かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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悪女といじめっ子

《にーたーん!!!!》

「ごっふぉ」

 

 ウルの顔面に何かがへばりついた。なにか、というかアカネだった。ウルは慣れた手つきで布のような姿でへばりついた彼女を引き剥がすと、彼女はいつもの妖精の姿をとった。このラストでは使い魔のような姿にも見える彼女の姿は都市でも違和感は無い(そのせいで学園ではとんだトラブルが発生もしたが)。

 さて、彼女はシズクを手伝いに行っていたとのことだったが、

 

「アカネ、大丈夫だったか」

《にーたん、つかれたわ》

「シズクにひどいことされたんだな」

「何故確認ではなく確定なのでしょう」

《おおむねただしいのよ、スパイかつどういっぱいしたわ》

 

 ぺしこんぺしこんと小さな手のひらでアカネに頭をはたかれながら、シズクはニコニコと微笑み、ウルたちに頭を下げた。

 

「お久しぶりでございますね、ウル様。ディズ様」

「まあ、言うて数日ぶりだけどな」

「私は結構久しぶりー」

「ディズ様はお忙しかったようでございますからねえ」

 

 和やかに挨拶を交わしつつ、ウルは彼女の姿を改めて検分した。ここに来る前と後で彼女の装備は一新されている。

 身の丈ほどある魔術の杖、先端部には金属製の五芒星がはめ込まれており仄かな光を放っていた。白銀の髪をまとめるようにしている髪飾りにも幾つかの魔石がはめ込まれ、衣服は白をベースとしたローブだが、彼女の髪色と同じ銀色の糸が彼女の美しさを損なわない程度に織り込まれている。

 なんというか、率直に言って

 

「………高そうじゃない?その装備」

「ご安心ください。ウル様。殆どが贈り物です」

「不安が増した」

 

 学園で何してんだこの女。

 

「大丈夫です。あまりに高価な贈り物は問題になりそうなのでお断りしましたから」

「つまり贈られようとはしたんだな」

《シズク、もてもてよ》

「モテモテかあ……」

 

 マジでどういう立場にいるんだこの女、まだ一月経ってないのに。

 

「問題は起こしていないんだよな……?」

「…………」

「シズク、黙って微笑むな」

《シズク、もてもてよ》

「モテモテかあ……!」

 

 もう学園から連れ戻した方が良いんじゃないだろうか、とウルは痛切に思った。

 

「いえ、私自身は問題が起こらないようにしているつもりなのです、が」

「が?」

「少々強引な方もいらっしゃって、問題が起きることもあります」

「その強引な人って、今君の後ろで憤怒の形相になっている彼のこと?」

 

 ディズが指さした先に、見覚えのある男がもんのすごい怒った顔をしていた。

 メダルである。ウルはとっさに火喰の兜の前面を降ろして顔を隠した。アカネも察したのかするりと蛇のような姿となってウルの鎧の中に隠れた。だがウルとアカネの事など全く目に入っていないのか、メダルはシズクへと真っ直ぐに向かうと、かなり強引に彼女の腕を引っ張った。するとシズクは全く驚くそぶりも見せず、優雅に微笑み振り返った。

 

「まあ、メダル様。奇遇ですね」

「何故俺の許可無く勝手に外出許可を取った!!」

 

 まるで自分の所有物が勝手に出ていったことを苛立つような、かなり傲慢さの入り交じった台詞だが、シズクは全く気にするそぶりは見せない。彼女は笑みを絶やさず、「私は冒険者です」と告げる。

 

「私は目的のために学園に入りました。冒険者の活動もその一環、欠かすことは出来ません」

「だから!この俺が冒険者に行く必要など無くしてやると言っている!!」

「それは不可能です。メダル様。私が直接向かわねば意味の無いことなのです」

 

 まるでとりつく島もないシズクの態度に、徐々にメダルも業を煮やしてきたのだろう。怒りから、悪意に満ちた醜い笑みにひしゃげ、一段下がった声でシズクを指さした。

 

「いいのか?俺の言うことを聞けないなら、学園にいられなくなるぞ」

 

 すると、シズクは悲しそうな顔になる。

 

「それは困ります……“トーマス様”にお願いしなければいけませんね」

 

 どなた?と、ウルは疑問におもったが、メダルの笑みはさっと消えた。

 

「トーマス…?上級生のトーマスか!なんでアイツの名前が出てくる!?」

「この前、一緒にお食事したときに親しくなりました。此方は彼の贈り物です」

 

 ちゃりんと、髪をまとめた髪飾りを見せる。メダルはカッとなりその髪飾りを奪い去ろうとしたが、シズクはさっと彼の手を避ける。

 

「外せ!!」

「それはできません」

「アイツの家の官位は【グラン】!俺の下だ!」

 

 自らの権力を強く主張するが、その顔に怒りや悪意といったものはなく、表情にあるのは明らかな焦りと動揺だった。

 

「トーマス・グラン・ダンラント、白の系譜の一人だね。“白の結界術”を司る、文武両道眉目秀麗の出来息子、だってさ」

 

 背後でディズが小さな声で解説を入れる。なるほど、その情報を聞く限り、少なくとも目の前で癇癪を起こして暴れ回っているメダルよりは、ヒトとして出来が良さそうだ。それを自覚しているから、余計に怒り狂っているのだろうか。

 

「この!!」

 

 と、メダルが更にシズクへと近づく。拳は強く握られ、いまにもそれを振り回しそうだ。ウルはとっさにシズクの前に出ようとした。が、

 

『おっと』

「ぐあ!?」

 

 その前に、背後から音も無く迫っていたロックが彼の腕を捻ることで決着がついた。

 

「まあ、ロック様。お久しぶりですね」

『単なるケンカ程度なら放っておこうと思ったんじゃが……まあ、主は元気そうじゃの』

「離せ!!貴様!!この俺を誰だと思ってる!!」

『主、こやつの腕、へし折ってもかまわんのかの?』

「それはやめてください」

 

 物騒な台詞が飛び出す中、シズクは未だもがきながらも、僅かもロックの拘束から抜け出せずにいるメダルへとそっと近づいた。

 

「メダル様が許可をくださらないのであれば、トーマス様に頼らざるをえません」

「あの男など、俺の家が潰してやる!!」

「では、更に他の方に頼らねばなりませんね?パペラ様?それともクロムラ様?」

 

 更に次々と名前が、恐らく男の名前が出てくる。背後でディズが「あー」と思い当たるそぶりをしているが、ウルは気づかぬフリをした。メダルはディズ同様に思い当たっているのか、顔色が更に悪くなった。

 

「こ、この…!!」

 

 売女、とでも言おうとしたのがウルには分かった。だがその言葉はメダルの喉から形になることはなく、代わりに喉がひくつき、奇妙な呼吸音が吐き出されるだけだった。

 メダルの目の前にはシズクの笑みがある。美しかった。見惚れるほどに。

 

「メダル様。私もメダル様を困らせてしまうのは本意ではありません。他の方々に頼ってしまうのも」

 

 シズクは弱々しく、そう口にする。そっとメダルの頬に触れて、その吐息が触れるほどに顔を寄せて、メダルをくすぐる。

 

「メダル様は学園に入って右も左も分からなかった私を助けてくださいました。メダル様が一番に私を助けてくださいました」

 

 だから

 

「メダル様、私の勝手を許してくださいませ。()()()()()()()メダル様なら、そうしてくださいますよね?」

 

 メダルは、シズクのその言葉に、何も言えなくなってしまった。感情の抑制が未熟な彼の心はふりまわされ、赤くなり、青くなり、最後には真っ白くなって、小さく俯いたまま「わかった」と小さく頷いた。

 

「だが、だが忘れるな、お前は俺のものなんだからな…!!」

「ありがとうございますメダル様」

 

 そう言って、メダルは学園へと戻っていった。その歩く姿はいつも通りだったが、ウルにはまるで精魂が引き抜かれた亡者のようにしか見えなかった。シズクはそんな彼の後ろ姿を最後まで見送って、ニッコリとウルに笑顔を見せた。

 

「さあ、ウル様!行きましょうか!」

「正座」

「まあ」

「まあじゃない」

 

 

              ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

 

「…………」

 

 リーネ・ヌウ・レイラインは再び大罪都市ラスト中央区画に戻っていた。

 目的は明確である。何をするべきなのかハッキリとしている。彼女の目的はただ一つ。レイラインの魂を、正しさを証明することに他ならない。

 元より力強いものであった彼女の信念は、実家での出来事によって不屈に変わった。何があろうと、どのようなことになろうと、それを曲げぬと彼女は決めた。

 

 だが、彼女一人では決してそれは叶わぬ事を彼女は知っている。故に、協力が必要なのだ。ウル、あの新星の力を。レイラインの魔術の欠点を知って尚、受け止めた彼の協力が。

 もしかしたら、日にちを空けてしまった彼が心変わりしているかもしれない。だがそれがなんだというのだ。なんなら頭を地面に擦りつけてでも彼には協力してもらう。

 

 絶対に、絶対に、絶対に見返すのだ。皆を、家族を!!世界を!!!!!

 

 彼女はそのような決意でもって自らの戦場に帰還し、

 

「俺は自重しろと言った。限度を見極めようと。アレは見極めた結果かな?」

「いけるかなと」

「いけてねーよ。いやある意味逝ってるけど。正常な人体の顔色の変化じゃねえよアレは」

 

 転入生のシズクにガチ説教しているウルに遭遇した。

 

「……何してるの?」

「説教だ。今取り込んでるから少し後にして……リーネ?」

「まあ、リーネ様!無事に帰ってこれて何よりです!」

 

 かくして、ウル達一行は集結したのだった。

 


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