かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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死の嵐

 

 ウルは、血で汚れていない机を引っ張り出してそこに腰掛けた。

 

「まあ、本当に色々と言いたいことはあるんだが……とりあえず再会できてよかったよ。大前提として遭遇できなきゃ話しにならん」

 

 直接魂に触れることでの対話は、実際に言葉を交わしている訳ではない。心の底から拒絶されてしまうと、会話は成り立たない。根本的に、干渉される側に主導権はある。

 彼女の記憶の断片にふれる事が出来ても、彼女に直接話すことが出来なければ結局の所意味が無いのだ。ようやく前提条件をクリアできたと言うことになる。

 

 醜く、悍ましい、うめき声を上げる異形のバケモノを前に、ウルは安堵していた。

 

「それで、話はさせ、が!?」

「――――――――――――!!!」

 

 真っ黒な拳が飛んできた。巨大な拳をウルは全身で受け止めて、馬車にでも轢かれたかのように全身が吹っ飛んで転がった。

 

「ああ、全く……」

 

 だが、すぐにウルは何でも無いというように立ち上がる。そしてそのままシズクへと近づく。彼女は再びその巨大な拳を振り回そうとするが。

 

「話を、聞けっての!!!」

「っが!?」

 

 その腕をウルはつかみ、背負い投げした。

 三メートルはあろう巨大なる怪物は、まるで中身が伴わない風船のようにふわりと浮き上がり、地面にたたき付けられる。明らかに物理法則を無視しているが、当然だ。そもそもここは現実ではない。

 魂の世界だ。誤魔化しなど効きようがない。

 

「自分を殺したくて仕方ない奴が、誰に勝てる。今ならエシェルにも素で負けるぞお前」

 

 シズクが叩きつけた地面が砕けて、割れる。記憶から形作られた「学校」という空間は溶けてきた。何処までも真っ白い空間の中、幼いシズクの鮮血だけが遺された。その中心で、ウルはシズクを地面に押さえつけて、拘束する。

 

「は、な゛し で」

 

 やはり、普段とは比べものにならないくらいに醜い、しかし確かにシズクの声で放たれる拒絶の声をウルは一蹴した。ぐしゃぐしゃに暴れる手足を押さえつけ、その上に椅子代わりにして乗っかかる。

 

「理解は出来たよ。お前がどうして月神に拘るのか」

 

 そして、ウルが小さく囁くと、シズクの動作はピタリと止まった。

 代わりに、小さくブルブル痙攣する。震える。まるで、何かに怯えるように。

 

「もしも世界を救えなければ、その力を失ったなら」

 

 巨大な手足が震えて、暴れ出す。ウルの言葉から逃れるようにバタバタと、ウルは振り落とされないようにのし掛かった。そしてウルは、彼女が最も耳にしたくなかった、彼女にとっての真実を口にした。

 

「自分が家族を見殺しにした意味はないってか?」

「あ゛」

 

 次の瞬間、怪物のようになったシズクの肉体が弾けた。

 皮膚から無数の真っ黒な棘と刃が伸びて、それらがウルを吹き飛ばし、身体を串刺しにした。怪物は起き上がり、ズタズタになったウルを睨むと更に吼え猛る。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛!!!」

 

 彼女の痛々しい咆吼と刃が突き刺さり、ウルは強く深く顔を顰めた。だがそれは痛みからくるものではなかった。あまりにも痛々しい、血反吐を吐くような彼女の絶叫を聞いているが故だ。

 

「そりゃ、アカネも怒るわ。なんて悲惨な誤魔化しかた――――」

 

 言っている間に、拳が飛んできた。

 先ほどまでの、ただ振り回された拳では無く、本物の殺意が込められた拳だった。ウルは大きくため息をつくと、そのまま動かなかった。

 

「――――」

「あ」

 

 拳に直撃したウルの身体は、バラバラにはじけ飛んだ。

 幼いシズクの血だまりの隣で、ウルだった者の残骸が広がっていく。白い空間を緋色に染めていった。自らそうしたシズクは、自らの所業に一瞬呆然となった。そして

 

「ひ」

 

 引きつったような悲鳴をあげて、その真っ赤な血肉を前にして立ち尽くした。触れるものを全て傷つける両腕で、自らを引き裂きながら、喉を震わせ座り込んだ。両腕を広げると、自分がすり潰したウルの死体を指で触れて、かき集め始めた。

 

「あ、ああああああ………」

 

 当然、そんなことをしたところで、砕け散った彼の身体は戻ることは無かった。自分の身体を真っ赤に染めるばかりで、何一つとして元に戻ることは無かった。血に穢れた彼女はひたすらに叫び続け、最後にはその腕で頭を抱え込むようにして小さく小さく蹲った。 

 

「あああああああああああああああああああああああああああああ………!!!」

 

 嘆き声と共に、怪物の黒い鎧が剥がれていく。腐敗し、溶けて、血として流れていく。全てがそげ落ちた場所に遺されたのは、たった一人で泣き崩れる少女だった。

 

「ごめんなさい」

 

 シズクは、誰に向けるでも無く囁いた。震えたその声には、後悔と嘆きが詰まっていた。

 

「ごめんなさい、全部私の所為です。私が皆を殺しました」

 

 心臓が、潰れてしまいそうなほどの痛みが、言葉と共に吐き出された。

 

「はやく」

 

 彼女の周囲で黒いシミのように広がった怪物が再び形を成す。それは彼女の身体を覆うのでは無く、鋭い刃のようになってシズクの身体を刺し貫いた。

 

「はやく世界を救って、皆を助けて、全部終わらせて――――」

 

 無数の黒い巨人が姿を現し、両手で刃を握りしめ、シズクをめった刺しに打ちのめす。うずくまり、苦しむ彼女を責め立てるように。

 

「――――死にたい」

 

 そしてシズクは最後にそれを口にした。

 

 自分自身の、絶望を。

 

「巫山戯んなよ」

 

 そこでとうとうウルはブチギレた。

 

 

              ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 この戦争の最も深いところに踏み込むため、残された僅かな時間でウルはこの世界の多くを知っていった。

 

 どうしようもない世界の現実。その地獄の最中で藻掻き苦しみながら必死に抗おうとしてた人類と、その犠牲となっていった子供達の事。その多くが苦痛に満ちていた。

 

 そんな世界の現実に対して、ウルは決して必要以上に声を荒げることはしなかった。

 

 シズクやディズに対して怒りは見せても、この世界の構造と、それに抗った人々の狂乱については、どうこうと口出しするつもりは無かった。これまでそんな世界の苦しみを何一つ知らずにのうのうと生きてきた自分に、そうする資格は無いと思ったからだ。

 だからシンタニに対しても、むしろ寄り添った。

 

 ウルは堪えていた。

 

 堪えて堪えて、そしてたった今、その我慢の限界を迎えた。

 

「自分の所為で皆が死んだだぁ?」

 

 爪が食い込み、血が滲むほどに拳を握りしめる。声が震える。感情の抑制がまるで効かなくなっていることを自覚しているが、最早抑えるつもりなど無かった。

 黒竜の槍がウルの手に握られる。主の憤怒に呼応する様に、槍は禍々しく燃えさかる。

 

「お前の!」

 

 そしてウルは前へと踏みだし、

 

「所為な訳!!」

 

 シズクを抱きしめ、

 

「ねえだろうがぁあ!!!!」

 

 彼女を傷つける全てを焼き払った。 

 叫び、吼え猛る。灰の炎は燃えたぎり、あらゆるを焼き払う。

 彼女を傷つけようとする、彼女自身の呪いを睨み付けて、ウルはあらん限り叫んだ。

 

「こんなもんが!!!お前の所為な訳があるか!!!巫山戯ンな――――――」

 

 だが次の瞬間、白い世界が激しく振動する。ウルはぎょっと顔をしかめた。

 

「……!」

 

 足下の地面から突如、黒い力が溢れかえり、ウルの身体をズタズタに引き裂く。さらには抱えていたシズクを、強制的にウルの腕から奪い去った。

 

〈救世は為されね■ならない〉

 

 声がした。自分の体を再生させながら、ウルは眉を顰めた。

 

〈方舟を■倒し、人類を救済し、惑星を回復■ねばならな■。その使命を果たせ〉

 

 彼女の内側に植え付けられ、強要された救世への()()()()である事をウルは理解した。世界が彼女に押しつけた使命が、魂の内側で悪感情を糧にして形を成した。

 それがシズクを覆い尽くし、彼女を閉じ込める。そして彼女を奪おうとするウルへと明確な悪意の刃を向けてきた。

 

〈それを阻むものに、鉄槌を――――〉

「うるせえよ」

 

 その悪意へと、ウルは吐き捨てる。

 

「泣いてる女に縋んな」

 

 そして懐から白い破片を取り出した。

 魂だけの存在になっても尚、ウルの側に寄り添うように付いてきていたもの。友であるロックが残した骨片をウルは握り締め、そして砕いた。

 

「【ロック!!!】」

 

 これはロックの残した残滓で、ただの欠片でしかない。

 ウルに語りかけてくることは無い。

 

 だがこれに、彼が込めた想いが、願いが何なのかを読み取ることは出来るのだ。

 

 ――友よ!!彼女を救うぞ!!!

 

「ああ、行くぞ兄弟!!!!!」

 

 ここは魂の世界で、思念が形作られる空間だ。

 それに沿い、骨片に残された思念が、ウルの魂に呼応し形を作る。周囲が揺れ動き、空間から大量の死霊兵がこぼれ落ちる。ウル自身の足下からの巨大なる餓者髑髏が精製され、機神の如く立ち上がった。

 

 その死霊の王に乗り、暗黒の渦に呑まれ、閉じ込められたシズクを睨み、ウルは叫んだ。

 

「あのバカ女を連れ戻す!!!」

 

 少女の絶望を終わらせる死の嵐。

 

『カカッカカカカカカカカカカカカカカカカ!!!!!』

 

 【終焉災害/死霊王】は呼応し、高らかに笑った。

 

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