今、留雲真君の口からとんでもない一言が飛び出した気がする。具体的には奥蔵山の頂上まで自力で登ってこいって内容だった気がする。
…いや、聞き間違いだね。仙人ともあろう方が、まだ五歳にも満たないロリにそんな過酷な試練を吹っ掛けるはずがない。
「えっと、すみません留雲真君、よく聞き取れなかったのでもう一度伺ってもよろしいでしょうか?」
もしそうだったとしても、きっと何か悪い冗談だ。もぉ~仰々しい肩書きによらずお茶目な方だなぁ~留雲借風真君って。
「聞こえなかったか?一人で妾の洞天までたどり着いてもらう、と言ったのだ」
………?
「どうした?妾のことをじっと見つめて。…こっ、こら!妾によじ登ろうとするな!翼の付根に触るでない!そこに触れてはならぬ!」
なんか留雲真君がめっちゃ暴れて離そうとしてくるけど無視だ無視。全力で背中に張り付いて抵抗する。
この仙人本気で言ってきてる。澄んだ瞳を向けて、表情一つ変えないで言ってるよ。ロリに絶雲の間の頂上まで行けと正気で言ってる。
いや無理でしょ不可能だよ。途中で魔物にやられて死ぬか迷子になって餓死かのどっちかだよ。
僕は神の目なんてもってのほか、自衛のための武器すら持ってないし、この辺りの地図すらない。そもそも絶雲の間の地図があるのか自体怪しい。
今は仙人に対する不敬なんて考えてる場合ではない。このまま一人で放置されることになったらガチで野垂れ死ぬ。
その辺りの野盗に捕まって●奴隷エンドが、スライムが喉に詰まって死亡なんてのもあり得る。
噂では死の間際で神の目を授かるなんてこともあるらしいんだけど、僕はそんな超絶リスキーな賭け事をするつもりはない。
だから今僕がやるべきことは、年甲斐も無くこの仙人様に駄々をこねることだ。恥ずかしさなんてものは捨てた。
「無理ですダメです出来ません!私はまだ幼い身、そのような試練などまだ早いと思います!」
「何を言っておるのだ!甘雨、お前は自然に愛される麒麟だろう?この周辺の地形など、手に取るように分かるのではないのか?」
えっ何その便利能力、僕聞いてない!さも知ってて当然だろうみたいなトーンで言われてもそんなの分からないです…
視力はものすごく良いんだけどね。仙獣血脈?だとかなんとかの影響だって母は言ってた気がする。
「む、お前の母親は種族由来の能力だと言っていたのだがな。彼奴が特別だったのか?それとも混血で能力が薄まったか?しかし...」
「よ、よく分からないですけどとにかく一人じゃ出来ません!このまま背中に乗せて行って下さい!」
「先ほどまで恭しい態度だったが、急に図々しくなりおったな甘雨よ...どうしてそこまで嫌がるのだ」
留雲真君からの視線で、呆れかえっているのが伝わってくる。しかしここで折れる僕ではない。
前世でも上司からの失望のまなざしに耐えてきたのだ。このくらいどうということは無い!……ごめん思い出したらちょっと涙出てきた。
やがて半ばヒステリックになった僕に辟易したのか、留雲真君は仕方なしと折衷した内容に変えてくれた。
「まぁ、泣くほど嫌というならば、妾が後ろから見ておこう。…ついでに、このからくりもお前にやろう」
そう言ってどこからともなく差し出されたのは、ちょっと既視感を覚える小さめのカウベル。
あっ、これ甘雨ちゃんが首元につけてるやつじゃん!あれ留雲真君が渡したものだったんだ、そんな設定知らなかったわ。
「この鈴にはどんな力が宿ってるんです?もしかして、鳴らすと敵が一撃で倒せるとか?」
「ふっ、そう慌てるな。心配しなくても、ゆっくり説明してやろう。これは妾の仙力がこもっておってな、悪しき心をもつものが近づけば反応するのだ。これはある友人たちが音楽と魂について…」
留雲真君は鈴を持ちながら、得意げにからくりの説明を始める。機構の説明に熱がこもっていて、どうやら自信作らしい。
しかし悲しいかな、僕はそんなの解説されたってさっぱりだ。わ、わかんないっピ...
「まぁ要するに、お前に害そうとするものに反応するからくりだ。万が一反応した場合は妾が文字通り飛んでくるから、一人でも大丈夫だぞ」
僕を背中から下ろしつつそう告げる。実質防犯ブザーを持たせられたようなものか。一応は安全になったのかと思いながら、鈴を首に掛ける。家畜につける鈴みたいで少しだけ恥ずかしい。
鈴からは、何かすごそうな謎パワーを感じる気がする。全身がくすぐられてるみたいでぞわぞわするなぁ。
なんとなくこれ以上ぐずったら見捨てられそうだし、しょうがない。腹を括って出発するかぁ...
「留雲真君、絶対見てて下さいね!そして危なかったらすぐ来て下さいよ!来てくれなかったら恨みますからね!」
「ああ、分かった分かった。危なかったら来てやるから、お前は安心して行くとよい」
「っふ、っはぁ、よいっしょ...」
流石は甘雨ちゃんだ、ロリの時点でもう声がエロい。惜しむらくは、これが僕の口からでているということだ。
もしこれが甘雨ちゃん(真)から出ていたら、迷わずズボンを下ろしていただろう。
それはさておき、今僕はどことも知らない崖を登っております。僕がちょっと覚えているゲーム知識で、大体の方角を予測しながら直線距離で進んでるんです。
しかも少し集中するだけで、頭の中にゲーム画面左上に表示されてたミニマップが浮かんでくる…気がする。
これがさっき留雲真君が言ってた麒麟の特徴とかそんなのなんだろうか。それに走ってもそれほど疲れないし、崖登りもそこまで辛くない。
もしこれが前世の社畜時代の僕だったら、すぐに足を滑らせたりして落っこちてただろうな。ボルダリングとかもやったことなかったし。
もしかして、仙獣としての転生って相当な勝ち組じゃない?フィジカルやらスタミナやらが桁違いだし。その辺の一般人に転生してたらすぐに死んでたかもしれない。
…そう考えると、この世界ってやっぱり難易度ベリーハードなんだなぁ。ゲームではそんなの感じなかったけど、凡人はスライムにさえ殺される危険がある。
僕にもいつか大切な人が出来たりしても、それはすぐ死んじゃったり殺されたりするんだろうな。寿命の差ってのも、甘雨ちゃんが感じた孤独のひとつなのかも。
ちなみにこの大切な人ってのは女性です。間違っても男性ではないです。僕はメス墜ちなんてごめんだね。
っと、そんなことを考えてたらいよいよ崖を登り切りそうだ。あともう一踏ん張り頑張るぞ。
「ファイトォー!」
「…イッパァーツ!」(セルフ)
周りに人がいなかったら、ついつい変なことやっちゃうことってない?バイクに乗りながら大声で歌っちゃったりさ。今のはそれです。
やっとのことで登り切った崖の頂上には、花が一輪だけ咲いている。景色も綺麗だし、ここで一旦休憩しよう。別にたどり着くまでの時間制限なんてされてなかったし、ちょっとぐらい休んでもへーきへーき。
しかしながら、とても良い景色だ。今は名前が違うのかもしれないが、ゲームでは石門と呼ばれていたモンドと璃月の関所みたいな場所から、クソデカ積乱雲が立ちこめるドラゴンスパイン、右手にはものすごいジャングルが見える。
特にゲームで初めて石門を通ったときには感動したなぁ。目の前の広大な璃月の大地と、大樹と一体化したような望舒旅館を見たときは、『原神』というゲームの凄さを再認識したね。ドラスパは知らん。いつの間にか死んだし二度と行きたくない。
一度ぐらい石門とかモンドにも行ってみたいなぁ~、と考えていると、再び手元にある一輪の花が目にとまった。透き通るような白い花弁を持ったその花は、確か『清心』といったか。
…不思議とものすごく美味しそうに見える。別に僕はベジタリアンだった訳でもないんだけど、何故か湧き出るような食欲が抑えきれない。
「一つぐらい、食べても大丈夫だよね…」
僕は岩の隙間に根を生やしているその花の花弁を一つちぎって、まず匂いを嗅ぐ。見た目通り、とても清涼感のある匂いだ。ますます食欲をそそられる。
その有り余る食欲をとどめることが出来ず、恐る恐る口に入れて咀嚼する。
「……苦い?でも、ほんのり甘い?ふきのとうみたいな味かな、でも今までのどんな料理よりも格別に美味しい…」
無意識のうちに手が伸びて、いつの間にか五枚あったその花弁は全て無くなっていた。
だが、僕は全く満足出来ていない。まだ食べたい、美味しすぎる。…これ麻薬とかじゃないよね?
もう今の僕には清心以外のことなど頭になかった。それこそ、留雲真君から言いつけられた試練でさえも。
「あっ、あっちの崖の上にも清心が咲いてる。…一度降りてから、あっちの崖に上ろう」
僕は本能的な何かに突き動かされるかのように、上の空で足を踏み出す。しかし、
ガラッ 「へっ…?」
人の重みに耐えきれなかったのか、はたまた元々崩れやすい岩だったのか。足場が急に無くなり、僕は間の抜けた声を上げつつ宙に放り出されてしまった。I can't fly!
「ピギャァァア゛ア゛!!!!い、痛っ!!舌噛んだ!」
急な傾斜の岩肌を転がり、鬱蒼とした木々の枝が突き刺さり、恐怖で流石の僕も目をぎゅっとつぶる。
頭部だけは腕で必死に守っているが、それ以外の場所は安っぽい生地の服を着ているのも相まって傷だらけとなってしまっている。と言うか破けすぎてもはや裸だ。
あかん、目が回る…半仙の体に三半規管なんてあるのか知らんけどゲロりそう…
しかし転がり続ける最中、進行方向前方に鋭利な岩壁がどっしりと構えているのが見えた。
あんなのにぶつかったら止まれる可能性はあるけど大怪我不可避だろう。
なんとか避けようと、左体側に重心を傾ける。ここでアクセルを全開!インド人を右に!うぉぉー!
「ほえっ…?」
そうしてなんとかベ●ータ岩盤浴は回避したものの、スキーのジャンプ台のような形をした岩によって、僕はこの絶雲の間の広大な景色を背景に空中遊泳をする羽目になった。I can't fly!(二回目)
目が覚めたとき、僕はどこかも分からぬ岩の洞穴の中で眠っているのに気がついた。
かろうじて鈴だけは首に掛かったままだが、服は転げてる途中でなくなってしまったらしい。所謂全裸となってしまっている。
だが、体に目立った外傷が一切見当たらない。誰かが手当でもしてくれたのだろうか、それとも自然治癒?でもそんなに早いわけないよな、常識的に考えて。
辺りを見渡して周囲の様子を確認すると、上の大きな穴から月明かりが漏れているのが分かる。出発したときは昼だったから、かなりの間眠ってたのだろう。
おそらくあそこからこの洞穴に落ちてきたんだ、しかもかなりの高さでよじ登れそうもない。
他に横穴とかあるのかも知れないが、月明かりしか光源がない今は、動かずに助けを待ったほうが安全だろう。僕暗闇の中なんて歩きとうない。
「お願いします、神様仏様留雲真君様!これから頑張って修行でも何でもするので早く助けて下さい!」
そう言いつつ首元の鈴を握りしめながら、先ほどから座っている
ん?
地面をつついてみる。…ひんやりぷにぷにしている。具体的には、前に触ったことがある氷スライムの粘液みたいな感じだ。しかしその体積が比ではない。
やがて地面が動き出し、僕はバランスを取りきれずに転げ落ちてしまう。見上げれば、静かに佇む大型スライムの双眼と視線が絡み合った。周りには子分っぽい小さなスライムも沢山見られる。
そしてそのまま器用にバウンドしながら、僕の方へ近づいてきた。初めてこんなに近くで魔物を見た僕は、底知れぬ恐怖を感じて急いで離れようと体を動かす…が足に冷気を感じる粘液がへばりついて動かせない。
「ひっ、ち、近寄るな!うわなにをするくぁwせdrftgyふじこlp」
おまけ
「ははは…ではお前は、食い意地に気を取られてコロコロと転げ落ち、終いにこのような愉快な惨状になったというわけか」
「笑ってないで助けて下さいよ留雲真君!スライムで体中がベタベタになって気持ち悪いんです!というかこの鈴役に立たないじゃないですかぁ!このままではエロ同人みたいな展開に...」
「何を言う、その鈴は『悪意あるもの』が近寄ったときに反応すると説明したではないか。そのスライムたちは、ただじゃれているだけのように見えるぞ」
(元素生命であるスライムがこれほど人に集まるのは久しぶりだ。この子は仙力以外にも、元素力を扱う素質があるのかも知れないな…)