ノックの音がした後、カトルが入室してきた。今は領主館の執務室だ。
「アラン様 ユリウスが相談したいことがあると言ってますが、如何いたしましょうか?」
ユリウス……ああエルヴィンの甥か。
読み書き計算は出来るし、礼儀は正しいし、カトルからの評判も良かったことを思い出した。
「いいよ、話を聞くから呼んでくれ」
しばらくしてドアがノックされユリウスがやってきた。
「アラン様 お時間いただいてありがとうございます」
やはり結構しっかり躾されているようだ。
「どうした?」
「実は領地に着いたので一度エルヴィンさんに手紙を出そうと思います
手紙の中身はアラン様に絶対見てもらえと言われていますので相談しに来ました」
「なるほど、持ってきているかい?」
「はい これです」
受け取って中身を読んでみる。領地にきて慌ただしくやっていることが書いてあった。
特に不審な事はなさそうだ。
「特に問題ないな、出していいよ」
「ありがとうございます」
「ところで彼らの動きは聞いているかい?」
「いえ、王都を出るときに分かれたきりです」
「ふむ、里の者たちもこちらに来ているか気にはなるんだが」
「そのあたりもまだ連絡はありません」
今度イーリスに聞いてみよう。
「そうか、ユリウスその手紙ってどれくらいで届くんだ?」
「王都まで急ぎで二十日くらいでしょうか」
「なるほど、それで返事が来るのが早くてその二十日後か、ちょっとまだるっこしいな」
ギルドの通信手段を除くと、最速の手段が早馬である。
イーリスを経由すればタイムラグの無い通信ができる自分たちの有利は計り知れないのだが、エルヴィンの動向は判ってもこちらから指示は出来ない。
(イーリス 王都の近くで夜の闇に紛れてグローリアが降りられそうなところはあるか?)
[以前ヘリング士爵から領地の案として提案されたルスト地方の領地の辺りはいかがでしょう?]
地図が上空からの画像付きで表示される。
あまり魅力を感じない土地だったので、確かに見覚えがあった。
(よさそうだな、グローリアで移動するとどれくらいかかる?)
[背中に乗る場合は休憩なしで八時間くらいは掛かりますが、ドローンであれば二時間ほどです]
ドラゴンは生物としてはかなりの飛行速度が出せるが、背中に乗っている為出せる速度は限られている。
その点、ドローンは機内に入り亜音速で巡航できるので勝負にはならない。
(領地に居たはずなのにいきなり遠くに現れたとかこれ以上謎の属性をつけたくない
ユリウスも連れて行くし最初はグローリアに頼もう
一度そうすれば後はドローンで行ってもドラゴンと信じてくれるだろう)
[了解です]
「ユリウス その手紙に俺から三十日後にルスト地方を旅してはどうか?と言われたと付け加えておいてくれ
できれば野宿しながらがお勧めだ、ともな」
「ルスト地方ですか? 何もない場所だったかと覚えてますが」
「そうだな、以前に領地候補として提案された場所なんだが 王都から比較的近いらしいじゃないか」
「はい、王都から二日程度ですね」
「それだと手紙が着くのが遅れても大丈夫だな
それと幾ら仮契約でも給金くらいは払わないといけないんだが、送金先は知っているか?」
「それはまだ教えられておりません」
「そうか、じゃあ仕方ないな 今後手紙とかで連絡があれば教えてくれ」
「分かりました、失礼します」
◇◇◇◇◇
そしてユリウスの手紙で指定した三十日後、出かける準備を始める。
(イーリス エルヴィンたちの動向は確認できているか?)
[はい、ルスト地方を旅しているのはドローンで確認しています」
(セリーナ、準備はいい?)
[はい、大丈夫です]
(じゃあ北門を出たところで会おう)
[了解]
手近にいた者にユリウスに裏庭に来るように連絡してもらい、北門に向かう。
「アラン お待たせ」
「グローリアの鞍を出したいので手伝ってくれないか」
セリーナが来たので一緒に鞍を運ぶ。
門の外には既にグローリアが来て待っていたので、鞍をつけさせてもらう。
一泊分の荷物を一番後ろに括り付けた。
そこへユリウスがやってきた。
大分慣れたとはいえドラゴンがすぐそばにいる状況はさすがにビビっている。
「グローリア、すまないがよろしく頼む こっちはユリウスだ」
(判りました、族長)ガオガオと返事があった。
「じゃあ早速行こうか、長旅だぞ」
「え?……まさかあの手紙の話ですか?」
「ああ、そうだよ乗った乗った」
ビビるユリウスを半ば無理やり鞍に乗せる。
「じゃあ行ってくる、明日には帰るからよろしく頼む」
連絡係としてシャロンを残し、ヴァルターが頑として拒否したため代わりにエルナを乗せて出発した。
セリーナと二人でいいと主張したが、それは許されなかったのだ。
途中休憩をはさんで日が暮れた頃、ルスト地方が見えてきた。
(イーリス エルヴィン達の場所をポイントしてくれ)
[はい、こちらです グローリアにも展開します]
(グローリア、ここに頼む)
[分かりました、族長]
(あれだな焚火が見える グローリア、馬車の反対側に降りてくれ)
夜の闇に紛れ舞い降りるグローリアは風切り音しか出さなかった。
エルヴィンたちが突風にあおられた後、目を開けるとドラゴンの巨体があった。
数名がパニックになり逃げだそうとしている。
「よう、エルヴィン きちんと意図を酌んでくれた様だな、流石だ」
「まさか、これは閣下ですか、そんな、いや全員静まれ!コリント卿である!」
パニックを起こし騒然としていた者達がコリント卿と言われた瞬間シンと静まり、全員片膝をつく。
待てよ、これってドラゴンより俺の方が怖いのか?
まぁいいや、ほらってユリアンの背中を押す。
「エルヴィンさん お久しぶりです」
「む!ユリアンか 勤めは果たしているか?」
「はい!」
「よく働いてくれているよ 上司の評価も上々だ」
「それはようございました」
「ちょっと連絡が取りづらいので無理やりこういう場を持たせてもらった、すまんな」
「いえ、手紙では時間がかかりますゆえ
しかしさすが閣下です これは全く想定しておりませんでした」
「ああ、最新の状況を聞きたかったのと、こっちから連絡することもできないのでな
貴様たちも流石で、詳細まではなかなか俺の手の者にも引っかからなくてな
ちょっと強引だが、こういう訪問の仕方もなかなかいいだろう?」
ニヤリと笑いながら言うと、全員恐れ入りました感がした。いいぞ。
「恐れ入ります」
「幾つか話がしたいのだが、まずギニー・アルケミンの件はどうなっている?」
「はっ詳細を知っていそうな者を捉えて吐かせた幾つかの候補を確認をしております
今はその候補地について慎重に裏取りを行っています」
「ふむ、分かった 言っておくがこの件は急がない
結果を焦って無理をするものではないぞ
在りかだけわかればいいからな」
「はい、かしこまりました」
「次に仮契約中といっても活動費用は必要だろう、受け取れ」
「これは……こんなにも、ありがとうございます」
額はライスター前宰相に確認してあった。
「続いて新しく依頼したいことがある」
「何なりと」
「俺に敵対しそうな者達の情報が欲しい
特にガンツ伯の身辺を探ってくれ
失脚させられる証拠が有れば言うことないが、確証が無いものでもいい
バールケ宰相は近づくのは危険だろうから、そっちは出来る範囲でいい
誰かを買収するための費用が必要であれば、商業ギルド経由で俺に伝言を頼め」
「承知しました」
「その時にお前たちの送金先も忘れずにな
ん?送金を受け取れる商業ギルドのメンバーは居るよな?」
「はい、数名登録いたしております、ランクは高くありませんが」
「そうか、では誰かを一度領地に来させろ、ランクを上げる手続きをしよう」
「承知しました」
「最後はこれだ、難しいかも知れないが重要なので確実に手渡してくれ」
恭しく受け取った手紙の裏面のサインを見て驚愕する。
「これは、まさかライスター卿の手紙なのですか」
「ああ、そうだ、卿の個人的な知り合いに向けた手紙だ
今後バールケ宰相を失脚させるために動く時、協力して欲しいとの依頼の手紙でもある」
「確かに重要です、しかと承りました」
「言っておくが、これも命を懸けてまでやるものでは無いからな
最悪手紙は読まれても問題無い事しか書かれていない」
「ご配慮ありがとうございます」
「最後は雑談だが、王都では今どんな感じだ?」
「まずコリント卿の領地の事ですが、護衛をしていた冒険者が帰ってきて今王都で一番の話題となっています
特にドラゴンが街を護っていると言う話のインパクトは物凄く、『流石ドラゴンスレイヤーは違う』と大半の者は信じております
もう一つは魔の大樹海の開拓に既に成功しており街が出来ていると言う話も大きく噂されています
しかしこちらは流石に半信半疑の人が多い感じです」
それはもうお馴染みだな。
「後は閣下が懇意にしておられるゲルトナー大司祭の演説で、何度か使途様が姿を現す奇跡が起きています
それも合わせて大司祭が閣下の開拓前の領地に司祭を派遣したのは素晴らしい判断だと好意的に受け取られております」
「いい話だな、他には?」
「噂もあって領地へ移り住みたいから、早く次の募集がないか心待ちにしてしている者が多数います」
「ふむ、あとは貴族の評判とかやっかみとかはどうだ?」
「王がいたく気に入っておられて事あるごとに話題にしていると聞いています
そのため表立っての悪口や批判を言う者達は居ない様で、多くは陛下の話を聞いて好意的に感じているようでございます
宰相とかガンツ伯などのように敵対する勢力も今は動きはありません」
「なるほどな、だとすれば何か動くとすれば領地の視察に来るときだろう」
「そうだと思われます」
その他色々と酒場では聞き出せない話を聞いておく。
「よし分かった、次回もまたこの辺りで待ち合わせにしようか 商業ギルド経由で連絡をする」
「かしこまりました」
「ああ、それと領地に向かう時に宰相の私兵の動きを抑えてくれたようだな、感謝する
今夜はこれで楽しんでくれ」
酒を渡して、再びグローリアに乗りその場を後にする。
予定していたポイントで仮眠してから領地に戻ったのは翌日の午後だった。
◇◇◇◇◇
「グローリア、行こうか、もう少し頼むぞ」
コリント卿が声を掛けると、ドラゴンの咆哮が響いて飛び立った。
しばらくして放心したように声が上がった。
「長、生きた心地がしませんでした」
「まさかこれほどドラゴンを間近に見ることになろうとは…」
「ドラゴンが街を護っているというのを実感しました」
「あれほどドラゴンを自在に操るとは、コリント卿の力はどれほどなのでしょうか」
「ああ、コリント卿の見えない配下のものも恐ろしいが、目前にするドラゴンほど怖いものは無いな……」
ユリアンからの手紙を受け取った時、最初意味が分からなかった。
何度か読み直し、これはこのタイミングでこの場所に来るようにというメッセージとして解釈した。
そしてそれが間違っていなかったこと、閣下の期待に応えられたことに今は心底ほっとしている。
「しかしなぜコリント卿はこの場所が分かったのでしょうか?」
「さて? おそらく目に見えない配下の者が我々を見張っているのか、空から焚火を目印にされたのだろう
もしかしたらドラゴンは夜目が利くのかもしれない
しかしコリント卿のことだ、何を知っていても不思議ではない
宰相の配下の者の動きを抑えたことまで判っていらっしゃったのだからな」
「確かにそうです、コリント卿の力はどこまで届くのか、想像できないです」
「フランツ コリント卿の言われたガンツ伯の調査が出来そうな者は居るか?」
「はい、以前に抱き込んだものが数名居りますし、屋敷の人数も多いので潜り込ませるのは可能でしょう」
「慎重に調査してくれ、絶対に閣下が関連していると知られては駄目だぞ」
「もちろんです、何なら宰相の手の者に偽装して動きます」
「あと商業ギルドに登録している者は誰だ?
行商を装ってコリント領まで向かわせてくれ」
「エーリヒとその班です、王都に戻り次第手配します
しかし領地に行くだけでランクを上げるとか、すでにギルドも掌握しているということでしょうか」
「恐らくそうだろうな、コリント卿の力を考えれば難しくもないだろう」
ひとしきり今後の対応を打ち合わせた後、ようやく緊張が解けゆっくりとする。
「さて折角なのでいただいたお酒を飲もうか」
「長、これはガンツの酒です!」
「なんだと!? 滅多に手に入らない貴重品ではないか」
「何という方だ…」
エルヴィンたちは改めてアランの恐ろしさと気前の良さに感嘆した。
◇◇◇◇◇
エルヴィンたちに会った数日後、ヘクターの里の者が領地に到着した。
幼い子連れの者達もいたため少し時間がかかったようだ。
里で集まった方が良いだろうと居住場所に一区画を丸々割り当てた。
農地も城壁内に割り当てたので早速農業を始めている。
暗部の仕事をしている者達の里の者とは思えないほど、素朴で良い人たちだった。
他にも少しづつ入植者は増えていき役割分担など決める文官から嬉しい悲鳴が上がっている。
それらが軌道に乗り始めた頃、エルヴィンの手配したメンバーが領地に着いた。
最近はもう街が出来ているのも知れ渡っており、街には酷く感心して余り驚かなくなっていたが、ドラゴンだけは別だった。
今日も城門の上からグローリアが嬉しそうに人々の出入りを眺めている。
評価、誤字脱字報告、御指摘、感想 等ありがとうございます。
次回更新は近日予定です。