かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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最終章/神話の終わりと始まりと
かつての世界の話


 

 かつて、一つの石が宙から落ちた。

 

 ソレを見つけた人類の多くは戸惑い、困惑した。それまでの人類の英知では到底、計り知れない代物であったからだ。

 それがまるで傷つけることが出来ない未知の鉱物で構成されていると聞いて、好奇心旺盛な学者達は集まった。物好きなメディアは騒ぎ立て、それを知識の無い素人達は無責任に騒ぎ立てる。軽いお祭り騒ぎとなった。

 当時の世界には明るいニュースは少なかった。血で血を洗う戦争と、今にもその火が点火しそうなきな臭い話があちこちから漏れていた。そこから目をそらすための乱痴気騒ぎだった。

 

 とはいえ、浮かれながらも多くの者達は冷めた目で見ていた。

 

 何か劇的に事が変わるはずがない。

 その時代は既に多くの未知が解き明かされ、奇跡はその数を減らしていった。今更、全てがひっくり返るような奇跡は起こることはないと多くの者達が経験として知っていた。

 長い歴史の中で、似たような奇跡は幾度となく騒がれて、大騒ぎして、結果、大したことにもならずに収束するなんてことを繰り返したせいで、人々はすっかりと慣れてしまったのだ。

 

 今回も何時もと同じだろう、と。

 この世界は容易くはひっくり返らない。

 

 歴史は深く根ざし、血と怨嗟は根深く染みこんだ。それはどれだけ洗っても拭いきれるものではない。しかも把握しきれないほどに複雑怪奇に絡み合ってしまった。これが一新されることはありえない。ずっとこのままだと、誰もが諦観していた。

 

 誰も思いもしていなかったのだ。

 

 その“石”が、本当に世界をひっくり返すほどの奇跡を有した代物であるなどと――

 

 

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 【真なるバベル】最深層、隠し部屋のその奥にて、

 

「…………」

 

 ザインと共に、方舟の最も深い場所へと辿り着いたゼロは不快感を覚えていた。

 部屋の中にはびこる肉塊は定期的に脈を打ちながら、ゼロ達を出迎えた。部屋そのものの形となったそれらは勝手に動き出す様子は今のところ無いが、先に進むごとに、嫌悪感が強くなる。

 それはゼロに、【真人】に根ざしている本能からくる危機感だ。

 

 ここだけは、なんとか処理せねばならないという危機感。

 外で、何も知らずにいる無辜の民達に、この脅威を晒してはならないという使命感。

 それがゼロの魂を刺激した。

 

 先導するザインは更に先へと進む、そこに在ったのは――――

 

「あれは……」

「恐らく、方舟の防衛……否、粛正機構――――その心臓だ」

「粛正機構、つまりノアの本体?……」

 

 ファイブが訝しんだ表情でそれを睨んだ。

 彼の警戒も分かる。これはまるで方舟という大きな生物にとりついた寄生虫だ。それが、方舟を見守り続けていたイメージがわかなかった。

 だが、ザインは首を横に振る。

 

「粛正機能はノアに後付けされたものだ。そして今、ノアは偶発的な事故でここから逃れた」

 

 そう言いながら、ザインは刃を構える。反射的にゼロはザインを支援しようとしたが、動けなかった。ザインの動きはあまりにも無駄が無く、速すぎた。

 

「【魔断】」

 

 黒い刃が奔る。

 部屋の中に施されていた防護術式、心臓を護るために機能していたそれらの術式がその一撃でもって切り裂かれる。厳重に、複雑に施された守りがただの一振りで切り裂かれるのはあまりにも理不尽が過ぎた。

 

 そしてその斬撃は心臓をも両断した。血と肉をこぼしながら、酷い痙攣を引き起こして落下する。そして幾度かの痙攣を繰り返した後に、動かなくなった。

 それは死んだようにゼロには思えた。すくなくともそのように動作した。しかし――

 

「――――なっ」

 

 しばらくすると、まるで全てが逆戻りするかのように、全ての形が元に戻った。ザインはため息を吐き出した。

 

「やはり、幾らかの再生機能は備えているか。用心深いことだ」

「ザイン!!!」

 

 ゼロが叫ぶと同時に周囲の真人達が一斉に魔術を放つ。蒼く強靱な結界がザインを中心に巡らされる。盾を張った理由は明快だ。周囲の肉壁、血管のようなものが蠢いて、こちらへと殺到し始めている。

 

 攻撃、竜や魔物の襲撃かと警戒したが、それとも違う。魔物のような生物個体がいるようには見えない。まるで部屋全体が動いて、内部の異物である自分たちを排除しようと試みているかのようだった。

 そういう作りであること自体は問題ではない。問題なのは、こちらの攻撃に反応してきたと言うことだ。つまり、

 

「動き出した、防衛機能?竜みたいに、人工知能が?」

 

 セブンが問う。ザインは首を横に振った。

 

「“あのバカ”がこじらせた時期に創った代物だ。このような機構に自分以外の知性を与える訳がない」

「自分以外……って」

「要は、此所は武器庫だ。破壊しなければ方舟に住まう人類全てに()()()()()()()()()()()

「……」

 

 凶器を、誰が?とは真人達も言わなかった。

 再び黒い剣閃が奔る。張り巡らされた結界をまるでくぐり抜けるように地中へと潜り、迫った血管をザインは両断した。セブンはむぅと眉を顰めながら、結界の範囲を足下を含めた全方位に巡らせる。

 

「所詮は後付けだ。【廃棄孔】ほど強固に舟と結びついてもいない。魔力の供給管を切除し、破壊する」

「了解です。ゼロ、行くぞ」

 

 ファイブの言葉にゼロは頷き、終局魔術の準備を開始する。この場所であれば、周囲の被害を気にする必要性は皆無だ。ゼロは漲る魔力を放ち、周囲の真人達と共有する。

 真人達の間で行う、擬似的な魔力の相克現象だ。双方の力を高め続ける。魂のレベルで近しい真人達であるからこそできる奥義だった。

 

「危険と判断すれば離脱しろ」

「冗談言わないで下さい」

 

 尚も淡々と言うザインの言葉を、ゼロは一蹴する。他の真人達とて同じ意見の筈だ。

 

「我ら真人。クラウランの手足にしてその子供」

 

 父、クラウランの悲願、それが果たされる唯一にして最後の機会、この場を逃げ出す者が真人達の中にいるはずも無い。ゼロは剣を掲げ、堂々と宣言した。

 

「世界を零から前へと進める為、方舟の罪と悪を払わん」

 

 その言葉と共に、蒼い雷をまっすぐに振り下ろした――――――ら

 

〈敵対攻撃確認、魔力反射機構作動〉

 

 それがまっすぐに跳ね返ってゼロ達が張り巡らした結界に着弾し、激しい爆発が起こった。結界のおかげでダメージは無かったが、攻撃の使い手であり起点であったゼロは吹っ飛んだ。

 

「っうにゃああああ!?」

「頼りにならん」

「う゛-!!!!」

「ゼロ、唸るのは止めなさい。みっともないから」

 

 あまりに情け容赦ないザインの言葉にゼロは泣きっ面でうなり声をあげた。

 

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 発見当時、比較的冷めていた宙からの飛来物は、瞬く間にその評価を変えた。

 

 【星石】と名付けられたそれは、莫大な価値をもたらした。

 

 【万能物質】、後に【魔力】と呼ばれるエネルギー資源を放出し続けると判明したときの世界の狂喜は凄まじかった。多くの者達にとって、【星石】は慢性的に人類が抱えていた不治の病を解決する為の蜘蛛の糸のようにも思えたのだろう。何もかも、一切合切を解決してくれる奇跡の類いであると思い上がった。

 

 冷めた目つきでいた連中はすっかりと掌を返してしまった。熱狂が巻き起こった。

 

 多くの宗教が、それは自分たちの神がもたらした奇跡であるか、あるいは悪魔の類いがもたらした危険な物体であると主張し始め、そこでも争いが発生した。

 なまじ、発見時に大々的に取り上げられ、世界中の注目を集めていたことが混乱の伝播に拍車をかけた。今更どう足掻いても隠しおおせることはできなくなっていた。新たなる発見が見つかるたびに、世間は大騒ぎになった。

 

 その発見が遅々たるものであったなら、まだ救いはあっただろう。

 

 民衆は飽きやすい。一年二年と時間が空けば日々の忙しさに関心は逸れる。新たなる発見に視線は移る筈だった。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 【星石】にまつわる数々の発見はあまりにも凄まじい速度で行われた。次々と生まれる奇跡のような発見と、ペテンの類いではないと証明する結果が畳みかけられた。

 

 熱狂は更に加速した。

 

 その元凶、というにはやや悪意的が過ぎるが、恐るべき速度での研究と発見が進んだのは、とある研究機関の存在があった。

 イスラリア研究機関、その中心にあるイスラリア博士。

 【星石】に選ばれし者と呼ばれ、同業者からは神のように崇められるにまで至ろうとしていた彼が、世界の熱狂を爆発的に加速させた。

 

 その彼が、後に世界を見捨てる事になろうとは、当時は誰も――――勿論、当の本人であるイスラリア博士自身も、想像していなかった事だった。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

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              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 【真なるバベル最深層】

 

 方舟の中でも最も忌むべき空間、【廃棄孔】の存在する最深層は静かだった。先ほどまでの激闘が嘘のように、静寂に包まれている。

 

「……」

「…………」

「…………ぐ」

 

 中心となって戦っていた二柱の神と、勝者である筈の男が三人そろって倒れているのだから、当然と言えば当然である。ウルが起こした灰の炎は消え去り、ディズやシズクもそろって三人は仲良く寝転がっている。こんな場所でなければ、仲良く昼寝でもしているかのように見えたのかも知れない。

 

『流石に、疲れました、ね』

 

 そして、その三人を護るように立っていたユーリは、ため息と共にその場で座り込んだ。場が場であり、状況が状況故、気を抜いている訳ではない。証拠に灰炎の剣は未だ彼女の手の中で揺らいでいる。

 

 だが、身体を休める必要があった。

 

 ここに至るまで、連戦に次ぐ連戦だ。

 大量の銀竜達を切り伏せ、落下してくる迷宮を両断し、七首の竜を落とし、更に死霊として復活した七首竜とロックを更に切り続けて、挙げ句ウルとも敵対して彼の眷属に墜ち、そこから二柱の神相手に大立ち回りだ。

 

 ――いや、いくらなんでも戦いすぎではないか?

 

 途中神薬を口にしたからと言って、瀬戸際の戦いを繰り返し続けた疲労感を全て消し去ってくれるわけではない。流石のユーリも本当に疲れていた。

 まあ尤も、自分の主となった男の連戦具合と比べるならまだマシだろうか。と、懇々と眠り続けるウルの額を叩くと、小さくうなされたような声を上げるのが愉快だった。

 

 まあ兎に角、今は休まねばならない。

 

 己は剣、そう定義は出来たとて、血肉をもった生き物である以上、疲労は剣の冴えを鈍らせる。それは避けねばならない――――何せ、このまま何事もなく終わるとも思えないのだから。

 

『…………神』

 

 ユーリは座りながら空を見上げる。

 そこには金と銀が入り交じった、奇妙なる球体が浮かび上がっていた。三人から灰の炎が消え去った後ディズとシズクから抜け出たもの。イスラリア人達からの信仰を集めた強大なる力の塊が、ユーリの目の前で浮遊している。

 

 太陽神ゼウラディアと月神シズルナリカ。

 

 その力の塊がユーリの前で凄まじい力を放ちながら浮遊していた。その内、太陽神が司る力の一部はユーリも使っていたはずなのだが、こうして客観的に見るとそれがどれほど強力な力であったのかが分かる。

 こんなものをたった一人で担おうとしていた。ディズとシズクは、やはりどこかおかしかった。出来るだけの適正はあるかもしれないが、やるべきではないと改めて思う。

 

「う…………んへへ」

『間抜け面』

 

 そんなユーリの懸念を知らずに寝ぼけ声をあげる友人に呆れ笑いながら、神を見張っていた。すると、

 

《カハハ!本当にやりきるとはなあ!?》

 

 不愉快な笑い声が聞こえてきて、ユーリは顔をしかめた。

 

『事情を把握しているなら、さっさとなんとかして欲しいのですがね、グレーレ。』

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

《事情を把握しているなら、さっさとなんとかして欲しいのですがね、グレーレ。あと神薬寄越しなさい》

「一応言っておくが、俺も凄く頑張ってるからな?神薬は在庫一本だ。お前が飲め」

 

 通信から聞こえてくる抗議の声に、グレーレは笑い、手持ちの神薬を彼女の元へと転移させる。だが、その憎たらしい笑みでも、彼自身の表情の疲労までは隠せてはいなかった。星石の前で、ずっと術式を展開し調整を続けている彼の疲労は色濃い。 

 

「コウモリのように飛び回りながらなんとか全てのフォローをした俺の気苦労を察して欲しいものだなあ?」

《それなら、命を賭して怪物達と対峙した実働部隊の苦労も察して欲しいものですね》

 

 愚痴のような言葉がこぼれると、同じような話が返ってきた。更につづけて返そうかとグレーレは口を開くが、それが言葉になる前に「ふむ」と肩をすくめた。

 

「不毛だなあ?苦労自慢は」

《気が合いましたね、珍しく》

 

 向こうも同じ事を思ったらしい。くだらなそうなため息と共に、なんの益にもならない口ケンカはやめになった。

 

《それで、どうするのです。このとんでもない代物を》

 

 グレーレの手元にあるモニターにも映っている神の混合物を指してユーリは問う。神が混じり合ってるのは恐らく、ここに至るまでの過程で起きたいくつかの欠損を補うためだろうとグレーレは推測した。

 ウルが“神もどき”となる過程で奪った力のいくつかを互いに埋め合わせて、その結果、安定はしている。

 

「神は使われる為の道具だ」

 

 ただし、それはあくまでも今のところは、だ。これからどうなるかは分からない。だからこそグレーレは作業を急いでいた。

 

「故に、人類の代わりに神を使う器を用意した。それに方舟の改変を任すのだ」

《その器が人類に仇成すようになるとか言いませんよね》

「カハハ!次の一千年くらいは商品保証しよう!それ以上は生き残った人類の責任だとも!」

 

 流石のグレーレもそこから先の未来までは保証しない。随分と長生きしたが、もう千年生きていられる気はしない。そもそも、そこまで人類の世話を焼きたいとは思わない。クラウランやザインは“責任”や“約束”を重視しているが、そこまで重く考えすぎるのも問題だ。

 

 人類だって、とっくにゆりかごからは卒業しなければならない年なのだ。

 いい大人が自業自得で滅んだところで、知ったことかと放置してもバチはあたらない。

 

 そう思いながらグレーレは術式の起動を命じた。その瞬間、目の前の星石に纏わり付いている蔓が動き出す。部屋そのものを浸食しながら、必要な部分へとその根を伸ばした。

 

 モニターにも、ウル達の所へと浸食していくのがグレーレには見えた。

 

《木の根……?》

「それが器の端子だ。邪魔してくれるなよ――――む」

 

 モニターで見る限り、端子は神の混合体を取り囲むようにして取り込んでいく。が、その瞬間、光が激しくなっていく。術式のいくつかが警告を鳴らす。連動して起こる異常と変動に対して、グレーレは手早くいくつかの術式を飛ばしながら、通信先のユーリへと警告を送り、

 

「備えろ、トラブルが――――」

 

 振り返ると、

 

「――――来るぞ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、その端子が槍のように結びついて、グレーレを貫いた。




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