「コリント隊長 宙兵を採用した後の訓練と教育の場所が必要です」
廊下を歩いていると、突然セリーナに帝国軍モードで声を掛けられて、びくっとする。
ロベルトが旅立ってから二十日後の頃で、領地の運営に鋭意取り組んでいる時だった。
「セリーナ とっさの時に不用意な言葉が出ても困るので、直接会話する時は帝国モードはやめよう」
「アラン 判ったわ
学校では宙兵に採用できそうな子が居ないか見ているのだけど、宙兵に採用したあとの訓練は今のままだと他の人に見られるし、教育と訓練する場所が必要だわ」
「ああ、そこまで考えてなかったな
確かに秘匿性の高さを考えると街とは別の場所がある方が良いな」
「イニシエーションもありますし、専用の場所が良いです」
「イニシエーションか、確かにあれは大変なのだよな」
入隊の時を思い出してちょっと憂鬱になる。
イニシエーションとは帝国航宙軍に入隊した後の一連の手続きの事。
特にナノムを移植した後の初回アップデートの事を指している。
ナノムの移植だけであればクレリアのように特に自覚はないが、初回アップデートによる知識の更新はかなり負荷が大きいため、数日寝込む場合があるのだ。
初回アップデートの内容には航宙兵になる際に必要な帝国軍軍規やナノムの使い方などの教育プログラムが詰め込まれており、情報量は多岐にわたり非常に多い。
そもそも、航宙兵になるには最低限帝国の高等教育、一般的には十八歳まで受講する教育を受けている必要があるのだ。
この世界で持っている知識にいきなりナノムがアップデートする帝国の知識が加わったらギャップが大きいために混乱するのは必至だろう。
それを考えると色々頭の中をいじくられて一晩テストされてたグローリアなんて最悪だよなと今更ながら思う。
「そうだな、何処かに基地を作りそこで寄宿舎生活できるようにした方が良いな」
「判りました」
「夜にイーリスを交えて会議をしよう」
「了解」
(イーリス そういう訳で航宙軍の基地を作らないといけないんだが、夜の会議までにプランをまとめておいてくれ」
[承知しました 艦長]
◇◇◇◇◇
夕食後、各自部屋に戻ったところで仮想空間に集まり会議を始める。
かつては見慣れた風景だったはずなのに、今は違和感があるのが不思議な感じだ。
(全員集まったので、これより帝国航宙軍宙兵隊会議を始める)
後年記録を参照されてもいいようにもっともらしく宣言する。
最もその頃にはとっくに死んでいるので関係無いはずだが。
(本日の議題はセリーナ少尉から宙兵隊の基地が必要だという提案があったので、どうするか検討したい)
(イーリス 検討したプランを報告してくれ)
[はい艦長 プランを表示します]
仮想ウィンドウに幾つかの案が表示される。
[Aプランはこちらです
基地は街の中に作成しますが、基地と言うよりは志願者訓練所で他の学校と変わらないようにカモフラージュします
塀で囲うので格闘や剣による訓練は可能ですが、魔法と銃による訓練は向いてないでしょう
カリキュラムは今の学校と変わりませんが、規律が求められるために寝泊まりは基地付属の施設になります]
[続いてBプラン
基地は街の東側に樹海を切り開いて新設します
塀を作り完全に外部から切り離しますので、大抵の事は行う事が可能です
魔法の訓練や火器の使用、それに将来的にはドローンや汎用ボットの整備も行えるでしょう
ただし街から離れるため寝泊まりは基地付属の施設になり、外界とは孤立します]
[続いてCプラン
基地は街の東側に樹海を切り開いて新設しますが、もう少し街に近い場所です
Bプランと同様塀を作り完全に外部から切り離しますので、大抵の事は行う事が可能です
魔法の訓練や火器の使用、それに将来的にはドローンや汎用ボットの整備も行えるでしょう
街から近いので通常は街中の宿舎で生活し、毎朝通うことになりますが外界と孤立することは少ないです]
各プランの想定画像が仮想ウィンドウに表示されるが、街から離れているBプランが良さそうな気がする。
行くときはドローンを使えば数分で着くし、脱走防止には都合がいい。
いや、脱走されること自体困るのだが、秘匿性の高いのは優先される。
(Bプランがいいと思うな セリーナ少尉、シャロン少尉はどうかな?)
(はい、AやCより良いと思います)
(イーリス ではBプランで進めてくれ 汎用ボットを利用して最短でどれくらいで形になる?)
[四カ月で建物までは構築可能ですが、内装は人手が必要です]
(了解した、では入隊時期を八か月後に予定しようか)
[承知しました]
(セリーナ、シャロン、最初は戦力より技官の方が優先だ 人選は頼むぞ)
((了解です))
[それから艦長、入隊後のナノムによる初回アップデートについては意見があります]
(何だ?)
[現在、帝国航宙軍入隊時の初回アップデートは帝国での教育を終わってかつ成績優秀者を前提とした内容となっています]
入隊した時のアップデート内容を思いだすと、確かに軍の生活に必要な情報と共に一定の知識があることを求められている内容だった。
(そうだな、混乱しそうだという事は懸念している)
(一年程度の学校教育で教える事の出来た知識は限られてます)とシャロン
[その状態でアップデートしても知識に齟齬が出てしまい、精神的なストレスが掛かる恐れがあります]
(なるほど、アップデートしてから再教育すればいいかと思っていたが、そうもいかないようだな)
[はい]
(コリント隊長 初回アップデートを中等教育、二回目を高等教育にして、入隊時のアップデートは三回目にしたらどうでしょう?)とセリーナ
(一年で教育できるのは初等教育相当なので妥当だと思われます)とシャロン
(ふむ、イーリス アップデート内容は調整できるか?)
[はい 可能です]
(よし、ではそれで考えよう アップデートする内容はセリーナ少尉とシャロン少尉とで取捨選択してくれ)
[了解です]
◇◇◇◇◇
領地に来てから一年近く経ったある日、セリーナとシャロンから連絡が入る。
「アラン そろそろ学校では成績優秀な子供たちが定まって来たわ」
いや、子供たちって君らもそんなに年齢変わらないよね?と言う言葉は黙っておく。
「そうか、技官向きの生徒は居たかい?」
ともかくこの星の基礎技術を上げるメンバーが居ないと、色々と進まないので技官が多いのは仕方ない。
「ええ、全部で三十人くらい候補を出してあるので、後で資料を送ります」
「分かった」
五百人の孤児を連れてきたが十八歳以上で成績優秀者で、さらに信用できるメンバーともなると三十名を選定するのが精一杯だったようだ。
そこからさらに志願するか確認したあと、二十名に絞り込み帝国航宙軍宙兵隊アレス分隊として採用を予定する。
今回は技官が十名、事務官が五名、兵力として五名だ。
グローリアに続く現地採用だから一年半ぶりになる増員だった。
そうしてあっと言う間にやって来てた入隊式当日、まずは張り切って司令として挨拶をする。
「諸君たちは、今日から帝国軍の一員となる
帝国のため、人々のため、そして自分自身のためにこの決断をした
しかし、その決断をしたことで、諸君たちは、この大陸の安全と平和を守るため、軍人としての務めを果たすことができる
そして、軍人としての務めを全うするために、厳しい訓練と試練が待っていることを知っておくべきである
しかし、諸君たちは、それに打ち勝ち、自分自身を高め、成長し、その結果、軍人としての能力を高めることができる
私たちの軍隊は、勇気、忠誠心、規律、そして自己犠牲精神を基盤としている
そして、諸君たちも同様に、これらの徳目を身につけ、日々の任務に全力で取り組むことが求められる
諸君たちの勇気と献身が、宇宙の未来をより良いものにすることを信じている」
なんてことは無い、イーリスが仮想ウィンドウに表示した立派な言葉を読み上げるだけだ。
続いて新入隊員が宣言を開始する。
「私は、帝国航宙軍宙兵隊の一員として、祖国を守り、帝国の威光を宇宙に示すことを誓います
私は、常に正義と勇気を貫き、任務に全力を尽くし、敵に立ち向かう覚悟があります
私は、自己犠牲を厭わず、同胞の命を守り、部隊の士気を高めることに努めます
私は、帝国の法と規律を遵守し、尊重し、職務を遂行するために必要な訓練を受け、自らの能力を高めます
私は、帝国航宙軍宙兵隊の名誉と伝統を守り、誇りを持って任務に従事し、帝国の栄光を宇宙に讃えます
以上、私は帝国航宙軍宙兵隊の一員として、この誓いを遵守し、全力を尽くすことを誓います」
こっちは頑張って覚えてもらっている。
ちょっと卑怯な気がしない訳ではないが、仕方がない。
そうして式典が終わると入隊のレクチャーとイニシエーションを始める。
この先は引き返せない事を最後の念押しに説明を行い、ナノム玉を渡し移植する。
と言っても飴と同様に口に含んで舐めてもらうだけだ。
その後レアメタルの錠剤を渡し飲んでもらい、一晩はナノムが体になじみ十分に増幅するまで様子を見る。
新兵はその間に軍隊の生活として、基礎的なことを学んでいた。
「よし、新兵どもよく聞きなさい!」
とセリーナがいうのをシャロンは横で聞きながら、ああまだその鬼軍曹系ロールやるのねと苦笑してた。
とは言え効果は抜群で、とたんに引き締まった雰囲気になる。
「今日この時点でお前たちは今までの生活から切り離されコリント卿を頂点とした組織のメンバーとなる
従ってこれ以降知ったことについてはこのメンバー以外誰にもしゃべってはならない
まぁ喋ったところで狂人扱いされるだけだがな」
セリーナ、最後のそれは無いわ…シャロンは心の中でつぶやいた。
◇◇◇◇◇
その日の夕食後、数少ない自由時間に宿舎の部屋でそれぞれが集まっていた。
兵隊候補の五人と事務官候補の一名が同じ部屋で寝泊まりする班だ。
ここに来る前の数カ月は同じ学校に集められていたので皆顔見知りにはなっている。
五人とも運動が得意で剣や格闘技も強いタイプだった。
「やっとコリント卿の軍に入れたかと思うとワクワクしてきたな」
「確かに学校で成績が良ければ騎士とは別な軍に入れると聞いて頑張った甲斐があったもんだ、やっと実感出来そうだ」
「そうだな、だけど俺はちょっと怖いんだ」
「何でだ?」
「式典とその後のレクチャーで散々ここで見知ったことは絶対口外するなと言われているだろ?」
「ああ、確かに何度も念押しされてたな」
「その秘密がどれほどのものか怖くないか?」
「そうだな…」
「そもそも街とは別にこれだけの規模の『基地』と呼ばれている場所があったのだぞ
街の誰も知らないこれだけの施設だ」
「そうだよな、ハロルドの言う通りだ」
ハロルドは孤児の中でも年長でリーダータイプのやつだった。
「一体コリント卿はどれだけの秘密を持っているのだろう?」
「噂ではコリント卿は使徒ではないか?という話もあるくらいだからな」
「遺跡攻略者と言う話もあるし、俺達が知る秘密はどれほどのものなのだろうな」
「そう言えば今日渡された妙な飴みたいなのも気になる
何だったんだろうなあれ?」
「あれも秘密の物なのだろうけど、見当もつかないな」
そんな話をしている間に消灯の鐘が鳴り始め、みな寝る準備をする。
時間厳守しないと、セリーナ様にしこたま怒られ走らされたり腕立て伏せをやらされるのは既に経験済みだっただ。
◇◇◇◇◇
事務官候補の四人と技官候補二人の班は、女性ならではの賑やかさだった。
「結局私たちはこれから何をするのだろうね? 今のところ学校の延長みたいだけど」
「日々の時間割見たら厳しくて既にちょっと…」
「早すぎない?まだ初日だよ?」
「でも確かに基地での新兵訓練は、今までの生活に比べると無茶苦茶厳しいと思うわよ」
何しろこのスケジュールなのである。
0430 起床
0500 訓練(体力)
0600 朝食
0630 訓練(剣、格闘)
1200 昼食
1230 専門訓練(兵隊、事務官、技官)
1700 夕食
1730 入浴
1830 掃除、片付け、準備
2000 個人の時間
2100 消灯
自由時間はほんの少ししかなかった。
「あーあ、街にも出れないならあこがれてた人に会う時間は無いわ…」
「えーオリビア、それって誰なの? 私も知っている人? どこまで進んでるの?」
「残念ながらまだ何にも無いわよ、それに入隊すると外に出れないとは聞いているし、この生活じゃ諦めるしかないのは承知の上よ」
半年間は外出する機会はないと明言されたのを納得した上で、コリント卿の力になれるならと志願したのだ。
多かれ少なかれ孤児たちはこの街に連れて来てくれた上に飢えない生活を保証してくれたコリント卿への忠誠心で溢れていた。
◇◇◇◇◇
次の日の午後、専門訓練の時間は講義室に集まるように指示が出る。
今日はシャロン様だったのでちょっとホッとした。
「みんな集まってますね よろしい
では本日はイニシエーションの中でも特に大事な事を行いますので、その説明です」
皆ごくりとつばを飲み込む。
「まずこれ-アップデートと言いますーを行うと意識を失います
よって今夜の消灯前に実施するので、寝る準備をしてトイレは済ませておくこと
忘れていると自分で後片付けをすることになりますよ」
ええ、まじかよみたいな雰囲気になる。
「そしてこれを行うとあなた達の常識は変わり、混乱するかもしれません
不安に思うものは周りのメンバーと十分話したり、私かセリーナのところに相談に来るように
いいですね」
「「「イエッサー!!」」」
早速昨日叩き込まれた返事をする。
「明日の朝普通に起床出来れば、訓練の時間にはここに集まるように
また場合によっては目が覚めた後も混乱して動けなかったりするので、その場合は同室の班員が私に報告に来るようにしなさい
イニシエーションに限り動けない場合の日課は個別に調整します」
そこまでかと言う不安な雰囲気が漂い、ちょっと及び腰になる。
「アップデートは今回を含めて、二ヶ月ごとに三回行います
それが全て終わって初めて貴方たちは帝国航宙軍宙兵隊の新兵として認められますので気を抜かず頑張るように
終われば外出する機会もあたえられます、以上」
「「「イエッサー!!」」」
そしてその夜、各部屋を回ったセリーナとシャロンによって全員初回のアップデートが実施された。
ハロルドは自分の番になりベッドに横たわり目をつむる。
セリーナ様が何か呪文のような物をつぶやくと、頭を殴られたようなショックを受け昏倒した。
目が覚めたのは夜明けの頃で外が明るくなりはじめる頃だった。
凄い衝撃だったわりに特に変わったことは無いなと思った瞬間、今まで知っていた知識とは違う知識を意識してしまい混乱する。
夜が明けるってこういう事なのか?
今まで思い込んでたものと違う、世界の仕組みが馴染まない知識として習得していた。
余りにも違いすぎて、『まぁ喋ったところで狂人扱いされるだけだがな』の言葉を実感する。
今知ったことを誰に喋っても理解はされないだろうという確信があった。
一回目でそれほどなのにまだ後二回もあるなんて、どれほど価値観が変わるのだろうか?
こうして二十名は帝国航宙軍宙兵隊アレス分隊の最初の新兵として、一歩を踏み出すことになった。
前回が入植100日、今回はその少し後と約1年後の話です。
次回更新はまた少し空く予定です。