かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
カナンの砦、元宿舎跡2階
ウルは逃げ込み飛び込んだこの場所で、崩れた壁の穴をのぞき込み、中庭を注視していた。中庭の中心には餓者髑髏がうごめき、そして竜牙槍で穿たれた身体を回復させていた。
ウルの竜牙槍で破壊した身体は、その全てが瞬時に回復しきっていた訳ではない。ウルを近くから追い払った後で、再び餓者髑髏は自身の回復に専念していた。
だが、上半身と比べて下半身の回復がやや遅い。だからこそウルは容易に逃げ切ることが出来た。
『GAKA……』
「……」
ウルは見る。観察する。
己よりも強大なものに挑むとき、観察と理解は必要だと宝石人形戦で経験した。
死霊兵の本質は魔力の操り人形だ。骨に死霊術士が自らの魂を込め、自在に操る。
つまり骨は魂を入れるための器だ。
そして餓者髑髏は骨の、器の集合体である。
下半身が回復しないのは、もしや器が破壊され、足りないからでは?
「器を破壊し続ければ、そのうち再生できなくなる、か?」
島喰亀に出現したときのように、人質を取り込み盾とする、なんて真似も今は出来ない。人質は既にウル達の手で救出している。ならば、地道にでも攻撃を繰り返せばいずれ器を失いあの巨大な人型は瓦解するはず。
「……いや、まて?そもそも今、急ぎで倒さなければならないのか?」
全力疾走でここまで来たのは、ローズの救出と死霊術師が行おうとしていた陰謀の阻止のためだ。そして結果としてローズは救えたが、死霊術師の陰謀は防げなかった。
間に合わなかった、という結果が出た以上、もう急ぐ必要はないはずだ。
餓者髑髏も竜牙槍で破壊され身動きが取れないでいる。都市に向かおうとする手段さえ入念に潰せば、後は騎士団の偵察係と連絡を取り、アルトで出撃準備を進めている軍と連携して―――
『それはむずかしそうだの』
「あ?」
首筋に走った怖気と共に、ウルは反射的に盾を首筋に構えた。瞬間、強い衝撃が腕に走り、ウルはその力に地面にたたきつけられた。
「なんっ!?」
倒れ込み、仰向けに目を見開くと、目前で剣先が鈍く輝いていた。逃げようとしたが、何かがウルの身体を挟み込み、動きを封じている。逃げられない!。
ウルは盾を再び構えた。首は鎧が守っている。心臓も同じ。
ならば狙われるのは、顔、眼!!
宝石人形の盾が顔を守るのと、剣が盾を突くのは同タイミングだった。甲高い音が周囲に響く。防いだ衝撃が腕から全身に伝わる。盾はヒビ一つなく、攻撃を防いだ。ウルはグリードの黄金槌の職人に心の底から感謝した。
『ほう、盾ごと目ん玉まで貫く自信があったのだが、良い盾だの』
ギリギリと盾越しに押し込まれる刃を押さえながら聞くその声には覚えがある。というよりもつい先ほど聞いたばかりだ。
「……なんで蘇ってんだ骨爺、早く太陽神(ゼウラディア)の御許に召されろよ」
『あんな外道やバケモノに行使されている以上、難しそうだがの』
死霊騎士だ。先ほど木っ端みじんにその身体を砕いたはずの騎士が再び復活していた。
器は砕いた筈だ。依り代が無くなれば、魂が解放される筈なのに。
『言っただろ。特別製と。なんぞ、ワシの身体は仕掛けがあるらしい。なんぞ、生半可では入れ物が壊れぬようにとな」
なるほど、と、ウルは心底嫌な気分になった。が、道理でもあった。骨の器は死霊兵の要である。器は破壊されれば、それまでだ。
見るからに特別製の死霊騎士が、その弱点を対策していないわけが無い。
「再生機能つきか」
『おそらく……の!!』
死霊の騎士が押し込んでいた剣の切っ先がまるで蛇のように滑り、盾を弾く。ウルはその瞬間足を全力で振り上げて、死霊騎士の胴を蹴った。
『カッ!』
「っだあ!!」
その蹴りだした足の勢いを利用し死霊騎士の股を潜り抜け、転がり出る。体勢を整え前を向くと、死霊騎士は嬉しそうにカタカタと笑った。
『カカ!やるの』
「…………!」
何楽しそうにしてやがるさっさと召されてくれ。という悪態を、ウルは吐き出せなかった。恐怖と緊張と咄嗟の動作で息が詰まったからだ。あんな曲芸のような反射と反撃は2度3度と出来るようなものではない。
わかっていたが、戦闘技術、特に殺人術に関しては間違いなく、向こうが上だ。このままやり合うのは危険すぎる。
ではどうするか、決まっている。逃げるほかない。
粉々に破壊しても器となる骨は再生する。その再生と身体を動かす分の魔力はあの餓者髑髏の死霊術師から、島喰亀から奪った莫大な魔石が使われている可能性が高い。
叩いてもキリがない。相手にするだけ損だ。
距離を空ける。そして再び聖水を使用し魔力感知を避ける。目くらましした隙に、餓者髑髏を討ってまとめて一網打尽にするほかない。ウルは懐から魔術符を取り出し、そして投げつける。
『同じ手は食わん』
死霊騎士の反応は早かった。先の不意打ちを経験して悠長に構える間抜けではなかった。逃げようとするウルを追うため、最小限で飛んできた魔道符を躱し―――
『ぬお!?』
その真横で炸裂した。
投げつけたのは同じものではなかった。炸裂魔術の魔道符だ。威力はそれほどのものではなく、騎士も警戒はしていたのだろう。身を翻し爆風を防いでいた。
が、その隙を見てウルは逃走した。
『手品師か貴様!!』
うるせえと思いながらもウルは死霊騎士から距離をとるべく走り出す。とにかく一度態勢を立て直さなければならない。あわよくばシズクと合流できれば結界で身を隠せるはず――
「っ!?」
『GAGGAGAGAAAAAAAAAAAAA!!』
獣よりも醜い咆吼がウルの耳を貫く。死霊兵の骨の音ではない。餓者髑髏のものでもない。ならば思い当たる対象は一つ。
「蘇死体!!」
『GUUUUUクウウウウウソガキイイイイイイ!!!!!』
驚くべき事に蘇死体は中庭から跳躍し、此方に向かって飛び込んできた。ただの死霊兵とは明らかに動きが違う。血肉がある分、俊敏、とは言え、ここまで違うか!?
『GAAAA!!!』
落下と共にウルへと突撃し、地面に両腕をたたき付ける。その衝撃で地面が崩れ、階下まで穴が開く。ウルは慌てて距離をとると、蘇死体は自分の攻撃でへし折れた砕けた両腕を不思議そうに見下ろしていた。
『A,A?』
「全然制御できてない……」
『GAAAAAAAA!!!』
「そんでうるさい」
次々飛び込んでくる蘇死体を走りながら避けていく。力加減が全く出来ていない。結果、自分の肉体を自分で破壊している。宝石人形の暴走状態に似ていた。
無論、あれと比べれば脅威は低いが、しかし危険であることには変わりない。
「此処までとは聞いてないぞ、ディズ!」
この場にはいない雇い主に文句を言いながら、ウルが懐から取り出したのは、魔道書だった。それにウルは魔力を込める。術式の詠唱も、集中も必要とせず、ただ魔力を込めさえすれば完成する魔道の書は、間もなく魔術を完成させた。
「【火球】」
手のひら大の大きさの火の玉がこちらに近づこうとする蘇死体の中心に向かい、炸裂した。
『GA、GAAAAAAAAAAAAA!!?』
「まあ、骨よりは燃える……燃えるものなのか?まあ効いてるか」
蘇死体の危険性を考慮した際用意した対策の一つである。
魔道書は高く付いたが、悪い結果ではなかった。
だが魔力は消費する。魔力を使いすぎれば、体力も削れる。多用もできない。
「だが、とりあえず数を減らせ――――?!」
その矢先に気が付く。
己を照らす赤黒い脈動に。上を見ると、ウルの身体よりも大きな巨大な手が、羽虫を潰すように、振り上げられていた。
そして振り下ろされた。
「―――――ぃいッ!?」
悲鳴にすらならない情けない声が喉から押し出され、
同時にウルのすぐ真後ろが文字通り“叩き潰された”。もとより脆かった城壁跡は粉みじんに粉砕され、土煙となって舞い上がる。
ウルの立つ一歩後ろは崖のようになり、その後ろは瓦礫の山だ。もしあと少し遅れれば瓦礫の一部になっていたのは間違いない。
そして餓者髑髏が、ウルを見下ろすようにして“立ち上がっていた”。
「どうやって……」
器が足りないから、回復できなかったんじゃなかったのか?それとも死霊騎士と同じように、器が回復したのか?ウルはちらりとその欠落していたはずの下半身を目視する。そして、眼を見開いた。
『SIIIIIIIIII…』
「悪霊樹…?」
迷宮の下に潜んでいる魔物の木が、餓者髑髏の下半身にまとわりついている。いや、まとわりついている、という言葉は正確ではない。巨人に引き抜かれた大樹がそのまま2本、餓者髑髏の足代わりにまとわりついている。そして、そこから伸びた根が死霊術師の核まで伸びて、絡みついて、“喰いこんでいる”。
いや、喰いこんでいるというよりも、あれはまるで……
『SIIIII……SI,ZIZIZI……』
「食って……いる?」
何故、自分がそう認識したのか。食う、という表現が頭に浮かんだその理由はディズからの助言だった。【捕食】と【膨張】。暴食の竜の特性といっていた彼女の言葉が、ウルの脳裏にこびりついていた。
魔物を、食う、捕食する。捕食して、足りない器を埋め合わせた……?
『言うたとおりじゃろ?』
ウルの理解に頷くような物言いで、死霊騎士が燃えおちる蘇死体を飛び越え、近づいてきた。ウルは更に距離をとったが、死霊騎士は気にせず言葉を続けた。
『ありゃーほっといたらそこらの生物をドンドン喰らって、ドンドン肥えて、強大になっていくらしいのう。しかも制限もない』
つまり、魔物が、いや魔物に限らずどんな生物だろうが、近くにいればそれを取り込んで強くなるという事か。ウルは理解し、そして戦慄する。
正直言えば、餓者髑髏はウルやシズクにとっては脅威そのものだが、都市規模で考えればそれほど致命的な状況とは思っていなかった。
この世界に危険な魔物はごまんといるし、そしてそれらに対処できているから、都市というのは存続できているのだ。たかが巨大な魔物くらいなら、都市の結界で弾かれ、都市防衛を任される騎士達に葬られるのが道理だ。それが難しいなら、神殿から精霊の加護を授かった神官達が出てきて、それを殲滅するだろう。
だが、この餓者髑髏が、もしこれが平原の魔物を全部喰らいつくしたら、どうなる?平原の魔物も生物も、なにもかも取り込み捕食し、膨張し続けたならば?
ウルにはわからない。どれだけの速度で成長するのか、そもそもこの餓者髑髏がどれくらいのペースで他の生物を喰らうのか。この砦から近隣の都市までの間にいる魔物の数はどれほどなのかも。
一つはっきりしているのは、今の餓者髑髏が、“最も弱い”という事。
死霊術師の作り出した結界が、この場から魔物を排除している。それが皮肉にも餓者髑髏の捕食を防いでいるのだ。捕食対象が少ないから、餓者髑髏は膨張出来ていない。
だから、今ここで、目の前の巨大なる人骨を打倒しなければならない。
「…………」
『なんじゃ、急に黙りこくって』
「己が不幸を嘆き悲しんでいる」
『かわいそうにの』
「ありがとう。お前のせいだよ」
ウルは携帯鞄から聖水を取り出し、そのままその身に振りかけた。飲む場合、魔力の放出を体内から長く抑える聖水は、その身に振りかけることでより短い時間になるがより強い封魔の効果を発揮する。
『KAKAA!?!』
視覚のない死霊兵たちは当然ウルを見失う。
『隠れても居場所の見当はついと――――』
そしてそれが通じない死霊騎士の方へとウルは新たに別のものを投げつける。今までの経験からか死霊騎士は即座に身構えるが、これは躱しようがないものだ。
「む!!?」
それは、魔石を砕いた“粉塵”なのだから。
実験である。
死霊骨は魔力を感知し認識している。それを理解したときから、ウルは地下迷宮で悪霊樹を倒して手に入れた魔石を粉塵にして握っていた。
現在ウルの魔力は聖水で絶たれている。
そして魔石の粉末を、魔力の塊を死霊騎士の方へと投げた。
さて、餓者髑髏はどうするか。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!!』
『ぬうああ?!』
餓者髑髏は振り上げた拳をウルに、ではなくウルが撒いた魔石の方へと、つまり死霊騎士のいる場所に叩きつけた。死霊騎士は驚きと共に跳躍し、回避するが同時に地面が砕かれ、落下した。
「成程、感知能力はそれほど高くないと。しかしよくあんなの躱せるな骨爺」
理解と感心をしながら、ウルは逃走を再開した。