かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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リーネの事情

 

 

 観察十二日目

 

 メモ

・毒花怪鳥、逃走癖あり

・逃走ルートランダム?【毒茸の泉】にまっすぐ向かう訳じゃない?

・迷宮の特色は外から来た冒険者とそこを拠点とする冒険者の認識の乖離がある←重要

 

 引き続き、本日も毒花怪鳥討伐のための観察を行う。

 リーネも同行中。

 正直一日目で心折れて、もう来てはくれないものと覚悟していたのだが今日まで継続している。わざわざ学園の授業が終わった後冒険者ギルドに顔をだしてきたんだから相当気合い入ってる。

 彼女がいない午前中はロックと毒花怪鳥の観察だが、やはりと言うべきか、先日与えたダメージは数日の内に回復していた。

 →少なくとも一見してダメージが残ってるように見えない。

 そして住処は変わらず、中層へと進むためのルート、【毒茸の泉】だ。あんな思いっきり逃げ出したくせに、住処は変わらないのが質悪い。

 

・そうだよアイツ逃げるんだよ、言ってなかったっけ?→言ってない

・大物は生存意欲高いから面倒なのよ。追いかけっこしてたら労力にあわんからみんな放置してるの。他の迷宮では違うの?→多分違う

 

 冒険者ギルドで改めて確認したがやはり周知ではあったらしい。今度情報収集するときはもう迷宮の特色を含めて突っ込んで確認しないといけない。今回は損害が出る前に気づけて良かった。

 対抗手段を考えなければならない。

 今の手札。シズクはどういう知識を得るか分からないので今は除外。

 

・俺:戦士、竜牙槍、投擲、遠距離攻撃可能

・ロック:戦士、死霊兵、不死

・リーネ:魔術師、魔法陣→超強力

 

 並べてみると、出来る事は多そうではある。

 が、そもそもリーネがちゃんと仲間になってくれるか分からない。やる気いっぱいではあるが、そもそもなんでそんなにやる気一杯なのか見えてこない。

 とりあえず、明日はリーネが学園にいる間にギルドからリーネの事を聞いてみよう。

 

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 翌日、毒花怪鳥討伐一三日目

 

 冒険者ギルド、ギルド長室にて

 

「……ええと」

「理解できた?ウル少年」

 

 冒険者ギルドにて、リーネの事を尋ねようとしたウルは何故か今、冒険者ギルド ラスト支部のギルド長の部屋にいた。そして対面するギルド長アランサから聞いた情報を飲み込もうとしていた。

 

「魔術師を、特に白の魔女の魔術を引き継ぐ魔術師達に対する新たなる保護法が生まれようとしている」

 

 それ自体は別に、なんてことは無い。特に驚くに値しない話だ。

 此処は魔術の国。その術者を出来るだけ護ろうと神殿が動くことに文句なんて在るわけが無い……はずだったのだが

 

「白の系譜の術者は、法の恩恵を受ける対価として“その技術を保護するための義務が生じる”……と……ごちゃごちゃ言ってるけどコレってつまり」

「冒険者みたいな、危ない仕事に就くことを禁じるって事よ」

 

 ウルは、なるほど、とゆっくりと頷くと、そのまま勢いよく机に顔を突っ伏した。

 

「怪鳥退治に集中させてくれ……!!」

 

 ウルは叫んだ。切実だった。

 既に怪鳥だけでも相当頭が痛いというのに、仲間集めくらいスムーズに進めたかった。

 リーネの素性は彼女から聞いている。彼女が白の魔女の弟子、その系譜である事も聞いている。で、あるならば神殿が定めるという新たな法に彼女が引っかかる可能性がある。

 

「っつーかなんつーピンポイントな……狙い撃ちかよ」

「実際、そうかもしれないわよ」

「は?」

 

 ウルが聞き直すと、アランサは肩を竦める。

 

「アンタがあのラスタニアの息子の顔を物理的に潰したのは聞いている」

「事故です」

「事故かどうかは関係ない。そんでもってこの法を提言したのはその母親」

 

 ウルは眉を顰めた。まさかとは思うが。

 

「……メダルって奴が、母親に頼んで、俺たちに嫌がらせしたと?」

「だとしたらどうする?」

「もう一発ボール叩き込んどきゃよかった」

 

 ウルは真顔で言った。

 結構危ういことをウルは口走っているが、アランサは愉快そうに笑った。

 

「ま、冗談よ。流石にあの女がどれだけ子煩悩の冒険者嫌いだからっていって、子供にせがまれたから法を動かすような真似するほどとち狂っちゃいないわ」

「そりゃよかった」

「さっき述べた提案が通りそうなのは本当だけど」

「何も良くねえ」

 

 本当に、何も良くはなかった。仮採用の新入りの周りがクソややこしいことになった事実は何も変わっていない。

 

「なんだってそんな規則を」

「建前は魔術大国ラストの技術の保護なんだろうけど、本命はやっぱり私達への“嫌がらせ”だろーね」

 

 そう言いながらアランサは口をひんまげる。言葉以上に、そのメダルの母親とやらが嫌いであるというのが伝わってきた。

 

「あのババアは典型的な魔術師至上主義でね。冒険者を完全に見下して、魔術師が魔石探鉱夫なんぞやらんでいいって言い切っててうぜーのなんの。で、神官の立場つかってちょくちょく圧力かけてくんの」

「今時珍しい考えだこと」

 

 別の国ならば、魔術師が全てを支配するなどという思想は極論も良いところと一蹴されるだろう。

 が、ここは魔女の国である。ラストという国を構成するありとあらゆる場所に魔術師は居る。冒険者ギルドにも、そして当然【神殿】の内部にも。つまるところ、魔術師至上主義という極論が、“ある程度まかり通っている”。

 

「そんでもって、魔術師が、特にラウターラの魔術師が冒険者になることを滅茶苦茶反対してるのよ。多分その意見を通そうとしたんでしょうね。最近は大人しくしてると思ったのに全く、更年期かっての……」

「なるほど……それで、結局リーネはどうなる?」

 

 神殿の神官と冒険者の確執については、言っちゃなんだがあまり関わるつもりは無い。ウルが問題視しなければならないのはやはりリーネの件だ。彼女が本当に自分たちの仲間になるのかどうかまだ分からないが、彼女の意思とは全く関係ないところで彼女の望みが絶たれるのは流石にあんまりだ。

 

「あの子がただの都市民なら、せいぜいややこしい制約を誓わされるくらいですんだかもなんだけどね……でも、リーネは第五位(ヌウ)。それも“白の魔女の弟子”なのよ」

「この国の創立者の……で、それがまずいと」

「有能な魔術師、ましてや白の系譜が外に流れる事なんてあってはならない。ってのがあのババアの意見。しかもこの意見が通りそうなんだよね」

 

 リーネのレイライン一族は白の系譜の中でも最も力は弱い。

 が、一方でその彼女の魔術が有する“白の魔女の術”という称号は未だラストでは神聖視されている。それを損なう事を良しとすることはしないだろう。

 

「となると、彼女は冒険者になれないと?」

「選択肢は無いでは無いけど……」

 

 若干彼女は口を濁し、その後諦めたように溜息を吐いた。

 

「【都市民権】を捨てるなら許されるかもね」

 

 つまり、都市に住まう権利を失うということ。この都市からつまはじきにされ、ウルと同じ根無し草となるということである。

 

「……流石にあんまりでは」

 

 その立場の人間として、ウルは苦言を口にした。都市民ならざる者のつらさはウルは理解している。基本的に、都市民ならざる者、“名無し”の立場は厳しい。

 都市の立ち入りを拒絶されることこそ殆ど無いが、都市民でないものに都市の居場所はない。都市とは都市民のためのものである。法も同じく。“名無し”は多くの施設を利用できず、法でも守られない。露骨な拒絶や差別を受けることもある。デメリットを数えるとキリが無い。

 冒険者の指輪を得れば、冒険者ギルドの存在する全ての都市にてある程度までは都市民に近い権利を獲得できる、が、やはり、制限は多い。

 

 だが、それよりもなによりも、単純に過酷なのだ。都市の外は。

 安定した食事もない。安眠できる寝床もない。あらゆる気象が牙を剥き、些細な怪我が致命傷となりかねない。名無しの暮らしとはそういうものだ。

 

「まあ、ね。普通は冒険者になるために名を捨てるなんて。ましてや官位持ちの家の名を捨てるなんてあり得ないんだけど……」

「……捨てかねんぞ。リーネ」

 

 あの猪突猛進のような勢いの彼女ならば、捨てかねない。躊躇いそうに無い。

 だが、流石にウルとしてはそれは止めたい。どんな事情があるのかはウルもまだ知らないが、名無しという過酷な立場にわざわざ自分から飛び込む事なんて無い。

 

「アンタとしては、都合が良いんでしょ?」

「都合が良いからって、ソイツの人生が破綻しても構わないとは思わんよ」

「なるほど」

 

 アランサは満足げに頷いた。ウルの回答を喜んでいるようだった。

 

「ひょっとして、アランサさんは、リーネの事を気にかけてらっしゃる?」

「まあね。だからわざわざアンタと直接話をしている」

 

 官位持ちで、白の系譜、末席とはいえ大罪都市ラストの特権階級の少女。リーネが冒険者ギルドに通い詰めていることをアランサも把握していた。彼女が無愛想な顔をさらして、様々な冒険者に声をかけては一蹴されている様子も把握している。その様子をずっと心配していたらしい。

 「それに」とアランサはさらに続けていた。

 

「先代のレイラインとは顔見知りでね。だから余計に心配だったよあの子」

「先代……リーネの両親?」

「いや祖母……でまあ、この祖母ってのが、中々“尖ってて”ね」

 

 尖ってる。という含みのある言葉から良い響きは感じなかった。

 

「良い祖母ではなかったと?」

「世間的には、そうね。頑固、偏屈、偏執、レイラインという家系、その技術の継承に執念を燃やしていた。妄念にとりつかれていたといっていい」

 

 アランサが見たというのは、先代のレイラインが都市主要部の術式構築の改善作業に当たっていた時のことだった。大規模な魔物の襲来事件があり、衝撃で幾らかの術式にゆがみが生じ、魔法陣のスペシャリストであるレイラインに声が掛かったのだ。

 その際、祖母と共に現場にいたのがリーネだったという。が、そのときの祖母の彼女に対する仕打ちは、とても、身内に向けてのものではなかった。指導のためだったのだろう。作業の一部をリーネにやらせていたときの祖母の指導の仕方はハッキリ言ってしまえば、鬼だった。

 

「口を開けば罵声、少しでもトチれば体罰。射殺しそうな眼光、まー鬼ババアっていって差し支えないもんだったね。幾ら厳しい指導っつったって異常だったよ」

「周りは止めなかったので?」

「止めたさ。というか私が止めた。ババアに杖で殴られたけどな。むかついたんでひっぱたき返したけど」

 

 わーお、とウルは顔をひきつらせた。冒険者ギルド支部の長を杖で殴る祖母も強烈だが、杖をついている相手に仕返しするアランサも中々に強烈だった。

 

「レイラインの魔術はそんなにも難しいのか?」

「終局魔術をたった一人で生み出せるのはとんでもない技術さ。普通、それだけの術式を受け入れるための陣を形成するまでの間に集中力が途切れる」

 

 終局魔術は決して単体で扱うものではない。複数人、数十人規模の熟達した術士が扱い発動させるものである。そしてその運用はもっぱら危険な魔物が出現した際の都市防衛に利用される。

 

「【迷宮大乱立】の時は、必要不可欠の技術だったんだろうね、限られた少人数で、本来打倒不可能な敵を討つため」

 

 本来不可能とも言える業を可能とするために練り込まれたレイラインの技術は並大抵のものではない。術式構築の拡張、強化、全てが絶妙なバランスで組み込まれる。それらを数時間以上にも渡って維持し続けるのは並大抵のことでは無い。リーネの祖母の指導も、そうでなければ習得がままならないという理由もあったのだろう。

 

 まあだからって、孫を杖で殴るような真似、許す理由にはならんがな。とアランサは呟く。

 

「そんなこんなで気にしないって方が無理があったし、そもそもあの子は冒険者ギルドには登録を終えている以上、身内だ。ほったらかしにはしないさ」

「なるほど……しかし、なんだって、彼女はそんなにも冒険者になりたいんだ?」

 

 ウルは本題を尋ねる。

 リーネが冒険者を志す理由。あそこまで形振り構わずにいる訳。彼女からもちゃんと聞くつもりではあるが、先に確認しておきたかった。

 

「“レイラインの復権”らしいよ」

「復権?」

「レイラインの立場が白の系譜の中では弱いってのは知ってる?」

 

 ウルは頷いた。あのメダルという少年からも話は聞かされた。

 理解も出来る。恐ろしく強力な魔術を単身で生み出す反面、かかった強力な制約。汎用性とは対極の技術だろう。都市運営が安定し始めた現代において落ちぶれる理由も分かる。が、そのために冒険者、というと少し繋がらない。

 

「だとしたら尚のこと魔術ギルドで頑張るべきなのでは……?」

「私もそう言ったけど、アッチは他の白の系譜がガチガチに固めてるんだって」

 

 ギルド内の政治の問題として、レイラインが魔術ギルドのラスト支部で権威を復活させられる可能性は極めて低い、らしい。

 

「だから河岸を変えて冒険者ギルドか……極端だな」

「ま、詳細はリーネに聞きな。私だって詳しくは聞いていない」

「そうしよう」

「……しかし、アンタ」

 

 じぃと、ウルの目をアランサが覗き見る。

 何でも無い動作だったが、目が、まるで心の奥底まで覗き見るようで、ウルは姿勢を正した。どれだけ気安く荒っぽくとも、彼女は冒険者ギルド支部のギルド長であり、即ち熟達した冒険者である事をウルは再認する。

 

「ここで、改めて確認しとこうか。アンタはあのリーネを仲間にする気があるのか?肯定でも否定でもかまわないが――嘘はつくなよ?」

 

 ここで、仲間にする気はない。と言ったところで別にアランサは怒らないだろう。気にかけると言っても、たった一人に依怙贔屓をして、他の冒険者に負担を強いるような人間ではないことは流石にこの短い会話でもウルには分かっていた。求めているのはアランサに、そしてリーネに対する誠実さである。

 

「仲間にする気は、ある。彼女は必要だ」

 

 故にウルは偽ることも隠すこともせず、正直に答えた。

 

「そりゃ、同情とかではなく?」

「同情なら俺の方がしてほしい。そんな余裕はない。彼女は、“使える”」

 

 それがウルの結論だ。彼女の技術は使える。莫大な時間的コストとリスクを飲み込むだけの価値が、彼女の魔術にはある。

 不可能事を可能とする技術は、まさしく、ウルが必要なものなのだから。

 

 その、ウルの回答を聞いて、アランサは満足げに笑った。

 

「そんならコッチでも頑張ろうじゃない。あの子が“名無し”にならないですむように、なんとか交渉してみるよ」

「それができるなら、コッチとしても気楽だ」

 

 たとえ、本当に仲間になって、そして都市を出る旅になったとしても、帰れる場所があるというのはやはり違う。のだろう。ウルには分からない。分からないが、帰る場所は欲しい、と常々思っていた。アカネと共に、帰る場所があれば、と。

 リーネにそうはなってほしくはない、と思う。

 

「まあ、こんな話したところで、彼女がこっちに愛想尽かしていたらおじゃんだがな」

「愛想尽かされるようなコトしたのか」

「毎日汗まみれ泥まみれ虫刺されで走り回ってる」

「アンタら迷宮に何しに行ってんの?」

 

 アランサに呆れられながらも、リーネの事情のことはウルも頭に入れておいた。今日も午後からは彼女と迷宮に潜る予定だ。その時、時間があれば彼女の事情を尋ねてみた方が良いだろうと、そう思った。

 

 が、しかし、この日、ウルが彼女に遭遇することは叶わなかった。

 

 彼女が冒険者への道を諦めたというわけではなかった。学園の授業の都合でもなく、それとは全く別の、しかし急を要する案件が飛び込んできたのだ。

 

 彼女の祖母、レインカミィ・ヌウ・レイラインの危篤の情報だった。

 

 


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