かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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ラウターラ魔術学園③

 なんだこれ。

 というウルのまっとうな疑問が目の前のドロの塊に注がれる。マギカの住処でみた土人形の類いだろうかとも思ったが、よくよく見れば下部からヒトの足が見えている。生身のヒトではあるらしい。それが大量の泥をひっかぶった姿なのだ。なるほど納得である。

 いや何でだ。なんで泥をひっかぶってる。

 

「……」

 

 ウルの疑問をよそに泥の塊をひっかぶった彼、ないし彼女はウルの方へと直進を続ける。別にウルに用件があるというわけではなく、単にここから出ていくつもりであるらしい。

 が、そのみすぼらしいとすら言っていい泥まみれの姿を他人事として流せるほど、ウルの神経は図太くはなかった。

 

「……その、大丈夫だろうか?」

「なにが」

 

 無視されるかと思ったが、返事が返ってきた。高い声。おそらく少女のものだ。しかし込められた感情はやけに固く、敵意のようなものすら感じる。ウルは声をかけたことを早くも後悔しながらも、言葉を続ける。

 

「泥まみれで、尋常でない様子なので、大丈夫なのか確認したのだが」

「……心配されなくても、へいきよ」

 

 その割に、声色が若干震えているような気がするのは気のせいなのだろうか。

 結界の外ですれ違った女生徒達の会話を思い出す。その陰湿な気配に、余計なことに首を突っ込んだ気がした。しかし、だからといって今更踵を返して逃げ出すには遅すぎる。

 

「……せめて泥は落としていったらどうだろう。魔術とかで」

「“私は使えないの”いいからほっといて」

 

 はて、使えない?

 浄化の魔術はウルですら覚えられる非常に基礎的な魔術の一つだ。体や衣類についた汚れを払う「洗濯魔術」とも言われている。その利便性の高さから傑作魔術と名高く、迷宮とは縁の無いような都市民ですら習得している者も多い。

 それを、この大陸一の魔術学園の生徒が、使えない、というのは解せなかった。

 とはいえ、使えないと言うのなら仕方が無い。そして、使える者は此処にも居る。

 

 

「……【魔よ来れ、水霊を宿せ、穢れを祓え】」

「な、ちょっと」

 

 魔術の詠唱を始めたウルに泥少女は驚いたような声を上げる。が、ウルは無視した。別に洗濯魔術くらいウルだって毎日使用しているし、失敗することはまずない。そのままウルは詠唱を完了させた。

 

「【浄化(クリン)】」

 

 途端、奇跡が発動する。泥の少女の身体から仄かな光を放ち、そしてフッと彼女の身体にまとわりついた泥が弾ける。水の魔術が彼女の身体から穢れを流し、落とし、正常に戻そうとする。あっという間に少女の身体から泥が払われ

 

「…………」

 

 その下から、ズタズタの制服をまとったあられもない姿をした小人の少女が姿を現した。

 

「………………ヘンタイ」

「異議申し立てる!」

 

 ウルは叫びながら服を脱ぎ少女に投げつけた。

 

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「……つまり、魔術の練習中に嫌がらせで泥ひっかけられて、しかも洗い流せずそのままの姿でうろつかせるために下の服は切り刻んできたと」

「そうね」

「陰湿……!!」

 

 事情を聞いたウルは、中々に悪質ないじめの被害状況を聞き、手のひらで顔を覆った。聞いて全く楽しい話ではなかった。最高峰の魔術の学び舎でやることのしょうもなさが実にげんなりとした気分にさせてくれる。

 いじめの被害にあった目の前の少女が弱っている様子がないのは幸いではある。小人特有の体躯の小ささで、ウルの上着を被りすっぽりと胴が隠れる姿はなんだか愛らしいが、顔が怖い。コッチをめっちゃ睨んでくる。まさか先ほどの事故を根に持っているのだろうか、とウルは背中にいやな汗をかいた。

 指輪の権限を使って学園に入れたとはいえ、所詮は部外者の流れ者、無用なトラブルになれば不利になるのは当然ウルだ。そんなことになればシズクにまで迷惑がかかる。

 早いとこ用件を済ませよう。と、ウルは此処に来た目的を思い返す。

 

「失礼、ここにリーネという少女はいるだろうか?」

「私だけど」

 

 ウルはもう一度顔を覆った。なんてこった。

 いや、何を気落ちする事がある。と、ウルは自分に言い聞かせる。元々彼女を探しに此処まで来たのだ。話が早いじゃ無いか。と、気持ちを持ち直して、彼女へと向き直った。

 

「……ええと俺は、冒険者ギルドの紹介で」

「貴方、“骸骨殺しのウル”?」

 

 は?と、ウルは出鼻を挫かれた。

 ウルとは、考えるまでもなく自分の名前である。しかし自分のその名前の頭に、物騒な単語がくっついていた。

 

「ギルドに行ったとき、噂になっていた。若い、小柄、灰色髪、ウルという少年一行、賞金首を続け様に撃破してる期待の新星だって。指輪も早くも手に入れている」

 

 そう言って、彼女はウルの装着している指輪を指す。先ほどから睨み付けているように見えたが、どうやら、ウルの装備した冒険者の指輪を睨んでいたようだった。

 

「……まあ、期待の新星かどうかは知らんが、ウルは俺だ」

「私を雇って」

 

 話が早すぎた。

 

「いや、ちょっとま「私を雇って」だか「雇って」あの「なんでもするわ」聞けや」

 

 グイグイと顔を近づけてくるリーネの両肩を押さえ込んだ。とても力強い。押しも強い。

 

「……元々コッチはアンタを勧誘しに来たんだ。だから落ち着け」

「本当?」

 

 ウルがそう言った瞬間、リーネの顔が初めてパッと、年相応の少女のように明るくなった。彼女の人格は全く知らないが、少なくとも出会い頭の無愛想なツラが全ての少女ではないらしい。

 

「だが、俺はアンタというヒトも、その事情も、実力も、何もかも知らないままだ。そしてそれはアンタもそうだろう。俺や、俺の仲間達の事を何も知らないはずだ」

 

 それが一時的な仕事の雇用ならともかく一行(パーティ)として迎えるのに、相手のことを何もしらないのはまずかろうというのはウルにだってわかっている。しかも、彼女はどう考えても何かしらの事情を抱えている様子なのだ。

 ちゃんと見極めねばまずい。

 

「じっくり話し交流を深める……なんて、時間はないかもだが、せめてどんな能力を持ってるかくらいは確認しないことには、話は進まん」

 

 なんとか宥めるようにそう説明すると、リーネは少し考え込む顔になった。そして、

 

「なら、明朝、此処に来て」

 

 私の魔術を見せるから。

 彼女は睨むような、挑むような顔つきでそう言うのだった。

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 大罪都市ラスト、金融ギルド【黄金不死鳥】ラスト支部にて

 

「ということがあったんだがどうだろう、アカネ」

《にーたんのえっちー》

「やめろ、傷つくぞ」

「にーたんのえっちー」

「その節は本当にすみませんでした」

 

 ウルはアカネとディズになじられていた。

 リーネとの出会いからしばらくして、ウルは学園を一度立ち去った。

 すでに陽は沈み、迷宮、ギルド、学園と一日で彼方此方回ったウルの体力は疲れ果ててはいたが、アカネへの顔出しは欠かさぬよう心がけていた。

 尤も、アカネとディズが両方留守にしていることも珍しくはないのだが。

 

「また仕事が忙しいのか?」

「この国は優秀な魔術師が多いから、グリードよりは楽なんだけどね。それでもちょっと、潜らないといけないことが多くてね」

《なんかすっごいでっかいのうねってた》

「アカネは凄いなあ」

「私も褒めてよ」

「ディズは凄いなあ」

 

 褒めた。ディズは満足そうだ。

 

「黄金不死鳥の仕事は荒事がなくて助かってるよ。借り手が研究費をせびる魔術師ばかりだから、貴重な魔道具も回収できているし」

 

 ディズの机の前には様々な、ウルには全く使途不明の特殊な魔道具がゴロゴロゴロと転がっている。一つ一つが相当な価値を持つ魔具の数々であるらしい。詰まるところこの国の優秀な魔術師達から強奪したものである。

 

「【七天】様がそんなことしていいのか」

「黄金不死鳥の仕事に違法性はないしね」

 

 魔道具を一つ一つを手に取って、丁寧に磨き、時折、細かく魔術の詠唱を行う。そうしている姿は専門の職人のようだった。本当に、彼女は多芸だ。

 

「てっきり、黄金不死鳥の立場は、身分隠すためのものだと思ってたが」

「どっちも本当だよ。色々あってそういうことになった」

 

 色々、という言葉が本当に色々とありそうなので、ウルはそこに突っ込むのはやめておいた。つついて、自分では処理できない情報を抱えたくはなかった。

 

「で、ディズはどう思う。リーネについて」

「どーもこうも話聞いただけじゃなんともいえないよ。そもそも基本ソロで活動してるから、一行(パーティ)に関しては私、素人」

「ボッチか」

《ボッチボッチー》

 

 側頭部に物を投げられた。彼女が集めた魔道具の一つだった。なんつー物を投げるんだこの女は。

 

「雇用関係については、少しはわかるから簡単なアドバイスは出来るけど」

「拝聴する」

「妥協していいところと、しちゃいけないところは見極めよう」

 

 ふむ、とウルは首を傾げる。ディズは作業を中断し、紅茶を煎れながら続けた。

 

「例えば能力、技術はある程度妥協できる所だ。伸ばせるし、成長するし修正も利く。幾ら君が即戦力を期待していると言ったって、最初から完璧な人材を、なんて高望みはしてないだろ?」

「まあ、それは」

 

 現在のウルが望む人材に完全に合致する相手を待っていたら陽が暮れる。なんてものではない。存在するかも分からない人材を待ち続けるくらいなら、不足している部分があってもその相手を育てた方がマシだろう。

 

「なら、妥協できない所はどういうところだ?」

「相手を好ましく思えるか否か」

「……んん?」

「重要だよ?もし相手が好かなかった場合、その好きでもない相手と毎日顔を合わせてしかも命を預けるんだよ?」

 

 ウルは黙る。

 要は人格、相性の問題だ。確かにここに問題があった場合、修正するのは容易ではないだろう。無論、コレに関しても「全てが好意的に思える相手」を待ち望むのは無理な話だ。妥協も必要だろう。しかし、どうしようもなく意見が合わない相手を選ぶのは危険だ。

 

 嫌いなやつに、信用できないやつに、命を預けることなどできないのだから。

 

「能力の有無ももちろん大切だけど、それ以上に“関係”ってやつはチームを作る上では欠かせない。そこは気にした方が良いね」

「……なるほど」

 

 そう言われると、あのリーネという少女はかなり突飛な、といったら悪いが、中々にクセのある性格をしていた、気がする。勿論、まだ殆ど会話を交わしていない相手だ。どういう性格なのかも分からないし、噛み合うかも分かったものでは無い。だ

 兎に角、まずは彼女の事を知らなければ話にならない。そして、こちらのことを知ってもらわなければならない。

 

 結局は、約束した明日を迎えてみなければどうなるかはわからなかった。

 

「どんな魔術を見せてくれるのかね」

「その点で気になっていたんだけど、リーネ?彼女のフルネームなんだっけ?」

 

 はて?と思いながらも冒険者ギルドで渡された情報を思い返す。確か……

 

「リーネ・ヌウ・レイライン、官位持ちのご息女だ。特権階級がなんだって冒険者になろうとしてるかは知らないが……」

「“レイライン”ね。なるほど」

 

 と、ディズはその情報を聞いて何やら納得したようにうなずいた。

 

「なんだ。知ってるのか?」

「これはアドバイスだけど、明日用意しておいた方が良い物があるよ」

「何を?」

「食事と、暇つぶしの道具」

 

 なんというか、いやな予感のするラインナップだった。

 

 




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