かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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ラウターラ魔術学園④

 

 翌日 大罪都市ラスト、訓練所にて

 

「……眠」

『【瞑想】とやらで睡眠時間短縮できとるんちゃうんかい?』

「俺はまだ下手くそなんだよ……ディズは最近ぱっちりだ、羨ましい」

『ワシは眠らんでも良いから楽だがの』

 

 現在まだ日は昇ってはおらず、都市の内部も人気なくガランとしている。小山の上に建築された冒険者ギルドからはこの都市が一望出来る。シズクのいる学園もまた、視界に収まっていた。

 この訓練所で何をしているかと言われれば、もちろん、この場所の名の通り、訓練である。短い睡眠でもかなり体力の回復が出来るようになってからというもの、ウルとシズクは、手すきの時はほぼ丸一日中、鍛錬を行なっている。全ては圧倒的に不足している経験値を補うためだった。

 

『マジメじゃのう。普通訓練なんて辛いしつまらんしでサボりたがるもんとちゃうんか?』

「俺だって、嫌だ、よっ」

 

 踏み込み、身体を捻り、身の丈ほどもある竜牙槍を前に突き出す。風を巻き込み食い破るようにして突き出された一撃は、向かいあうロックの剣に容易くいなされる。力で押さえ込まれるのではなく、まるで受け流すようにして避けられた。そのままそれが二人の技量の違いを表していた。

 

「汗かくし、楽しくない、身体は痛いし、魔力による強化は危ないし、この上勉学までしなきゃならん、アカネとも会えんっ」

 

 ウルはかまわず槍を振る。相手を見極め、己の身体の動きを意識し、連撃を繰り出す。先端の重量を生かし、しならせ、威力を重ねる。合わせ、徐々にロックの回避の余裕を奪っていく。最後の一突きはなんとかロックの鎧を掠める事は叶った。

 

「でも、死ぬのは、嫌だろ」

『それがわかってもなお、苦しみに耐え、備えるという辛抱は中々利かんもんじゃがのう』

 

 その生真面目さが取り柄か。と、ロックはカタカタと笑った。

 アルトを出て、ロックが相手になってからというものの、訓練の充実さは増した。時折ディズも手伝ってくれるが、遙か高見から此方を指導していてくれる相手と、死に物狂いで食らいつけばなんとか足下に及ぶ相手との訓練はまた別のものだ。

 結果、宝石人形や餓者髑髏から強奪した魔力はすでに十分に肉体になじみつつあった。少なくとも、自分の力に振り回されるような無様は晒さずに済む程度には、身体を上手く動かせるようになったのだ。

 

 だが、それでも。あの怪鳥を討つ手立ては今のところ立っていない。それがウルを焦らしていた。

 

「……む」

『夜明けじゃの』

 

 東の空から太陽神、唯一神(ゼウラディア)の陽光が差し込んでくる。眩い光が闇夜を裂いて、淡い魔灯の光をかき消し、都市の景観を色づかせていく。

 そして、同時に、家々から都市民が外に顔を出す。

 彼らは眩い光の下に身体をさらすと、そのまま太陽の光に向かい両手を合わせ、祈る。

 

「我らが神よ。偉大なる御身によって我らの道行きを照らして下さい」

 

 ウルもまた、短く、しかし確かに祈りを捧げた。太陽神、唯一神ゼウラディアへの祈りは、都市民、に限らず都市の内側に居る者なら誰もが必ず捧げねばならない“義務”である。

 何しろ、この都市の、人類が生き残る事が許される都市部に巡らされた【太陽の結界】は唯一神からもたらされたものなのだ。信仰がどうこうとか以前に生死がかかっているのだから、皆真面目にやる。

 だから、神と神殿への祈りを忘れる者がいるとすれば、神に依らぬよほどの変人か、邪神を信仰する邪教徒か、あるいは――

 

『おぬしは都市民ですらない流浪の冒険者じゃろ?祈らんでもいいんじゃないのか?』

「別に、都市民でなかろうが、助けてもらってることには変わりない」

『……ふむ、ならやはりワシも祈ったほうが良いのかの』

「心からのものでない祈りに意味はねーよ」

 

 あるいはそもそも神と精霊への信仰を知らぬ者である。

 

「アンタが生きてた頃はゼウラディアへの信仰は薄かったのか?」

『さあのお?』

「おい」

『ほんと、生前の記憶がさっぱり思いだせんでの。ばあさんやメシはまだかの』

「じいさんや、昨日たべたでしょ」

 

 ウルは魔石を取り出しロックに投げつけた。ロックは器用に鎧兜に魔石を納め、吸収する。なんだか動物に餌付けしているような気分になった。

 しかし、唯一神への信仰すら忘れるというのも、随分と難儀な話だった。

 この世界の住民にとって、神への祈りは、個々人の思想、信仰、主義主張の枠を超えた生活の一部だ。それを失うというのは、極端な話、息の仕方を忘れるようなものだ。

 あるいはもっともっと、遙か昔に生きた人物なのだろうか?とも思ったが、真相は忘却の彼方である。とはいえ、それほどに彼の過去に興味があるわけでもないが。というわけでウルは思考を切り替えた。

 

『んで?この後の予定はどないなんじゃ?』

「湯屋でさっぱりして、少し休んだら学園に行く。面接だ」

 

 今日はリーネに魔術を披露してもらう日である。念のためディズの警告に従い、何処かの出店にて携帯食を手に入れる予定である。つまり今日も学園に行くわけで、ロックは入ることは許されない。

 

『今日はどこ行くかのう、ワシ』

「出来れば迷宮で地道に魔石稼いでほしいんだがな」

『小金なら稼いどるぞ、カカカ』

 

 チャリン、とウルが渡した小遣いの入った小袋をロックがならす。何やらウルが渡したときと比べて袋が膨らんでいるが、どうやら賭け事が上手いらしい。この骸骨は。

 

『どうじゃ、お主もやるか、面白いぞ、虫の魔物が角突き合って争うのは』

「……一度グリードで、冒険者仲間に蜥蜴の競走(レース)の賭け事に無理矢理付き合わされたことがあったが」

『ほう』

「秒で資金が底をついた」

『おう……』

 

 別にそれほどの金を費やした訳ではなかったが(自分の夕食代を使った)、あの時は日々の生活もギリギリまで切り詰めていたので、それを無為に損なう気分は最悪だった。幸いにして、というべきなのか、一緒につき合わされたシズクが大勝ちし、プラマイゼロになったので事なきを得たが、二度とはやるまいと誓ったものである。

 

「まあ、問題を起こさない限りは自由にしてくれ」

『そんなら今日は姉ちゃんの店に行ってみるかの』

「魔物と勘違いされて追い出されるなよ……」

 

 骨身の身体で綺麗な姉ちゃんの店に行って何が面白いのかわからないが、本人が乗り気なのでウルは流した。シズクの「第二の人生を提供する」という契約の通り、この男にはそれを堪能する権利があるのだから、せいぜい満喫すれば良い。

 

『何なら今度お主もいくか?』

「行く」

『……考えとく、とか適当に濁すとおもったんじゃがの』

「ストレス解消の機会がないと俺の精神が持たん。マジで」

 

 

 

             ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 さて、ラウターラ魔道学園二日目である。

 昨日と同じく正門の守衛に声をかけると、どうやら自分の事は既に話として通っていたらしく、初日よりもスムーズに手続きが終わった。

 昨日は学園の広さに戸惑い、しばし道に迷うこともあったが、今日は迷いなく昨日の【白の庭】に向かう。リーネの魔術とやらを見せてもらわねばならない。まさしく、面接だ。

 無論、というべきか、ウルには自分が面接する側の経験なんてモノはない。される側にしても小銭稼ぎに小規模の魔石探鉱に首を突っ込み、いかつい顔をした責任者の男に鼻で笑われ蹴り出されたことがあったくらいだ。

 

 人事の知識なんてのはディズのアドバイスくらいのものである。どうしたら良いかわからず右往左往する自分の姿が容易に想像つく。せめてリーネを困らせるような事はないようにしなければなるまい。

 

《わたしもてつだったるよ》

「おお、アカネや。おまえはなんて優しいんだ」

 

 ウルは妹の優しさに感動した。そして我に返った。

 

「で、なんでここにいるんだい妹よ」

《にーたん、こまってそうだから、てつだいにきたのよ》

「ほう、学園に入る許可は?」

《ふほうしんにゅうよ》

「不法」

 

 ウルはちらりと先ほど通過した正門を振り返った。すると守衛の気の良いおじさんが視線に気づいたのかにこやかに手を振ってきた。ウルは手を振り返しつつ、罪悪感にかられながらアカネをそっと隠した。

 

「アカネさんや。君がここにいることで俺の立場が大変苦しい」

《にーたんがんばって》

「粗雑な応援に喜ぶ自分が腹立つ」

 

 まあ、好んで問題を起こす妹ではなし、余計なところにフラフラしないようにしながら、後でこっそり帰そう。

 

《それにさいきんあんまはなせてないしなー》

「……まあディズにつきっきりだったからな、アカネ」

 

 “自分の装備の回収”とやらの後、ディズはアカネを連れて割と忙しそうに毎日彼方此方に出向いていた。おそらくはあの“骸骨騒動”の時のように彼女の仕事があったのだろう。どれほど大変な仕事かは想像つかないが、出来れば関わりたくはない。

 

《だからちょっとははなしといでって。ディズが》

「諸悪の根源優しいなあ…」

 

 今度彼女の下を訪ねるときは、何か高い菓子を持っていこう。と、ウルは思った。

 

《あと、“れいらいん”相手にするならはなしあいてになったげてって》

「気遣い本当に感謝するんだが、俺は今から何をみせられんのマジで?」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

 その後、約束の時刻まで少し時間が余っていたので、ウルはアカネと一緒にラウターラ学園の見学に回った。アカネの存在がこの学園にどう映るのか怪しかったので出来るだけ建物の中は避けたが、それでも学園の見学は楽しかった。

 

「都市の建物が高いのはいつものことだが、独特だな……此処のは」

《なんかうねってるなー》

「あの花畑、発光しとる」

《おひるねのじゃまでは?》

「……なんだアレ……精霊信仰の簡易神殿か?」

《きもいぐるぐるへびのぞう》

 

 見たことの無い訳の分からないものが山ほどあって観光のしがいがあった。魔術の学び舎の最高峰に対して観光気分でうろうろするのは中々に不謹慎ではあったが、優先すべきはアカネである。とウルはさっくり罪悪感をほうりすてた。

 

「ええと……八時前、ちょうど良いか」

《にいたん、それとけい?》

「ああ、今後も必要になると思って買った懐中時計、銀貨5枚。きっつ」

《とけいはかっこいいのににいたんかっこわるいなー》

 

 自分で購入した懐中時計を握りしめながら己の出費に吐き気を催しつつも、ウルは白の庭に到着した。広大な地下空間、そしてそこに広がる眩い結界、何度見ても幻想的な光景だ。アカネは物珍しさに歓声をあげている。勝手に何処かに行ってしまわないようにしなければ。

 

 さて、約束通りならリーネもいるはずだ。約束よりも早めの到着となったが、と、周囲を見渡した。すると、すぐに見つかった。

 

「……」

 

 白の結界の前で小柄な橙色の髪、三つ編みの小人の少女がいた。しかし、その格好は他の学生達のようなこの学園特有の制服とは違う。大きな魔女帽、そして同じ色の真っ黒なローブに、幾重に首にかけられたタリスマン、そして身の丈もあるような“箒のような杖”。

 なんというか、ガチだった。少々ウルが後ずさりそうになるくらいの本気度が垣間見える格好だった。

 

《じんせいかけてる?》

「重い……」

 

 今更ながら、他人の人生をこれからあずかることになるやもしれないという自覚が湧き出てきて、ウルはずっしりとしたものを胃の中に感じた。ひとまずアカネを懐に隠しつつ、彼女の下へと近づいた。

 

「……どうも、リーネ。今日はよろしく頼む」

 

 声をかけると、リーネはキッとこちらを睨む。やはり眼光が鋭い。そのまま彼女はぐいと、ウルに何かを押しつけてきた。なんだ、と受け取ると、それはウルが昨日渡した上着だった。

 

「お返しするわ」

「どうも」

「助かったわ」

「どういたしまして」

 

 会話の応酬が途切れる。ウルが困っていると、リーネは背を向けて少しウルから距離を置き始めた。そして振り返り、睨む。

 

「今から私の魔術を見せるわ」

「ああ……いや、ちょっと待て。何の魔術を見せるんだいったい。種別は?」

 

 ウルは手を上げ問う。魔術、といってもその種類は多い。多いというか、数限りなく存在している。この世のあらゆる現象は魔術を用いて再現が可能だと言われるほど、

 魔術は万能だ。自分の魔術を見せる、といったって、それがなんなのかくらいは教えてもらわねば見る側としても困る。彼女は冒険者志望なのだからして、それに類する魔術を見せようという気はあるとは思うのだが……

 問われたリーネはこくりと、大きな魔女帽子を揺らしながら頷いた。

 

「攻性魔術よ」

「……なるほど」

 

 まあそれならば、ウルだって見慣れている。シズクがいつも使うものだ。ウルの一行に彼女が必要であるかどうかはともかくとして、冒険で役立つことすら叶わないということはあるまい。冒険者にはそれが自衛のためであっても戦闘は事欠かないのだから。

 

 しかし、それならディズのあの意味深長な台詞の意味はなんなんだろうか。

 

「……確認するが、普通の攻性魔術なのか?」

「違うわ」

「違うのかあ」

 

 違った。不安が増した。

 

「私の家は、かつて、白の魔女様の弟子の一人だった。私が使う魔術は、白の魔女様の技術の一端、それを鍛え続けたものよ」

 

 そう聞くとなるほど確かに凄そうな魔術ではある。

 白の魔女の逸話はウルも詳しくは知らないが、大罪迷宮ラストを封じたのは知っている。その偉大なる魔術師の力の一端ともなれば期待しない方がおかしいだろう。

 問題は、そんな素晴らしい魔女の技術を引き継ぎながら、何故そんなにも険しい表情なのか。

 

「でも欠点があるの」

「それは?」

 

 もはや、問題が有る、ということはウルも想定済みである。では何が問題なのか。

 

 魔術は万能性を獲得するためにはコストが生じる。魔術の共通した欠点と言える。

 

 膨大な魔力、あるいはそれに代わる媒体、贄、術そのものの成功率、精度などなど、結果を得るためのコストは様々だ。魔術が「机上の万能」などと呼ばれる所以でもある。

 当然、彼女の魔術にもコスト、欠点があるのだろう。それはわかる。ではそれはなにか。ウルは黙って彼女の説明を待った。リーネは、相変わらず険しそうな顔で、少しだけ重たそうに口を開いた。

 

「前提として、私はその魔術に特化し、研ぎ澄ますために、制約を自らに加えた。この魔術の系譜以外の魔術の一切を私は扱えない」

「ああ、だから浄化も使えなかったと。それで、それ以外では?」

「時間がかかるの」

「……ふむ」

 

 それは思いのほか、ウルにも理解しやすい問題だった。

 魔物達と接敵した時、魔物達が距離を詰めてこちらの喉元に食いついてくる時間は、場合によっては1秒にも満たない。数十秒で一つの戦闘が終わることもままある。そんな中、ちんたらと魔術発動に時間をかけていては、役にたてない事は確かにあるだろう。

 例えばシズクの歌のような魔術の詠唱は、他の魔術師から聞く限り恐ろしく素早く、正確な詠唱技術らしいのだが、それでも時に戦闘に追いつかないことはある。

 

 それを間に合わせるためにウルが壁となり、シズクを守るわけだ。

 

 天才的といろんな人間から言われるシズクとて、時間という制約からは逃れられない。故に、シズクはシズクで自身の魔術の発動速度については常に鍛錬を続けている。魔術の発動時間短縮は死霊術の鍛錬の他、今回学園に入学した目的の一つだ。

 

 思考がそれたが、リーネの抱える問題がその魔術の発動時間であるという。

 

「……時間、ちなみにそれはどれくらいかかるんだ?」

 

 ウルはある程度は覚悟して、問うた。威力次第とは言え、一つの魔術に数十秒と時間がかかってしまうとなると、迷宮で有効活用できるかはかなり怪しいところだ。それでも活用するなら様々な工夫が必要になるのは間違いない。どの程度か事前に確認しておきたかった。

 問われ、リーネは少しだけ間を開けた後、告げた。

 

()()()()()()()

 

 ウルの意識は遠くなった。

 


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