『まさに皇帝』と呼ぶに相応しい圧倒的なオーラに、2人は思わず震え上がった。シンボリルドルフが理事長に就任して以降、人前でこのようなオーラを発することは無かったから尚更だ。
「君たちはこれからの一ヶ月間、いつトレーニングをしようと思っていたのかな?」
「それは勿論、トレセン学園出勤前の朝の時間と帰宅してからの夜の時間を使って……」
トレーナーの答えに、シンボリルドルフは再び……
「改めて言う……レースを
先ほどと同じ言葉……だがその言葉は、先程よりも更に怒気を含んでいた。
「テイオー。君が引退後も欠かさずにトレーニングをしていたのは知っている。特にここ最近は、これまで以上にトレーニングしている事も」
「そうだよ!VRレースが実現した時に備えて、いつでも勝負できるように!!」
「じゃあ問おう。君が挑もうとしているあの日の菊花賞は、全盛期をとうに過ぎたウマ娘が仕事の片手間でトレーニングして勝てる程度のレースだったと思っているのか?」
「そ……それは……!」
予想だにしなかった問いに、トウカイテイオーが口ごもる。
「あの日の菊花賞に出走したウマ娘達は全員、打倒トウカイテイオーに向けて毎日血のにじむようなトレーニングを続けてきていた。君が出走出来なくなった事が決まってからも
『トウカイテイオーが出ていればなんて、絶対に言わせない』
という想いで、全員がそれまで以上にトレーニングをしていた。その様子は今でも覚えているよ。そんな彼女たちに対してテイオー……君は本気で勝つつもりで、挑もうとしているかな?」
「…………」
今度は言葉にならなかった。いや、勝つつもりではいた。勝つつもりではいたが……本気度が圧倒的に足らなかった。
『現実問題、今のワタシが勝てる訳はない』
そういう気持ちがトウカイテイオーにあったのは確かだ。何も言い返せない。
「今回の件、興行として見れば確かに面白いし注目も高いが、初めから勝利を諦めている者を、VRレースとは言え出走させるわけには……」「すみませんでした!!」
シンボリルドルフの会話を遮ったのは、トレーナーだった。部屋中に響き渡る謝罪の言葉、そしてその姿は……土下座だった。
「俺が悪いんです!俺がテイオーの勝利を本気で信じてあげられなかったから……!理事長、あなたの言う通りです。全盛期を過ぎたテイオーに元々勝ち目なんて無い。そう思っていました。ただ彼女が、あの日出られなかった後悔を少しでも埋めることが出来ればと……ただ、それだけでした」
トレーナーは、いつの間にか泣いていた。
「俺が……俺が誰よりも何よりもテイオーの勝利を信じてあげなければいけなかった!その為にトレーニングメニューも組まなければいけなかった!なのにそれを怠った……俺は、トレーナー失格です」
「アナタ止めて……!アナタが悪いんじゃないの!ワタシが悪いの……」
トウカイテイオーは大粒の涙を流しながら、土下座をするトレーナーにすがりつく。そんなトウカイテイオーの様子を肌で感じて、トレーナーの動きが止まる。
そこから1分ほど経ったであろうか。永遠の様な時間……寄り添う2人を、シンボリルドルフは目をそらす事無く見つめ続けた。
意を決したように、トレーナーが立ちあがる。その際に、すがりつくトウカイテイオーの頭を優しくなで、涙を拭いてあげ……シンボリルドルフの瞳を強く見つめながら、言葉を紡いだ。
「理事長、改めてのお願いになります。トウカイテイオーが惜しくも叶わなかった三冠を達成させるため……勝利を掴むために、VRレース再現機を使用させてください」
「アナタ……」
「ほう……」
トレーナーに、先程までの困惑はもう無い。吹っ切れた表情で言葉を続ける。
「かつて……大怪我を負って引退も考え……そんな状況から復活して、1年ぶりのレースとなった有馬記念でテイオーは奇跡を起こしました。俺たちは、再び奇跡を起こします。なっ、テイオー!!」
「……うっ、うん!!!」
トレーナーを見つめながら答えるトウカイテイオーに笑顔が戻る。そんな2人を見つめるシンボリルドルフに、先程まで発していた圧倒的なオーラはもう無い。
「その言葉、信じよう。では2人とも、さっそくトレーニングに取り掛かってもらおうかな」
「リジチョー!」
「この件は、必ず実現させる。だから安心してトレーニングに取り掛かるが良い」
「「はい!!」」
2人は大きく頭を下げ、理事長室を後にする。そんな2人……特にトウカイテイオーを見つめながら、シンボリルドルフは独り言のように呟いた。
「久々に見られるかな……帝王の走りを」
話の区切り的に、短めでの更新となります。
次回はいよいよレースです。