かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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外伝 悪食のカルメⅡ 悪食冒険者の経営コンサルタント
悪食と終わりかけのレストラン


 魔物は、人類の脅威である。

 

 冒険者ギルドにて、度々口にされる警句の一つ。コレに対する大半の冒険者の感想は以下のようなものだ。

 

 しつこい。

 もうウンザリだ

 何回言ったら気が済むんだ。

 

 彼等にとって魔物との戦いは日常で、生きるための糧なのだ。そんな相手に対して、いちいちビビって、畏れて、怯えても仕方がない。だというのに、いちいち脅すような言い方をされても、鬱陶しいだけだ。

 だが、それでもギルドは繰り返す。依頼(クエスト)を紹介するとき、その報告の時、報酬を手渡すとき、あるいは付属の酒場で飲んだくれているときであろうとも、隙あらばその警句を口にする。様々な形で言葉を換えて繰り返す。

 

 何故か?

 事実だからだ。

 多くは、それを忘れるからだ。

 

 そして、それを忘れた冒険者の末路は悲惨だ。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ぐ、うう……」

 

 太陽神の光刺さぬ深き森にて、頭から血を流している男もまた、そんな至極当然の事実を失念してしまっていた冒険者の一人だった。

 

 指に嵌めた指輪は銅色、つまり一端の冒険者に違いない。

 そこに辿り着くまでに相応の苦労と、努力と、経験があった。

 そしてそれ故に、彼は魔物の脅威を失念した。慣れと飽きによって。

 

 ――赤牙蝙蝠は群れると階級以上の脅威になります。お気を付けて。

 

 受付嬢からの忠告を、彼は聞き流した。それを言われた事すら覚えていなかった。

 深い森の影に潜む魔物、脅威となるのは穢れた爪と牙、闇自在に羽ばたく翼。森が都市国を繋ぐ道に近く、商隊を襲う魔物の間引き。

 数が増える度に、定期的に依頼掲示板に張り出される依頼だ。

 

 赤牙蝙蝠は強くない。階級も最低の十三級

 油断しなければ、

 雑に戦わなければ、

 安易に群れを刺激しなければ

 単身(ソロ)でも倒せる程度の魔物。

 

 そういった認識だった。それらは全て正しかった。

 

「ぐ…………っうぐ……い、でえ……」

 

 だから、彼がこうして地面に倒れているのは、やはり、正しかったからだ。

 

 彼は油断し、雑に戦い、群れを招き、単身故に対処が遅れた。

 

 そうなった理由はやはり、忘れていたからだ。日々の慣れによって、魔物がどうしようもない脅威であるという事実が、すっかりと頭から抜け落ちた。その結果が、群れに襲われ武器を失い血塗れで地面に倒れ伏している彼の姿だ。

 

 こうして失態を犯した彼は、妥当な末路へと至る――

 

「油断だな」

 

 ――ことはなかった。

 

「雑に戦い、雑に死にかける。指輪が泣くぞ」

 

 彼の前に現れたのは、二人の女冒険者だった。

 一方は獣人の女、握った獲物は短剣(ショートソード)と魔導銃。

 もう一方も獣人、武器はかなり特徴的な剣だ。まるで肉屋が分厚い肉塊を裁断する包丁のような、()()()()()()()()。だが、その武器以上に彼の目を引いたのは、その指にはまった指輪の輝き。自分のもつ銅とは違う、目映い銀の輝き。

 

「銀級が、どうしてここに……」

「冒険者ギルドで頼まれた、様子を見に行ってくれと。」

 

 それはつまり、受付嬢に見抜かれてしまうほど、気がそぞろになっていたということだった。その事実を恥じ、頭を下げる。

 

「……返す言葉もねえ……助かった……!」

「感謝なら貴方を心配していたギルドに言うといい。帰れるか?」

「あ、ああ……流石にそこまで世話になる訳にはいかねえ」

「だったら気を付けて帰るんだね。ほれ」

 

 もう一方の銅級から回復薬(ポーション)を投げ渡される。受け取り、飲み干している間に二人は去っていった。

 

 恩を着せるような所など少しもない。颯爽とした彼女らを呆然と見送りながら、ゆっくりと立ちあがると、

 

「……かっけえなあ」

 

 しみじみとそう言って、そして目を瞑ると、自分の顔をひっぱたく。

 

「っし、頑張るか!」

 

 あんな風になりたいと抜かす程に若くはないが、ふぬけた自分を戒めるには十分の刺激だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………で、なんで魔石探しついでに肉ちょっと刈り取ったの、カルメ」

「蝙蝠系統の魔物は基本的に感染症のリスクがあるから食べられないけど、赤牙蝙蝠は別。特に太腿の肉は食べ応えがかなりある」

「食べないよ」

「楽しみだ」

「聞いてないね……で、この後はどうする?」

「一度メニトに戻って依頼板の確認だな」

 

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

【ラスト領・衛星都市国メニト】に住まうソフィアという女がいた。

 

 彼女の生まれた家は、都市国の社会基盤(インフラ)を維持するための工務術士の生まれであり、代々その仕事に就いていた。

 都市国の維持に欠かせぬ業務だからか報酬も破格で家は大きく、重要な職務故に、官位持ちではないが出生制限もなかった。

 

 本当に恵まれた家だった。

 だが、恵まれた家庭にあって、ソフィアは少々落ちこぼれていた。

 彼女には魔術の素養が乏しかった。

 

 できないわけではない。

 だが、父や母、兄姉達のように精密な魔術を操ることはできなかった。精々家庭魔術の類いを幾つか操れるだけで、社会基盤《インフラ》維持には使えない。だからといって、家族はソフィアのことを蔑ろにするような事はしなかった。しなかったが、

 

「いいんだソフィア。お前はもうムリをしなくても」

「ヒトには向き不向きがあるものよ。あなたは悪くないわ」

「気にすんなよ。家の事は俺達に任せておけばいいさ」

 

 優しく、大切に、()()()()()のは、居心地悪いものだ――死ぬほどに。

 

 家族は悪くない。それは分かっていてもソフィアは家にいられなかった。

 

 逃げるように家を飛びだし、そして生きていくために働きに出た先で、彼女は一つの転機を迎える。

 

 調理という技術、料理という奇跡。

 

 手先で、舌で、至高の体験へと客達を導く職業。なんでもいいからと働きにでた先で、ソフィアは自分の天職とも言える職業に巡り会った。

 無論、業務としては過酷だった。朝は早く、帰りは遅い。職場は荒々しい。罵声が飛び交い、拳が振り下ろされる。自分のことを女扱いする者などいやしない。

 だが、それでもソフィアは食らいついた。

 働き先の店主は荒っぽい男だったが、それでも指導はし続けてくれた。覚えが悪いと拳が飛んでくるが、それでも、ソフィアの事を()()()()はしなかった。それが本当にありがたかった。

 ソフィアはそこで何年も仕事を続けた。そして一端になる頃、彼女には一つ夢ができていた。

 

 自分の店を持つこと。

 

 大きな店でなくてもいい。自分の、自分だけの店を手にしたい。この道を行く者として自立したい。そんな夢を見た。そうすれば、そうなればきっと――

 

 ソフィアはそのために資金を貯め、技術を磨いた。

 

 店主からも色々と助言を受けながら、可能な限りの準備を進めた。

 そして彼女はとうとう、十年以上務めていた店を出た。貯めていた資金の全てをつぎ込んで、土地を借りて、自分だけの店を、城を建てた。

 店の名前は【風妖精(フィーネ)食事処(ダイナー)

 この店で、この城で、彼女は自分の人生をようやく始められると信じていた。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「終わった……」

 

 それから数ヶ月後、ソフィアの夢は、潰えようとしていた。

 

「うふ、うふふ、なにを間違えたんでしょうか……」

 

 ソフィアは人気の全くない机に突っ伏しながら自問自答する。

 

 だが、当然答えてくれる者はいない。何故なら客は一人もいないからだ。店内はガラガラであまりにも薄ら寂しい。勿論、現在も営業中だが、来客の気配は皆無だ。

 今は太陽神(ゼウラディア)の最も高く上がった食事時だ。そのタイミングでこの店の静寂っぷりは、なかなか地獄だ

 

 寂れた空気は否応なく「ああ、この店はもうダメだ」と伝えてくる。

 

 それが更に客足を遠のかせるのだ。

 

「はあ……」

 

 最初は良かった。オープンしてしばらくは客足も多かった。ソフィア一人で切り盛りするのも大変で、従業員も雇おうか、などと考えていたほどだ。

 しかし、それが暫くすると徐々に客入は落ちていく。

 客足が“落ち着いた”というより“落ち込んでいる”と気付いた頃には、もうこの有様だ。端的に言って、ソフィアは店舗経営に失敗したのだ。

 

「はあああああ……」

 

 ソフィアもそれは分かっている。もうこれ以上この土地を借りて、店を維持しようとするのはあまりにも無駄で、無意味な浪費だと。一刻も早く身を退かなければ、更に傷は拡がり、出血は進んでいく。

 それでも店を開いているのは、一言で言ってしまえば、未練だ。

 それもそうだろう。何年も何年も文字通り身を削って死に物狂いで貯めた資金。それを全てつぎ込んだ店を、何の成果も結果も出せずに捨てろというのは、あまりに厳しい。そんな選択を簡単にできる訳がない。それが言えるのは他人だけだ。

 ソフィアにはムリだった。そしてそれ故に彼女は袋小路に追い込まれている。

 

「誰か、助けてくれませんかね……」

 

 そう口にするが、実際に知人に助けを求める気にはならない。

 

 自分の料理の師匠には、到底すがれない。ここに至るまで山ほど世話になったのだ。そんな彼を自分の破滅に巻き込むわけにはいかない。実家の家族? もう何年も話していない相手に、なぜすがれるだろうか。そもそも何のために――

 

 だが、そうしてまごついてる時間もない。もうあと暫くすれば貯めていた資金は底を突く。本当に終わってしまう前に、決断しなければ――

 

「お邪魔するわ」

「うお!?」

 

 その時だった。カランカランという来客を告げる鈴の音にソフィアは反射的に身体を起こし、そして満面の笑みを浮かべて来訪者を出迎えた。

 

「い、いらっしゃませお客様――!」

「客ではないわ」

「――おおう……!」

 

 そして撃沈した。

 

 客ではないというのなら、なんなのだろうか。見れば来訪者は獣人の女二人だ。出で立ち的には冒険者のようであるが、果たして自分に何の用があるのだろうか。さすがにまだ、借金をとりたてられるような状況にはいないはずなのだが……

 

「ガッカリしないで欲しいのだけど、依頼を受けてきたのだから」

「依頼……?」

 

 そう言われて、ソフィアは暫くピンとはこなかった。だが、考えてみるとふと、店が低迷し始めた頃、冒険者ギルドの掲示板に苦し紛れに依頼を貼り付けたことを思い出した。獣人の彼女が掲げる張り紙は、確かに自分が貼り付けた依頼書だった。

 

《店舗経営の助言をくださる方募集! 報酬は歩合制!》

 

 ……我ながら、そんなもんを冒険者ギルドに貼ってどうするつもりなんだというか、冒険者に助言してもらったところでなにが変わるのだと色々と過去の自分に言いたくなった。だが、本当に藁にもすがるような思いだったのだ。つまり血迷っていた。

 

 すみません、アホな事依頼してしまって……。

 

 と、謝ろうとしたが、自分のアホな依頼書を掲げ持つ彼女の指、キラリと目映く輝く銀色の指輪が嵌められていることに気がつき、ソフィアは驚愕した。

 

「ぎ、銀級……!?」

 

 銀級冒険者の証を彼女は指に嵌めている。

 銀級とは、つまるところ一流の冒険者の証だ。吟遊詩人が唄い、子供達の憧れで、冒険者に興味がなかろうとも幾つもの逸話を耳にする、銅級とはわけの違う紛れもない英雄たち。

 そんな証を持つ彼女が突如現れたことに驚愕すると共に、ソフィアは狼狽えた。

 銀級冒険者は、当然その仕事への報酬も高額となる。その余裕は今のソフィアにはない。

 

「す、す、すっみません、銀級の方への報酬は……!?」

「報酬なんてどうでもいい」

 

 が、ソフィアの同様に対して、銀級の彼女はスパっとそんなことを言い出した。

 

「どうでもうよくはないんだけど……銀級がただ働きは絶対問題になるんだけど……」

 

 隣でもう一人の冒険者の女性はブツブツと頭痛をこらえるような表情をしているが、銀級の彼女は相方を無視して更に話を続ける。

 

「貴女の店に助言が欲しいという依頼。こちらには打開策の用意がある」

「そ、それは……!?」

「それは――」

 

 なにもかもわけの分からない状況下にあったが、自分の店を救う。そんな言葉を前にしてソフィアは聞き直さずにはいられなかった。生唾を飲みながら銀級冒険者の言葉を待った。

 

 そして、

 

「――魔物食だ!!」

 

 そう断じる彼女は、薄暗い店内の中を照らすように輝いて見えた。

 

 尚、隣の獣人は恥じらうように両手で顔を覆っていた。

 




3日ごとくらいの更新で行きますー

というわけで、次ラノの時期です!まずはノミネートありがとうございます!嬉しい!!投票いただけたら大変うれしいです!
https://tsugirano.jp/nominate2025/
そして、応援していただいている皆さんに少しでも楽しんでもらうために外伝開始です!よろしく!
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あと4巻も出ますので!両方とも一緒に宣伝だ!!
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