話は陛下に査察結果が報告された頃に遡る。
「ええい、何故冒険者あがりの田舎男爵程度が始末できないのだ!?」
「申し訳ありません、何せ男爵本人の腕が立つ上に、魔の大樹海のともなりますと満足に人を送り込めません
さらには盗賊狩りで名が知れ渡っておりますゆえ、人手を集めようにも尻込みするか割に合わないと敬遠されます
おかげで打つ手がなく、現状では目途が立っておりません」
ルチリアは汗を拭きながら何度目かの同じ返答をする。
その筋の者が使えないならば直接と考えたところで、私兵や荒事が出来る者を送り込むには遠すぎる。
それに王国の奥の領地とは言え、コリント領まで進軍するには目立ちすぎ無理がある。
さりとて隠密で済まそうにも、宰相が使える暗部で有力な組織は消息不明か壊滅していたのだ。
仕方なく新しい組織を手配し始めたものの、再建途中でまだ組織の体にもなっていない。
暗部が壊滅したことを周りに知られる訳にもいかず、組織が組織だけに大っぴらに作り直せず、ほとほと困り果てていた。
そして宰相には最大の気がかりは他にあった。
「脱走したライスターの足取りはどうだ?」
ライスターやスターヴェークの者たちを監禁していたことを王にだけは知られるわけにもいかない。
よって誰かに脱走の罪を擦り付けるわけにもいかず、襲撃があったことすらももみ消していたのだ。
「はっ! あの夜に王都を出たという目撃証言はありませんでした
またそれ以外にはうわさも何も聞こえてきません」
「何故あれほどの人数が脱走したのに誰も足取りが掴めないのだ!」
あれから二年が過ぎても足取りは追えていない。
牢を出た後はまるで掻き消えた様に痕跡がなくなったのである。
「あの夜はドラゴンの騒ぎがあったために誰もが気を取られておりましたので…」
「ドラゴンと言えばウェルズリーの奴もそうだ、我が姪を迎え入れていておいてあの報告を王にするとは!」
宰相が行き場のない怒りであたり散らかしているのを、ルチリアは汗を拭きながら頷くしかなかった。
領地査察に宰相の息のかかった者を送り込もうと計画し、バールケ家の血縁の男爵を向かわせる事には成功した。
しかし査察官の買収は難しく男爵に念押しするのが精一杯だったのだ。
結果、一つも口実になる事が分からず、むしろすっかり懐柔されてしまい王が喜ぶような報告しかされなかったのだ。
腹立たしいにも程がある。
「…リーナ様も同行しての視察のため、王の不評を買うような報告は難しかったのでしょう」
フォローはしてみるもののどうにもならない。
通常であれば敵対するものを陥れるなら反乱の兆候ありと罠にかけるのが一番いい。
しかし視察団には近衛兵は最低限しか居ないと報告されてしまったのでこの手は使えない。
ならばガンツ伯を利用して失脚させる口実を探らせても、まだ領地を構えたばかりの貴族のためそんな物も出てこないのだ。
腹立たしい事に自分達が別途調べたコリント領の状況は、ウェズリー男爵の報告よりも遥かに上回っていそうだった。
ウェズリーがこちらに配慮の上、最低限の事実だけ報告していたことをさすがのバールケも薄々感じていた。
「…宮廷での工作はどのようになっておる?」
「陛下がことさらお気に入りでいつも話題にしており、コリント卿の評価はうなぎのぼりです
さらに枢機卿が自ら訪問して結婚式まで執り行った事が知れ渡りましたので、陛下も教会も両方を敵に回す貴族も居ないでしょう
こちらも打つ手がなく、現状では目途が立っておりません」
教会の枢機卿までが事あるごとに孤児を受け入れてくれたコリント卿を褒めたたえ、自ら巡回まで行ったのだ。
コリント卿と教会には太いパイプがあると貴族は感じているため、誰も宰相たちに同調したがらない。
しかも誰が流したか知らぬ間に『宰相とガンツ伯はコリント卿を良く思っていない』と噂されてしまった。
貴族の中でも一部旧宰相と親交のあった者達が今ははっきりと宰相にノーを突き付ける様になっていた。
口には出さないがライスターが生きていたことを知ったのであろう。
あからさまに宰相から離れようという雰囲気を作り始めているのを感じている。
これで何か事を起こそうものなら真っ先に宰相とガンツ伯が疑われる状態になってしまっていた。
「盗賊狩りで便利に使える駒は消えるわ、暗部も壊滅するわ、さらにはライスターを逃がしたのが大失態だ
あやつと懇意だった貴族共がはっきりと敵対をし始めよった
スターヴェークの騎士といいライスターを逃した者の手配だろうがまったく腹立たしい!!」
いくら悔やんでも後の祭りだろうと、ルチリアは心の中で思う。
それにしても、コリント卿の身辺を探ろうとしてみたり、ちょっかいを掛けてみようとしたりすると決まって何かが起こり、上手くいかなくなる。
コリント卿の手の者に壊滅させられた可能性もあるかと思うが、証拠も確証もない。
寧ろルチリア自身がなまじ裏稼業を知っているため、新参の男爵ごときがそこまでの組織を作り情報を知りえる力があるとは考えられないのだ。
ルチリアにとっては子飼いの組織の件は前任のライスターの方がよほど怪しく感じているのであった。
そうなるとライスターの関連の者が怪しいが、そもそも足取りすら全くつかめてない。
しかしまるで至る所で行動を監視され、盗聴されているのではないかと言うほど潰れるのは、本当に不気味だった。
「お取込み中すみません ヴィリス様、ガンツ伯がいらっしゃいました」
執事が来客を告げる。
「ここに案内してくれ」
「畏まりました」
「バールケ候 今日はどういったご用件で?」
「冒険者上がりの奴の話だ、査察の報告が直接陛下にされたために握り潰せなかったわ」
「幾ら陛下から注目されているとはいえ、領地開拓の報告が御前会議で行われるなど聞いたこともありません」
「陛下がお気に入りなのは判っておる
それでも余程でない限り御前会議は無いはずなのだが、いったい誰が手引きしたというのだ」
ここでもバールケの思惑は潰されており、怒り心頭であった。
「で、実際に奴の領地は如何なのだ?」
「御前会議の報告内容は断片的に聞いておりますが、忌々しいことにその通りどころかそれ以上でございます」
「あの報告が本当だというのか!? 陛下に気に入られるため話を盛っているかと思っていたわ」
「むしろ報告は控えめの様で、あの査察の者は確かにバールケ様にも配慮しておったのでしょう」
「むう! 何という事だ」
「私が家令より受け取った最新の報告では、彼の領地の人口は二万を超え、街も既に都市と呼んで差し支えない規模になっているとの事です
それゆえに報告はかなり過少にされているのではと思っております」
「信じられん、魔の大樹海とはそれほど容易な場所だったのか?
過去に失敗した貴族たちは何だったのだ?」
「魔の大樹海がそれほど容易な場所であれば、私どもが既に開拓していたでしょう
熟練の冒険者でも簡単に死に至る、それが魔の大樹海の常識です」
「もう『常識でした』だろう、あの若造が開拓してしまったのだからなっ!」
吐き捨てるように宰相が言うと、ガンツ伯は頷くしかなかった。
「…バールケ侯 しかしそれだからこそ奴らにはそれなりに対価を支払っていただこうと考えております」
「何だ?」
「ガンツとの取引については税を五割に設定します 勿論税金の扱いはいつものように」
機嫌を取るためか生来なのか底意地の悪い顔をして言う。
「…ふむ? 詳しく聞かせてもらおうか」
バールケは興味がわいたという感じで食いつく。
そうして二人はドラゴンの尾を踏むことになるとは知らずに、暫くの間の悪巧みを行うのであった。
次回日曜朝に更新予定です。