かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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師からの言葉 一つの気づき

 

 ――ちゃんと客を見ろ

 

 それは、ソフィアが独立する直前のことだった。

 普段、あまり口数の少ない店長が、改まってソフィアに話しかけてきた。それが、店をでる事になるソフィアへの最後の助言だと気付いたソフィアは、姿勢を正して彼の言葉を聞いていた。

 

 ――客、ですか?

 ――そうだ。お前には十分な技術を仕込んだ。これは心構えの問題だ。

 

 正直、ピンと来てはいなかった。

 厨房に立っているとどうしても、客の顔を見るヒマはないことが多い。ひたすらに調理に追われ続ける日だって珍しくない。

 なのになんでそんなことをいうのか、腑に落ちなかった。

 

 ――お前がここに来るまで、色々あったんだろう。それは分かる。

 

 ソフィアはピクリと肩を揺らす。

 未だ、実家をでた自分の行動を、ソフィアは消化できていなかった。店で働いていたときも、殆ど語りはしなかった。だがそれでも、一番長く接してきた店長にはそれがわかったらしい。

 

 ――お前にとって独立は、その過去との戦いなんだろう。

 

 図星だった。

 独立する。店を持つ。その選択のなかに、自分達を諦めた家族への復讐心――見返してやりたいという気持ちを否定できなかった。そんな浅ましい自分の心を見抜かれたようで、ソフィアは言葉が出てこなかった。

 

 ――勘違いするな。それを悪いとは言っていない。

 

 だが、そんなソフィアを宥めるように、店主は続ける。

 

 ――だがな、始まりが“怒り”だろうと、飯屋は客商売なんだ。忘れんなよ。

 

 店主の助言はそこで終わった。

 それから、ソフィアは独立する。彼から告げられた助言は日々の忙しさと、経営不振の悩みから埋もれていった。

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 さて、魔物食探求の旅は順風満帆……ではあったが、問題もあった。

 

 当然ではあるが魔物を食材として出して商売する、というのはちゃんと方々に話を通しておかなければ拙いことになる。どこぞの出店で、無断で魔物の肉を販売し食中毒事件を起こしたなんてこともあるくらいだ。

 

 そこらへんの根回しは大変だろうが頑張らなければ、と、ソフィアは思っていた。

 思っていたのだが、

 

「商人ギルドから確認を取った。基本的にこの国では魔物食は問題ない」

「ただし、魔物食の危険(リスク)軽視は避けるように、注意は入念にすること」

「冒険者ギルドへの依頼には幾つかの手続きがいる。それは済ませた」

「ついで、魔物との戦い方を身につける推奨依頼としての申請も出した」

「上手く通ればだいぶ安くなる。」

 

 そこら辺の手続きは、カルメがあっという間に済ませてしまった。ナナも要所要所で手伝っていたが、ソフィアはこくこくとひたすらに頷きながら、目の前の資料を頭に叩き込むだけで精一杯になった。

 

 ――少し出てくる。

 

 そんなソフィアを尻目に、再びカルメは外へと出かけていった。これっぽちも疲れている様子は見せない一方で、ソフィアはぐったりと机に身体を倒れ伏せた。

 

「ナナさん……」

「ん?」

「カルメさんって、本当の本当に、凄いですね……」

 

 ナナにそう言うと、彼女は「まあね」と肩を竦めた。

 

「アレで銀級だからね。私も見習わなきゃだわ、ああいう動きの速さ」

 

 まあ、全部食欲のためだけにやってるのが問題だけど、と、苦笑いするナナだったが、ソフィアは更に机に顔を押しつけるようにしてうなだれ始めた。

 

「どうしたのよ」

「……改めて、本当に凄いヒトに助けてもらって、申しわけないなあって」

「ちゃんと報酬は払ってくれるつもりではあるんでしょ?」

「それはもちろんです! ……もちろんなのですが」

 

 店が上手くいったらお金は払うつもりだし、もしも上手くいかなかったとしても、どこぞで働いてどれだけ時間がかかっても返済するつもりだ。

 だが、それで支払ったとしても、だ。

 

「……もしかしなくても、報酬出たとしても、大した儲けじゃないですよね」

「ん、まーねえ……」

 

 ナナは言葉を濁した。つまりはそういうことだ。

 詳しくはないソフィアでも、銀級の冒険者が大変に稼ぐという事くらいは理解している。ソフィアが何年も下働きして貯めた金額を、一度の探索で稼ぐこともあると聞いている。

 しかし、今回の依頼はあくまでも一般的な雑務依頼(クエスト)だ。銀級への報酬となれば相応の金額になるが、今日まで何日も跨いでしまっている。

 彼女達が本来稼ぐ金額と比較すると……申し訳ない気分になって、ソフィアは机にめり込んでいた。

 

「生きるために、危険な、命がけの仕事をしている皆さんと比べたら、安全に生きられるはずだったのにそれを放り出して、その先で失敗して、手伝ってもらうなんて……なんだかとっても情けなくなってぇ……」

「アッハッハ! 真面目だねえ!」

 

 だが、そんなソフィアの嘆きを、ナナはケラケラと笑い飛ばした。

 

「ま、私も最初はどうかなって思ってたけどさ、今は受けて良かったって思ってるよ。この依頼」

「な、なんでですか?」

 

 カルメに付き合っているだけだと思っていたナナからの意外な言葉に、ソフィアは顔を上げる。彼女は続けた。

 

「冒険者の楽しみってなんだと思う?」

「……未知の発見? 探求の旅?」

 

 冒険、という言葉からパッと思いつく言葉を口にしてみると、「んなわけない!」とナナは再びケラケラと笑う。

 

「そこらのむさい男どもに聞けば即答するよ、飯・酒・女!ってね」

 

 そして、この上なくわかりやすい答えが返ってきた。

 

「も、ものすっごく即物的ですね……ナナさんも?」

「私は今のところ酒酒酒だけどね? でもまあ、そんなもんだよ。冒険者の楽しみなんて。聞けば七割は……いや、九割以上はそう答えるね」

 

 冒険者に夢見過ぎだよ。と、ナナは愉快そうだ。

 

「そうじゃない奴もいるよ? 人類の生存圏を広げてやろうって奴もいる。未知を全て知りたいって奴もいる。借金取りに奪われた妹を救い出したいって奴もいる」

「はい」

「でも、そういう奴らだって。仕事をしたら腹が減るんだよ。んで、飯を食うなら、美味い方が良い。良い酒があるなら最高だ」

 

 だから、と、ナナはソフィアの頭をポンポンと叩いて、言った。

 

「それをアンタが用意してくれるっていうなら、こんなにありがたいことはないよ。それを手伝えるなんて、嬉しいね」

 

 ナナは、本当に嬉しそうにそう言った。

 日々、命を賭けるのが当たり前のような生業を続けていくうえで、美味しいものを食べられるのは、呑めるのは、本当に嬉しいことなのだと、彼女はそう言った。

 

「――ああ」

 

 その言葉を、彼女の笑顔を見て、ソフィアは再び顔を伏せる。

 

「どしたの? また落ち込んだかい?」

「……いいえ」

 

 そうではなかった。

 ただ一つ、()()()()()()()()()

 最初、店の経営に失敗した理由の一つが、今ハッキリと分かったのだ。

 

 自分は、客の顔を見ていなかった。

 

 客がなにを求めて、喜んでくれるのか、見ていなかった。

 過去、誰からも必要とされなかった過去への復讐、自分が必要なのだという自信の渇望、全部自分ばかりだ。客の顔なんて、ちっとも見ていなかった。

 

 だから、ナナの嬉しそうな表情を見て、動揺した。

 

 自分の料理を求めてくれる相手の顔を見ていない。商売をするのに、客の顔は見ない。これでは、売れるはずもない。やっていけるはずもない。

 客層がどうとか、商品がどうとか、それ以前の問題だ。

 

 ――ちゃんと客を見ろ

 

 独立する前の店主の言葉が今ようやく、腑に落ちたのだ。

 

「――ナナさん」

「ん?」

 

 ソフィアは顔を上げると、ナナの顔をハッキリと見据えて、頷いた。

 

「私、冒険者の皆さんに喜んでもらえるもの作って見せます……!」

「あはは、そりゃ楽しみだね!」

「はい、頑張りま――――」

 

 と、決意を新たにしようとした次の瞬間、

 

「素晴らしい食材を発見したわ」

 

 何時ものようにカルメが爛々とした瞳で戻ってきた。ナナはソフィアと目を合わせて、苦笑する。

 

「あんた、ほんとっとうにブレないね……?」

「なんのことだかわからないが、作戦会議を始めるぞ」

「はい……!」

 

 

 

               ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「で、なにが見つかったって」

 

 意気揚々と店に戻ったカルメは、早速というようにテーブルに何かを広げながら語り始めた。

 

「悲しいことだけれど、魔物食というものにはまだ偏見があるわ」

「貴女、客観視できたのね」

「店のリニューアルだけでは足りない。負のイメージを払拭するインパクトが必要」

「それがこの魔物……?」

 

 カルメがテーブルに広げた紙に描かれているのは魔物の姿だ。これまでカルメが持ちこんできた魔物の姿と比べても、なにやらとても強そうにみえた。

 

「【黒暴牛(こくぼうぎゅう)】……グラドルのとある神官の一族がその生産を管理している超高級牛、【黒貴牛】その原種。」

「へえ……美味いの?」

「ええ、私も一度食べたことがあるけど……凄かったわ」

「具体的には……?」

 

 ソフィアが尋ねると、カルメは記憶を遡るように、視線を宙にへと向けた。

 

「肉を噛んだ記憶がないの。飲んだという方が正確かしら。肉質の柔らかさが異常。旨味も凄まじい。肉汁が口に溢れて、胸焼けはちっともしない」

「ほう……」

「もしかしたら、あの柔さは、家畜化される前の【黒暴牛】だけのものかもしれないわね。魔物食の真髄と言っても過言ではない味よ」

「そ、それは……楽しみですね……!」

 

 ここまで彼女が提供してきた魔物肉はどれもこれも、入手もしやすく味も良く、信頼に値するものだった。その彼女がそこまで言うのなら、料理人として興味がそそられないという方が嘘だった。

 

「問題は、入手難易度が他の魔物よりも高いから、安定供給は難しいこと」

「あくまでもリニューアルオープン限定品、と銘打っておくとか?」

「そのあと、【黒暴牛】以外の料理で客をつなぎ止めることができるかどうかはソフィアの腕次第」

「頑張ります……!」

 

 挑戦的なカルメの言葉にソフィアは一層に気合いを入れる。一方で、【黒暴牛】の描かれた紙をナナは難しそうに睨み付けていた。

 

「……カルメ」

「なに」

「この紙の下に金貨三十枚とか書かれてるんだけど」

「書かれてるわね」

 

 確かに、見れば【黒暴牛】の絵の下に数字が描かれている。しかも、【黒暴牛】の下に、異名らしきものまで書かれている。というかよく見ればカルメの持ち込んできた紙は、冒険者ギルドの掲示板に良く貼られている()()だった。

 つまるところ、

 

「賞金首じゃない!!」

「そうだけど」

「味の解説の前にそれを先に言え!」

 

 スパンと、賞金手配書(ウォンテッド)をカルメの顔面に叩き付けながらナナは叫ぶのだった。

 




次回 12/3
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