かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~ 作:あかのまに
竜呑ウーガ、機関部にて
「で、私の所に来たと」
「そそ、まあ、仕事のついでっスけど」
各地への伝令と状況の確認、情報収集を進めながら、ラビィンが尋ねたのは機関部で中心的に働く魔術師、リーネ・ヌウ・レイラインの所だった。
自分達と同じく、紆余曲折の末にウーガに乗り込む事となった【歩ム者】に所属する魔術師。現在、竜呑ウーガという場所に最も詳しいのは彼女だ。
冒険者としては、彼女は銅級相当、新人も良いところだ。しかし、魔術大国、大罪都市国ラストの魔術学園ラウターラにて修学した彼女の知識と技術は、ただの魔術使いにすぎない自分達とは一線を画す。それ故、銀級である筈の【白の蟒蛇】の魔術師達も、今は彼女に使われている状態だ。
その歪さ、使われてる部下達のメンタルコンディションはどうなのか。不満に思ってたりしていないか? などと様子を見るのもラビィンの仕事ではある。
「そっちの調査の進捗はどうっス?」
「悪くはないわね。白の蟒蛇の魔術師達、皆優秀だもの」
その声に、こき使われている部下達は半ば呆れ、半ば慣れた様子で笑った。しっかりとこき使われてる様子ではあるが、関係は悪くないらしい。
「そりゃどーもっス。神官サマに褒められるのは光栄っスね」
ラビィンは気安い調子で、少し皮肉げにへりくだる。うっかり、少し毒が漏れてしまったかなと、ラビィンは内心で少し反省した。
リーネは
正直言うと、ラビィンは官位持ち、特権階級の連中に良い感情ない。
名無しの中でも更に底辺、ロクデナシの犯罪者ギルドに身をやつしていたのがラビィンだ。本当にロクでもない場所だった。どこを見ても犯罪者達。周囲には虐待同然に死んだ子供達が転がっている地獄。
そんな経験を経ていると、どうしたって、それとは無縁の場所にいるであろう、官位持ちに対しては嫉妬と嫌悪が付きまとう。
そしてリーネという女は、官位を有し、アンゼンアンシンな都市国内部に居住権を持っているのに、それを捨てて冒険者になったという。
どうしたって、複雑な気持ちになる。
なんだそれ、といういじけた気分になってしまう。
もちろん、それは勝手な考えだ。誰がなにを選ぼうとも、それはそいつの自由だ。誰かに強要されるものではない。自由は、名無しにも許された特権。それに唾を吐きかけるなんてもってのほかだ。
分かってる。分かっているが、感情というのは制御が難しい。御しきれなかった感情が、毒になって漏れ出てしまった。
「あのねえ。名無しとか官位とか――」
そんなラビィンに、リーネはため息を吐いた。自分の中の漏れ出た毒を察してしまったらしい。しまったな。と思いつつも、なにを言うんだろうと気にもなった。
この場では、神官も名無しも関係ない、とでも言うんだろうか。
そんな綺麗事を口にしてきたら、冷笑してやろうと思った。
「――白王陣と関係ないでしょ?」
「流石に想像してなかった回答っスね……」
彼女は官位持ちの中でも変な女なのかもしれない。
「そりゃ、アンタの魔術とは関係ないとは思うっスけど……」
「白王陣と関係ない事なんて存在していないわ。殺すわよ」
「アンタが関係ないっつったんスよ」
違う。官位とか関係ない。この女は変な女なのだとラビィンは即刻修正した。
「冗談よ」
「眼は殺意籠もってたっスけど?」
「マジメな話、本当にどうでも良いの。官位とか、名無しとか。重要なのは白王陣の糧になるかどうかよ。その点、貴女の部下達は素晴らしいわ」
「今、俺等のこと糧っつった?」
「言ったわよ。貴方たちは糧。光栄に思う事ね」
背後で唖然としてるラビィンの部下達に、リーネは即座に頷いた。どうやら彼女は変な女ではなくヤバい女のようだ。ラビィンは三度情報を修正した。
「だから、相互協力することもやぶさかじゃないのよ。ほら、見せて」
言われるまま、ラビィンは謎の立方体をリーネに渡す。
「ふむ……?」
立方体を改めてみると、素材は木製だった。表面には魔術的な模様が施されているが、暗号化されているのか、ラビィンの知識では魔術効果は読み取れなかった。術式そのものは複雑であるから、相応に腕のある魔術師が刻んだのかもしれない。だから部下達も警戒したのだろう。
一方、リーネは割と遠慮無くそれに触れて、なぞっていく。不用意、なのではない。それは理解しているが故に、不必要に畏れない者の手つきだった。
「なんか、分かったっス?」
「ざっくりとはね」
一通り調べた後、テーブルに置き、リーネは頷いた。
「何らかの魔術効果を対象にかける魔導具とは違うわね」
「というと?」
「箱の中の何かを封じる機構」
その言葉に、ラビィンは少しだけ顔を顰める。
直感で危険性は感じなかった。だが、それは絶対の保障ではない。もしかしたら当座の危険ではないだけで、【直感】が動かないという場合もある。あるいは、物理的な脅威とは違う、別の意味で厄介な代物の可能性もある。
「毒物とか、爆弾の可能性もあるかもってことっスよねえ、やっぱ捨てとこっかなあ……」
「あるいは、その逆かもね」
と、そこに新たな声がした。振り返ると、そこに居たのは金色髪の美しい少女だった。それに、赤色の妖精の姿も傍にあった。
「ディズ様。それにアカネ様」
《なにしてるんみんなー?》
「お仕事ですよ、アカネ様」
リーネは立ち上がり礼をする。ラビィンもそれに倣った。部下達も同様だ。赤色の妖精がリーネの懐に飛び込んでキャッキャと騒ぐのを、金色の少女はゆったりと微笑みながら眺めている。
ディズ・グラン・フェネクス。彼女も官位持ちだ。しかし、彼女に対しては流石に複雑な感情を抱くことはなかった。なにせ、【七天】の勇者様だ。別け隔てなく遍く民達を護る世界の守護者、七天達の努力によって名無し達が救われたという逸話は幾つもある。嫌悪のしようがなかった。
その彼女は、皆の一礼に「気にしないで」と手を振って、そのままラビィンが持ってきた立方体を見つめた。
「またなかなか珍妙なモノが出てきたね。この場所は本当に落ち着きがないなあ」
「ディズ様はこれが何かご存じなのですか?」
「なにかしらが封印されてるというリーネの見方は間違いないとは思うけど……」
そのまま、ジッと彼女は立方体を観察する。それは、世界の守護者の目つきというよりも、迷宮からの出土品を観察する鑑定士のような目つきだった。
「うん、やっぱり。コレに似たものを、父のところで見たことある」
《おとん?》
「【
彼女は少しだけ、面白そうな表情をしながらその立方体を指先で突いた。
「神官達がよく使う、隠し金庫の類いだ」
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