断片、今の間に始末……ああ」

 

 だが不思議と、圧倒的に優位である筈のシズクもまた、どこか焦れるように表情を歪めていた。彼女の意識はグロンゾンではなく、自分の背後へと向けられ、そして

 

「無理です――――ね!?」

「うん!?」

 

 次の瞬間、目にもとまらぬ速度で接近した“緋色のナニカ”にシズクは弾き飛ばされた。

 歴戦のグロンゾンの目にすらも、その速度は追い切れぬほどに速かった。だが、その緋色の獣のようなものが、シズクの身体を脚で捉え、蹴り飛ばしたのだけはハッキリ見た。

 

「ディ、ズ!?いや……!」

 

 そして、その蹴り飛ばしたナニカが、この戦場における自分たちのリーダーであることに遅れて気がつく。間違いなくそれはディズの姿だった。黄金色の鎧を身に纏った金色の少女。違う点は、その鎧や剣の至る所から緋色の光が漏れ、それが半透明の鎧のようになって彼女を覆っている点だ。

 言うまでも無く、それは異様な姿だった。だが、グロンゾンが彼女を呼び止める前に、

 

「《邪魔!!!!》」

「おおう……!」

 

 グロンゾンに向かって唸り、鬱陶しそうに吐き捨てた。

 うん、間違いなくディズであってディズではない。となるとアカネである可能性が高いが、彼女だとしても大分様子が怪しい。彼女はグロンゾンになど目もくれず、自分が蹴り飛ばしたシズクへと、その怒りを漲らせていた。

 

「【其は高め合い、宙まで――――】」

「《っがあ!!!!》」

 

 シズクが再び竜の権能を発動するよりも、緋色の獣が咆吼を放つ方が速かった。放たれた緋色の力は周囲を破壊し、砕き、シズクをたたきのめす。彼女の身につけた白銀の鎧をたたき割り、彼女自身の身体をも砕く。

 

「――――っ」

 

 たまらないというようにシズクは螺旋図書館への地下へと落下し、アカネはそれを追うように再び跳び落下した。残されたグロンゾンは結果として命拾いをしたこととなったが、勿論それを喜ぶような気持ちにはなれなかった。

 

「想像以上に、時間は無いかもしれんな……!!」

 

 事態の混沌具合は、おそらくグロンゾンが想像するよりも遙かに加速している。スーアを助け出すべく、自分の体に鞭打って、グロンゾンは駆けだした。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 プラウディア中心街にて

 

「あーあー、ひでえ」

「前もあったね、ああいうの」

 

 緋色に輝く巨大な森に囲まれた竜に浸食されたバベルの塔の前――――などといういろいろと常軌を逸しすぎて逆に冷静になるような光景の真ん前で、ウルとエクスタインは妙な懐かしさを覚えていた。

 というのも二人にとって、この【紅色の樹】を見るのは初めてではないからだ。流石にこれほど大規模でデタラメな範囲では無かったが。

 

「エンヴィーでケンカしたとき頭切ったんだよな俺。アカネがびっくりしてああなった」

「ケンカって、ヘイルダーが新型兵器持ち出してゴミ捨て場が火の海になったアレのこと言ってる?ケンカかなアレ???」

 

 ウルが懐かしがる横で、エクスタインは首をひねる。が、ケンカはケンカだ。結局その時彼女が生み出した力は、周囲の火事を消失させ、ヘイルダーが持ち出したバカみたいな兵器を瞬く間に錆び付かせて粉砕させるだけで済んだ。

 あの時は人体に影響は無かった。今回も彼女が自分の意思で引き起こしているなら、触れた人類をグズグズに崩壊させるようなヤバすぎる効果はもたらさない……筈である(可能であるかは別にして)

 

 ともあれ、詳細は直接行ってみないことにはわからない。が、

 

「というわけで、残念だけど、僕は離脱するよ」

「ウーガに戻れるか?」

「転移の巻物なくなっちゃったからねえ。まあ、無理だったら無事な避難所に潜り込むくらいは出来るさ」

「さいで」

 

 エクスタインはそう言って笑う。魔王にたたきのめされたダメージは残っているのだろうが、少なくともいますぐに死にそうにはないらしい。まあ、殺されたって死にそうに無いが、死なないならそれでいい。と、ウルは彼に背を向けようとして、

 

「ああ、そうだ。ウル」

「なんだよ」

 

 その直前に、エクスタインがにっこりと笑い。

 

「報酬の件。今のうちに言っておこうかなって」

 

 この状況下で割と俗物な事を言い出した。

 確かに彼は今回、協力する上で報酬を要求していた。全てが終わった後で良いからと懇願していた(エシェルなどは「勝手にやってきて超あつかましい!!!」とぶち切れていたが)。

 とはいえ、別にウルとてこれまでの所業は抜きにして、今回エクスタインがウル達に協力的だった点は認めない訳では無かった。実際彼が命がけで自分を助けたのは紛れもない事実だった。否定しようがない。

 

「何が望みなんだよ。俺が生き残ったらくれてやるよ」

 

 ウルがそう言うと、エクスタインは笑みを深める。

 そしてそのまま何をするかと思いきや、ウルの前で恭しく跪いた。

 

「どうか貴方に仕えさせて下さい、灰の王よ」

 

 そして、天賢王や精霊達にそうするように、彼はウルに忠誠を宣言した。

 ウルはそのエクスタインの姿を見て眉をひそめ、頭痛を堪えるように額を指先でもんだ後、大きくため息をついて自身の感想を端的に言葉にした。

 

「キモイ」

「酷いな」

 

 本当に、この幼なじみは何をどうしてこんなこじらせ方をしてしまったのか、謎である。ひょっとしたら本当に己が悪いのだろうか。いや、そうじゃないだろう。絶対にコイツがおかしいだけだろう。

 心からそう思うし、本当にアレだが、しかし拒絶するほどでも無かった。拒絶して絶望されて死なれてもそれはそれで大変に気持ち悪い。なので、

 

「生きてまた会えたなら好きにしろよ」

 

 さっくりと同意した。すると次の瞬間勢いよくエクスタインは顔を上げると、割とボロボロな筈の身体を飛び上がらせて、ぶんぶんと手を振りながら、速やかに避難所の方へと駆けだしていった。

 

「やったあ絶対に死ねないなあ!頑張るよ!!ウルも頑張ってね!!」

「元気ぃ」

 

 満面の笑みだった。本当にどうかと思う。

 が、まああの調子なら方舟イスラリアが滅んだとしても死にはすまい。その点では安心である。あんなのでも幼なじみで、死なれてしまっては目覚めが悪いものだ。本当に、少しだけ。

 

「さて」

 

 去って行ったエクスタインに今度こそ背を向けて、ウルはバベルへと視線を向ける。間違いなく、自分の仲間達、自分の妹が超大暴れしている事が確定した迷宮を睨み、腹をくくるように拳を握った。

 

「行くか――――行きたくねえけど」

 

 【真なるバベル】あるいは【大悪迷宮フォルスティア】へとウルは突入した――――その次の瞬間

 

「え゛?」

 

 足下の緋色の輝きが激しさを増し、次の瞬間足下が一気に崩壊した

 

 妹よ、兄ちゃん、あとほんの少しおしとやかに育ってほしかった

 

 そんな嘆きを心中で呟きながら、ウルは奈落へと落下していった。

 

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