10月某日 理事長室
「リジチョウ!お仕事は終わった?終わったなら一緒にお昼食べよう」
「この書類が終われば一通り終わるよ。トウカイテイオー会長」
「んもー!2人っきりの時はテイオーって呼んでって、ワタシいつも言ってるじゃん!」
ここはトレセン学園の理事長室。
『来月から、やよいさんの後を継いで理事長に就任する事になった。そこでお願いがある。私がこれまで務めていた生徒会長の座を君に譲りたいのだが……引き受けてくれるだろうか、トウカイテイオー』
トウカイテイオーは現役時代、何度も怪我に悩まさせながらも有馬記念にて奇跡の復活。途中で舞台をドリームシリーズに移しながらも長いこと第一線で活躍をし、5年前に現役生活を引退した。
その後はシンボリルドルフからの推薦もありトレセン学園にて事務運営業務にたずさわっていたが、2年前に秋川やよいがURA(Umamusume Racing Association)の幹部に就任する事になったのをキッカケに
シンボリルドルフ理事長
トウカイテイオー生徒会長
と言う体制になり、今に至る。
「一緒にお昼を食べるのは歓迎だが……先に言っておく、あの話は無しだよ」
「えぇ〜〜!?減るもんじゃないし、良いじゃん〜〜!」
「あの発明は実に画期的だ。だからこそ、簡単に誰もが使えるようにしてはいけないのだよ」
半年前に、世界有数の発明家ウマ娘・アグネスタキオンがとんでもない発明をした。
--VRレース再現機--
この機器は、これまで行われた古今東西のレースの模様をVRとして現在に再現できると言うものだ。
『マリ○カートのタイムアタック時のゴースト』とでも言えば分かりやすいだろうか。
この機器を使えばいつでも過去の名レースをリアルに観戦する事が出来る。そしてウマ娘にとっては、VRごしとは言え過去の名バと実際に肩を並べて実践さながらに走る事が出来る。
特にウマ娘を育成する各チームから「高額でも良いので是非とも売って欲しい!」と言う要望が殺到したが
この機器の一般開放に関しては、発明者のアグネスタキオン自身が待ったをかけた。
「確かにコイツを使用する事で成長するウマ娘は沢山いるだろう。だがその弊害として、そこに依存してしまう者が出てしまう可能性があるのは否定できない。VRはあくまでVR、一番はリアルのライバル達と切磋琢磨する事さ」
この考えにはシンボリルドルフも同様で、今の所VRレース再現機はURAの小さな催しの中でのみの利用にとどまっている。
「使えない理由があるのは分かってるよ……でも、でも!ワタシ、叶うなら走りたいんだ!あの日のあのレースで!!」
「その気持ちは痛いほど分かるが……」
あの日のあのレース……聞かなくても分かる、骨折により惜しくも出走が叶わなかった菊花賞の事だ。
シンボリルドルフがもしトウカイテイオーの立場だったら間違いなく同じ様に直訴していただろう。だが……上に立つ者は何よりも誰よりも公平でなければならない。
以前から顔を合わす度に繰り広げられている2人の話し合いは、今回も平行線を迎えていた。
今回もそのまま終わろうとしていた所にドアをノックする音が響き渡った。
「おや、誰か来たようだな。どうぞ」
「失礼します!」
部屋に入って来たのはトレーナーだった。トレセン学園にて現在、一番の人気・実力を誇る『チームスピカ』のトレーナー。
トウカイテイオーも現役時代はチームスピカに所属していた。
「アナタ!どうしたの?リジチョーになんか用?」
アナタと呼ばれた事に対して、動揺するトレーナー。トウカイテイオーに近づくと彼女の耳に手を当て
「ボソボソ……!(バッ、バカ!シンボリルドルフ理事長がいるんだぞ!!)」
「……あっ!!!トトト、トレーナーどうしたの?ななななんか用かな?」
先ほどまでの元気一杯な様子から一転、トウカイテイオーの顔はリンゴのように真っ赤っ赤だ。
「フフッ、幸せそうでなによりだよ」
「「 (/////) 」」
トウカイテイオーとトレーナー、トレセン学園きってのおしどり夫婦だ。トウカイテイオーが怪我による引退を考えた時、ツインターボやキタサンブラック達と同様に現役続行を強く望んだのがトレーナーだった。
その後復活したトウカイテイオーに対しトレーナーは今まで以上に親身になって接した。そして時が経つ中でお互いに愛情も芽生えていき、5年前の現役引退を期に2人は結ばれた。
トウカイテイオーのトレーナーに対する愛情は非常に深く、普段から「アナタ」と呼び、朝起きてからのチューは今も毎日欠かさない。
トレセン学園では仕事場というのもあり「トレーナー」と呼んでいるのだが、突然の登場に思わず普段の癖が出てしまったのだ。
「それで一体、何の用かな?トレーナーくん」
「はい!トウカイテイオーのVRレース再現機使用に関してのお願いでお伺いしました」
「……はぁ、君たちは本当にお似合い夫婦だね」
シンボリルドルフは、感嘆と呆れが入り混じったため息をついた。
「トウカイテイオーにも説明したが、個人的な事情でVRレース再現機を使用する訳には……」
「個人的な事情ではなく、レースを大きく盛り上げるための興行としての使用でしたらいかがでしょうか?」
「ほう。続けたまえ」
トレーナーの何か企んでいるような表情と口調に、シンボリルドルフは興味をそそられた。
トレーナーの提案はこうだ。
一ヶ月後に迫った菊花賞当日の前哨戦として、実際の京都競馬場で沢山の観客の前で、トウカイテイオーがVRレース再現機を使用して当時の菊花賞を走るというもの。
「こちら、実現した場合どれだけトレセン学園に興行利益をもたらすかまとめた書類です」
トレーナーから預かった書類を見たシンボリルドルフは、「これは……」と声を漏らした。
渡された書類には、分かりやすくかつ簡潔に、どれだけの興行利益をトレセン学園にもたらすかがまとめられたいた。
「(うちにこれだけの利益があれば、URAにも還元できる……やよいさんは当然として、URAに反対する者はいないだろう)」
叶わなかった三冠に、10年越しにトウカイテイオーが挑戦する。しかも実際の菊花賞当日に……これは盛り上がらない訳が無い。離れてしまった当時のウマ娘ファンも戻ってくるだろう。ただし、これを実現するには1つ大きな壁が存在する。
シンボリルドルフが口を開いた。
「確かに素晴らしい案だ。ただ1つ……これには大きな難題が残っている。VRレース再現機を大勢の観客の前で使用するとなると、当時出走したウマ娘達1人1人に許諾をもらう必要が……」
「許諾ですが当時の出走者全員から頂いております。こちら直筆の署名です」
「なに……?」
トレーナーから預かった署名を見たシンボリルドルフは、再び「これは……」と声を漏らした。
そこには出走者全員の署名……だけではなく、メッセージも記されていたからだ。そのメッセージに共通していたのは
『トウカイテイオーを走らせてあげてください!』
と言う強い想いだ。
「この通り、許諾の件は問題ありません」
「……ククク……ハッハッハッハッ!」
突然の高笑いに、トレーナーとトウカイテイオーは呆気にとられた。普段、冷静沈着なシンボリルドルフがこんなにも人前で高笑いをする事など初めてではないだろうか。
「10年前に南坂トレーナーくんが映像ジャックというとんでもない事を行ったが……フフッ、うちのトップトレーナーはどうして揃いも揃って予想外の事をしてくれるのか。
……ちなみにトレーナーくん、これからの一ヶ月、トレーナー業務は忙しいかい?」
「えっ?そうですねぇ……うちは昔から各自が自由にやっているので、特に忙しいわけでは」
「それを聞いて安心したよ。初の試みでしかもこれだけ大きな規模となると、私1人では正直心許無い。トレーナーくん、君には是非ともお願いしたいことがある」
「えっ!?それって……」
「10年越しの三冠挑戦企画、承認しよう」
シンボリルドルフからの『承認』と言う言葉に、トレーナーとトウカイテイオーは
「やったぞ!やったぞ!!テイオーーーーー!!!」
「……いつもいつも助けてくれて……アナタ!大好き!!」
人目もはばからず抱きしめ合って喜びを分かち合った。
「私はこれからURAに連絡をして話を取り付けるとする。君にお願いしたいことだが、ここからの一ヶ月間はチームスピカの基本トレーニング以外の時間を、テイオーのトレーニングに時間を割いてもらいたい。そしてテイオー、君にはトレーニングに専念してもらうよ」
「えっ?俺、書類業務が色々と残っておりますが……」
「ワタシも、生徒会長としての業務がまだ色々と……!」
トレーナーとトウカイテイオーは、何と無しに返事をした。方やトップトレーナー、方や生徒会長。トレセン学園にいる間はお互い業務に費やす時間が殆どだ。そんな2人の返事を聞き、先ほどまで穏やかだったシンボリルドルフの雰囲気が一変した。
「……レースを、
元々は、ウマ娘 自作短編お話まとめ(https://syosetu.org/novel/270397/)の所で書こうと思っていましたが、思った以上に長くなったので中編として書きます。
とは言え10000文字くらいで収まると思うので、全3話予定となります。