かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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最終章/迫る終末を前に
少女たちを救うための方法③


 

 七首の竜達に乗っ取られ、変貌してしまった【真なるバベル】。その内部のおどろおどろしい有様を見れば、多くの者が絶望しただろう。

 あまりにも無残で、おぞましい。人類の英知、魔に立ち向かうための最前線の場にして最後の砦がこのような有様になったことに絶望するのも仕方の無いことだ。

 

 無論、その有様は地下、螺旋図書館でも同様である。

 生々しい肉塊、バラバラに倒れる本棚、飛び散る魔本、イスラリア中から集められた英知が無残な有様だった。

 

 だがしかし、螺旋図書館の深層、バベルの地下、その更に深くが“本質的にはそれほど変貌していない”という事実を、多くの者達は知らない。螺旋図書館の地下深くは主であった【天魔のグレーレ】を除いて、殆どの者が立ち入りを許可されなかった魔窟である。

 その理由は強力極まる魔本の類いが空間を歪め、半ば迷宮化してしまい危険であるからとされている。それは一部真実だ。世界最大の魔術学園ラウターラも同様の現象が起こり、奇妙な怪談として語られることもあった。

 

 だがバベルの深層、その異形化の本質はやや異なる。

 

 魔本の集積による空間の歪み、ではない。この場所は最初から――――“図書館”という体裁を整える以前から、実のところ“こう”であったことを知る者は少ない。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 螺旋図書館――――改め【方舟イスラリア深層】

 

「まあ当然、俺は知っているのだがなあ?」

「お前がこの状況を知らなければ管理者失格だ。それで?」

 

 二人は尚も地下階段を下っていた。グレーレが魔術で灯すほんの僅かな明かりを頼りに下り続ける内に、徐々に空気も冷えてきた。彼等が進むのは紛れもない、方舟世界の最深層、その存在自体を知る者すら少ない場所だ。

 周囲に生々しい肉壁がうごめいているにも拘わらず生物の気配、温度のようなものが全く感じられない、異様な場所を彼等は進む。

 

「ああ、ここだ」

 

 そして間もなくグレーレは足を止める。突き当たりの壁に指で触れると、壁は脈動し、形を変えて開いた。やはり異様な現象であったがグレーレは当然といった顔で進み、ザインもその後に続いた。

 

「こんな場所にあったとはな」

「誰にもこの場所をばれる訳にはいかなかったからなあ?なにせイスラリアの心臓だ」

 

 そしてザインの目の前には、先ほどまでの光景など比べものにならぬ異常な光景が広がっていた。

 

 そこは広かった。この隠し通路を進む以前開いていた螺旋空間と比較しても尚広い巨大なドーム空間だ。異様な広さであり、それだけでもバベルの更に地下、螺旋図書館に隠されて存在していたとは到底思えぬ広さだった。

 

 そしてその空間の中心、いくつもの魔導機につなげられた巨大な硝子で覆われ液体に満たされたケースの内側に、星天の輝きを放ち脈動する立方体があった。

 加工される前の鉱物のようにも見える。だが、ザインの眼にそれは、まるで何か巨大な植物の種子のようにも見えた。

 

「【星石】……か」

 

 世界に不可思議な新たなる規則(ルール)を与えた元凶。

 魔力……その源である魔素を生産する奇妙なる石。石という表現すらも正確なのか分からない、この世界が混沌へと陥った全ての始まりだ。

 

「この世界の救世主、あるいは破滅の原因とでも言った方が良いかな?"懐かしいか?”」

「お前達と違い、俺は研究者ではなかった。そう何度も見てはいない」

 

 そんな会話を続けながらザインは油断なく周囲を見渡す。少なくとも道中のように魔物達が出現する様子は無かった。ザインは剣を一度納め、グレーレへと視線を戻した。

 

「ここでお前は研究を進めていた訳だ」

「アルノルド王の支援も受けて、秘密裏になあ」

「出来るのか?」

 

 強い言葉でザインは問う。グレーレはにやりと楽しそうに笑った。

 

「やらねばなるまいよ。とはいえ、あの“灰の王”が上手くやれるかどうかに全てがかかっているわけだが?」

 

 グレーレは慣れた手つきで【星石】につながれた魔導機のいくつかを操作する。次の瞬間、ケースに収められた星石の下方から、奇妙な蔓のような物が伸びて、覆い尽くしていく。星石の脈動に合わせてゆっくりとケースの中で満たされていく。

 

「……これが」

「まだ“苗”だがな?後はエンジン待ちだなあ……っと」

 

 その時、不意にグレーレの胸元で音が響く。取り出したそれは掌サイズの魔導機のようなものだった。しかしそれを知っているもので在れば、それが魔界の通信具の類いであると理解出来ただろう。グレーレはそれを操作すると、大きな声が響いた。

 

《グレーレ!ザイン!生きているかな!?死んではいかんぞ!》

 

 聞き覚えのあるその声にグレーレは肩をすくめ、ザインは小さくため息をつく。

 

「クラウランか……外の状況はどうだ?」

《今はなんとか落ち着いているが……ああ、うむ、また迷宮から魔物が来たな。これで第三波くらいか?む!子供達よ!無理をしてはならんぞ!戦士達と協力して交代するのだ!》

 

 その後、いくつかの戦闘音が響く。外でプラウディアの戦士達を護ることを選んだクラウランの戦いはまだ続いているらしい。ウーガによる無差別攻撃による強制的な調停は、やはり何時までも続かない。

 特にプラウディアの戦士達ならば、ある程度説得も出来るだろうが、迷宮からの魔力回収という役割を失い、ただただ害意のみ振りまく存在となった魔物達や、シズクの眷属竜達はそうはいかない。ディズの“天使”の支援だけでは難しいだろう。

 魔物も竜も戦士達も、この場所に下手に立ち入ってしまわないようにという時間稼ぎでしかないが、限界という物がある。

 

「破滅は継続中と、無茶をするなよ」

《君たちほどではないとも!またなにかあったら連絡してくれ!そっちには娘も行っているからな!必要とあらば協力して欲しい!!》

 

 ではまた会おう!と、実に元気な声と共に通信が途絶する。

 なんともまあ慌ただしく、とことん周りを気にしてばかりのクラウランの態度にザインは懐かしさを覚えた。が、無論今この状況下において郷愁などというものを覚えている場合ではない。

 

「グレーレはそのまま作業を頼む。俺はアレを破壊しに行く」

 

 ザインの言葉に、「ふむ」とグレーレはまたいくつかの操作を行う。ザインの足下の肉壁が動き、扉のように開いた。扉が最初から設置されていたと言うよりも、新たなる扉が突如出現したかのようだった。

 

「そのままおりれば最下層の目的地に行けるはずだ」

「最下層。二人の勇者は?」

「近いが、安心しろ。そのルートなら遭遇しないはずだ。しかも二神がにらみ合い、バベルそのものの警戒もそちらに向かっている。鬼の居ぬ間にならぬ、神の居ぬ間にというヤツだ……気をつけろよ?」

「らしくないことを言うな」

「何、心からの言葉だとも」

 

 グレーレはケラケラと笑いながら、しかし決して嘲りを交えずどこか懐かしむようにして言った。

 

「かつての生き残りはもうわずかだ。同胞を慮るのは悪いことでもあるまいよ」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 時間は遡る。

 決戦前、【大罪都市プラウディア・名無しの孤児院】ザインの研究室にて。

 

「俺は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ザインから告げられた告白に対して、ウルは驚かなかった。ノアから与えられた情報である程度察していたからだ。驚き目を見開いたのはエシェルだ。

 

「ちょ…………っと待ってくれ!だって、確かそれは一千年前の」

「そうだ」

「貴方、いくつなんだ!?」

 

 問われ、ザインは若干何かを思い出すように虚空を見上げたが、しばらくした後全てを諦めたように視線を戻した。

 

「人間、三十を超えると年齢とかどうでもよくなるものだ」

「そういう問題か!?」

 

 中高年の年齢観みたいなノリで話す事ではないのは確かだ。一千年を超える時間を生きてきたというのなら、【森人】と同じ長命種ということになるが――――

 

「【護人】……【森人】?」

「――――正解。まあ尤も、全てではない。グローリアのように後発で誕生した者達はそれに当たらん」

 

 不意に部屋の扉側から声がした。振り返ると、そこには既に見慣れつつある美形の男がニヤニヤとした笑みをぶら下げて顔を出していた。

 

「まあ、最初期故“容姿に特徴で見分けつくようにする”なんて発想が無かったから、見た目ではわからんがなあ?」

 

 俺以外は、と、そう言ってやってきたのは七天が一人、天魔のグレーレだった。

 

 

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