かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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魂の接触

 

 何処までも見通せる闇の中で、

 

「昔のことはさ」

「ああ」

 

 ウルは金色の幼い少女と共に歩いていた。格好はボロボロで、金色の髪は泥なのか血なのかわからない汚れでくすんでいる。そんな幼い少女は、ウルの道先を案内するように先を進みながら、楽しそうに時折こちらを振り返っては笑った。

 

「あまり覚えていないんだよね。両親のことも」

「“混じり”だったな」

 

 見れば、少女の耳は只人にしては長く、森人にしては短い半端な長さだ。金色の少女は頷いた。

 

「森人と只人のね」

「……そういや、そもそもなんで方舟の中は、種族バラバラなんだろうな。魔界ってか、外の世界はそうじゃなかったのに」

「真人計画が途中で頓挫した結果、らしいよ。人類の種族をより高次元に改竄しようとする途中で、結果としてそれが多種族に繋がったと」

 

 結果として、それが種族間の差別や問題として方舟内部でそれなりの年月くすぶっていた事もあったのだという。改善したのは意外にも最近だった、と金色の少女は淡々と説明する。だから今は、その問題が起こらぬよう、神殿側もかなり入念かつ厳格な道徳教育を続けているらしい。

 

「そんなこともあって、混血児は中々作られない。神殿が抑制しているからね。だから私は……まあ取りこぼしかな」

「取りこぼし」

「私がコレまで、見捨ててしまった人たちと同じだよ。そんなこんなで、物心ついたら苦痛の中だった」

 

 そう言って、闇の中で不意に血の匂いがした。先を行く少女と同じ金色が、血と、泥と苦痛の中に沈んでいる光景が浮かび上がっていた。ウルは顔をしかめると、金色の少女は申し訳なさそうな顔になった。

 

「ごめんね、酷いものを見せた」

「こっちの台詞なんだがな。踏み込んで悪いな」

 

 ウルはため息をつく。ユーリとの時もわかっていたが、この“接触”は中々に容赦無い。

 

「魂同士の接触は、こうなるわけだ」

「互いの隠したいこと、弱いところが筒抜けになるんだよねえ……」

 

 隠そうとすることも出来ない。見ようとしなくても何処までも見えてしまうし、逆に知られてもしまう。

 

「前、嫌がってた理由もわかったよ。恥ずかしい、なんて次元じゃねえや」

 

 旅を始めたばかりの頃、効率の良い瞑想の仕方を教えてもらった時、魂の接触を彼女は恥ずかしがっていた。あの時は全くピンと来なかったが、今なら分かる。

 魂と魂が触れ合い、会話を交わすと、互いがあまりにもあけっぴろげになりすぎる。

 感情がモロに伝わってくるし、適当な誤魔化しも出来ない。ヒト前で隠したいような悪感情すらも容赦なく相手に伝わる。まともな神経でやれるものではない。

 今、会話のような体裁をとってはいるが、それはその方がやりやすいからで、実際は殆ど直接、互いの思考と感情を直接交換している。

 

 コミュニケーションの手段としてはあまりにも直接的が過ぎる。

 

 後ろめたい者や心の弱い者が不用意にこんな真似を行えば、それだけで心が砕けてしまいかねない危険性があった。

 

「まあ、あの時の事は殆ど覚えていないけど」

「私の立場もあったからね。いくらかセーフティは用意してたんだよ」

 

 ここまで深く繋がったら、無駄だけどね。と少女は肩をすくめた。

 

「……あれ、そうなると俺の方の情報はあの時点で結構筒抜けだったのか?」

「すぐに終わらせたから、殆ど記憶を読み取らないようにしたんだけど……」

「けど?」

 

 金色の少女は何かを思い出すような難しい表情になって、申し訳なさそうに感想を述べた。

 

「ちょっとだけ見えた記憶は、ワイルドだなあって思ったよ」

「恥ずかしい」

「恥ずかしいですむかなあ、アレ」

 

 いらん情報が見られてしまったらしい。

 

「で、ザインが助けてくれたと」

「そう。で、外に出た」

 

 不意に、目の前に扉が現れた、金色の少女がノブを回して扉を開けると、不意に風が吹いてきた。

 

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 太陽がゆっくりとその身を休ませようとしている。

 

 イスラリアの中でも最も高く、民達を見守る巨大なる霊山、アーパス山脈。山々の懐へと太陽が沈んでいく。眩く美しい光に照らされ続けた大地は、ゆっくりと夜へと変わる。

 

 今この時は昼でも夜でもない。その境。世界が切り替わる夕暮れ時だ。

 

 イスラリアの民達は、この時間帯を好む者は殆ど居ない。都市に住まう都市民達にとって夕暮れは、太陽神が身体を休める時間であり、偉大なる護りが損なわれる夜の訪れを意味する。外を出歩く名無し達にとっても、闇に紛れて魔物達の襲撃を警戒し、慌ただしく準備を始める時間帯だからだ。

 

 イスラリアで、黄昏に美しさを感じる者は殆ど居ない。

 

「これがお前が見た景色か」

「綺麗でしょ」

「そうだな……綺麗だ」

 

 ウルの隣に座る金色の少女は、ウルの簡潔でまっすぐな感想に頬を染めて、自分が褒められたかのようにくすぐるような笑い声を喉から零した。

 本当に、綺麗な景色だった。

 ウル達が並び座る場所は小高い丘で、草花が風に揺られていた。時季は夏も終わろうとしている頃合いなのか、草原の背丈は低かった。少し下った先には湖があって、夕暮れの空と、沈みかけた太陽の輝きを映して、眩く輝いていた。

 そしてそのすぐ側では、一人の少女が駆け回っている。ウルにとっては懐かしい、自分と同じ灰色の髪の幼い少女にウルは声を張り上げた。

 

「アカネ-!あんまり駆け回るなよ-!ころぶぞー!」

「へーき!」

 

 精霊に憑かれたときの姿ではなく、ヒトの姿になった彼女は楽しそうに平原を駆け回っていた。精霊憑きだった頃と比べれば、よっぽど不自由の多い身体だろうに、その不自由がたのしいというように、彼女は笑っていた。

 

「此処だと、アカネも元の姿で居られるんだな」

「此処は私の魂の中で、彼女の魂の中でもあるからね。彼女は自由だ」

 

 そう言いながら、金色の少女は立ちあがる。少しだけ、成長して見えた。汚れは消え去って、美しい姿で黄金のように輝く世界を愛おしげに見つめる彼女は、やはりどこまでいってもディズだった。

 

「さて、私の中に入ってきたね」

「言い方」

「事実じゃないか。いや、君の中に私が入ったのかな?まあどちらでも良いか」

 

 ディズは改めてウルへと向き直る。

 

「私は君の眷属になるのかな」

「そうしてくれるとありがたい」

「おや、おもったよりも強制じゃないね」

 

 まあ確かに、相手を眷属化するなどというやり口、印象としてはもっと禍々しい。実際、灰色の炎を鎧の如く纏うユーリの姿は見ようによっては邪悪が過ぎた。が、そこまで都合良く相手を好き勝手出来る力でも無い。

 

「既に加護は押しつけてるが、出来ればその後受け入れてもらう方が望ましい」

「そうなの?」

「此処では嘘も偽りも効かない。魂の契約になるからな。無理強いしたってな」

 

 そこら辺の融通を利かせる事はできなかった。“眷属化”の術式を研究していたリーネに時間を用意することができなかった。とはいえ時間があったとしても難しい問題であったらしい。

 どのみち。肉体も何もないこの空間内でなにかしらを備える事は困難だ。

 

「なるほど。その為に口説くと」

「やめい」

「……あれ、というかじゃあユーリも口説いたのウル。凄い、尊敬する」

「ガチ声で敬意を払うな」

「にーたんったらほんとうにむかしっからよ?」

「妹が敵に回った」

 

 相手を無理やり眷属化するなどという妖しい状況からとはほど遠い会話が繰り広げられた。

 

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 そこから暫く、ユーリの話が続き、いろいろなことをウルとディズは話し合った。互いが知らなかった子供時代の話を、永遠に終わらない黄昏の景観の中で、話を続けた。

 

「結局の所」

 

 そして、一通りの話を終えて、不意に会話が途切れた後、ディズは目の前の景観を改めて眺めた。

 

「私にとってこの景色を守るのが全てだったんだよね」

 

 ゆっくりと内心を吐露するように言葉を吐き出した。その声色は先程まで楽しく話していた彼女とは違って、少し重かった。

 

「だけど、この景色は嘘だった。正直、これが一番ショックだったな」

 

 途端に、目の前の景観が変貌していく。茜色の美しい空は、禍々しい赤と黒の色に変容し、暗雲が渦巻きだした。銀竜達が空を舞い、大地は魔物と竜達が跋扈する。

 魔界の空だ。イスラリアという世界が奪い、穢した結果生まれた本来の空の色だ。先程まで美しかった湖畔の光景が穢された。初めてそれを見たウルでも、その変貌には痛みを覚えずにはいられなかった。

 

 ウルがそうなら、ディズはもっとそうだろう。見れば、彼女の表情は今にも消えてしまいそうなくらいに痛々しく、弱々しかった。 

 

「嫌だったなあ」

「そりゃそうだろうな」

 

 ウルは彼女の背中にそっと触れた。

 当たり前のことで、分かっていたことだったが、彼女も傷ついていた。

 

 彼女はこの方舟を愛していた。その世界に住まう住民達を愛おしく思っていた。極めて善良なる、心優しい少女なのだ。その彼女が愛した世界が、世界を穢す毒だったなどという真実、彼女が一番堪えるに決まっている。

 

「うそだけじゃないんじゃない?」

 

 いつの間にか緋色の妖精の姿になったアカネが、不意にディズの傍に近付いた。俯く彼女の頬をむにむにと触れると、慰めるように何度も頭を撫でた。

 

「ディズがきれいだっておもったものが、ぜんぶうそになったわけじゃないよ」

 

 ずっと、ディズの傍で彼女と共に闘ってきたアカネの言葉だった。ウルが色々と頭を巡らせた慰めの言葉よりもずっと、まっすぐだった。その彼女の言葉を聞いて、ディズはようやく小さく笑った。

 

「わかってはいたつもりだったんだけどね」

 

 アカネを撫で返す。こそばゆくする彼女にディズは優しく、少しだけ申し訳なさそうに立ちあがった。その瞬間、ウルの記憶にもある、黄金の鎧を身に纏った騎士に変貌した。美しくも凜々しい勇者となったディズは、幼い頃と変わらぬ笑みをウルへと向けた。

 

「私がウルからアカネを奪ったのと同じだ。平等で完璧な幸福なんて存在しない。世の中の平穏を維持するために、その裏には、絶対に何かしらの犠牲が存在している」

「事実、格差はあるしな。名無しと都市民、神官じゃ全然、同じ種族でも寿命すら違う」

 

 真実が明らかになるよりも前から、イスラリアという世界が平等で完璧な世界だったかといえば、そうではなかった。明確な格差が存在し、理不尽に不利益を被る者達は沢山居た。

 

 だからこそ、彼女はそれに少しでも抗うべく、戦いを続けていたが、そうしようとしていた彼女すらも搾取する側になってしまう。容易にはいかない現実の難しさだ。

 

「勿論、完璧なんてできやしない。だからこそ出来る限りはと駆け回る覚悟はずっと出来ていたつもりだったんだけど……今回はね」

「大規模過ぎだな。そりゃショックは受けるさ。犠牲の規模も違いすぎた」

 

 世界の全てだと思っていたイスラリアが、世界の一部に過ぎず、その一部に過ぎないイスラリアが、世界の全てを飲み込もうとするなど、ウルなど全く予想もしていなかったし、正直今でもイメージが全く沸かない。

 コースケ達から一応話を聞いて、世界の地図なるものも見せて貰った今でもまるで想像が付いていない。世界から比べればイスラリアは本当にちっぽけだったなどと、知らぬ者に説明したところで信じやしないだろう。

 

「それに。ディズ、まかいのひとたちとおはなししたら、すきになったでしょ」

「なってたね。だから出来るだけ接触しないようにした。だけどその時点でね」

 

 結局、ディズは何処までも善人で、その善性はイスラリアという場所に依存したものではなかった。彼女は懸命であろうとする弱者に好意を持ち、正しくあろうとする強者に敬意を払う。相手がイスラリアの外の住民だろうとも。

 外の世界の人々を切り捨てようとした時点で、彼女は無理をしていた。

 

 そしてもう一つ、根本的な問題がある。

 

「イスラリアの神となった以上、庇護下の者達をちゃんと護りたいと思ったのも嘘じゃないんだけど……ウルと戦って、分かっちゃったよ」

 

 ディズは頭を掻いて、本当に困った顔で言った。

 

「ガラじゃないや、神様」

「だろうな」

 

 結局、彼女は神様をやるような性格ではなかった。

 

 精神的な強度がどうだとか、他者を思う気持ちが強いだとか、そういう問題とは関係なく、純粋に絶対的な支配者として君臨することに彼女は向いていない。

 

 【星剣】の選定基準は、恐らく決定的な所で間違えているか、見逃している。

 

 勿論、それでも彼女ならやってやれないことはないだろうが、間違いなく、瑕疵は生まれていただろう。それは彼女の心を傷つけて、膿んだ筈だ。

 

「無理に続けたら、もっと迷惑かけちゃうって、分かっちゃったよ。うん、ダメだね」

「そもそも、神に向いてるヤツなんているとは思えんが」

「そうかもね。もっと早く気づくべきだった……迷惑かけるな」

「適性のないヤツに無理に仕事させて問題が起きたら、それは押しつけた側の責任だよ」

「ウルは優しいね」

「一般論だ」

 

 ウルはそう言うが、ディズは何時までも嬉しそうだった。

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