何の変哲もない日常。なんとなく学校に行って、なんとなく授業を受けて、なんとなくバイトをして、なんとなく翌日を迎える。そんな日々を繰り返して、いつの間にか高校生活も2年目を迎えていた。僕の歩む道はしっかりあるのにどこか不安定で、先は見えず真っ暗だった。これからもそれが変わらない日常が送られるのだろうか。
ただその日は普段とは違った。2年に進級しクラス替えを行なってから、同じクラスで隣の席の関係となった伊地知さん。天真爛漫でクラスの皆に笑顔を振りまき、盛り上げてくれる
話を聞いてみると、最近山田さんと別の高校の子と3人でバンドを組み始めたようで、近々ライブをするとのこと。そのライブをするのにチケットを売る必要があるとのことだが、伊地知さんの友人はライブ当日に都合が合わない人もいたらしく、数枚売れ残ってしまったとのことだった。初めてのライブでここまでチケットが売れたのが奇跡みたいなものだし、と伊地知さんは笑っていたのだが、どこかぎこちなさを感じた。
「買うよ、そのライブのチケット」
そんな姿を見て、気が付けば僕はそんなことを言っていた。善意ではない。暇つぶしになればいいかな、位の感覚だった。普段の伊地知さんからは想像もつかない、バンドをしているというギャップに興味を惹かれたというのもある。つまりその程度の単純な好奇心だったのだ。だから感謝される謂れなんてないのに。
「ありがとうっ!」
彼女の笑顔で、僕の歩む道に明かりが灯ったような気がした。同時に僕は罪悪感を感じた。伊地知さんは初めてのライブを心待ちにしているはずなのに。
だからせめてライブは楽しもうと思った。
◇◆◇◆◇◆
ライブハウスはおろか、音楽なんてせいぜい流行りの曲を聴く程度にしか縁のない僕にとっては、この場所の雰囲気には圧倒されるしかなかった。最初のバンドの演奏が終わった今も、僕の心臓は高鳴ったままだった。
CDで聞くのとは全然違うだろうとは予想していた。例えばテレビで見る映画と、映画館で見る映画の違いのような。けれど、ここまでライブで変わるなんて思ってなかった。それこそ、音楽でなら映画館の迫力すらも凌駕していたと思う。ライブってこんなにすごいんだ。そんなことを考えながら暗転したホールで、オレンジジュースを飲みながら伊地知さん達のバンド──結束バンドのライブを待っていた。
ギターの弦を
「初めましてー! 結束バンドでーす! 今日は皆もたぶん知ってる曲を何曲かやるので、聞いてくださいっ!」
伊地知さんの声は、少しだけ上擦っていたような感じがした。やはり彼女でも緊張するのだろう。
伊地知さんは山田さんとアイコンタクトをして頷く。一瞬訪れた静寂の後、結束バンドのライブは伊地知さんのドラムから始まった。静寂を切り裂いたドラムに次いで、ギターとベースが奏でられ、一つの曲となっていく。
当たり前かもしれないが、プロから見たら拙い演奏だと思うかもしれない。けれど僕は彼女達、結束バンドの奏でるメロディーに自然と惹かれた。
伊地知さんは、緊張が解けてきたのか、曲が進むごとに笑顔を浮かばせた。山田さんも表情はあまり変わらないけれど、心なしか口角が上がっているようにも見えた。完熟マンゴーの段ボールの中でギターを弾いている人? も顔は見えないけれど、演奏を楽しんでいることが音色から伝わってきた。
「ありがとうございましたっ! 1曲目『殻』でした!」
終わってみればあっという間だったように思う。演奏が終わった後には、始まるまでの緊張はどこへやら、伊地知さんは皆を照らす太陽のように輝いていた。チケットを買った時以上に明るい光に僕は照らされて感じた。
あぁ、音楽ってこんなに楽しいんだ。
次の曲が終わる頃には、オレンジジュースが飲みかけだったことすらも忘れていた。
◇◆◇◆◇◆
「昨日はありがとね」
ライブの翌日、日直のためいつもより少し早く登校してきた僕に、伊地知さんが声をかけてきた。始業までまだ時間があるからか、教室には僕と伊地知さんの二人しかいなかったので少しどきりとした。だから僕は目をそらすようにして、日直の仕事をしながら答えた。
「こっちこそありがとう。ライブもすごく良かったよ」
月並みな感想になってしまったけれど、自分の口から出た言葉は本当に心から感じたことだった。僕の感想を聞いてか、伊地知さんは胸に手を当ててほっと一息をついた。
なにやら昨日は色々トラブルがあったらしく、そもそもライブができるかすらも怪しかったらしい。突然ギターボーカルの子がいなくなったり、でも偶然にも公園にギタリストがいて、その子を連れて行ったけど、いざライブが始まるとなると人前に出るのが怖くてゴミ箱に隠れたりだとか。昨日の段ボール箱の様子を見ると、色々と苦労が伺えた。
要約すると、昨日のライブを楽しんでもらえたか不安だったらしい。だからよかったという感想を聞けて安心したとのことで。
不安が解けたらしく、自分の席に戻ろうとした伊地知さん。気が付くと僕は日直の仕事を中断して、声をかけていた。
「あのさ、次にライブやるときも教えてよ」
あの時とは違って、純粋に結束バンドの曲を聞かせてほしい。そう思った。だから伊地知さんの目を真っ直ぐ見つめてこう続けた。
「これからも応援させて。結束バンドのこと」
僕がそう言うと、伊地知さんはうんと頷いてよろしくねと答えてくれた。
この時に伊地知さんが放った輝きは、今まで見せてくれた中で一番眩しかった