「王都からの道中は途中野宿の場所もあり本当に大変だったでしょう
魔の大樹海の街までようこそいらっしゃいました」
「恥ずかしい話ですが普段はデスクワークばかりで旅慣れぬゆえ、流石に毎日馬車では結構腰とお尻に来ましてな」
「そうでしょう、ではちょっと失礼していいですか?」
男爵の後ろに回り適当にごにょごにょ言ってから
「おお、まさか
「それは何よりです」
「コリント卿 もしよければ他の者にもお願いできますか?」
「痛みと言えばそうです! コリント卿、あの馬車は何ですか!?
今までの馬車に比べ揺れが全く違い、恐ろしく乗り心地が良かったですわ
おかげで私は普段より痛くありません」
「リーナ 普段よりも痛くないって? それほど乗り心地が良かったのかい?」
「ええ、そうですわ」
「なんと残念だ! 儂も乗っておくべきだったか」
ウェルズリー卿は心底悔しがっていた。
「当領地の特産品の一つで、普通の馬車より乗り心地は良くなるように改良してあります
まだ量産するほど整っていませんが、王に献上しても問題ないと自負している一品です
良ければ帰りは乗り換えて行かれますか?」
正々堂々の賄賂であるが、査察成功のための費用なら安いものだ。
「まことですか! 是非ともお願いしたいと思います」
「王都では自慢しておいてください、ガンツのサイラス商会かゴタニアのタルス商会で購入可能です
とは言え量産できていないのでまだ予約で手一杯なのです
納入まで半年から一年かかりますので、早めに予約することを勧めます」
「むむむ、そうなのですな」
ひとしきり会話の後、部屋の方に案内する。
「それでは今晩泊まっていただくお部屋に案内いたします」
お風呂とトイレの使い方については、女性陣はアリスタ、男性陣はトーマスに頼んで案内してもらった。
「後ほど食事の準備が出来ればご連絡しますので、しばらくお部屋でおくつろぎください
皆さまでお打合せできる部屋の方も案内します」
◇◇◇◇◇
「お父様、この街は本当に二年前まで魔の大樹海だったのですか?
騙されて違うところへ来ていませんか?」
「私も驚いている…王都の噂やフォルカーの話を聞いてはいたがこれほどとは…
過去に開拓に挑んだ貴族が失敗したのは何だったのだ!?」
「これで私の言葉に嘘はなかったことは信じて頂けたでしょうか」
「フォルカー お前はコリント卿を崇拝している者だから、何を大げさなことを言っているのだと思って疑っていたがな
いやはや一つも嘘が無かったどころか、それ以上ではないか」
「お父様 だから何度も言っていたではないですか、フォルカーはそんな人ではないと」
「一体これほどの事を言葉だけ聞いたところで誰が信じるというのだ?
それにリーナも今信じられないという風に言っていたではないか」
「そ、それはそうですが…」
「結局コリント卿が規格外の方だったわけで、王都の常識や我々の尺度で推し量るとひどい目に合いそうだと言うことは分かった」
フォルカーが念を押すように言う。
「この建物と設備もそうだったではないですか!
アーティファクトかと思うほどの魔道具の数々が設置されています
明日、街の査察を行うとさらに凄いものが見えるはずです
前回少し案内してもらっただけで目がくらくらしそうでした」
「正門から領主館の間でも相当だったが、まだ凄いのか?」
「ゲルトナー枢機卿も訪問された教会には相当驚かれるはずですし、他にも数万人は入れるスタジアムと言う建物もありました」
「何だと!!」
「魔の大樹海を領地として下賜されてたった二年でこの街ですから、私には奇跡としか思えません
通常であればこの建物一つで建てるのに数年はかかるでしょう
それに枢機卿様がこの領地にテコ入れをしているのは有名な話です
司祭の派遣を独断で決定し、教会の建築を大規模に支援されました
さらには自ら査察と称してこの地に赴き、アラン様の結婚式を執り行ったのは周知の事実です」
教会の言葉を聞いて男爵はびくっとする。
開拓前の領地に司祭を派遣するほど強い信頼を得ているのは間違いない。
教会には決してないがしろにできない影響力がある。
そして枢機卿自ら開拓すら定かでない辺境の地へ赴き、結婚式を執り行ったなど前代未聞だ。
そのような者を更迭するような報告をするのであれば、教会の顔に泥を塗る行為になりかねない。
「…むぅ、しかしそれでも
「王の覚えもある上にこれほどの街を作り、さらには教会との強い結びつきがあるコリント卿です
王と協会を敵に回すような真似など私にはできません」
「お前にしてははっきり儂に意見をしたな」
「偽らざる気持ちです」
「確かに何かをでっち上げて報告したとしても、この街の事実が陛下に知られたら我が家が無くなろう」
「お父様、コリント卿は善良で裏表がないと言う話ですが、だからと言って敵対するような者を黙って見過ごす人物では無いでしょう
また王都に来てすぐに教会と太いパイプを築いた事を考えれば、どれほど貴族の間にコネクションを張っているか分かりません…
王都の貴族としてはどうやってコリント卿と懇意になれるか血眼になっているはずですので、声を掛けられれば大歓迎でしょう」
「リーナの言うとおり、非常に優秀なコリント卿であれば既に伝手は持っていても不思議ではないでしょう」
「宰相につながる家として、我が家は避けているだけかもしれません
しかし今の評判からしてコリント卿を陥れる事を画策すると我らは孤立していきます」
「王都に帰り報告するまでまだ猶予はありますので、ゆっくり考えましょう」
そこでドアがノックされ晩餐の準備が出来たことを告げられたので、話はいったん中断となった。
◇◇◇◇◇
初日の晩餐会の席は、貴族風にアレンジした地球の料理とガンツの酒を振る舞い穏やかに進んでいく。
「コリント卿、この料理は何ですか? 恥ずかしながら初めて食べるものでした」
「ワイルドボアのステーキです
ソースが王国風ではないので珍しいのだと思います」
前菜が終わりメインディッシュを出した時に質問された。
何てことの無いトンテキなのだがこれが評判がいいので定番メニューになっている。
冷蔵魔法陣のおかげで肉の熟成管理が出来るようになり、味が格段に良くなった。
それとこの世界に無いソースが珍しいので評判がよく定番の一品になっている。
「そうですか、ワイルドボアをここまで美味しく仕上げるとは素晴らしい技術です」
意外と食道楽なようである。
勿論、ガンツの酒も大絶賛で話が盛り上がるが、領地特産のお酒は明日のお楽しみに残してある。
「コリント卿 それにしてもドラゴンには驚きました、やはり一番インパクトがあります
何時もあの様に正門の上で居るのですが?」
「ええ、そうですね 普段は街の警備をしてもらっています
ドラゴンが居ると魔物が寄ってこなくなるそうなので、今はもう街の守護竜としておなじみですね」
「なんと素晴らしいことでしょう!
魔の大樹海と言うところは凶暴な魔物が多く徘徊しているという認識だったのです
なので、実はこの査察もおっかなびっくりだったのですよ」
「そうですか、でもご覧のとおり今はもう他の街と変わらないくらい安全ですよ
スタンピードの影響も落ち着きましたし、街道もドラゴンと冒険者が巡回していますので、今はほぼ被害はないですね」
「そうですか、冒険者が巡回しているのですね
確かに冒険者が多くて街に活気があるはずです
しかも冒険者だけでなく、出迎えの近衛兵達は大変立派でした
ただそれにしては騎士団員や兵士が見当たらないようなのですが?」
「明日以降に見ていただけますが、実は兵士も騎士団員は居ないのですよ
近衛騎士団は辺境とはいえ領地をもつ貴族に必須だと言われ作りましたが、騎士団を作るほどには領地に余裕はないですね
そもそもこんな最果てまで誰も攻めてくるわけでないですから、形だけの近衛騎士団で十分なのですが」
「そうなのですか、でも街中の治安は問題になりませんか?」
「現在住民は最低限飢えないようになっているので、そこまで治安が悪いことはありませんね
後は冒険者ギルドに街の治安維持名目で依頼は出していて、ランクが低く魔の大樹海で狩りをするには少し厳しい者達の仕事になっています
それなのでトラブルといえるのはおおよそ酒を飲んで暴れる仲間内のケンカくらいです
それに良くも悪くも盗賊狩りとして名前が売れてしまったので、わざわざここに寄ってくる盗賊は居ないのですよ」
「盗賊狩り! ははは、確かにそうでしたな、王都での活躍を思い出しました」
「おかげで、街道も街中も平和そのものです」
「住民も随分いるようですが、それは素晴らしい事です
ちなみに今は何人くらいの住民が住んでいるのでしょうか?」
「今はおおよそ二万人でしょうか、日々増えているので集計の方が追い付いていませんが」
「おぉ、それではもうベルタ王国有数の都市ではないですか、賑わっていると思いましたがまさかそれほどとは」
「おかげさまで樹海目当ての冒険者や故郷を離れざるを得なかった者たちが新天地を求めて訪れてくれています」
流石王命で査察に来るだけはあり、酔ってはいても鋭い所に探りを入れてくる。
様々な質問に答えながら初日の晩餐会は終了した。
その間にリーナとセリーナ達は随分意気投合しており、食事後に皆でお茶をすることにしたようだ。
そういえばフォルカーを気に入って結婚まで持ち込んだくらい気が強いのであれば、うちの女性陣たちとも気が合いそうだなとちらりと思う。
勿論口が裂けても言えないのだけれども。
遅くまで話し込んで明日に響かなければいいのだが。
◇◇◇◇◇
「ええぇ! それじゃ本当にリーナ様の一目惚れで、結婚に反対するお父様を脅してヘリング士爵に嫁いだの?」
年齢の近い女性陣はあっという間に打ち解けて、お互いの話を始めていた。
晩餐会で軽くアルコールが入っていたので、会話も弾んでちょっと危ない話も出ている。
「情熱的!」
「そっかぁ、一目惚れなのね」
「そうですね 馬車を守ってオークと闘う姿を見て一目惚れしました」
軽くほほを染めてうっとりとしているのが可愛い。
「よくあのウェルズリー卿を説得できましたね、とても厳格そうに見える方ですし実際そうですよね?」
「士爵になれたとはいえ宰相の血筋につながる男爵家とは難しかったでしょう?」
「それはもう結婚したいと言い出した時は大騒ぎでしたよ
最後は自分の首に剣を押し当て結婚出来なければ自害すると家族を脅したのですからね
あの頃は別な方と婚約が決まりそうで、そうなるとフォルカーとの結婚は無理になるので必死でした」
コロコロと笑いないながらとんでもないことをさらっと言う。
「その話はヘリング士爵から話は聞いていましたが、大げさに言っているかと思っていたら本当にそうだったのですね…」
呆れた様にクレリアが言う横で、初めて耳にするフォルカーとリーナの話にアリスタが興味津々だった。
「確かその話はコリント卿に話したと言っていましたけど、聞かれてないですか?」
「アランからはその話を聞いていないわね?」
「聞いてないです」
「王都に行く時だからそれどころじゃ無かった頃でしょうね」
「それにしても結婚して数年になるでしょうに、本当にヘリング士爵を愛してらっしゃるのですね」
「ええ勿論です、この査察に同行できるように申し入れをしてくださったアラン様には感謝しかありません」
「アランにしては珍しく気が利いていたわよね」
「そうそう、普段はそんなこと気付きもしないのに」
「なかなか皆さんコリント卿に厳しいですね、そんな風に見えない方だと思いますが」
リーナが苦笑しながら突っ込む。
「いつもこんな感じですよね」
「そうね、いつも通りかな」
「頼れるときは頼れるのだけど、こっち方面はさっぱりだからどうしてもねぇ」
「でも自分のこと以外にはよく気が回っていませんか?」
「アリスタは絶対にアランを下げることは無いのは素晴らしいわ」
評価が低いのか高いのか分からない返答にリーナは苦笑するしかなかった。
「私はほらちょっと三人とは馴れ初めが違いますし、命の恩人ですし、三人のような冒険者時代からの付き合い方していませんから」
「アリスタ様はコリント卿が命の恩人なのですか?」
「ええ、盗賊に攫われて監禁されているところを助けていただきました」
「そうですか、それで好きになられて結婚されたのですね、素晴らしいです」
自分に重ね合わせてかリーナがうっとりしながら言う。
「いえ、大変感謝はしましたし、尊敬できる人物だと思いましたが、その時は特別には思いませんでした」
「ああ、そうなのですか」
期待を外してがっくりとうなだれる姿を見てアリスタが慌てて謝る。
「すみません、ご期待に沿えず…
でもその後もアラン様は困っていた私を受け入れてくださった大恩人でもありますし、今は愛する人でもありますよ」
最後のセリフも照れずにきちんと言えるのはアリスタのすごい所だ。
「それは素晴らしいです、それにしても皆さん方の関係は特別ですよね
複数の妻を持つ貴族も稀にいますが、ほとんどの正妻たちは仲が悪い話しか聞かないのですが、皆様方の馴れ初めは?」
「私もアランは命の恩人ね、魔物に襲われているところを助けられてそれから一緒に行動しているの
でも確かに最初に一目惚れしたわけじゃないわね」
「私とシャロンはもともとアランの部下だったのだけど、ちょっと離れ離れになっていて再会した時にはリアと一緒だったの
その後一緒に冒険者になったからかな?」
「そして領地に来て、順番に婚約が決まった感じかな?」
「私たちが婚約するまでも紆余曲折あったけど、なんとなくうまく収まったわね」
「少し順番が違ったら大騒ぎだったかもしれないけど」
「本当に思い返せば綱渡りでしたね」
そうしてその夜は遅くまで会話が弾んでいたので、翌日は悲惨な事になりかけていた。
査察の話は2話で終わる予定が3話になりました…
次回日曜日の更新予定です。