かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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死霊の軍勢戦⑤

 

 

《逃げ、られました》

 

 シズクからの通信が届いたその直後、ウルは突然発生した地響きに足をもつれさせた。

 

「なんだ……?」

 

 地面が揺れる。砦が崩壊しようとしているのかとも思ったが、揺れと同時にあの“脈動”が起こっている。この一帯が揺れ動いている。経験したことがない現象にウルは屈みながら周囲を見回す。

 地面が揺れている?地面、地下には迷宮と悪霊樹しか―――

 

「まて」

 

 逃げた。とシズクは言った。逃げた。下に。地下迷宮に。悪霊樹のもとに――

 地響きが一層大きくなる。そして何かがあちこちから飛び出した。土色の、巨大な蛇のようなものが、いや、よく見れば蛇ではない。石のようにゴツゴツとした表皮をしたそれは、

 

「“根”か?!」

 

 悪霊樹の根と思しきものが地下から這い出してきた。それも尋常な数ではない。数え切れぬほどの無数の木の根が地下から飛び出してきた。そしてのたうちながら崩れかかった砦を破壊し始める。

 

「うっおお!?」

「ウ、ウルさん!!」

 

 ラーウラの悲鳴が聞こえる。だが応じる余裕はウルにはない。

 震動は先程までの比では無くなっていた。元々カナンの砦は数百年の時間経過で劣化が進行していた。形が残っていただけでも奇跡に近かった。だが、餓者髑髏の度重なる攻撃と、この地下からの破壊で完全に限界を迎えた。

 遺された形が全て崩壊していく。ウルとラーウラの間の道が崩れ、崩壊が進んでいく。

 

「こっちに跳んでこい!!」

「ム、ム、ムリ!!」

「死ぬぞ!!」

 

 ラーウラは必死の形相で跳んだ。ウルは彼女の身体を受け止めた。直後ウルの足元まで崩壊が進んだ。ウルは咄嗟に彼女を庇いながら、下へと滑落していった。肘、肩、兜と連続して何処かにぶつかり、最後は背中を激しく打ちながら、防壁の下へと落下した。

 

「っぐえ…!!」

「だ、だ、大丈夫です?!」

「なん、とか、な」

 

 ラーウラの声に必死に応じる。少なくとも、身体は無事だ。耐衝のアクセサリーが一つ砕けた感覚があったが、こういう時のための使い捨て品だ。こんな窮地であってもどこか惜しむ自分の心をなだめるように言い聞かせて、ウルは体を起こした。

 

「……で、なにがどうなってこうなってここはどこだ」

「つ、土煙がひどくて。あ、あと、すみません。私もう魔力が」

「ラーウラさん後ろに下がって。シズク、シズク?……魔具の雑音がひどいな」

 

 周囲を見渡そうにも視界が悪い。死霊兵の出現を警戒し、ウルは槍を構えたが、やってくる気配はなかった。代わりに

 

『……こぉぞおおおおおおおおお!!!』

「爺か」

 

 敵は敵だが、意思疎通できて情報を流してくれるならこの状況はありがたい。ウルは声のした方に槍を構え直し、待ち構えた。間もなく土煙の中から、骨の騎士が顔を出す。

 カタカタカタと頭蓋を鳴らしながら、死霊騎士は声を上げる。

 

『小僧おおお!まずいぞ!』

「何が」

『ワシ絶好調!!』

「はったおすぞコノヤロウ!」

 

 もう少し益になる情報を言え。と言おうとした。が、ふり下ろされた剣の力にウルは息を詰まらせた。本当に、力が強い。今までよりもさらに強くなっている。慌て、両足を踏ん張って槍を支えるが、丸ごと押しつぶされそうな力に、ウルは顔を顰めた。

 

『ぬう!!』

 

 押し切られる。というところで騎士の刃がピタリと止まる。その隙にウルは剣を弾き、距離をとる。絶好調、その言葉の通りの意味だった。

 注がれる魔力量が増えた?先ほどの脈動で強化されてる?

 

『やたら大量の魔力が送られてきておる。だが、逆に飢餓感は落ちてきている、もう少し抵抗できそう―――なんじゃ?』

 

 再び、地響きがする。巨大な何かが近づいてくる音。

 

「餓者髑髏か……?」

 

 餓者髑髏はシズクの魔術で凍り付かせた。骨の器を全て粉々に砕いた訳ではないが、しかし簡単に動けるはずがない。で、あればこれは――

 

『……………ZIIIIII』

 

 悪霊樹の擦れるような音、それと共に近づく地響きがする。

 土煙が晴れると同時にウルはそれを見た。巨大な二つの大樹が、まるで巨人の足のように交互に動きながら、崩壊した砦を踏みしめている。足だけでない。胴も、両腕も、そして頭までも、複数の悪霊樹の組み合わせによってできた巨人がいる。

 

 

『ZIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!!』

 

 

 大悪霊樹(ギガントトレント)が叫んでいた。

 

「身体、代えやがった……?」

 

 動かせなくなった骨の器を全部丸ごと捨てて、地下迷宮の大樹に乗り移った?

 そんなことできたのか?出来るとしたら、それはもう反則だ。器を破壊しようと、別の器に乗りうつりさえすれば良いのだから。そんなことを繰り返されれば、力尽きるのは間違いなくコッチだ。 

 だが、恐怖し混乱している暇もなかった。再び地響きが起こる。ウルは先ほどの光景を思い出し、咄嗟に横に跳んだ。次の瞬間、足元から悪霊樹の根っこが飛び出した。

 

「死霊兵の次は、これか!!」

 

 これはまずい。

 死霊兵のようにノロノロと近づいてくるならまだ対処は可能だが、足元から突然突き出てくる“根”の攻撃は、どこからやってくるのか非常にわかりづらい。唯一震動だけが予兆と言えなくも無いが、カナンの砦の崩壊が始まって以降、揺れはずっと続いている。区別が付かない。

 

「きゃああ!!!」

 

 言っている傍から、ラーウラが足元から伸びる木の根に捕まった。足元に絡みついた木の根が彼女を縛り、そのまま瞬く間に胴へと伸びる。拘束、などという生易しい縛りではない。肉を喰いこみ骨を砕こうとするような力が込められていた。

 

 

「あ……がっ」

「クソが!」

 

 ウルは竜牙槍を一気に叩き込む。どれだけ出現した木の根が蛇のように動き回ろうと、地面から這い出た根元は動かない。狙いを定めて叩き込んだ竜牙槍が根元を打ち砕く、ラーウラの拘束が解け緩んだ。

 

「っか、ケホ!!ウ、ウル、ウルさん!!」

「逃げ回れ!ここから離れろ!!足を止めるな!!」

 

 解放したラーウラにウルは矢継ぎ早に指示を出す。

 島喰亀で襲われ、捕まり、更にそこから戦って、魔力まで使い切った。もうすでにラーウラは限界だ。彼女もそれはわかっているのかウルの指示に必死に頷き、駆け出した。

 尤も、ウルとて既に限界は近い。此処への侵入から悪霊樹、盗賊、死霊兵、餓者髑髏と戦い詰めで既に体力はつきつつある。強靭薬によるドーピングも限界がある。薬の効果が切れれば反動が来る。今度こそ動けなくなってしまう。

 

「早く、本体を、ぐっ?!」

 

 木の根が再び地面から伸びる。拘束か?とウルは背後に跳ねるが、高く伸びた木の根は、そのままゆらりと垂れると、鞭のようにしなり、いや最早鞭そのものとなって、ウルへと叩きつけられた。

 

「っが」

 

 盾で受け損ね、胴体に直撃し、そのまま力ずくで瓦礫の山に叩きつけられる。残る耐衝撃の装飾が砕ける。保険が尽きた。しかも危機はまだ終わってはいない。

 

『ZIIIIIIII』

「―――っ」

 

 木々の擦れる音と共に地面から次々と木の根が伸びてくる。ウルは腹の痛みを堪えて、跳ねるようにしてその場から逃げ出した。

 状況が息つく暇も無く悪化し続けている。なんとか打開策をみつけなければ――

 

『小僧!!』

 

 畳みかけるように死霊騎士の声がする。竜牙槍を握る腕の動きが鈍い。せめて、盾を構えねばと思ったが、盾の動きよりも死霊騎士の剣の動きの方が圧倒的に速かった。

 だが、その剣閃はウルではなくその頭上を掠めた。

 

『ZI!』

 

 背後から襲い掛かろうとしていた”根”を死霊騎士の剣は切り裂いたのだ。

 

「じ、爺」

『しっかりせい小僧!!もうちょいじゃ!!』

 

 死霊騎士は声をあげながら剣を振る。それはウルの方向を向きながら、絶妙に剣先をずらし、ウルを掠めながら周囲の木の根を引き裂いていった。

 

『ようみろあの木のバケモンどもを!奴ら死霊術師に取り込まれておらん、“捕食”されきってはおらん!」

 

 言われて、確認する。確かに大悪霊樹にも餓者髑髏と同様の“脈動”の赤黒い光が奔っている。が、確かにその光の影響範囲は少ない。木の根は次々にウルに襲いかかってくるが、肝心の本体、大悪霊樹はその場を動き回るばかりで直接ウルを狙ってはこない。

 此方に近づいてくるかと思ったら、急に見失ったように方角を変える。そして出鱈目な方向へとその腕を振り下ろす。動きに一貫性がなくちぐはぐだ。

 

『追い詰められて、焦って強引に多量の魔力を送って捕らえたにすぎん!踏ん張れ』

 

 追い詰められてる?本当に!?

 とウルは叫び出したくなった。だが追い込んでいる。そう思うしかない。追い詰められていなかったらウル達は終わりだ。

 そしてやるべきことは変わりない。あの核を破壊する事だけだ。

 

「爺!今死霊術師の核が悪霊樹の体内のどこにあるかわかるか!!」

『近くじゃ!!』

「わかるかい!」

 

 今度は叫んだ。これでは意味がない。敵の位置がわからなければ倒しようがない。幾らここで木の根を切り倒しても、あの悪霊樹達はあくまで操られているだけ―――操られている?

 ウルは大きく息を吸って、吐く。脳に空気を送り込み、頭を回転させる。

 考えろ。

 天賦の才も並みならぬ努力も足りないのなら、せめて考えることを止めるな。

 

 “核”による悪霊樹たちの支配は不完全だ。

 あの大悪霊樹の動きをみてもそれは明らかだ。もし支配が完全なら、あの巨大な木の巨人にウルはとっくに踏み潰されている。餓者髑髏のように自在に操れている訳ではない。

 

 故に、疑問が湧く。

 

 そんな、ちゃんと制御もできていない強大な魔物の体内に、無防備な心臓を隠すような真似をするか?

 

「ウル!ウル!!」

 

 そのタイミングで、ウルを呼びかける声がした。見ればニーナが木の根を躱しながらこちらに近づいてくる。

 

「ウル!シズクさんが魔術を使った後グッタリして!!」

 

 彼女の背中にはシズクがもたれかかっている。彼女の症状には見覚えがある。魔力枯渇による消耗だ。発展魔術で魔力を一瞬で消費し、体力も一気に削られたのだ。

 だが、ちょうどよかった。

 

「シズク起きろ!」

「あんた悪魔か!」

「急がないと俺達が死ぬ」

「シズクさん頑張って!!!」

 

 回復薬と魔力回復薬を朦朧としているシズクに強引に含ませる。青い顔をした彼女だったが、少しばかり血の気がもどり、ゆるゆると頭を振った。そしてニーナの背からうっすらと、こんな時ですら美しくウルに微笑んだ。

 

「ウル、様」

「平気か?」

「問題ありません。発展魔術は疲れますね」

 

 ウルはほっとしながらも、指示を出す。

 

「シズク、魔術だ」

「攻撃を?」

「“違う”」

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 死霊術師が己の状態に気が付いたのは、“そうなって”しばらく経った後の事だった。死霊の業を身につけてから長い事感じたこともなかったような強烈な“飢餓感”が彼の意識を呼び覚ました。

 

 手も、足も、体も失い、肉体を完全に損なった己の姿を彼は知覚した。

 

 初めに覚えた感情は驚愕、次に狂喜、そして怒りが湧き上がった。血肉を失った衝撃は、しかし元より他者の魂も己の魂も好き勝手に弄んできた彼には些事だった。そして己の宿願。“邪神”への貢献に成功したことを確信し喜び、そして自分を殺したあの女に対する怒りが湧き出た。

 

 “我らが崇高なる使命”を邪魔しおって

 許されぬ。赦されぬ。償わせねば、その魂でもって――――

 

 あの女には不意を打たれ殺された。

 だが、今ならそうはなるまい。何故なら彼らが信奉する“邪神”の、竜の加護が与えられたのだから。事実、力が内側から満ち溢れるのを感じていた。圧倒的な万能感が飢餓感と共に満たされていた。

 何もかもを喰らいつくすことも叶うという確信が彼にはあった。

 

 おお!神よ!ご覧あれ!貴方の下僕がイスラリアに住まう家畜どもを喰らうのを!!

 

 そして、死霊術師は暴れだす。力を振りまわし、そして何もかもを喰らおうとした。圧倒的である。本来は文字どおり精魂を消耗しなければ操ることも出来なかった餓者髑髏も、今や自由自在だった。他者の魂、魔物の支配も、“捕食”も可能とする圧倒的な権能だった。

 

 素晴らしい!素晴らしい!素晴らしい!!

 

 彼は力を振り回す。振りかざす。周りにまとわりついていた羽虫どもを叩き潰す。気分が良かった。死霊術師として魂を削りつづけ、何もかもが削げ落ちていった彼の人生で初めて愉快な気持ちだった。

 

 だから彼は力を振り回して、喰らって、振り回して、喰らって、―――――――――――そして、今、追い詰められていた。

 

 …………あれ?

 

 彼は、不思議に思った。何故今、自分は追い詰められているのだろう。力を得たのに。彼が信奉する神の、“邪神”の加護を得たのに、今、薄暗い闇の奥に隠れる羽目になっているのだろう。

 

 何故?何故?何故?

 

 答えは傍から見れば必然だった。

 今の彼は、彼自身が今まで使っていた死霊兵と同じ存在になったのだ。邪悪なる竜にとって都合の良い、使い捨ての道具になったのだ。適当に使った後、捨てるための道具に。

 で、あれば、この結末は必然だ。遅かれ早かれこうなってはいただろう。今まで使い捨ててきた死霊兵と同じ末路を、自分が辿るに過ぎない。

 

 故に、破滅はやって来る。

 

「【咆哮】」

 

 闇から声がした。直後、強烈な爆音が彼の頭上から巻き起こった。天井が崩れ、瓦礫によって魔石となった彼の身体が埋もれていく。何が起きたか、理解する間もなかった。

 

「穿て」

 

 直後、上空から落雷の如く一閃の槍が叩き込まれ、彼は、砕け散った。

 

 




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