かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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大罪迷宮グリード編
冒険者になろう


 大罪都市グリード 癒療院

 

 ウルの意識が浮上し、まず知覚したのは匂いだった。

 

 鮮やかな花の香り、ではない。どちらかというと都市の外、どこまでも広がる平原の香りだった。旅を繰り返していたウルにとってはその香りは馴染みのあるものであり、心地の良いものでもあった。

 近くに寄せようと手を伸ばす。サラサラとしたものが手に触れる。柔らかいものもあったので指でつねってひっぱる。「むえあー?」とかなんかそんな感じの声が耳を打った。

 

 そしてそこでウルの意識が覚醒した。はて、今俺は誰の頬を引っ張っているのか。

 

 目を開く。天井が見えた。自分はベッドで寝ていたらしい。そして自分の手元に目を向けると、そこに別のヒトの頭があった。銀色の、指で梳きたくなるくらいに艶のある髪を持った美少女のほっぺを、ウルはつねっていた。

 

「……シズクか」

 

 ウルは記憶にある彼女の名前を引っ張り出す。あの小迷宮で文字どおり湧いて出てきた彼女を忘れられるはずも無かった。問題は何故彼女がベッドで眠っている自分を枕に眠っているのかだが。

 疑問に思っている内に彼女も目を覚ましたのか、もぞもぞとして、寝ぼけた顔を上げる。寝ぼけた面構えでも美少女は美少女なんだなとウルは感心した。

 

「………ウル様」

 

 彼女はウルが目を覚まして此方を見ているのを確認し、笑みを浮かべた。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おやすみなさいませ」

「寝た」

 

 すやあ、と再び眠りついたシズクを前にウルは驚愕する。

 

「あら、目を覚ましたのね?体の調子は大丈夫ですか?」

 

 と、そこに新たな声が耳に入った。声のほうを向く。30代半ばの女性の只人。とても大きなエプロンを身にまとっている。彼女の事をウルは知らないが、そのエプロンは治癒術師の証だとウルにはわかった。故に、

 

「お金はありません」

「元気そうで何よりで」

 

 開口一番手持ちがないことを告げたが軽く流された。癒しの魔術は非常に便利だが、その術の難度の高さから扱える術士が少なく、故に、金も結構かかる。その都市の出身者ならば安くもなろうが、出身者でもなんでもないウルが治癒術を受けようと思うとその金額はシャレにならない。

 

「その子、ずっと貴方の事心配していたわよ。恋人?」

「知り合ったばかりの他人ですが」

「一目惚れかしらね」

 

 適当なことを真顔で言い放つ癒者だな。とウルは思いつつ周囲を見渡す、周りにはウルが寝ているのと同じベッドがいくつも並んでる。恐らく癒療院(いりょういん)なのだろうという事はわかった。

 

「失礼。真っ赤な猫は見なかっただろうか」

「獣人ではなく?ならみていないわ。此処は動物厳禁」

「ありがとう」

 

 赤い猫、普段都市に居る時に精霊憑きのアカネの取る形態である。それが近くにいないのなら、彼女はやはり、あの金色の女の所だろう。出来れば目が覚めれば夢であればと思っていたが。

 

「もう既に治療は完了済みよ。治療費は()()()様から戴いているわ」

「ディズ?」

「黄金不死鳥のディズ様。“ザザの無茶代は払っとくよ”ですって」

 

 荷物をまとめたら退院してね。と、サックリ言って、癒者の女は退室した。

 ひとまずあの金色の女の名前が判明した。ディズというらしい。まあ名前が判明したからどう、と言うわけでも無いのだが。

 

「さて…………どうすっかなあ」

「……どうされるのですか?」

 

 ウルは自分の腹を見た。銀髪の頭が顔を上げて此方を見ていた。髪と同じ銀の、透き通った瞳にウルの顔が映る。睫毛長いなあ、とウルは思った。

 

「起きたのか」

「おはようございます」

「2回目だな」

 

 彼女はもぞもぞと身体を起こす。地下空間では彼女の姿の観察などまるでするヒマは無かったが、こうして安全な場所で改めて彼女を見るとやはりというか、図抜けて美少女だった。見ているだけでなんだか得した気分になるレベルの美少女だ。こんな時でなければウルも喜んでいた。今はそれどころではない。

 これからどうするか。自分でそう言ったが、現状ウルの持ちうる選択は一つしか無い。

 冒険者になる。

 ディズ、あの女にウルの価値を指し示すというのなら、それしかない。

 

 彼女のいう所の“価値”を示すなら他の手段、職業でも良いのでは?という考えも一瞬頭を過るが、すぐにかき消える。他の職業などと、何が出来るというのだ。都市民でもなく、特別な技術や知識があるわけでもない、名無しのクソガキの自分に。

 

 迷宮大乱立の魔の時代。

 この世界における底辺の身分である名無し。

 そんな子供が安い命一つ賭けるだけで成り上がれる可能性を秘めている冒険者という職業は最適、というかそれ以外ない。ないのだが、

 

「なりたくねえなあ、冒険者……!」

 

 ウルは冒険者が嫌いだった。

 名無しに冒険者は多い、冒険者ギルドの門は名無しに広く開かれている。魔物退治、迷宮探鉱、都市外探索、都市内に住まう者ならば忌避するような、しかしこの世界を維持する上で重要な職業が冒険者に多く割り振られる。

 故に冒険者の多くは、粗野で、学も知識も技術も無い“名無し”が多い。

 少なくともウルの周りに居た名無し達の多くもそうだった。そして彼らは女子供だろうと暴力を振るい、人語に聞こえないわめき声を周囲にまき散らし、酒を飲み、金を無駄に使う。実に野蛮な連中だった。

 その一員にならねばならない自分の未来が憂鬱だった。

 

「冒険者になりたくないのですか?」

「なりたくはないが、素性も知れない奴が身一つで成り上がるなら選択肢はない。魔物を殺せば魔力で身体は強くなる。出てくる魔石は金にもなる。一石二鳥だ忌々しい」

 

 ウルは己に言い聞かせるようにしてダラダラと説明を続け、やりたくないという自分の願いに反する現実にうんざりした。対し、ウルの愚痴のような説明を聞いていたシズクは、ふむふむ、と納得したようにうなずいた。そして、

 

「私もなれるでしょうか?」

 

 は?とウルはシズクの顔をマジマジと見る。美しかった。美少女だった。瞳は大きく、鼻も高く、色も白く化粧もしていないのに肌が艶やかで胸まで大きい。故に、

 

「いや、お前冒険者やるくらいならもっと仕事いくらでもあるだろ。そのツラだけで」

 

 身を売れ、なんて極端な事を言うつもりはないが、その容姿を利用すれば絶対に冒険者よりもっとマシな仕事がある。適当な酒場の看板娘として働かせれば一躍大人気になるだろう。踊り子でもやればスターだ。この世界の特権階級、【神官】の愛人だって夢じゃない。

 冒険者をやる理由が見当たらない。

 

「いえ、お金の問題ではなく、強くならねばならないのです」

「修行僧かなんかかよ」

「はい、そのようなものです」

 

 ウルの冗談に対して彼女は真顔で返答した。

 そういえば、彼女と初めて遭遇した時も、彼女は恐らく“転移”の魔術と思しきものを使っている。存在自体は知っている。しかし極めて高度で、使用できる者も、場所も限られている。それこそ神官くらいのものだろう。

 ウルは首を傾げ、確認する。

 

「あんた神官か?」

「いいえ」

「じゃあ都市民?」

「いいえ」

「じゃあ俺と同じ名無しってか?どうやって転移の魔術なんて使ったんだ?」

 

 シズクはにっこりと微笑みを浮かべて、黙った。言いたくないらしい。ウルは追及しようとして、止めた。言いたくないなら追及するものでもない。そもそも別にそこまで突っ込んで確認したいわけでもない。ぶっちゃけ彼女の事情なんぞに興味は無い。

 ウルは咳払いをして話を切った。

 

「まあ、アンタの選択だ。冒険者になりたいなら好きにしろよ」

「はい!よろしくお願いします!!」

 

 よろしく?

 と問い直す間もなく、彼女の手の平はウルの手をガッチリと掴んでいた。瞳にはウルに対する目一杯の感謝の輝きが灯り、ウルを見つめている。

 

 ひょっとしてコレは冒険者ギルドまでの案内を俺がしなければならないのか?

 

 問う相手は目の前にしか居ない。そのまま聞こうとしたが、圧倒的な感謝のオーラにウルは二の句が告げなくなった。

 

「まあ……もういいか……」

 

 別に、自分一人で冒険者ギルドに行こうが彼女二人と行こうが違いがあるわけでもなし。そんな言い訳を自分にして、なんだかこのままずるずると彼女にひきずられそうな予感に若干身震いした。

 嫌な予感を振り払うようにしてウルは首を振る。

 

「……まあ、とりあえず、だ。とりあえず……」

「とりあえず?」

 

 とりあえず、優先すべき事がある。ウルの肉体が切実に告げている。先ほどから胃袋が非常に情けないうめき声を上げ続けている。

 考えてみれば昨日の朝から何も食べてない。このままだと癒院で餓死とかいう非常に間抜けな死に様を晒すことになりかねない。故に。 

 

「どさくさでちょろまかせた魔石換金して、メシ食おう。あと靴を買う」

 

 ウルは現在靴を保有していない。




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