かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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ラウターラ魔術学園⑥

 

「役にも立たない攻性魔術を此処で練習するのは迷惑だと言わなかったかな?リーネ。君の魔術は無駄に場所をとる」

 

 朝から魔術の構築を続けていたリーネの前に、ぞろぞろと女を連れてやってきた男にウルは見覚えがあった。確かこの前シズクの部屋で、シズクに操られ……もとい、善意によって死霊術の手引き書を持ってきていた男だ。確か名前はメダルだったはず。

 と、いうことは、である。

 

「本当、どうして無駄な努力だというのに続けるのでしょうね?」

 

 シズクがいた。なんかすごい悪くて色っぽい顔をしてメダルに寄り添うようにしている。指先をつつつとメダルの顎に触れてなでている。やってることが完全に悪女愛人のそれである。無駄に似合っていた。反省してねえこの女。

 

 ウルは顔を引きつらせながらシズクに目を向けると。彼女はほんの一瞬だけウルへと目を向け、パチリとウィンクし、そのままメダルへの密着を再開した。とりあえず無関係という方針で行くらしい。

 

 さて、メダルである。先ほどから彼が視線を向けているのはウルではない。彼が睨んでいるのは未だ集中力を切らさず一心不乱に魔術を構築しているリーネである。リーネはメダルの存在に気づいていないのか、あるいは気づいていながら無視しているのか、魔術の構築を全く止めない。

 その状況をメダルは面白く思わなかったのか、あるいは、いつものことだったのか、彼はリーネの様子をせせら笑って、そして連れてきた女生徒達に向かって宣言した。

 

「新魔術の鍛錬に来ようと思ったのだが、どうやら彼女はその的になりたいらしいな?」

 

 杖をすっと、彼女へと向けた。冗談のような気軽さで、凶器たり得る代物を人に向ける。それがどういう意味を持つのか、理解していないのか、麻痺しているのかは不明だが、ウルも、その所業を黙ってみているわけにはいかなかった。

 

「ええと、失礼、ちょっとお待ちを」

「……は?なんだ貴様?」

 

 ウルの呼びかけに、メダルは少し驚いたような声を出す。どうやらウルの存在は全くもって眼中になかったらしい。まあ、それはどうでもいい、とウルは彼とリーネの間に立った。

 

「彼女は俺のために魔術を見せようとしてくれているんだ。申し訳ないが手出しはやめてもらえないだろうか?」

「……貴様、冒険者か?」

 

 じろじろと見られながら、貴様呼ばわりされるという中々に無礼を働かれているウルだったが、それ自体は割と慣れたモノだった。

 【都市民】や【神官】にとって【名無し】は流れ者、余所者というのは多かれ少なかれ疎まれるものだ。”冒険者の指輪”を獲得してからというものの、その手の視線で見られることはほとんどなくなっていたが、ウルからすれば慣れたモノだった。

 

「一応は冒険者ということになる」

「ふ、アハハハハハハ!!!なんとまあ、間抜けで節穴な冒険者がいたものだな!!」

 

 が、しかし流石に初対面相手にここまで露骨に無礼な態度をとるやつは初めてだ。と、ウルは腹を立てるよりも驚きながら彼の嘲笑を受け止めた。

 

「良いことを教えてやろう。そこの女の魔術は事、迷宮探索においては壊滅的だ。たった一つの魔術を発動させるのに1時間も2時間も時間を要するのだからな」

「ふむ」

「おまけに起動までは常時無防備だ。【集中(コンセントレート)】の技能の代償に意思疎通もままならん」

「なるほど」

「しかも、レイラインの“継承者”は己の習得する魔術を狭め、縛り、制約する事でその技能を高める。分かるか?これしかできないんだよ、その女は!」

「ほう」

「レイラインは“白の系譜の落ちこぼれ”だ。無駄な期待はやめたまえ。むなしいだけさ」

「あいわかった」

 

 ウルは頷いた。頷いて、そのままウルは彼の前から退くことはしなかった。楽しそうにつらつらと、リーネの問題点をあげつらね笑っていたメダルだったが、ウルが退く様子がないのを見ると、徐々にその機嫌を害し始めた。

 

「……おい、なんのマネだ?」

「なんの、と言われても」

 

 ウルはしばし、答えるべきか悩み、可能な限りゆっくりと自分の感想を述べた。

 

「情報提供感謝する。彼女の魔術を検討する上で良い参考になった。そういうわけだから、彼女の妨害をするのはやめていただきたい」

 

 彼女の魔術の欠点、問題点はなるほど理解した。把握していた内容もあったが、改めて正確な情報が得られた(彼の説明に嘘偽りがないなら)。

 だが、別に、彼女の魔術の欠点を並べられたところで、「彼女の邪魔をするな」というウルの意見がブレる事は無い。むしろ、今の説明が何処まで正確なのか確かめるためにも確認は必要だ。

 それに、初対面でいきなり無礼な言動を繰り返し、他人の努力をせせら笑うこの男を、ウルは普通に嫌いになった。好きになるやつがいるか疑問だが、正直好き勝手にさせる理由が無い。

 

「人が親切に警告してやったというのに、頭が悪いのか?貴様」

「……まあ、頭の出来の良さに自信はない」

 

 嫌な相手だ。しかし物理的にこの男を排除すれば良いのかと言えば、そんなことは出来ない。実現可能かで言えば可能だろうが、言動と、取り巻きを囲ってる(シズク含む)状況的に恐らく官位持ちだろう。

 ラウターラの生徒で、都市の有権者とおぼしき相手に問題を起こすのは正直、面倒くさい。腹立たしさより面倒くささが勝った。ただでさえ毒花怪鳥という撃破しなければならないオオモノがいるのに、さらなる問題を引き起こすのは愚の骨頂といえる。

 

「そんなにその女が的になるのが嫌なら、貴様がなるといい」

 

 だが、そんなウルの思惑とは裏腹に、メダルは不機嫌さをどんどんと募らせ、リーネへと向けていた杖を此方にむけてきた。

 面倒だ。

 この男は多分、自分の思い通りの展開にならない事に耐性がない。よっぽどストレスのない人生を歩んできたらしい。羨ましい。と思ったが全て口にしなかった。おそらくこれ以上は何をしゃべってもこの男を不愉快にさせるばかりだろう。最悪この男の魔術を一発か二発くらって、嵐が過ぎ去るのを待つしかない。

 

 ウルは半ば諦観の境地で押し黙る。兎角、嵐が過ぎ去るのを黙って待ち続けた。

 

《にーたんいじめんなこらー!!!》

 

 まさかそこに、妹が突っ込んでいくとは予想していなかった。

 

「ぶっ!?」 

「メダル様?!」

「なにあれ、使い魔!?」

 

 ウルの懐に隠れていたはずのアカネが飛び出し、メダルの顔面にけりを入れ、事態は混沌と化した。アカネはぷんすこに怒っている。ぷんすこ状態のアカネを宥める手段はウルにはない。考えてみれば実の兄が好き勝手に罵られ攻撃される事態を黙って我慢するなど、アカネに出来るはずもなかった。失敗である。

 そんな反省を、現実逃避気味にウルはしていたが、現実逃避なんてしている状況ではなかった。アカネはメダルの周囲を飛び回り、蹴り、女生徒の服を引きちぎっている。

 

「いい加減にしろこの使い魔が!!!」

《んにゃあ?!》

 

 その思考停止状態の間に、メダルがアカネを引っ掴んだ。アカネはじたばたともがいている。いかん、とっとと土下座でもなんでもして、アカネを離してもらわなくては。とウルが声をあげる間もなく、メダルはもう片方の手で掴んだ杖をアカネへと突きつけた。

 

「そんなに実験材料になりたいのならお望み通り魔力のチリにして――」

 

 その次の瞬間、様々な出来事が連続して発生した。

 

 まず、メダルがアカネへ魔術を放つより遙かに早く、ウルがその手に握っていたボールをメダルの顔面に向けて速射した。鍛錬の成果が出たのかボールは一直線に飛んでいき、メダルの顔面にめり込んでいった。

 メダルは鼻から血を噴き出しながら後方へとぶっ飛び、アカネを手放した。取り巻きの女生徒達は一瞬遅れて悲鳴を上げ、慌てメダルへと駆け寄った。

 その隙を突くように、シズクが放り出されたアカネを素早い動きですくい上げ、そしてそのままよどみない動作で自らの制服の内側に隠した。そして何事もなかったかのような態度でメダルへと心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫ですか!?メダル様!!」

 

 やっちまった。と、我に返ったウルは顔を覆った。

 

 




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