かつて仲間と共に守ると誓った無辜の命を、自らの手で葬り去る。
あの魔神の傀儡と化した我は、その悲鳴を聞くとある種の陶酔感を覚えた。
やめてくれと叫ぶ動物を、仲間と共に痛めつけて殺めて理想を踏みにじる。こんな単調な作業で、これほどの幸甚を覚えたことは初めてだ。
幾万の魂を狩る。嬲る。殺める…
ある村を制圧した刹那、何かが零れた感覚を覚えた。
それが何なのか、何だったのか、間違い続けた我にはもう分からない。
まるで『夢』を見ているような甘美な誘惑と、まるで『夢』を見ているような靄のかかった浮遊感に襲われる。
そうだ、我にも、仲間と共に叶えたい夢があったはずだ…
あぁだが、あの魔神が夢などかなえてはくれないというのは、もう分かっていたことだというのに…
夏の終わりの、ジメジメした夜のことだった。
帝君率いる軍勢はあと数日で前線に戻ることとなり、食料や装備などの確認、そして部隊の再編成で忙しい日々が続いていた。
ちなみに僕はまだ仙人の中でもひよっこだから戦場には立てないらしい。もうそろそろ戦うときだと思っていたんだけどなぁ。
だからせめて出来るところでは役に立ちたいと思い、食料を長期保存出来るように手を加えたり防具の点検をしておいた。
そして仙術を使ってマイ●ラのエンチャントみたく、耐久アップとかHP回復のバフを全員分の防具につけて一仕事を終えた後、ようやく床に入ることが出来た。
しかし忘れていた。僕は前世のときから、湿度の高い真夏の夜は苦手だったことを。
う、うーん…蒸し暑くて寝苦しい…しかも耳元で蚊が飛んでいる…ストレスがヤバい。
だが、寝ないという選択肢はない。人間寝れるときに寝ておかないと、いつかぶっ倒れるから気をつけよう(86敗)!
そうだ!どうしても寝られないときには羊を数えれば良いんだったね。正直僕はこれで寝ることが出来た試しがないけど、しないよりマシだ。やってみよう。
(えーっと、ココナッツ羊が一匹…ココナッツ羊が二匹…ココナッツ羊が三匹…ココナッツ羊が四匹…)
僕の頭の中では、『原神』のガチャで出てくる流れ星に乗りながら甘雨ちゃんが飛んでくる。
一匹、二匹、三匹…は、なにこれ。ドスケベパラダイスじゃん。天国ってこんなところなのかな。
そして七匹目の甘雨ちゃんが天から降りてきた頃、僕の意識は早々に沈んでいった。あぁ、ようやく眠れる…
しかし、次の瞬間妙な違和感を覚えた。具体的には、夢っぽいのに夢じゃない、夢じゃないのに夢みたい、そんなふわふわした感覚。
不審に思って瞼を開くと、目の前には白いフードをかぶった帝君の姿が。
白いフードをかぶった帝君の姿が!
アイエエエ!?テイクン!?テイクンナンデ!?
「おちつけ、これは俺の『夢枕』という術によるものだ。今は緊急で仙人たちに通告をしている」
あっ、なんだ、一瞬怒られるのかと思った。
唐突な自分語りになるが、僕は社畜時代の新人だったころに教育担当の上司に死ぬほど怒られて、夢でも怒られた記憶がある。
上司が出てくる夢ってことで、あのときのトラウマが蘇るところだった。危ない危ない。
でも夢枕か。実際仙術を使えるようになって分かったことだが、他人の精神に干渉する術は超精密な仙力操作が必要となるものである。
そんなのをほいと使えるって事は、帝君ってやっぱり仙術にも相当な実力があるってことなんだろうなぁ。憧れちゃうわ!
「現在、『夢の魔神』という魔神が帰離原に向けて接近中だ。奴は既に撃破済みで気配隠蔽も得意であるため、俺も完全に油断していた。すまない」
えっ…えっ!激ヤバってことじゃないですか!!魔神来てんの!?
魔神といっても強さはピンキリだが、僕や凡人からしたら間違いなく格上の存在である。
それに今は夜なので、当然一部の見張り兵士たちを除いて帰離集の大多数が眠り耽っている時間帯だ。このタイミングで攻められるのはガチで不味い。早く町の皆を起こして避難させないと!
「待て、『夢の魔神』は不定形の体を持つ故に単純な武力による殺傷能力はそこまで高くない…むしろ低い方だ。だが、奴の真価はその秘術にある」
曰く、『夢の魔神』とかいうのは、以前帝君たちが 遁玉の丘で交戦した魔神らしい。体が靄のように空気中に霧散しており、攻撃が一切聞かなかった強敵。
そしてその真価という操りの秘術を使って味方を洗脳してきたり、気配隠蔽をしてきたりしてめちゃくちゃ厄介だったらしい。
最後は帝君が味方全体に仙術を防ぐ系のシールドを貼って操られないようにし、無数の石柱で囲んで謎パワーで空気を圧縮させて封印したそうだ。
しかし、その時は打ち破ったかのように見えていたが、実際は姑息に逃げ回って生き延びていたようで。弱体化はしているもののこうして侵攻してきた。
えっ、でも余裕じゃない?一度勝った相手なんだし、攻略方法も判明してるんならなんとかなりそう。
「そうだ。お前の予測通り、既にこの帰離原の民は奴の秘術から保護する防壁を貼っている。だが奴は、支配下にある五人の仙人を引き連れて来たようだ」
なるほど、帝君が秘術をメタる方法を知っている以上、昼でも夜でも操りは出来ない訳だ。
だから他に腕っ節の強い奴を連れてきて、夜の内に人や建物を襲撃した方がこちら側の痛手に出来るということかな。
じゃあ僕がやらないといけないことは、その侵入してきた仙人たちを追い返すか戦闘不能に追い込むことね。
「そうだ、町への直接的被害を減らすために侵入者を郊外へ誘い出し、俺が『夢の魔神』を完全撃破するまでの時間を稼いでくれ。だが奴の操る五人の仙人は、仙人の中でも『夜叉』と呼ばれる特に豪胆たる者達だ。盤石に身構えておけ」
そう言い残し、帝君は去ってしまった。と同時に僕も目を覚ます。
ちょ、ちょっといきなり過ぎて混乱してるし、計画もそこまで理解している訳ではないけど、とにかくやらないといけないことは五人の『夜叉』の足止めをすること。覚えた。
超スゴい帝君シールドがあるなら襲撃で一般人がやられることは(多分)ないだろう。帝君シールドは、仮にヴィシャップが上から降ってきたとしても壊れることはないので、建物が倒壊して生き埋めで死ぬなんてことはないんじゃないかな。
むしろ無理矢理起こす方が、迎撃戦闘の邪魔になるかも。
それよりも、迎撃に役立ちそうな戦闘経験のある人材…千岩軍旅団のメンバーを起こして回った方が良いか。よーし!
僕はジメジメと嫌な雰囲気に包まれた町中を駆け、駐屯地にある宿舎の方へと向かっていった。
「というわけで、拙者達が真っ先に起こされたわけでござるな?」
数刻後、襲撃前に無事宿舎に着いた僕は、ひとまずいつもの3人をたたき起こすことにした。
別にそれ以外の人でも良かったけど、この3人なら雑に扱っても大丈夫という信頼の元、無理矢理起きてもらった。
「だからっていきなり氷を首元につけるなんてしなくてもいいじゃないですか!」
「なんか段々遠慮が無くなってきたよね。あーあ、出会ってすぐのおどおどした美少女はどこへいったのやら」
そんなことをぐだぐだ言いつつもなんだかんだですぐに戦闘準備を済ませ、一緒に静かな夜の町を駆けてくれている。
やっぱり皆、面倒見が良くて僕なんかにも優しくしてくれる友人達だ。
でも、ここ最近皆には結婚とかの話が出ていて一緒に居られない時間が増えているので悲しい。
僕だけ置いて行かれているみたいで寂しく感じちゃうんだよなぁ。僕は結婚なんて今のところやるつもりないから仕方ないんだけどね。
おっと、いけない。こんな感傷的な気分に浸るのは後だ。
麒麟の感覚を最大限に活用して、襲撃者の方向を探知する。
…見えた、確かに帰終集の五カ所から、異様に強い生物の反応がある。これが操られてる『夜叉』って人たちなのか。
それから帰終集から少し離れたところに帝君がぽつんと1人。おそらくそこに『夢の魔神』がいるのだろう。僕でも『夢の魔神』自体を探知できなかったってことは、やはりかの魔神は相当な隠蔽術を持っているようだ。
5人の強い反応、つまり『夜叉』がいる場所の内の数カ所には、既に理水畳山真君や削月築陽真君が向かっているのが感知できた。
しかし残る1人は帰終集の南方をものすごい勢いで飛び回り、まだ誰も対応し切れていない。
僕たちはこれを迎撃した方が良いだろう。
「えーっと、町の南方に敏捷性の高い仙人が来ちゃっているみたいですね。ちょうど南の関所周辺です」
「南の関所となると、ここからかなりあるよ!…どうする?間に合う?」
確かに、現代で言うところの1キロぐらいの距離が現在地から離れてしまっている。当然相手の夜叉も飛び回っているため、このままのスピードでは間に合うかどうか微妙なところ。
やむを得ない、習いたてで少し不安定だけど、こっちも仙術で加速して追いつこう。
バッタが飛ぶようなイメージで足に仙力を集めて…それを皆にもコピー&ペーストする(意訳)感じで!
「急ぎますよ!…私の仙力を持ち、私のように走れ!」
「な、なに?って、うわぁぁ!はーやーすーぎー!!」
「これは…体がまるで羽のようでござるな」
「い、痛っ、舌を噛みました!」
目的の夜叉に接近するにつれて、咆哮や号泣とも受け取れる叫び声が聞こえてくる。
その声を聞いた誰しもが悲痛な表情を浮かべるような、それほどの苦しみが宿った声。
「いた!あいつだね!」
その仙人には、誰もが只者ではないと肌で感じ取れる風格があった。
危険、無口、刃のような鋭い眼差し。
色白の肌に鳥の瞳のような金色の虹彩を持ち、留雲真君と似ている赤いアイシャドーが艶めかしく存在感を放つ。
白いノースリーブのシャツを着ていて、金色のアクセントがついた黒い高い襟、左側がさらに伸びて肩を覆っている。
濃い紫のバギーパンツと、その上に同色のブーツを履いた、まさに絶世の美少年。
しかしその様子はおかしい。虚ろな目をして何かをぶつぶつつぶやきながら破壊行動を繰り返している。
体中から黒く禍々しいオーラを放ち、近づくだけで身の毛がよだつような嫌悪感を感じた。
だが、僕がそんな彼の様子をみて恐怖を覚えるのと同時に、ある違和感も覚える。
(あれ、あの姿って…魔神任務でも出た『魈』ってキャラじゃなかったっけ?それに彼の存在感、転生してから何度か感じたことがある。どこだっけ…そうだ、僕が初めて人を殺して病んだときだ!)
僕が知っている魈様の容姿よりも幾分か幼く見えるが、服装などはうり二つ。あれは紛れもなく『原神』の魔神任務でも登場した彼で間違いない。
ストーリーでは誰も寄せ付けない感じだったのに、ムービーでは格好良く主人公を助けてくれたところが印象に残っている。根は優しい良い子なんだろうなって思いました。
そんな彼のツンデレなところやイケショタの容姿に惹かれて、『原神』のキャラクターの中でもずば抜けて女性人気が高かった覚えがある。
無論僕の知り合いもペロペロしてたり踏まれたいとのたまったりしていた。きも。
あと、僕が神の目を手に入れた日、帰終様と新たに『契約』を交わした日にも彼と接触したと記憶してる。
あのときは初めての人殺しで心が動揺していたし、声だけ聞こえて姿を視認したわけではないからしっかりとは覚えてないが、確か彼が言っていたことは…
「…お前たちは何故矮小な凡人と共に歩む?これらの命は、驚くほど脆い。そんなものを導いて何になる?…ふん、笑えるな」
僕が思慮を巡らせていると、彼はゆっくりと、けれども吐き捨てるような口調で話す。そんな彼は、まるで自嘲や悲壮感を嘆いているかのように思えた。
操られて精神まで変質されているのかも知れないが、彼の言葉は心の奥底から絞り出された諦念の全てのようだった。
彼はもう心が疲れ切っている。『夢の魔神』の秘術によって、泣いているのに無理矢理口角を上げられて笑わされている。
だが、僕は彼にどんな言葉を投げかければいいのだろう。彼がこれまでどれほど長きにわたって苦しんできたのか分からないが、少なくともたまたま仙縁に恵まれて庇護を受けることが出来た僕では想像することすらできない。
ぬるま湯に浸かり続けていた僕は、彼に反論する言葉が見当たらないしその資格も無いだろう…
「まーこの仙人サマの言うとおりよね。人ってすぐ死んじゃうし、こんな時代じゃ魔神や仙人に守ってもらえないと生きることすらままならないわ」
僕が返答に詰まりおどおどしていると、隣の胡元が一歩進んで武器を構えながら口を開く。お手上げと言わんばかりのトーンだが、それは少しおどけているように聞こえた。彼女はこんなときでもマイペースだ。
「だが、我らにも知恵と意地がある。貴方様が思っているほど、我らは負んぶに抱っこではないのだよ」
ヴォルも一歩踏み出して僕の隣に立ち、法器を構えながら告げる。悠々と告げる彼が、今までで最高に頼もしく見えた。
「甘く見られると困るでござる。拙者達の隣には、共に歩んでくれる友がいる。それだけで比類無き強き力が湧いてくるのでござるよ」
風丸も剣を抜き、神の目から風元素を引き出しながら隣に並ぶ。いつもは童顔で幼く見えていたが、今見える横顔にはちょっとときめいた。
そうだ、これまで彼ははおそらくだが、仙人という立場から、守護するべき弱い存在としてしか人と接する機会が無かったのではないか。
だから人を守って守って守り続けて…疲れたところにつけ込まれたのだろう。完全に推測だけど。
人を庇護し、共に繁栄することを目標としているのはこのあたりではここ帰離集のみ。それ以外では、人なんて吹けば飛ぶゴミみたいな扱いを受けている。
だから、凡人の可能性を彼に知ってもらえればいい。そして帝君や帰終様が目指す理想の夢を、本当は優しい彼にも共感してもらえないだろうか。
僕も皆に習って武器を取りつつ、仙術でバフをかけながら答える。
「凡人と仙人、私たちは互いに高め合うことが出来る良き友です。その可能性、見くびらないでくださいッ!」
そう啖呵を切りながら、心を奮い立たせた。
しかし、頭に血が上った僕をあざ笑うかのように、虚ろな目で冷ややかな視線を向けながらこう吐き捨てる。
「無駄だ。お前達では、殺戮で生きてきた我を止めることなど出来ない。我の邪魔をするな。でないと、後悔するぞ」
血塗られた長槍を振りかざし、放たれる高圧的な気迫でつい戦慄してしまう。
先ほどまででも泣き出してしまいそうなオーラだったのに、更に深い恐怖を感じるものに変わった。怖すぎておしっこちびりそうになる。
でも…
「貴方は以前、「慈悲なんて諦めた」と仰いました。…昔は、いえ、今も本当は殺戮なんて嫌なのではないですか?」
「私の使命は、『契約』に従い、全ての生物の幸福を守ること。だから、貴方のことだって
同刻、帰離集の各地にて。
烈火を纏った紅き女夜叉と対峙するは、思慮深い2人の女仙人。
「…留雲、我らの弟子は強くなったな」
「歌塵よ、馬鹿を言うでない。「妾の」弟子だ」
「ちょっと貴方たち、アタシの邪魔しないでよね!」
猛々しい紫の夜叉と対峙するは、信心深い2人の仙人。
「我の相手は鹿と鷺か。ふっはははは、造作もない」
「ふむ、あの四つ腕の夜叉…魔神に操られているとは言え随分と厚顔無恥な振る舞いをするものだ」
「ふん、我らの仙威も知らずに無礼千万。帝君の律令に従い、璃月を防衛する」
慎重な琥珀のごとき夜叉と対峙するは、慎み深い2人の仙人。
「初めまして。ですが、私達の邪魔をしないでいただきたい」
「うーん、ボクは戦闘要員じゃないんだけどなぁ。…って、えっ!来てくれたのかい。感謝するよ、 移霄導天!」
「鳴海栖霞が苦戦するだろうと帝君が仰った故。授かりし我が武力、忠義のために振るおう」
豪腕を持つ蒼き女夜叉と対峙するは、情け深い1人の魔神。
「わたしの相手は……ぱ、パンダちゃんね…ま、任せて……!」
「~!」
勝手に操られてたことにしちゃったんですが、魈様以外の護法夜叉ってどこから来たんですかね…
詳しい人誰か解説求む!