ある法師の長にとって、その子は「天の使い」とでも言うべき存在だった。
ある長は悔やんでいた。自らには、年長者として才ある若者を守らなければならぬ。だが、彼らの戦場は常に命がけ。経験の少ない若者など、すぐに死んでしまう。
楽に死ねるのならまだいい。だが、中には死体が『魔神の残滓』の影響で妖魔と化しかつての同胞に襲いかかってしまうことや、疫病を媒介してしまうこともあった。
これまでは町でも高名な「胡じいさん」が戦場での手当や死体の処理などを担っていた。その孫である胡元も神の目が授けられ、より迅速な対処が可能になると思われていた。
だが、先の『渦の魔神』との戦いでかの翁も戦死。まだ幼い胡元に全てを任せるにはあまりにも酷な話だった。
「あ、あああああ・・・か、甘雨と申しますぅ・・・。すぅー・・・くっ、草元素の神の目を持ってるので、簡単な治療なら・・・できる・・と思います・・・?」
最初は、変な子を押しつけられたかと思った。この子からは、草元素の元素力なんぞ感じ取れなかったからだ。それに、見慣れない黒と赤の禍々しい角まで生えている。頭巾で隠していようが見え見えだ。
しかし、我々も日頃からお世話になっている帰終様からの推薦を、突っぱねるわけにはいかなかった。
この帰離原の町では、基本的に政や計略を帰終様が担当し、軍事関係を岩王帝君が担当している。
帰終様は時折我ら千岩軍旅団の駐屯地に顔を出していただいたり物資の支援をしてくださったりと、頻繁に気に掛けてくださっていた。
それに、彼女は慈悲深い方だ。大方、異種族の浮浪児を放っておけず、見習いか雑用程度のつもりで推薦したのだろう。
そう思っていた。
「『麒麟』の血が、貴方を守ります。これで安心して戦ってくださいッ!!」
彼女の人知を超えた治癒術で、戦死する若者はほぼゼロになった。
「私があの妖魔の眼を潰してタゲとって、ついでに湿地に誘導します。ヴォルは氷元素で足を『凍結』させて!」
彼女は巧妙に『元素反応』を駆使し、戦闘を有利に進ませていった。
「どうやら木に潜んでるようですね・・・あっ、上から来ます!気をつけて!」
彼女の察知能力で、彼女が同行したときには奇襲を受けることがなくなった。
彼女のことを「コネ入隊だ、実力なんて無い」などと揶揄する声は、段々と消えていった。
帰終様は、この子の能力を見越して入隊させたのだろう。ワシも疑ったことを反省しなければならない。
それに、彼女は服装こそ奇妙なものの見た目麗しい少女。その上、極度の人見知りなのか普段は駐屯地の隅でヤマガラを頭に乗せながら縮こまっている。
そんな様子を見て、旅団の若者どもはやれ「守ってあげたくなる系ロリ」だの、「甘雨ちゃんペロペロ」などと色めき立っており、中には求婚し出す者も現れた。
彼女も年齢的には結婚をしてもおかしくない年頃だがどうやらよく分かってないようで、求婚に対して動けなくなったり目を回して倒れたりした。
若者どもはそんなところも魅力的だと思っているようだが。
「もぉー、なんで訓練なのに骨折なんてするんですか!治療するので変にイジらないでくださいよ・・・・・・隊長も無理なさらないでください。私、知り合いが死ぬところなんて見たくありませんからね」
・・・・・・・・・ワシの孫の嫁になってくれんか。
「あの子はこんな感じだな。アンタも風元素の神の目を持ってんなら、ワシらの旅団に入ってみるのはどうだ・・・・・・・ってあれ、いつの間に消えた?」
町のある少女にとって、その女の子は「姉」とでも言うべき存在だった。
今はまさに戦時中、兵役がある男性を除く女性や子供は、時間があれば働かなくてはならない。
作物が育つ時期は田畑で農作業を行い、寒冷期には絶雲の間へと薬草を採りに出かけるのだ。
だが、少女は絶雲の間が苦手だった。元々運動神経が良い方ではなかったし、何度も迷子になったし薬草も採れなかった。
それでも生活のためには、少女は足を運ぶほか無かった。貧しく常に忙しい少女の一家を支えるためだ。
その日も、少女は薬草を採取できずに絶雲の間を彷徨っていた。泣きべそをかきながらも、自分たちが生き延びるため必死に。
そして開けた場所に出たとき、衝撃の光景を目にする。花畑の中で、赤狐やスライムたちに囲まれながら、可愛らしい女の子が眠っていたのだ。
まるで、旅の吟遊詩人が謡うお姫様のようだ、と思った。動物たちが散り散りになり、そのお姫様が眠りから覚めてもぞもぞ動き始めたとき、自分の足が無意識に動き出していたのにようやく気づいたほどだ。
「・・・うーん、ふぁぁー・・・えっ!どうして人がここに!?こっ、こほん。ひっ、人の子よ、道に迷ったのでしゅか?」
本当に、可愛らしい女の子だ。
「いいですか?確かに『清心』や『瑠璃袋』には薬効がありますが、危ない場所に生えているのでとってはいけません。その代わり、『絶雲の唐辛子』や『夕暮れの実』が沢山実っている場所を教えますね」
その女の子は絶雲の間に精通しており、少女の手を引いて採取可能なポイントを教えて回った。孤独な少女がその子をしだいに「姉」と慕うようになるのは、なんら不思議な話ではなかった。
「ヴィシャップの背中は揺れますからね、私の腰にしっかりと手を回してください」
少女と女の子は絶雲の間の中で時間と楽しさを共有し、孤独な少女の心を埋めてくれた。あと、姉はとても良い匂いがした。変な格好だけど。
「ほら、あそこの盗賊さんみたいに薬草を根っこから採っちゃダメですよ。後で採れなくなっちゃいます。少しだけ残して、自然に優しくしてあげてください、ねっ?」
おねえちゃんからは、心からの優しさが感じられた。魔神戦争で皆の心が擦り切れている中、少女にはそれがとても尊いもののように思えた。少女の心の中は、姉のことでいっぱいになっていった。
「えっ、私の角を触りたいんですか?・・・だ、ダメです!いくら貴方でもそれだけはダメ!!」
おねえちゃんとも今日でちょうど240日の付き合いとなり、好みや性格、身長体重胸の大きさ食べ物の好み演奏するときの癖帰る場所その正体と仙術所属おねえちゃんのことが好きな
おねえちゃんは私より人見知りだけど、親しくなった人には執着にも似た感情を見せる。それこそ、まるで「見捨てないで、嫌いにならないで」とでも言うかのように。
「・・・そ、そんなに触りたいんですね。わ、わかりました。頭巾をはずすのでちょっと待ってください・・・・・・・・・ほら、どうぞ」
やっぱり、私の思った通りだ。拒絶したって、私がおねえちゃんのこと嫌いになるはずないのに。
私の前で膝をついて頭を垂らし、光沢ある赤と黒の綺麗な角を真っ赤になりながら触らせてくれるおねえちゃん。
「んん・・・ッ・・ん・・あぁっ・・・ん」
特に敏感な場所である角を触られながら、口から漏れる声を手で押さえ頬を紅潮させて、ほんのり涙目になるおねえちゃん。ほんっとうにかわいい。閉じ込めてしまいたいぐらい。首には鈴がもうついているけど、もっと豪華な首輪をつけてあげたいな。
でも、これだけ押しに弱いなら、いつか悪い人に変なことされちゃうんじゃないかな。私、とても心配。
・・・・・・でもいっかぁ。そんな人が現れたら、私の『神の目』でおねえちゃんに近づけなくさせちゃえばいいんだからね。
「私にとっておねえちゃんはこんな感じかな。おねえちゃんのこと聞きたがったってことは、もしかしてお兄さんも・・・・・・・ってあれ、いないし」
ある町の商人にとって、その女は「天敵」とも言うべき存在だった。
どんな場所であれ、人間のコミュニティーで生活するためには金がいる。そして正しく金を得るためには、相応の労働をしなければならない。
だが、まれに人道を外れた方法で金を集める者も現れる。帰離原のとある商人もその一人だ。
商人、とは言えど、やることの外道さは盗賊となんら遜色ない。薬の市場を独占するため他の商店から買い占めたり、野盗を金で雇い輸送する馬車を襲撃させたりした。
他に店がなければ、客は多少割高でも買わざるを得ない。加えて商人は学のなさそうな客を見極め、代金をちょろまかすこともあった。まさに弱者を食い物にしていたのだ。
しかしある日を境に、そうした商法も通用しなくなってきた。
薬の元となる薬草の供給が増えてきたのだ。採取場所や輸入は自らが厳重に管理していたにもかかわらず。
商人は憤りつつも疑問に思った、そして客の一人に聞いたところ「親切な仙人様が、薬草の群生地帯を教えてくださった」らしい。
これにはずる賢い商人も頭を抱えた。これまで『仙人』は魔神相手の危機を退けることや絶雲の間に迷い込んだ人間を助けることはあれど、これほど直接的に人間の生活を導くような真似をすることはなかった。
完全に誤算だ。しかもよりにもよって自分が被害を受けることになろうとは。
ほんの少量の供給増加であれば、自分がその群生地帯へと出向いて採り尽くすか、あるいは毒でもまけばいいと思っていた。だが、どうやらその仙人サマはとても
こうなればもう独占を維持することは現実的でない。新たな商売のチャンスがあるまでは、おとなしく普通の商人として活動していよう。そう思っていたのだが・・・
「ほいよ、200モラの釣だ。落とすなよ」
「・・・おじちゃん、おつり足りないよ?300モラじゃないの?」
「ッ!・・・あぁ、すまないね。計算を間違えていたよ。いやー失敬失敬」
こうしたやりとりが数回は続いた。これはおかしい。こいつらは計算も出来ない浮浪者のガキどものはずだ。
以前は気づかれなかったが、ここ最近はしたり顔で指摘してきやがる。クソッ、バカどものくせして・・・
その原因は、商人がふと郊外を歩いているときに明らかとなった。
「いいですか、夕暮れの実は大体一個300モラ、ラズベリーは一個200モラです。これらが五個ずつで何モラになりますか?」
「そうですそうです!やっぱり最低限の算数は出来てた方が良いですからね。世の中には数字を上手く使う嘘つきもいるので気をつけるんですよ」
「はい、よく出来ました。分かった子には1000モラを渡すので、帰り道に実際にお店で使ってみてくださいね。私はお給料貰ってもマジで使い道ないので・・・」
まだ少女ながら美しい女が、戦争孤児であるクソガキどもに勉強を教えていたのだ。
俺のカモに学を教えている光景には心底苛立ちを覚えたが、その心の荒ぶりが静まるほど、その女の容姿に引き込まれていった。
見ればみるほど美しい顔。流れるような青髪に、将来性を感じさせる体。
痴女のような格好をしており変な角も生えているが、奴隷にでもできれば物好きの金持ちが大金をはたいてでも買ってくれそうな見た目。とてもすばらしい。
「あの女は金の卵だ。絶対に手ぇだすんじゃねえぞ・・・・・・って、いつの間にそんな物騒な槍だしたんだ!やめろ!こっち向けるなぁ!!」
背を向けて逃げだす男の背中を見つめながら、ある夜叉がつぶやいた。
「我は・・・・・・」