かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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陽月騒乱③ しらないこと

 

 魔王ブラックが有していた【天愚】はウルが作戦を決行する上での必須武器だった。

 

 イスラリア博士が創り出した最強の兵器。神に取り付けられていた“自滅装置”。

 精霊が使う加護も、ヒトが真似た魔術も、全て神の模造品。神は最大の力を有し、同じ神の他に並ぶ存在はない。だが、だからこそ万が一の時に自身を害する能力が必要だった。

 

 信仰による承認装置しかり、神には用心深くセーフティが設けられていた。

 

 ユーリが現在身に纏っている【灰炎】は、平たく言えば【天愚】の力をベースとしている。もとより扱いが困難で危険なその力を、リーネを介して加工して、【加護】としてウルから手渡されたものだ。

 

 神の断片という意味では、【天剣】と同格だが、出力自体は弱い。

 

 ディズから直接手渡されたものではなく、太陽神として完成した際の“制限解除”を【天愚】の力は受けていない。我が物とするために魔王がそのタイミングで掠めたからだ。(尤も、天愚に限って言えば、そもそも制限をかけるほど力に上限はないのだが)

 

 極めて扱いづらく、危険な力。しかしユーリは決してそれを悪くは思わなかった。

 

 第一に、ユーリは灰炎を自在に操れていた点。

 危険性、扱いにくさという問題は彼女には無縁だった。

 

 第二に、剣として切り裂くことが出来るなら何の問題もなかった点。

 実際、彼女は【天剣】を有していた時と同様の事が再現できた。

 天賦の才は不完全なる力であることなど問題にもしなかった。

 

 だから問題があるとすれば、

 

「【全門斉射】」

 

 極めて純粋に、敵が圧倒的であるという事実だけだ。

 

『……!』

 

 降り注ぐ無数の熱光を回避すべくユーリは駆ける。

 魔導銃の類いであるとは思うが、その出力は尋常ではない。【白炎】の力を纏ったそれらの光熱は直撃した側から跡形も無くなるように一帯を焼き払っていく。【黒炎】のような呪いの心配は無いが、そもそも僅かでも力に触れれば、その瞬間、全身が焼き払われて灰になってしまう。

 敵の攻撃を無効化する【灰炎】の性質を見抜いている。

 無効化する暇も無く焼き払われたら再生は難しい。恐らく、今の自分にもウルのような再生能力は備わっているが、やはり出力の差が存在する。

 

 で、あれば対策は一つ。全ての攻撃を回避する他ない。

 

『ッッ!』

 

 跳ぶ、蹴る。躱し、切り裂く。背中で巻き起こる白炎の大爆発を振り返って確認する余裕もない。狙いの精度も速度を上げていく。こちらの攻撃を予測し始めている。不規則に動きを切り返してもそれに即座に対応してくる。

 

 追いつかれる。その直前にユーリは跳ぶ。宙に舞い散る瓦礫を足場に飛び移り、瞬く間に白炎纏う月神の背後をとり、ユーリは剣を振るった。

 

『【終断――――!?』

 

 だが、手応えが無かった。

 彼女の姿は消える。先ほどまで間違いなく気配も圧倒的な魔力の圧も存在していたはずなのに、幻であったかのように消えて失せる。ユーリの“眼”でも見抜けぬほどの幻影――――【嘘】がユーリを欺いた。

 

「うっかり殺すのでは?」

 

 そして背後から、先ほどまで僅かも感じられなかった力の圧が突如として出現した。放たれる圧倒的な熱量にユーリは眉をひそめた。

 

『神の癖に、根に持つタイプですか?』

「神は嫉妬深く、陰湿であるらしいですよ」

 

 白炎が迫る。ユーリは灰炎を固め、力をいなすことに意識を集中した――――が、攻撃が迫ることは無かった。

 

「【神罰覿面】」

 

 白炎に横殴りで、黄金の拳がたたき込まれる。シズクは衝撃をいなしきれずに弾き飛ばされ、ユーリへの攻撃の機会を逸した。そのまま二つの神は激闘に移行する。

 

『遅いんですよ全く』

 

 不安定な三勢力の拮抗は、神が相対する神以外に注力すればその隙を突かれるのがこの戦場だ。シズクはユーリに寄りすぎていた。こうなることは自明であった。が、もう少し早くに来てほしいものだ。

 あるいは、向こうは向こうで狙いが偏っていたのか?

 なんてことをユーリが推測していると。

 

「――――っぁぁぁあああああああ!!!」

 

 空から主が落下してきたので、ユーリはひょいと右に回避する。その直後、ウルは地面に落下し、「ぐぉえ!?」と蛙が潰れたような声を吐き出した。

 

「……っぉぉお……いってえ……回避すんなよ……」

『本当にさっさと見捨てた方が良いですか?』

「勘弁しろ……」

 

 とりあえず落下で頭が割れて死ぬなんていう残念な死に様は晒すことは無かったらしい。ウルは激痛にもだえながら顔を上げた。

 

『ディズが随分そっちに攻撃を向けていましたね。挑発でもしましたか?』

 

 二つの神からの攻撃が止んでいる僅かな隙を突いて状況を確認する。と、ウルは何やら難しい表情になった。

 

『……なんです?』

「聞きたいんだが」

 

 そう言って、ウルは空で激闘を続けるディズとシズクの方へと視線をやった。

 

「……なんか、ディズ、ヘンでは?」

『はあ?あの子は大体いつもおかし――――』

 

 次の瞬間、ウルのほんのすぐ側に刃が突き刺さった。ウルの頬から血が流れる。神同士の戦いの余波……ではない。明らかにウルを狙っていた。

 

「――――」

 

 遠くで戦う二つの神。その向こう側から何かを感じる。研ぎ澄まされたユーリの感覚が、それを捉えた。どこか、焼けるような強い視線が、ディズからウルへと向けられている。神同士の殺し合いのまっただ中であっても、彼を狙っていた。

 

『……何したんですか、貴方』

 

 確かに、ヘンだ。変調をきたしている。

 尋ねるとウルは苦々しい顔になって首を横に振った。

 

「何もしてねえよ……いやしてるな。現在進行でしてはいる。俺の所為か……そっかー」

『反省できて偉いですね。死んで下さい』

 

 

 

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 お前は正義ではない。

 

 師であるザインから言われたその言葉をディズは幾度となく思い知ってきた。

 自分の掌は小さくて、救える者に限りはある。命を選ばなければならない事は幾度もあって、そのたびに少数を切り捨ててきた。命を選び続けた。

 

 それは正義の行いではないと言うことも理解していた。

 否、正義など、この世には存在していないのだと理解した。

 

 ――傲慢なる裁定者め!!!

 

 捕らえた邪教徒に言われたとき、上手く反論することもできなかった。

 

 ――どうして私の子供が死ぬ前に、助けてくれなかったの!!!人殺し!!!

 

 間に合わず、子供を失った母から石を投げられたとき、何も言えなかった。

 

 その通りだと思ったからだ。

 勿論、命を選ぶことは必要なことだと理解している。それを放棄すればより多くの者達が苦しむ。全能でも万能でもない、愚鈍な自分がそれでも誰かを救いたいと願うなら、選ぶ他ない。

 

 割り切ってはいけない事ではあるが、理解はしていた。

 そして絶望もしてはいなかった。 

 ディズの心は頑強で柔軟だった。才覚乏しく、権能も持たず、他の七天達と比べればあまりにも些細な力しか持たなかったが、彼女は不屈だった。目の前の問題を安易に割り切らず、悩み、傷つく事があっても、それでも前を向いていた。紛れもない勇者の適性であった。

 

 しかし、割り切らぬが故の傷を、彼女の心は負い続けた。

 

 ――少し、疲れたな。

 

 彼女の心は頑強で柔軟だ。

 だから軋み、壊れる前にちゃんと悲鳴を上げることはできた。 

 

「だったら、休めば良いでしょう。あなた如き、欠いたところで支障ありません」

 

 だからディズは一人で悩むこともせず、すぐに相談することにした。相談相手として選ばれたユーリは心底面倒くさそうな表情になりながら、こちらを見下ろす。

 今は訓練の真っ最中で、今しがたディズはユーリに叩きのめされた所だった。

 

「……でも、私が休んで、誰かがその分傷つくのは、それはそれでなあ」

 

 容赦なく打ち倒されて、地面に寝転びながら、ありのまま自分の感情を吐露する。本来ならば秘めておくべき感情もありのまま告げることが出来る幼なじみがいることがありがたかった。

 

「強迫観念、末期ですね。貴方がいてもいなくても、世界は回りますよ」

「うん、自覚している。本当にちょっと疲れているね」

 

 ユーリの淡々とした指摘もありがたい。彼女は自分のように小難しく悩んだりはしない。そこが美徳だ。そうあろうとは思わないけれど、彼女のような存在がいてくれることも大事だ。

 とはいえ、自分は彼女のようにはなれない。どうしようかと思考を巡らせていると、

 

「休むのがいやなら、せめて娯楽でも見つけることですね」

 

 彼女にしてはありきたりであるが、しかし的を射た助言がユーリから与えられた。

 

「娯楽かあ。たしなみくらいには色々知ってるけど」

「ああ、貴方の義父の影響ですか」

「色々と教えてくれる。気遣ってくれてるんだよ」

 

 「黄金不死鳥の跡継ぎが美術品への教養無くては困る!」と、黄金不死鳥の長にして義父のゴーファが色々と暇を見つけてはディズにいろいろな事を教えてくれる。恐らくは、兎に角危険な修羅場に首を突っ込むディズをなんとか引き留めたいという思いからなのだろう。彼から与えられた教養が潜入任務で役立ったと伝えたときは苦虫を噛みつぶしたような表情になったのを覚えている。

 話は逸れたが、ディズはおおよその娯楽は知っていた。それぞれに対してそれなりの楽しみは覚えているが、趣味と言うほど彼女の中には定着してはいなかった。

 

「なら、彼が教えてくれないような事をしてみては」

「んーそうなると、少し火遊びになりそうだな」

 

 ゴーファが教えていない遊びとなると、当然そっち方向になる。それを聞いた瞬間、ユーリは眉をひそめた。

 

「……誘導したみたいになったので警告しますが」

「コントロールを失って火達磨にならないように、だよね。流石にわきまえてるよ」

「くだらないスキャンダルを起こしたらくびり殺しますからね」

 

 無論、ディズは自分のコントロールを見失うような事はしなかった。

 馬鹿な真似はしなかったし、犯罪も犯さなかった。

 

 だが、火達磨にはなった。

 

 とてつもない、業火のような男に出会ったことで。

 

 

 

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「俺が冒険者になって金貨1000枚を作る」

 

 精霊憑き

 七天でも弱い自分がその力を獲得出来れば、一人の犠牲の上で、多くを助けられる。

 

 何時もの命の取捨選択。その前に彼は立ち塞がった。

 

 無理だと思った

 それはそうだろう。無理なものは無理だ。家族への思いで不可能が可能になるなら、この世界はもう少し優しさが溢れていることだろう。だが、そうはならない。正しかろうが、愛があろうが、できないものはできないし、多くは失敗するし、上手くはいかない。

 

 彼の挑戦は、宣言は、無駄で無謀で無価値だ。

 

 聞く意味も理由もない。そう一蹴しようとした。だが、

 

 ――せめて娯楽でも見つけることですね

 

 魔が差した、と言ったらユーリは怒るだろうか。

 

「なら、少し考えてあげよう」

 

 考える意味などない。

 時間が空くだけ、その間に本当なら助けられたヒトが助けられなくなるかも知れない。犠牲は多くなるかも知れない。なのに猶予を設けるなんて本当に無駄な行いだ。なのに、ディズはそうした。

 

 自分の中にある愉しみを優先したのだ。まさに娯楽だ。

 

 それも、趣味の良い愉しみとは言い難い。不可能に挑戦する少年の様をみたいという欲など、娯楽小説に出てくる悪趣味な金持ちの道楽でもあるまい。自分の中にこんな醜悪さがあるとは思いもしなかったが、止められなかった。

 ディズには傷があった。“犠牲にしてきた少数”に対する罪悪感があった。それは歪んだ願いとなって、彼女の心の内に芽生えさせた。

 

 自分が踏みつけた少数の犠牲者に真正面から打ち破られたい。という願望が。

 

 わざと負けるなどと許されない。そんなことに意味は無い。そんなことをして、多数を放置するなんていう結果をディズは望まない。彼女が抱えているのは単純なる被虐願望とも破滅願望とも違った。

 

 願うのは、真正面から、自分の内にある取捨選択の傲慢が打ち破られること。

 そんな歪みきった願いを、なんの取り柄もないように見える普通の少年に託す事のなんと残酷な事か!

 

 それでも結局、彼にその願望を託す事にしたのは、甘えだろう。勿論そんなものを託された彼には良い迷惑だっただろうけれど、それでも結局そうしてしまった。

 きっと彼は無茶をして、破滅する。彼の妹と言葉を交わして、最後には見捨てることになる自分は死ぬほど傷ついて後悔する。それを理解していながらも、突き進んでしまったのは、自分を罰したかったからなのかもしれない。

 

 そう思っていた。

 

「お前にアカネを殺させたりしない」

 

 だけど彼は、驚く程に、怖ろしい速度で力をつけていった。不安定で不完全な状態であっても、ためらわずに前へと進み、幾度転んでも即座に立ち上がった。ディズ自身の身勝手な嘆きや苦しみも理解して、こちらにすら手を差し伸べてきた。

 

「どうか私に打ち勝ってね」

 

 愚かな事を託したと思った。

 それが分かっていても、彼に縋るのをやめられなかった。

 

 だけど彼は、そんな愚かな自分の願いを、与えた試練を全て乗り越えた。

 

 そして今――――彼は神になった自分にすら、立ち向かってきた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 ――ディズへいき?

 

 はて?

 

 戦いの最中、アカネから声をかけられて、ディズは首を傾げる。

 シズクとウル、ユーリを交えた大混戦の最中、耳を傾けるべきではないのかもしれないが、それはアカネも理解しているだろう。緊急の要件だろうか。

 

 ――なんかテンションへんやで?

 

 確かに、高揚していることは分かっていた。胸の奥底から炎のようなものが零れて、自分の脈が強く打っているのを身体で感じる。これまで経験したことのない身体の状態に、ディズは自分でも不思議に思った。

 

「なんだろう……なんだか、よく、わからないんだけど」

 

 ――うん

 

「ウルが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 ――うん?

 

「おなか、ぞわぞわする」

 

 ――うん???

 

 アカネは訝しんだ。

 

「私、これ、よくわからないんだけど、しらないんだけど、おかしい?」

 

 ――ん~~~~~………

 

 アカネは魂の内側で暫し悩むように額を揉む。

 悩ましそうにしている所はウルに似ているなあ。と、非常にこの場にそぐわない暢気な感想を得ていると、アカネはサムズアップした。

 

 ――まあにーたんならだいじょうぶ!むだにうつわでっけーから!

 

「そっか!」

 

 ディズは喜んだ。

 

「【神陽ヨ世界ヲ照ラセ(ゼウラディア・サルヴァ)】」

 

 そして力を解放した。

 

 

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