厳かな雰囲気の中、女神ルミナスを称える聖歌隊の歌声が聞こえ始めた。
聖堂のホールの奥に立つ幕を被った大きな像を前に、イサク司祭が祈りのポーズをとっている。
五人のシスター達も聖歌の列に加わっていた。
今、教会で献堂式とルミナス様像完成式典が始まったのだ。
領地の職人とガンツの職人、それに王都から派遣された職人が力を併せ丹精込めて作り上げた教会と女神ルミナス像だった。
入植時にただの穴だった窓には綺麗なステンドグラスがはめ込まれていた。
がらんどうだった聖堂にはベンチが据え付けられ、祭壇も作られていた。
壁には豪華な燭台が取り付けられ、天井からは立派なシャンデリアが吊られていた。
たった三カ月でこれだけ仕上げたものだと、職人の働きに感心するしかなかった。
参列者の方に向き直ったイサク司祭から、教会の完成を祝う言葉が聞こえ始める。
「女神ルミナス様の御名において、私たちはここに集いました
この教会と女神ルミナス様の像は、多くの人々の努力と献身的な支援によって建てられました
私たちは、この教会が私たちにとって聖なる場所となることを願っています
ここで、女神ルミナス様に対しての祈りや礼拝を捧げ、教育や奉仕に尽力することができます
私たちは、この教会が地域社会や世界に向けての福音の伝道や奉仕にも役立つことを期待しています
私たちは、女神ルミナス様の像を通じて、人々が神の愛を知り、信仰を深め、そしてその信仰を実践するための手助けをすることができると信じています
教会の献堂式を行うにあたり、私たちは女神ルミナス様に感謝の念を捧げます
私たちは、女神ルミナス様の恵みと導きがなければ、教会を完成させることはできませんでした
私たちはまた、教会が神の栄光と救いのために用いられることを願い、女神ルミナス様の導きと祝福を乞います
最後に、教会を訪れる全ての人々が、神の愛と平和を見出し、その恵みを受け取ることができますように、祈りを捧げたいと思います」
司祭が跪くと祈り始めた。教会関係者も同じように祈り始める。
そして女神ルミナスの像にかかっていた幕が落とされた。
その神々しい姿を見た参列者はおおぅと感動し改めて拝み始めたのだが、その肩に止まっている使徒イザークがあろうことかドローンの姿になっていたのだった。
なんてこった…
他の皆はいたく感動している中、俺だけは様式美もなにもないなと心の中で思っていた。
再び、聖歌隊の歌声が聞こえ始め厳かに式典は進んでいくのであった。
◇◇◇◇◇
話は少しさかのぼる。
「アラン様 お話があるのですがよろしいでしょうか?」
ある日イサク司祭がマックスウェル卿とロベルトを伴い、ゲルトナー大司教からの手紙を持って訪ねてきた。
「どうしましたか?」
「到着時にゲルトナー大司祭に送った、この街に立派な教会の建物が出来ていた報告の返事がありまして、追加の職人や備品に大量の資材を手配して送ったとのことです」
「なんだって?」
「建物が出来ていることにいたく感謝した大司祭が手配したそうです
この手紙が届くころからそう遠くないうちに領地に来ると書かれています」
マックスウェル卿とロベルトもかなり驚いている。
手紙を読むと確かに大量の資材と共に教会ご用達の職人も手配されていた。
ゲルトナー大司祭、ちょっと興奮しすぎじゃないかな…
「しかしこれは正直助かるな、王都から連れてきた職人とガンツの職人だけじゃ完成にはまだ暫くかかりそうだったしな」
「アラン様 本当に随分と助けになります
何せ王都から来た職人は街の整備と教会の建築どっちを優先するか悩ましく、何時までかかるかちょっと読めないところでした
大司教様には感謝しかありません」
流石敬虔な信者のロベルトだ。
「うーん、それにしてもこれ中々の物資が手配されているぞ、かなり立派なシャンデリアまである」
「目録に目を通しただけですが、王都の教会に比べられそうな物になりそうです…大丈夫なのでしょうか…」
イサク司祭は不安げである。
「そうですね、大司教様の配慮は誠にありがたいことです
これほどの資材があればさぞ王都に引けを取らない立派な教会になることでしょう」
そういえばマックスウェル卿もロベルトと同じくらい敬虔な信者だったな。
既に感涙しているようだ。
「予備の部材とか装飾品だから気にしないようにとはあるけど、これは建前上で絶対違うなあ」
「私も王都の教会では色々携わりましたが、これほどの予備部材がストックされていたとか知りませんので、おそらくそうだと思います」
「そうでしょうね、とすると予備と言う形でこの為に手配してくれたものでしょう」
領地に司祭の派遣をするのも大司教の一存で決めたので、ここがきちんとできないとという威信も掛かっているのだろう。
そのためできる限り精いっぱい支援しているのだろうと解釈をすることにした。
「そういう事で領地に新しく人が来ますので、通行と作業許可のお願いになります」
「判りました、作業に来た職人達の住む場所などは手配しましょう」
「ありがとうございます それは教会の方で泊まれると思いますので大丈夫です
既にガンツから来た職人なども暮らしています」
そういえば教会は将来を見越して百人くらいは生活できる場所を準備していたなと思い出した。
「判りました 何かまたあれば連絡ください」
「承知しました」
イサク司祭達がひと一安心したように去っていく。
教会の事は良く判らないが、流石に支援が凄すぎて司祭も不安なのだろう。
それから数日後、先行してやってきた職人がゲルトナー大司教の手紙を持って挨拶をしにくる。
「コリント卿 王都で教会関係の仕事を行っているマイケルと申します
この度ゲルトナー大司祭様の命により、教会の仕上げのためにまいりました
こちらに大司教様よりコリント卿への書を預かっております」
内容はイサク司祭に届いていたものとそう違わない内容であったが、職人をよろしく頼むとの断り書きがある。
読み進めると今回資材運びに雇った孤児達はそのまま引き取って欲しい旨の事も書かれている。
マックスウェル卿とロベルトと三人で顔を見合わせるが、その辺りは流石に駆け引きがうまい。
「マイケル親方 判りました、是非ともよろしくお願いします」
そこから先の職人たちはとても見事な働きであった。
あっという間に段取りを取り付け、作業を分担して仕上げていく。
追加で持ってきた資材以外にも、ガンツからどんどん運ばれてくる。
ロベルトに確認したらガンツで購入してくる資材の費用は教会から出ているそうだ。
ゲルトナー大司祭が資材の他にかなりの額のギニーを持たせて来ていたらしく、ガンツでどんどん購入して運んでいるようだ。
花崗岩のブロックを積み上げただけの素っ気ない外壁も、木枠を組んで足場を作り綺麗な装飾を施していく。
そして最大の懸念だった女神ルミナス様の像も大理石を使い、パーツを組み合わせて見事な彫刻を仕上げたのである。
余程名の通った芸術家ではないかと踏んだが、やはりその通りで王国で今一番に注目されている若手だったそうだ。
◇◇◇◇◇
聖歌隊の歌声が終わったときには知らず知らずのうちに涙が流れていた。
これほどの感動は生涯一の事で、心の底から満ち足りたと感じていた。
式典の終了を告げる司祭の言葉を聞き、夢見心地で自室に戻りほっと一息ついたところで少しづつ普通に戻り始めた。
そして心の奥に刺さったとげを再び感じ始める。
スターヴェークで反乱がおき、ルドヴィーク辺境伯の城が落ちた時のこの棘は、決して無くならないものである。
「さて、ではこの老骨に鞭打って最後のお務めを果たしに行くか」
誰に言うでもなくつぶやき身支度を始める。
従者に命じてデリー殿、サーシャ殿に連絡するように伝えた。
あの日以来、旅は日常でこれほど長く同じところにとどまったことは無かったが、今ではここが我が家に等しくなっていた。
これほどの事があり得るのかと言うアラン様の力と、そしてクレリア様がアラン様に出会えた女神ルミナスの祝福にあらためて感謝する。
王都で思ったひょっとしたら私が生きている内にその日がくるのやもしれぬという想いは今も強くなっている。
暫くしてデリー殿サーシャ殿がやってきた。
「セリオ卿 参上しました」
「おお、デリー殿、サーシャ殿 わざわざすまんな 延び延びになっていたルドヴィーク辺境伯の地を回る件だが、そろそろ出発しようと思ってな」
「承知しました 準備は出来ております」
「教会の献堂式も見れたし、思い残すことは無い」
「セリオ卿 それじゃあ死にに行くみたいじゃないですか
民を生かしに行くのですよ」
「おお、そうだな、すまない」
三人で笑いながら、最後に段取りを再確認する。
ガンツを出てセシリオに向かい、そこで二手に分かれてセシリオからルドヴィークを回るロベルトと、ルドヴェークを通り過ぎアロイスの王都まで向かうデリーとサーシャに分かれる。
予定では三カ月掛かる長い旅路だ。
旅先で会った者達を領地に移住させるためにはまずは国境を越えてベルタ王国までたどり着くように、費用や冒険者の手配をせねばならない。
そこから先はアラン様がサイラス殿を通じて手配した宿や冒険者が配置されている。
「さて、アラン様へ挨拶に行こう」
◇◇◇◇◇
教会の献堂式が終わった夜、ロベルトと元近衛のデリーとサーシャが連れ立って執務室にやってきた。
「アラン様 延び延びになっておりましたルドヴィークとスターヴェークを回り、民を集めて来る件ですが、そろそろ出発しようと思います」
「ああロベルト、もう準備は出来たのか」
「はい、教会も完成して一段落しました」
流石信心深いロベルトだ。教会が出来上がるまで離れられなかったようだ。
「メンバーは問題ないか?」
「はい、志願者を含め各地に伝手のある者達百名で、半数は商人、もう半数は護衛の冒険者に扮しております
途中から二手に分かれ、デリーの班がスターヴェークを、私がセシリオとルドヴィークを回る予定です」
「そうか、デリー、サーシャもよろしく頼む」
「「はい、お任せください」」
二人とも元近衛なのでスターヴェークでは顔見知りも多いのかもしれない。
「素材と資金も準備できたか?」
「はい、カトル殿に相談し必要な分を準備して頂きました」
「そうか 出発は何時頃を考えている?」
「明後日の朝にここを立とうと考えております」
「分かった、頼むぞ、だがくれぐれも体には気を付けてな」
「はい、この身に代えても民を集めてまいります」
「大事な任務だがまずは自分の体が大事だからな、無理はするな」
「はい」
「ベルタ王国から領地までは移動を支援するための手配を勧めている
何とか国境までは導いてくれ」
「承知いたしました、この命に代えても」
出発当日、クレリアとエルナに声を掛け正門前までロベルト達を見送りに出る。
ロベルト達は既に集合しかけており、何人か見知った顔があった。
馬車はすべてベルタ王国風、装備も冒険者風の意匠で、これなら旧スターヴェークの者達とは一見は判らない。
こちらに気づいたロベルトが駆け寄ってきた。
「これはアラン様 クレリア様 見送りありがとうございます」
「ロベルト くれぐれも気を付けてくれ
国を離れられない皆にはもう少しだけ耐えるようよく伝えて欲しい
よろしく頼むぞ」
クレリアが姫モードで声を掛ける。
「ああ スターヴェークを取り戻すまではそう長くかからないはずだ
領地の方も順調だから、ロベルトが元気なうちに決着をつけたいな」
「アラン様 それは楽しみですな 長生きをしなくてはいけません」
「ルドヴィークの民のためにも達者で居てくれないと困るからな」
「ははは、承知しました」
そして最後にクレリアが出発する皆に激励の挨拶を行った。
「ロベルト、そして皆の者
貴方たちが故郷を訪れ、私を慕う者達を領地に呼ぶ任務のため旅立つその勇気と責任感には敬意を表する
今回の任務は多くの苦難が伴い、その過程で疲れや挫折を感じることもあるかもしれないが、皆の者の強い意志力と勇気を信じている
どうか、身を守りそして協力者たちと共に、無事に目的地に到達し、成功を収めてくれることを期待する
無事に帰ってくるのだぞ」
その言葉に一団は大いに沸き立った。
そうしてロベルト達は三カ月を掛けた旅に出発し、その後少しずつではあるが着実に元スターヴェーク王国からの住民は増えて行った。
次回更新は近日の予定です。