かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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戦いの後②

 

 

 衛星都市アルト、冒険者ギルド。

 

 衛星都市アルトにも冒険者ギルドは存在していた(というよりも存在しない都市国がこの世界にはほぼない)。だが、此処を最初訪れたときは、ほぼ一瞬顔を出しただけだった。マトモに腰を据える暇が無かったのだ。

 

 盗賊騒動を終えて、改めてようやく顔を出すこととなった。

 

『ほーお、此処にお主等みたいなイカれどもがおるんかの?』

「そうですよロック様」

「シズクは兎も角俺を含めるな」

 

 カタカタという音と共に聞き覚えのある声がシズクの方から聞こえてくる。彼女の肩に小型の人骨が乗っている。ややデフォルメされており、魔術師の使い魔のように見えるソレは、死霊騎士、ロックだ。

 

「……随分まあ、可愛らしくなったな。ロック」

『女の子にモテモテになってしまうの?』

「第二の人生楽しそうだなオイ」

 

 死霊術師が生み出した死霊騎士の骨の肉体、器は今のウル達ではとても手出しできない術式が刻まれており、破壊する事も作り替える事もままならなかった。だが、形状に干渉することは出来たらしい。

 都市内に死霊騎士をそのまま連れ歩くのは刺激が強すぎる、という事も考慮した結果が現在の形状である。精々、少々悪趣味な人形と見えなくもない。少なくとも此処に来るまで、多少目を引くことはあっても、騒がれることは無かった。が、

 

「あまり喋るなよ。でかい都市でもない。魔術師慣れしていない都市民ばかりだ。人の魂を流用した死霊兵は世間受けが悪い」

『なに、わきまえとるよ。主に迷惑はかけんわい』

「お願いいたしますね、ロック様」

 

 主従関係の構築は順調らしい。

 正直言えば、邪悪なる死霊術士の使い魔だった存在を流用する事をリスキーに感じなくもない。が、しかし、彼の戦闘力が実に有用である事も先の戦いで散々思い知った。しかも使い魔カテゴリなので報酬の分け前も必要としていない(小遣いは要求されたが)。

 リスクを無視すれば、協力者としてこの上ない優良物件である。多少のリスクなど今更だ。飲むしか無かった。

 

 そのためにも、冒険者ギルドにロックの存在を認知してもらい、使い魔として登録する必要がある。さっさと用事を済ませるか。と、ウルは冒険者ギルドの門を潜ろうとして、

 

「あ、や、やっぱり、シズクさん!ウルさん!」

 

 その前に、背後から声がかかる。これまた聞き覚えのある声だ。

 

「ニーナさん、ラーウラさん」

 

 死霊術師との戦いで協力し戦ってくれた二人である。

 出会った頃のボロボロの姿ではなくまともな――――と言っても、鎧もローブもまるでボロで立派なものではないが――――格好の2人は、嬉しそうにウル達に手を振った。

 

「ご無事で何より。二人とも」

「お怪我は響いてはいませんか?」

 

 中々の苦難に見舞われたはずの彼女たちであるが、しかしその表情は思った以上にしっかりとしていた。

 

「だい、じょうぶです!!」

「頑丈だから、私ら。平気さ」

 

 タフだ。ウルは感心した。グレンの訓練所で一つ学んだが、冒険者の素養として重要なのは頑丈さだ。その点で、彼女たちは優秀であるらしい。

 

「それは良かったです」

「ただ、一式の装備が盗賊達に盗られちったのは痛かったな」

「わた、私の魔導書も、もう、が、瓦礫のしただしね」

 

 えらく古い装備を身につけている理由はそれらしい。元より指輪なし冒険者などカツカツなうえ、装備の全喪失はかなり痛い。彼女たちの苦悩は理解できる。指輪があるだけで、正直彼女たちとウルの立場は大差ない。そして

 

「なら、まあ丁度良かった」

「そうですね」

 

 はい?と顔を上げる二人は理解していなかったらしい。

 だがそれも当然だろう。“あの事”が決まったのは彼女たちが捕まった後のことだ。

 

「賞金を取りに来たんだ。冒険者ギルドに」

 

 討伐に向かう直前に掛けられた金額は金貨20枚である。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「えっと、えっと、金貨、2、20枚ですね!こちらになります!!」

 

 いかにも不慣れな印象を受ける受付嬢が、どがしゃんと、雑にウル達の前に突きつけてきたのは、島喰亀襲撃の盗賊たちの賞金、金貨20枚である。

 20枚、大金である。宝石人形の時と上回るだけの額が目の前にある。そこに

 

「あ、あと、集めていただいた魔石の換金額が此方になります!!」

 

 と、銀貨20枚ほどが追加で投げられる。金銀の山が積もった。

 

「さ、更に、今回、第三級の【子竜】の出現が確認できたため、ギルドからの報奨金として更に金貨20枚を贈らさせていただきます!!少なくて済みません!」

 

 その上から金貨がじゃらじゃらと積まれた。最早圧力である。ウルは目眩がした。

 

「……さて」

 

 ウルは横に一緒に並ぶニーナとラーウラに顔を向ける。二人は目の前に輝く金貨と銀貨の山に顔を覆っていた。多分目が潰れないようにしてるのだろう。ウルも同じ気持ちだからよくわかった。

 

「お二人とも、よろしいだろうか」

「お、おおおおう……」

「では分配と行きましょう」

「は、はい!はい!?」

 

 混乱している二人をよそに、ウルはまず銀貨を寄せて、それを二つに分配した。

 

「ひとまず通常の魔物の討伐は我々だけで行なったので二分、銀貨10枚はそちらに」

「え、え、あの、私達こんなに」

「それで、金貨だが、貢献度の査定はギルドに依頼した」

 

 そう言ってウルがちらりと冒険者ギルドの受付の女性に目くばせした。彼女はコクコクと頷いて山と積まれた金貨の前に立った。

 

「さ、先ほど皆さん一人一人から今回の盗賊達討伐の詳細については伺いました!その情報をもとに分けさせていただきます!」

 

 そう言って、現在40枚存在する多量の金貨の内、ずい、と半分まず両手でかき、そして分けた。

 

「まずは半数の金貨20枚、こちらは最も今回の案件で貢献度の高かったディズ様の取り分となります……えー本来であれば彼女の取り分はもう少し多くなるのですが、基本的に、分配の最大は半分となりますのでこちらで」

 

 その分配にディズが不服を申し立てれば金貨は彼女へと動くし、その権利はあるのだが、幸いにしてディズはその点は「任せる」の一言で、後はすよすよと熟睡モードに移った。

 故に代理人としてウルはギルドの分配に同意し頷く。するとギルドの女性はニッコリ笑い、金貨をむんずとつかみ袋に詰め縛る。続け、

 

「残20枚の内、貢献度の割合はお二組をおよそ2:1とし13枚をウル様達に、7枚をニーナ様達に、それぞれお渡しします。以上が冒険者ギルドで判定した貢献度に基づいた分配となります!」

「……という事らしいので、どうぞ、金貨7枚、銀貨10枚」

 

 ずい、と押し付けらる金貨と銀貨にラーウラは明らかに目を回していた。ニーナはニーナで突如として押し付けられた大金に恐れおののいている。真っ当な感性をしているなら(冒険者が真っ当なのかはともかく)いきなり大金が突きつけられれば警戒するので反応としては正しい。

 

「さて、確認するがこの分け方に不満や不都合はあるだろうか」

 

 問われ、しばし呆然となっていたラーウラはその声に正気になったのか、首を横に振って叫んだ。

 

「不満っていうか……あ、あの、私達こんなには受け取れません!!」

「何故に」

「だって、私達そんなにたくさん手伝えませんでしたし……」

「十二分に働いてくれたと思うが。だからこそギルドもこの分配にしたのだし」

 

 盗賊たちにとらわれて暴力を振るわれ、それでも尚懸命に戦った。彼女達の協力がなければどこかで瓦解していただろう。それほどあの戦いはギリギリのものだった。

 しかしそれが彼女には納得いかないらしい。

 

「私達、ウルさんと違って指輪持ちじゃないし……まだ駆け出しで」

「私達冒険者になってからまだ一月の駆け出しですが?」

「いっ!?……で、でも、それなら余計に貴方達、凄すぎて、私達なんか邪魔に」

 

 すごい、という言葉にむずがゆさを感じ、ウルは口をひん曲げた。

 傍から見れば「すごい」ように見える、らしい。だが実情は次々と迫る状況に対して、死に物狂いで地べたを這いずり回り、幸運をつかみ取っただけのような気がしないでも無い。

 そもそもディズが居なければどうにもならなかったのは事実なのだ。

 

「だ、だいたい、こんな大金分けるなんて、ウルさん達だっていやなんじゃ」

「何を言っている、勿論嫌だ」

 

 ウルは正直に言った。

 嫌である。折角消費アイテムのすべてをディズに任せられるという、消費を度外視して賞金首を討つ絶好の機会だったのに、その金を分けるなど嫌だ。これから先、もっとたくさんの、もっともっとたくさんの金を浪費しなければならないのは間違いない。

 本当に嫌だ。しかし

 

「お金はとても大切でございますからねえ」

「そうだな。そんで、大事だから、誤魔化すべきじゃない。正しく分配すべきだ」

 

 宝石人形の時、かなり強引な手段で金を集め、その結果事を荒立てないためにより多くの金が必要だったのをウルは忘れてはいない。あのときあれだけのお金で済んだのはまだ幸運だったのだ。ヘタすれば金だけでなくもっと大きなトラブルを抱え、引きずるハメになっていただろう。

 

「お金は重要だ。そっちも簡単に要らない、なんて言わないほうが良いと思うぞ」

 

 謙遜や無欲は美徳だが、何事も過ぎれば決して良い事にはならない。

 ラーウラは沈黙すると、代わりに先ほどまでずっと黙っていたニーナが口を開いた。

 

「それじゃあ、その、いただきます」

「ニーナ?」

 

 驚いた顔をするラーウラに対し、ニーナは何処か腹の据わった表情でラーウラを見る。

 

「いいじゃない。そりゃあ、2人や、“勇者様”みたいには戦えなかったけど、私達、頑張ったよ。ギルドだって認めた。これは正当な報酬」

「でも……」

「それに私達はお金がない。武器も防具も失って、しかも安全だった島喰亀の護衛の任務も失敗した。このままじゃ失業だよ。お金は要るんだ」

 

 キッパリと、現状の自分らの状態を見つめた彼女の発言に、ラーウラも何か言いかけた口をピタリと閉じる。そして暫くした後、小さく頷いた。

 

「私は夢があるんだ。いつか都市民権を得て、【プラウディア】の騎士団に入る」

「わ、私も、天賢王様の管理する【螺旋図書館】で働くの」

 

 二人は互い、掲げた夢を確認し、頷きあう。そして改めてウル達に視線を戻した。

 

「ウルさん、この分け方で問題ありません。ありがとうございます。いただきます」

「そうか、譲ってもらえなくて大変残念だ」

 

 ウルは軽くそう言うと、ギルドが分けてくれた金貨の袋を手渡す。分配は完了した。袋を受け取った二人は中身を確認し、そして喜び合った。

 

「夢に向かって一直線というのは素敵でございますね」

「……俺ら、あんま健全じゃないからなあ」

 

 最短距離で金級に到達するという目標は残念ながら真っ当ではない。地道に、少しずつ努力を、なんてこととは無縁な目標だ。命の切った張ったな職業に就きながらも、夢を目指して頑張ろうとする彼女達は眩しかった。

 

「まあ、見比べても仕方ない事だ……で」

 

 ウルは振り返る。すると案の定、酒場で酒を飲んでいた冒険者の連中のほとんどが、じっとこちらを見つめていた。大罪都市グリードとは違い、普段ならそうそうないレベルの金額がぞろぞろと動いたのだ。注目を集めない方が変だ。

 そして彼らの視線は、必ずしも好意的なものではない。多量の金を獲得したウル達と、そしてニーナ達への嫉妬、好奇、その他諸々、多くの視線が集中している。

 無論、島喰亀を打倒し、この都市に訪れた悲劇を絶ったのがウル達である、というのは大体察しているのだろうし、間違いが起こることはまず無いだろう。

 が、グレンの言葉を思い出し、ウルは溜息をついた。

 

「……えー」

 

 ウルは席から立ち上がり手を挙げた。自然とウルへとその場の視線が集中する。咳ばらいを一つする。

 

「島喰亀の一件、損害を被った衛星都市アルトにお悔やみ申し上げる。皆様の想いと、騎士団の皆さんの速やかな協力もあり、無事、邪悪な盗賊達を滅する事に成功した!」

 

 緊張の焦りで舌が絡まって噛みそうになるのを抑える。こういうのは本当に苦手だった。

 

「故に、死者への追悼と、このアルトという都市への感謝を込めて、この場の全員に一杯酒をおごりたい!!受け取ってくれ!!」

 

 ウルが少し早口になりながらも大きな声で言い切る。と、少しだけウルの言葉を咀嚼するために沈黙していた冒険者たちは、次の瞬間一斉に雄叫びを上げた。

 

「ウル!ウル!!」

「人形殺しのウル!!」

「髑髏殺しのウル!!!!!」

 

 冒険者のノリというのは正直心の底から苦手なのだが、しかしこうやって即行で乗ってくれるのは本当に助かる。と、背中に冷や汗をかいていたウルは安堵した。

 

 こうして、島喰亀から続いたウルの衛星都市アルトの冒険は終わった。

 

 旅へと出た初っ端からとんでもないトラブルにぶち当たったとも言えるが、旅に出た目的、賞金首の撃破と貢献度稼ぎの事を思えば順調な滑り出し、と言えなくもなかった。

 

「でも次はせめてもう少し穏当な流れで討伐に挑みたい」

「穏当な賞金首というのは果たしてどんな方なのでしょうね?」

「こっちを攻撃してこなくて、穏やかで昼寝ばっかりするような賞金首」

「家畜さんですかね?」

「……せめてナマモノがいい」

「人形、死霊兵と続きましたからねえ」

 

 彼の願いは次の都市で一部かなう事となる。

 

 しかし残念ながら、そして当然ながら「穏当な」という願いはかなう事はなかった。

 

 

 

【餓者髑髏討伐戦:リザルト】

・餓者髑髏撃破賞金:金貨20枚

・餓者髑髏撃破後の獲得魔石:銀貨1枚相当(大部分の魔力は消費されていたため)

・餓者髑髏の魔片:吸収

 

 

 


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