かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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麦酒

 

 カルメの主導する魔物食の開拓は、印象に反して順調に進んでいった。

 

 もちろん、順調なのはカルメの知識に依るところが大きい。

 

 彼女なしではこうは上手くいかないだろう。実際、カルメの魔物食の解説には定期的に「この魔物は可食部が少ないので手出しすべきではない」「この魔物は美味しいが、容易くはない。安定供給は難しい」「この部位は必ず捨てるように」といった細かい説明をもらえる。

 彼女の知識がなければ、そういった知識なしの暗中模索となっていただろう。今より遙かに探求は困難を極めたはずだ。

 

 ソフィアはカルメの深い知識に感謝し、学びながら、調理を続けていた。

 

「さて、次はどうしましょう――」

「待ちな」

 

 だが、その最中に声をあげたのは、カルメはなくナナだった。彼女は店の模様替え等は色々と手伝ってくれている一方で、新しいメニューの考案については口出ししなかった。

 

「冒険者向けに店を構える以上、絶対に必要不可欠なものがあるよね」

 

 だが、ここにきて彼女は真剣な表情だ。ソフィアは姿勢を正し、尋ねた。

 

「そ、それは?」

 

 ナナは頷き、そして強く手を握り締め、

 

「酒!」

「酒」

 

 力強く言い切り、ソフィアは復唱した。

 彼女の宣言を聞いたカルメは「ふう」とため息を吐く。

 

「ナナ。自分が酒を飲みたいからって私欲を出すのは良くないと思う」

「アンタにだけはぜっっっったいに言われたくない!!」

 

 至極冷静なカルメの頬を引っ張りながら、ナナはキレた。

 

「酒がでない店なんて冒険者向けの店じゃなあい!!」

「まあ、食事にあう酒は必要なのは否定しない」

「店を経営する上でも、まあ、一番大事ですよね……」

 

 至極単純に、酒は利益率が高い。仕入れの値よりも多くの儲けが期待できる上に、用意に手間もかからない。冒険者向けの店舗にするなら間違いなく、重きを置くべき商品だ。

 ナナの意見は(私欲もあろうが)まったくもって正しい。

 

「というか、この店にもないの?」

「あるにはあるのですが……」

 

 と、いうわけで、ソフィアは今店に置いてある酒を二人に用意した。紫色の葡萄酒がグラスに二つ注がれる。カルメとナナはそれを口にした。

 

「あ、美味しい……」

「上品な味ね」

「良いわね、私これ好き…………好きだけど」

 

 ナナはしばし恍惚とした表情でグラスを空け、そして叫んだ。

 

「麦酒しゅわしゅわが飲みたい!」

「まあ、冒険者向けの酒ではないですよね……」

 

 実際、店を始めた当初は冒険者を狙うつもりはなかったから、酒選びも自分の料理に合う酒を……と、色々試行錯誤していたので、どうしても傾向としては上品になってしまっていた。

 

「この葡萄酒も決して悪くはないけどね。種類は欲しい」

「酒は酒屋。さあ行くよ!」

 

 と、張り切るナナの号令と共に、一同は酒屋に向かうことになった。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「帰れ!」

 

 そしてそこで、酒屋の店主に門前払いを受けた。

 

「酒!」

「ナナが酒としか言わなくなった」

「ど、どうしたのですかマルドンさん!?」

 

 酒屋【最後の一杯】を経営する店主、マルドンは大変厳めしい表情でこちらを睨んでいた。確かに見た目は厳ついが、新参者の自分にも丁寧に対応してくれていたので、信頼できる人だと思っていた。

 だが、改めて酒の相談をすると、このように怒り狂い始めたのだ。

 

「嬢ちゃん、俺はな、お前さんが飲食店を経営するっていうから酒を卸したんだ」

「は、はい。その節は丁寧に」

「女の身で店経営なんて尋常じゃなく大変だ。それをやろうって心意気を買ったんだ……だがなあ」

 

 すびしと、彼が指さすのはソフィア、ではなく、背後のカルメだ。

 

「【悪食のカルメ】の酒ぇ!? 帰れ!」

「私か」

 

 どうやら、カルメに対してご立腹らしい。確かに、銀級冒険者であれば知名度も凄まじい。彼が知っていてもおかしくはないが、しかし何故に彼がカルメに対しここまで怒りを露わにするのかは分からなかった。

 

「聞いているぞ【悪食のカルメ】……お前の悪行を……!」

「悪行?」

「奇行に走ることは多いけど、犯罪には手を染めてない筈なんだけどねえ……」

 

 カルメもナナも、覚えがないのか首を傾げる中、マルドンは続ける。

 

「得体の知れないバケモノをぶっ殺した後、その巨大な肉をまるごと麦酒樽に突っ込むような真似をしたそうじゃないか!」

「……む」

 

 問い詰められ、カルメは腕を組み暫く考えた後、頷いた。

 

「概ね正しい」

「否定しなよ……」

「何やってんですかカルメさん」

「とある魔物の毒性を抜くために酒で漬ける必要があった。あと、麦酒で漬けると肉が柔らかくなって臭味が抜ける」

「そういう調理法もあるにはありますね……」

 

 別に、酒を粗末にしたりとか、そういったわけではなく、あくまでも調理の工程で利用したというだけの話ではある。麦種も必要な分だけ使い、残りは仲間内で飲み合った。

 だが、その話が伝聞の内にやや誇張されて伝わってしまったらしい。

 

「俺は酒が好きだ! だから酒を適当に扱う奴を許しはしない!!」

「適当には使ってないが……分かった」

 

 カルメは大人しくそう言いながら、しかしなぜか酒屋の中に足を踏み入れた。

 

「おい」

「買った酒をその場で飲める飲食スペース、良い店ね」

「なにを勝手に……おい、なにを取り出してやがる」

 

 そう言って、店の一角にあるテーブル席に座る。そして机に用意されていた小さな卓上七輪●コンロ●に火を付けた。

 

「お、なんだなんだねーちゃん、なにを焼くんでい?」

「気にしないで。小腹が空いたから手持ちの肉を焼いてるだけだから」

 

 常連客であろう酒飲み達がなんだなんだと興味深そうに見つめてくる中、カルメは特に気にすることもなく、懐から肉を取り出して、網状に乗せる。じゅうと、肉が焼ける音が響いた。

 

「何したいんだか知らねえが、俺は絶対に悪食に酒なんて――……」

 

 マルドンが何かをいうよりも先に、肉の焼ける匂いが彼の鼻腔を擽った。ナナもすすっとカルメの隣に座り、焼けていく肉を観察し唸った。

 

「もの凄い良い匂いがするわね……それ」

「秘蔵の干し肉だから。ハーブとかもたくさん使ったの」

「っぐ、どうせ魔物の肉なんだろう」

「そうよ。だから貴方は食べない方がいい」

 

 マルドンの悪態に対してしれっと返しながら、カルメは丁寧に肉をひっくり返す。脂が火に落ちて、更に匂いが拡がった。

 

「脂が透き通ってるね」

「上等な証よ。ナナ、なんの酒が合うと思う?」

「麦酒もいいけど、ブランデーも合いそうだね……ほい」

 

 ナナはカルメが魔物肉を取り出したように、至極当然といった具合に水筒に収まった酒を取りだした。

 

「お酒、懐に忍ばしてるんですか……?」

「普段の依頼中は飲まないよ?」

「迷宮に潜ってる時間も長いから、ナナって平均すると飲酒量はそう多くないのよね。はい」

「美味い……! ここにきゅっと……!」

「ねーちゃん、俺等にもくれ!」

「良いわよ。店主は食べない方がいいわ」

 

 わいわいと常連客と混じって、一同は肉をつつき始めた。

 酒好きであるが故に酒屋を経営していたマルドンは大変苦々しい表情を浮かべながらも、堪えるようにしながら握りこぶしを強く掲げる。

 

「やめ、やめろぉ! 小賢しいことするんじゃ――ぬ!?」

「ここにタレをかける」

「あ、それ、私が作ったやつですね?」

「ソフィアは天才よね。これ、万能タレだわ」

「あ、匂いが更に凄い」

「ぐああああああああああああああああああああああああああ!!!?」

 

 間もなく、マルドンは断末魔の声と共に撃沈した。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

  名前:麦酒(エール)、他、複数の酒種

   味:ホップの苦みと香り、口当たり爽やかで大変良い。

  メモ:店で提供する料理に合わせてマルドンさんが用意してくれた。 

     最終的に苦々しい表情で「また来い」と言ってくれてありがたい。

 

 




次回は 12/1

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そしてこのラノ単行本ノベルズ部門18位でした!なんとかランクインさせていただきました!皆様の応援に感謝です!
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