かくして少年は迷宮を駆ける ~勇者も魔王も神も殴る羽目になった凡庸なる少年の話~   作:あかのまに

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リーネとディズ②

 

 挨拶の後、ディズはリーネの顔を上げさせ、そして再び談笑へと移った。ディズは自身の仕事場でいつも通りリラックスした様子でいるが、リーネの方は未だ緊張した様子でいた。

 

「まさか、貴方にお会い出来るとは思いませんでした。こんな所で」

「お仕事でねーというか、そんな畏まる必要ないよ?」

「いえそんなわけには……」

 

 ディズに対するリーネは深く敬意を払っていた。最初は神官の官位の問題なのかとも思ったが、どうにもそうではないらしい。

 

「二人が知り合いとは……って、おかしくはないのか。同じ神官なんだから」

「私は不良神官だけどね。あんま神殿顔出せなくて」

 

 まあだろうな、とはウルも思った。金貸しギルドに顔を出し、七天としてあちこちでなにやら精力的に仕事を行い、しかもその上更に神官の仕事までこなすのはいくらなんでも無理だ。いかに睡眠時間を効率的に取ろうが限度がある。

 するとリーネはどこで彼女を見たのだろう。と顔を向けると、ウルの顔から読み取ったのか彼女も首を横に振る。

 

「そもそも私は彼女を神殿で見たことは無いわ」

「じゃあどこで?」

「【大罪都市プラウディア】の【太陽祭】で」

 

 ああ、とウルはその行事のことを思い出した。

 年に一度、夏季の中頃行われる祭り。大罪都市プラウディア、イスラリア大陸の国家を繋げる【大連盟】の盟主国、太陽神を戴く大神殿によって行われる太陽神(ゼウラディア)に盛大な祈りを捧げる日だ。

 プラウディアに限らず、全ての都市でも同様に太陽神への祈りと、祝いの祭りを行うが、中でもプラウディアは最も華やかに、盛大に行われる。プラウディアの神官長、即ち精霊神殿の長、【賢者王】アルノルド・シンラ・プロメテウスの名の下に、世界の守護者たる七天が集い、祝福する。

 

 ウルもプラウディアにて、その祭りをたまたま見かけたことがある。名無しのウルでは大神殿に近づくことも叶わず、遠くも遠くから眺めるくいらいだったが。(それ故にディズの正体にも気づかなかった)

 

「神官の祖母に連れられて、そのとき」

「先代レイラインと一緒に連れられた君を覚えているよ。可愛い子だった。ま、私も子供だったけどね」

「わざわざ祭りを見にプラウディアまで?」

 

 大罪都市ラストとプラウディアの間の距離はそれほど遠くはないが、それでも向かう隣れば必然的に人類生存圏外を移動する必要がある。移動要塞を利用したとしても長旅だ。

 だから普通、太陽祭は自分の国で祝うものだ。いくら盟主国とはいえプラウディアまで移動して祝うのはよほど信心深いか、何か理由が無ければならない。

 

「正確に言えば、祭りではなく七天を、もっと言うと【勇者】を見に行ったの」

「……この女を?」

《……でぃずを-?》

「二人とも、友人の顔を指差すのやめないか。泣くよ」

 

 ――今の七天の中で、【勇者】は“本物”だ。よおくみるんだよ

 

 祖母の言葉の通り、華やかな祭りの中、祭りの景観にも出店にも目も向けず、賢者王の前に立つ勇者の顔をジッと見つめた。年齢だけなら自分と変わらないような幼い少女に過ぎないように見えた。

 だが、その祖母の言葉は正しかった。大罪迷宮ラストで発生した迷宮氾濫、結界の“乱れ”によって魔物が氾濫した大事件。名だたる魔術師達も対応が困難となる災害の時、一人、魔物達の討伐を行ったのが【勇者】だった。

 

「あの時紛れもなく貴方が本物だと確信した」

「“ばあちゃん”との話し合いで、たまたま近くに居ただけだけどね」

 

 ウルはギルド長、アランサの言葉を思い出していた。えらく渋い顔をしていたが、頭が上がらない、と彼女が言うほどに、ディズは“仕事”をしていたらしい。

 

「私は、貴方のようになりたい。どうすれば」

「――どうかその辺で。ディズ様も仕事を終えて疲れておりますから」

 

 と、そこに、いつの間にか、ウル達ではない別人の声が割り込んできた。女性にしては少し低く、男性にしては高い声。振り向くと、そこには綺麗な使用人(メイド)の女がいた。真っ白な髪が黒を基準とした衣服と対照的だった。顔も美しい。透き通るような青色の瞳が目を引きつける。

 どう見ても目立つ容姿をしていた彼女は、しかし何故か、存在感がなかった。全てが整っているが故に、特徴が一切無い女がそこにはいた。

 彼女は興奮していたリーネの前にことりと茶を煎れたカップを並べていく。リーネもまた彼女に驚き、しかし指摘されたとおり呼吸を整えて、椅子に座り直した。

 

「ああ、ジェナ。やっと合流できたね」

「ディズ様。お待たせして大変申し訳ありません。ただいま参りました」

 

 ジェナ、と呼ばれたメイドは恭しくディズに頭を下げる。どのような関係か、と思っていると、ディズは察したのか笑った。

 

「元々、私の身の回りの世話をしてくれる使用人なんだけど、グリードに言ってる間、細かい仕事の代行を頼んでたんだ。ようやく帰ってきてくれた」

「ジェナと申します」

 

 そう言って、まさしく使用人の鑑のように優雅で丁寧な仕草で一礼を送った。ウルは挨拶を返し頭を下げる。そして顔を上げると、ジェナの顔が目の前に現れた。やたら近い。

 

「……なんだろうか」

「お噂はかねがね聞いております。ウル様」

「噂」

 

 冒険者としての噂だろうか、とも思ったが、そんな雰囲気ではないらしい。彼女の整った顔はぴくりとも動かない。まるで人形のようだった。

 

「どうやら、ディズ様に気に入られたとか」

 

 ウルはディズを見る。彼女はニコニコした。

 

「不本意なことにそうらしい」

 

 すると彼女は、やはり表情を一切変えぬまま、首をふるふると横に振った。

 

「可哀想に」

「ありがとう」

 

 よく分かってるなこの女性、とウルは思った。

 

「羨ましい」

「変わった趣味だな」

 

 よくわかんねえなこの女性、とウルは思った。

 

「憎らしい」

「すみません」

 

 頭大丈夫かなこの女、とウルは思った。

 本気なのか冗談の類いなのかも全くうかがい知ることが出来ない。ディズをチラ見するがいつものことであるらしい。全く気にすることなく、のんびりとジェナの煎れたお茶を口にしていた。

 ジェナは、その瞳でウルをまるで虫か何かを観察するようにじぃっと見つめ、そして暫くした後、頷いた。

 

「ですが、ディズ様が貴方のことを好ましく思うのなら、私もそうしましょう」

「そうしましょうとは」

「よろしくお願いしますね。ご友人」

「何言ってんだこの女」

 

 とうとう口から突っ込みが飛び出した。

 

「私はディズ様の影ですので、ディズ様の願うまま、思うままに動くので」

「死ねと言われれば死ぬと」

「ええ、無論。影ですので」

 

 軽口のつもりが真顔で返された。この女怖い。

 

「影ですので、私のことは居ないことと思ってくださいませ」

「そう言われても――」

 

 と、口にするかしまいかした途端、彼女が“消えた”。

 

「……え?」

《すごーい!》

 

 と、リーネとアカネが声をだすくらいに、文字通り彼女の姿がかき消えた。目と鼻の先にいたウルはなおのこと驚愕した。瞬きすらしない間に、彼女の姿が小さな炎が風で吹かれて消えるようにしてかき消えたのだ。

 そして目の前にはお茶菓子がならび、良い香りのしたお茶が鼻をくすぐった。花瓶には花が添えられている。いつの間にか。

 

「……ひょっとしておちょくられてるのか」

「おや、よく気づいたね」

 

 ディズは焼き菓子を口にしながら意外そうな顔でウルを見ている。

 

「ジェナはヒトのことおちょくるのが趣味なんだ」

「お前のメイドどうなってんだ」

「まあ、邪魔になることはないから適当にあいてしてあげて」

「ウル、私の身体が宙に浮いているのだけれど」

 

 何故か魔術も使わず肉体の浮遊を開始したリーネと、それをみて楽しそうにキャッキャと笑うアカネを後ろに、ウルは頭が痛くなっていた。

 

「そういえばウル、見たよ。君の作った戦車」

「さいで、感想は?」

「笑えた」

「ヒトの命運が懸かった代物をコメディ扱いするのやめろ」

 

 実際あれはウルの今後の命運を左右すると言っても過言ではない代物だ。性能がどうとか、今後の戦術がどうとか以前に、アレには金がかかっている。単純な話で、あれが無残に失敗すれば資金が尽きる。

 ディズの護衛で報酬が得られている以上、再起不能になることはないが、それでもそこから立ち直るのに相当な時間を必要とするだろう。成功しないとまずい。

 

「流石に試作一回目はもーすこし及び腰になってもバチは当たらなかったよ?」

「俺だってそのつもりだったよ」

 

 そもそもウルの最初の想定では、あの戦車はもっともっとシンプルな作りの物になるはずだった。荷車の前後左右に防壁を立て、周囲の攻撃を防ぎ、いざというときに逃げられるようにする。ただそれだけのためのもの。

 最初ダンガンに金貨10枚を要求されたときは驚きもしたが、流石に全部を使い切るようなことは無いだろうと、高をくくったところがあった。

 

「まさか使い切るどころか、不足するとは」

 

 防壁の耐風のための形状加工やら、荷車の改造補強追加部品等々を繰り返しの結果である最早ウルの最初の脳内設計など原型がない。職人達の暴走に歯止めをきかせることが出来なかった責任はあるが、文句の一つくらいは言いたい。

 

「ダンガンの奴ニッコニコで次々手を出しおって……アイツ絶対儲け無いだろ…」

「結果として過不足無く、理には適ってるけどね。短い期間でよくやったと思うよ」

 

 迷宮の内部に侵入探索可能なレベルに小型で、悪路に強い。基本構造はシンプルなので修理も利きやすい。そしてロックという変幻自在の死霊騎士が動力と補強を担いカバーする。エネルギーとして必要な魔力も、死霊騎士である彼なら魔石から容易く摂取可能で、しかもその魔石は迷宮のいたるところから出現する魔物から採れる。

 考えられる対策はしてきた。当然、理には適っていなくては困るのだ。しかし、それでも、散々皆で考えて作り上げた戦車を見ても尚、ウルの心は不安でいっぱいだった。

 

「……ディズ、いけると思うか。アレ」

 

 問われると、ディズは笑った。最近はあまり見なかった、意地の悪い笑顔だった。

 

「私が『無理だ』って言って、意味ある?」

「…………ない」

 

 ない。本当にない。

 何せもう既に金は費やしたのだ。大金は溶けて消え、代わりに誰も見たことの無い奇っ怪な“戦車”が誕生した。その戦車と、背後でアカネとメイドに遊ばれてるリーネに、ウルは既に自分の人生をベットしている。降りることは出来ない。

 

「不安なのはわかるけどね。意味の無い慰めはしないよ」

「じゃあ意味のある慰めをしてくれ……」

 

 今のウルの不安は正直なところ、尋常ではなかった。

 何せ先駆者がいない。前例が無い。元より賞金首狙いというウル達の方針が少数派なのだ。そこに加えて、戦闘には致命的に不向きとされるレイラインを起用し、彼女を使うため、そこに加えて全く誰もやったことが無いことをやろうとしている。ウル自身が第一人者になろうとしているのだ。

 新規開拓といえば聞こえが良いが、往々にしてこういう事は誰もが思いつき、やるべきでないと判断したから手つかずになっているものだ。それに手を出して、しかも人生を懸ける。ストレスは尋常じゃない。

 明日に備え食事も取ったが、二,三度もどしそうになって強引に胃袋に落とす作業を繰り返していた。正直味もよく分からない。精神的な負荷がかなりつらい。

 

 ディズに問うたのは、彼女が自分より遙かに“上”の実力者であるが故に、彼女から太鼓判をもらって少しでも気を楽にしたいという、逃げに他ならなかった。

 

「誰か大丈夫だって言ってくれ……」

「元凶(わたし)に縋るとかだーいぶ参ってるね。しょーがないなあ」

 

 と、ディズはウルに近づくと、頭をかかえるようにうなだれるウルの頭を両腕で抱きしめる。すこしだけ肩の力が抜けたウルの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 

「大丈夫大丈夫、ホネは拾ってあげるから安心して」

「慰めてんのか突き放してんのかどっちだ」

「慰めてるつもりだけど、やめとく?」

「……いやもう少しそうしてくれ」

 

 言われ、素直に続行するディズの抱擁を、ウルは力なく享受した。

 そうして、胃の痛みは少しだけ、和らいだ。

 

 

 

 

 

 

 

「……というか、こういうのはシズクに頼めばやってくれない?あの子」

「あの女にこんな隙見せたら」

「見せたら?」

「喰われる」

「君仲間のことなんだと思ってるの?」

 


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