「私個人としてはたまたまドラゴンを倒しただけの冒険者上がりの男爵ですからね
政治的な影響力など微塵も無いですよ」
「いえ、そんな事はないでしょう
私の知っている範囲では王は魔の大樹海が開拓されたことを大変喜んでおり、辺境伯になるのはほぼ確定と噂されています」
定番のネタを持ち込んでみたが、真面目に返されると辛い。
それにしてもやはり先日行われた査察結果が王都で報告され、王が大層喜んでいる事も聞き及んでいるようだ。
そのためガンツ伯がこのタイミングで課税したと言う理由が、デニスさんにも容易に想像できるのであろう。
「それは嬉しい話ですね 査察自体は成功だったと思いますが、王都の噂まではなかなか届かないので」
「それもありユルゲン様が焦っているのはまず間違いないでしょう
そしてガンツほどの街が脅せばコリント卿は折れる小物だと勘違いしておるのです…
蛇のしっぽのつもりがドラゴンのしっぽを踏むことになりますと、散々忠告したのに聞き入れられませんでした」
「その例えは正しいでしょうね 自分がどれほど危険な方を相手にしているか気づいてもいない無能者です」
アリスタが嬉しそうに言うが、なかなか辛辣で容赦がない。
「本当にただの無能者だとしても貴方が居たからこそやってこられたのは間違いないでしょう
もし陛下に報告するための資料を提供していただけるのであれば、貴方と貴方の家族は私が責任もって嘆願しましょう」
「家族というのは…?」
「もちろん王都におられる方も含みますよ」
「……そこまでご存じですか ははは…いやはや本当に恐ろしいお方です…」
「王国有数のサイラス商会にすら秘匿出来ていた情報ですからね
さすがに突き止めるには少々苦労しました」
デニスさんが何故ガンツ伯に仕えているのか?
疑問の答えは王都でエルヴィン達の入手した情報の中にあったのだ。
屋敷でずっと幽閉されている者が居り、それがデニスさんと関連があると判明したのはつい最近だった。
「少々ですか…、あれはユルゲン様の親しい仲間にすら秘匿しているというのに…
しかしそこまであれば私に選択肢はありません
私の首で家族が助かるのであれば、何卒よろしくお願いします」
「我々の側で忠誠を尽くしてくれるなら貴方の首も賭けるつもりはありませんよ、お任せください」
「女神ルミナスに誓って忠誠を捧げます」
「承知しました」
「アリスタ ここまではいいかな? 他に何かあるかい?」
「そうですね 折角なのでデニス様に私たちが信頼している者を数名雇っていただくのはどうでしょう?」
「ああ、支援と監視のメンバーという訳か、それなら良いね」
「判りました、私の権限で側仕えという形で数名雇い入れるようにしましょう」
「それでは人選し、名簿は追って連絡します」
「判りました」
貴族の屋敷に努めた経験のある数名と、連絡を考えて宙兵一名になるだろう。
「では、この後どうするか話を詰めましょう
まず、今日の交渉はコリント男爵がしぶしぶ条件をのんだ、という事にしましょうか」
「はい」
「これで貴方が叱責されたり、即座に更迭されたりすることは無いでしょう
そうしておいて、我々は徐々にガンツとの取引を減らしていきます」
「配慮ありがとうございます」
「いえ、計画の一環で利用しているだけなので気にせずに」
むしろ怒っていいと思うのだが根は人が良いのだろう。
「我々は三か月後にはガンツとの取引を半減させますので、そのタイミングでガンツ伯に裏切りだと報告してください」
「判りました、ではそのように手配します」
「今の予定であれば恐らく私が王都に向かうのは半年後ですので、そのタイミングで仕掛けます」
「承知しました」
「ええ、早まったり遅れたりする可能性はあるでしょうが、恐らく三年後というのは良いタイミングなので呼び出される可能性は高いと思っています」
「私の方で何かする事はありますか?」
「不正の証の帳簿を見せてください、後王都での屋敷について知っている情報があればそちらも
それ以外は普段通りで構いません」
「畏まりました」
「やる時は一息ですべてバッサリとやります 切り残すと禍根が残るので良くないですからね」
「アラン それで私はいつまでに情報をまとめればいいのかしら?」
「アリスタ そうだな、三か月後までにお願いしたいかな」
「判ったわ、任せてください」
「コリント卿 今の話は一体?」
デニスさんは状況が呑み込めない感じで聞く。
「ああ、先程の話でガンツ伯の不正の証拠をデニスさんから入手するとして、その資料をいつまでに纏めるのかという話です」
「なるほど、承知しました 帳簿等は準備します」
「判って居るとは思いますがかなり危ない橋を渡ってもらいますから、十分注意してください」
「覚悟は先程済ませました」
「よろしく頼みますよ」
◇◇◇◇◇
「じゃあカリナ 始めましょうか」
「はい、アリスタ様 まずはセレスティアルとの取引からですね」
「そうね 領地の方の取引は記録されているから、対応するガンツ側の帳簿を探しましょう」
「どれだけ差が出ているか調べるわけですね、ちょっと気が遠くなりそうです」
目の前にたっぷり積み上げられた帳簿を眺めながら、覚悟を決める。
「私たちは関連する帳簿を探すだけでいいわ、見つけたら彼女たちに見てもらえば後は判るそうよ」
数名の宙兵が待機しており、アリスタ達から渡された資料をスキャンする役目を任命されていた。
それをイーリスが取りまとめて集計したうえで、宙兵の視覚に表示しナノムの指示に従って書き出すのだ。
「見るだけでいいのですか?」
「そうね、アランの協力者が取りまとめてそうしたら結果を教えてくれるらしいわよ」
「それは何とも凄い話ですね」
「あら、インターフェース作成と言うのを固辞したのはお互い様でしょ
アランは言うには作成していればそういった作業は出来ると言っていましたよ」
「確かにそうですね」
二人は苦笑しながら作業を続ける。
領地との取引関係をチェックし終わったのは一週間後だった。
続いて領地以外の取引をチェックし始めるが、これが膨大で結局一カ月がかりの作業となる。
それでもまだ最後には王都に報告する資料が残っている。
デニスはこれだけの書類に目を通して把握し、なおかつ家令として領地を切り盛りしているのだ。
彼がどれほど優秀なのかと思うと、こちら側に引き込めたことに心底ほっとするカリナであった。
週2回更新を予定してますので次回は水曜日更新です。