かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽月騒乱②

 

 ウルと対峙する可能性はある、というのはディズも理解していた。

 

 シズクの正体が判明したとき、彼女がウーガという場所を執拗に守ろうとしていたその意味をディズは理解した。理解したからこそディズもまた、彼女の意思に追従した。ウーガを内部だけでなく外部からも干渉出来ない聖域にして、避難所にした。

 

 例え世界がひっくり返っても、ウーガを安全な場所にしたのだ。

 

 だが、それをウルが受け入れるかは別問題だ。というよりも、受け入れはしないだろうという予感はあった。自分は兎も角、シズクが渦中にいる事実をウルは良しとしないだろう。

 

 場合によっては、ウルが自分と敵対する可能性を覚悟していた。

 

 問題だったのは、その時アカネが必然的にウルの敵となってしまう事だ。

 アカネのことは大事に思っている。だがそれ故に尚のこと、アカネとウルを殺し合わせるような状況にはしたくはないというのが心情だ。

 神となったとき、ディズと魂が合わさった状態の彼女は、一心同体と言ってもいい。ディズがウルと敵対すれば、必然的にそうなってしまうのが悩ましかった。

 

 ――んに?わたしはええよ?べつに

 

 が、アカネ自身がそんな風にウルとの敵対に即答してしまうのはどうなのか。

 というか何なんだろうかこの兄妹は。

 

「……改めて確認するけれど、アカネ、良いの?」

 

 そして、そうこうしている間にウルとの敵対が現実のものとなり(想像していたものよりも遙かにとてつもない無茶苦茶を仕掛けてきたが)、自らの魂の内側に創った暗闇の空間で、ディズは改めてアカネに問うた。

 此処では時間の流れは緩やかだが、とはいえ本来であれば戦闘中に利用するような場所では無かったが、この確認は必須だった。ディズの心情的にも問題だし、実利的な意味でも、もし万が一土壇場でアカネが迷えば、その隙をシズクが突くだろう。ハッキリさせておかなければならなかった。

 

《やっちゃってええよ?》

 

 しかしやはり、アカネの答えは即答だ。

 

「いいの?お兄ちゃんだけど?」

《わたし、にーたんじゃなくて、ディズてつだうってきめたもの》

 

 アカネは言い切った。

 わかってはいたことだが、彼女はこうすると決めたことに対して後から翻すような事はしない。ディズについていくと彼女が決めたなら、ブレることは無いが、それは相手が兄だったとしても変わらないらしい。

 彼女のことを少し見くびっていたな、と、ディズは反省した。

 

《それに》

「それに?」

 

 少し、言いづらそうにアカネは唸る。

 

《……しょうじき、いまのにーたん()やべーし》

「まあ、それはそう」

《どのみち、ちょっとくらいぶんなぐっとかんとまずいとおもう》

「うん、それもそう」

 

 彼の目的のおおよそは理解できた。そして彼が何も考えずに来たわけでも無く、明確な思想と目的によって世界を滅ぼそうとしているのも理解できた。

 その行動の是非はディズには分からない。そもそも自分がやろうとしていることの是非だって、定かではないのだ。だからこそ、勢いのままに突き進むのは危険である事は理解している。

 止めてくれる者が一人もいないというのは怖ろしいことだ。

 

 ぶつかって、転げ回って、トゲを削り取る必要はあるのだ。

 あるいは、だからこそ彼は無理を承知でここに来たのか。

 自分と彼女とウル自身がぶつかるために。

 

《やっつけちまおうぜー、ディズ、にーたんならたぶんしなんよ》

 

 アカネは冗談めかしてそう言うと、ニッコリとディズに笑いかけた。

 ディズは頷き、そして、不意に身体が軽くなったのを感じた。この戦いが始まってからずっと、身体の何処かにのし掛かっていた重しが、急に取り払われたのを感じた。

 彼女と話して良かった。ディズはそう思った。

 

《げんきでた?》

「うんっ」

《うん?》

「ん?」

 

 返事すると、何故かアカネが不思議そうに首を傾げた。やや訝しんだ表情でじろじろとディズを見つめる。

 

《なんか元気?》

「うん……?」

 

 そう言われて、ディズは自分を見つめる。魂の内側、飾ることの出来ない自分自身を見つめると、確かに、どこか高揚している自分がいることに気がついた。

 

「そう、かも?何でだろう?」

《んー……?》

 

 正直、よく分からなかった。

 未知の感覚だった。不具合だとも思った。正すべきのようにも思えた。しかし、

 

「まあ、いっか!」

 

 その高揚が何故か不思議と心地よかったので、そのままにした。

 

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

「【救世執行/破邪神拳・浄鐘】」

「っがあ!?」

 

 ディズと対峙していたウルは、全てを粉砕するが如くの鐘の音に押しつぶされようとしていた。一方的に敵対者の魔を払う鐘の音、という性質は理解していた。この鐘には守られる側だったが、実際に敵対するとあまりにも広範囲で、一方的だった。

 

「無茶苦茶、しやが「【神罰神拳・甲武】」っぐ!?」

 

 そして、身じろぎできない所に拳がとんでくる。身じろぎできないウルに瞬く間にディズが迫っていた。このまま殴り殺される可能性を理解し、ウルは力を放った。

 

「【白姫華・化粧】」

 

 色欲の華が伸びウルの鎧を上から覆い、周囲の力場を狂わせる。鐘の音は相殺しきれないが、消耗を抑えるには有効だった。

 

「器用、神の力については一日の長だね」

「そりゃどう、も!」

 

 回り込むようにしてディズの声がする。ウルは歯を食いしばりながら竜殺しを振り抜く。白花が舞い散り、周囲をえぐり取りながら両断する。

 

「良いね」

「……!」

 

 だが、ディズを捉えられなかった。跳躍し、宙で回る。色欲の力場全てを見切った絶妙な回避でウルの槍を躱しきる。緋と黄金で煌めく彼女とウルは目が合った。全てを切り裂くようなユーリの瞳とはまた違う、燃えるような彼女の瞳はウルから目を離すことは決して無かった。

 

「【魔断】」

「っ!!」

 

 そして刃が飛ぶ。やや無理のある姿勢からとんできた斬撃をウルは回避し切れたと思ったが、首から血が噴き出し、喉を押さえ、後ろへと跳ぶ。

 ディズは追撃には来なかった。深追いすればシズクに狙われると警戒したのだろう……しかし

 

「動き良いなオイ……!神になった影響か……?」

 

 出力は勝てないと分かっていたが、純粋な技量も今日の彼女はやけに冴えてる。

 無論、神となった後の彼女の動きは訓練していたときの彼女とはまるで違うが、しかし戦い方は当然、ヒトだった頃の名残がある。そしてウルはこれまで幾度となくディズと鍛練を積んできた。

 彼女には加減されてばかりだったが、それでも体調の善し悪しで彼女の調子というのは理解できた。斬撃のキレ、足運び、そう言ったものが打ち合うだけで分かるくらいには、濃密な訓練の日々を彼女と過ごしてきたのだ。

 

 そして今のディズは間違いなく絶好調だ。明らかに動きのキレが違う。

 

 こちらを殴るときに調子が上がるなんてのは勘弁して欲しいんだがなあ!?

 

 心底そう思いながら、ウルは再びディズに突貫した。

 

「――――はは」

 

 彼女が小さく微笑みを浮かべたのは、恐らく、きっと気のせいだろう、多分。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 シズクが放つ魔力の総量が上がっている事をユーリは理解していた。

 外の世界で、月神に対する畏れの量が増えているのだろう。あるいは、彼女自身が、自分の力を出力するコツというものをつかみ始めたのか。

 

「【餓蟲蚕食】」

『【灰炎】』

 

 どのみち、良い傾向とは言い難いとユーリは蟲を焼き払いながら舌打ちする。

 ウルも理解していたが、純粋な力のぶつかり合いでは確実に負けるくらいには有する力に差がある。その差が広がるのは望ましくない。

 

「良いのですか?ディズ様を裏切って」

『裏切ったつもりはありませんよ』

 

 周囲に白銀の飛蝗を従えながら、シズクは問いかける。

 わかりやすい挑発だと思ったが――――ユーリは乗ることにした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

『今の主がふがいないようなら、見切りをつけるだけのこと』

「……」

 

 背後でひぃひぃと言いながらディズから逃げ回るウルを指してそう言う。そして、

 

『あるいは――――本当に、貴方を“うっかり”殺してしまうのも、ありと思っていますよ』

 

 主から授かった灰の炎から創り出した剣を見せつけるように構えて、悠然と微笑む。

 

()()の願いとは違えますが』

 

 まるで舌先で転がすように、その名を呼ぶ。その瞬間、シズクの指先が小さく震えた。

 

『彼ならば、きっと許してくれるでしょう?』

 

 ユーリは全てを見通す瞳で、そんなシズクの様子を捉えながら、内心で自分の舌が上手く回ることに少し感心した。

 なるほど、言葉を武器とするのも悪くはない。

 強欲との戦いは、本当に良い勉強となった。

 

「――――悪い(ヒト)

 

 ユーリの言葉にシズクは目を瞑り、そして力を展開する。

 

「【終焉模倣/戦争】」

 

 彼女の周囲を旋回していた白銀の蟲達が形を変え、奇妙な形となって彼女の周囲を旋回する。武器の類いであるのは違いないと思ったが、しかしユーリの知識にそれらの武器は存在しなかった。

 

 魔界の武器。否、兵器か。

 

 その推察をしている間に、更に彼女自身も変貌する。【白炎】が彼女の周囲に纏わり付いて、燃えさかる鎧となって周囲の全てを焼かんとした。

 

「【白火修羅(ヘーラ)】」

 

 圧力は更に増した。脅威は爆発的に増大したが、一方でユーリは一つ確信を得た。面倒くさそうにため息をついて、言った。

 

『ちゃんと妬けるんじゃないですか』

 

 どうやらウルの目論見は、まだ手遅れではないらしい。

 

『まだまだヒトを辞められそうにないようで、安心しました』

 

 白炎と共に放たれる無数の咆吼を前に、ユーリは剣を構えた。

 

 

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