突然だが、僕は前世であまり自分のファッションに執着することはなかった。
学生時代は指定された学生服、社畜時代はそこそこなブランドのスーツ、普段着は目立たない色合いのそれ。
その代わり、二次元の女の子と男の娘の服装には詳しい。後者は友人の影響が強いが、もう一方は間違いなく僕の趣味だ。
まぁ、別に女装癖があったわけではなく、もっぱらアニメを見まくっていたせいなのだが。
「あの、留雲真君、この服は、些か生地が薄すぎるのではないかと思うのですが…」
そんな僕だから分かる。いや、正直なところオタク文化に精通していなくても一目見れば分かる。
今の僕が着ている格好は、『原神』のゲーム内で甘雨ちゃんが着ていたものと同じ。まさに痴女である。
「こんなのただのエロタイツですよ!!!!」
しかも甘雨ちゃんは大人だったから、まだあのタイツを着ていても「エチエチだなぁ」程度の印象で済んでいたので良かった。良くないけど。
だが、今の僕はまだロリ体型であり、前述した感想に加え、特殊な性癖を持つご主人様に飼われている(意味深)淫靡な雰囲気がある。
こんな服装で外を出歩こうものなら、変なおじたん達に連れて行かれても仕方が無い。出来れば今すぐチェンジを要求したい。
「ふむ。えろ、というのは分からぬが、タイツというのは水の国で人間が着用するものだな。しかし、これはただの
留雲真君の熱弁曰く、このタイツ(仮称)には仙力が籠もっており、基本的には破れることがないそうな。しかも成長に合わせて生地も伸縮し、おまけに自動で清潔に保たれるという洗濯いらずな一品。
性別や身分を問わず、誰もがほしがるような機能を持ち合わせている。まさに非の打ち所がない発明だ、その見た目を除けば。
僕の姿は、首から足までの黒タイツに、少しばかりの腰布を着用しているだけ。しかもノースリーブ。そしてもう一つ…
「すみません…あの、浮き上がっちゃってます…胸の、先端が…」
「だからどうしたと言うのだ、別に死ぬというわけでもなかろうに。そもそもお前が服を破いたのが悪いだろう」
うっ、痛いところを突かれた…
つい先日、僕は食欲に負けて岩山を転がり落ちてしまい、その際に服がビリビリに破けた。それはもうエ●ゲか艦●れレベルで盛大に。
絶雲の間という仙人の領域にいるため直接被害を受けることは少ないが、それでも今は魔神戦争の真っ只中。服なんてそこまで頻繁に購入出来る金額のものではない。
お金など持ち合わせない僕にとっては、服を用意してくれるだけで噎び泣いて感謝しないといけないほどである。それにここ数日は全裸だったので、洞天から出られなかった。しかし、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
「ですが、しかし…」
「しかしも案山子もない!妾はこれからからくりの研究の為に部屋に籠もる。集中するから、絶対に邪魔をするのではないぞ」
何か鶴の恩返しみたいな言い回しですね留雲真君。見た目も相まって本当にそれっぽく見える。
洞天にたどり着いて分かったが、留雲真君はどうやらからくり制作に精を出すタイプの仙人らしい。
その辺に失敗作っぽい機械が転がっているし、食事も忘れて研究に没頭するから倒れないか心配になる。仙人は食事するのか知らんけど。
「では、私はその間何をするべきでしょうか?こちらの片付けをしておきましょうか?」
「いや、それらは失敗作で少々危険なものもある。甘雨よ、お前はこの奥蔵山の周辺に慣れておけ」
…?遊んでこいってこと?結構危なくない?あっ、でもこの前渡された鈴があるのか。
「よいか、仙人の修業は自分の仙力を捉えることが第一歩だ。そしてそれは意識して出来るようなことではない。多様な仙人の仙力が混在しているこの絶雲の間で、それを明確に感じ取れるようになるのだ」
「うーん、まさか好き勝手遊んでこいって修業だとは思わなかったなぁ。…自分の仙力なんて、どうやって感じ取れるようになれば良いんだろ」
ほぼノーヒントで出発することになった僕は、当てもなく奥蔵山の南西、華光の林を歩いていた。
この辺りはリアル中国南部顔負けのタワーカルストっぽい地形となっている。岩石が自然によって浸食された結果できたであろう川や洞窟があり、まさに未開の地という感じだ。
当然近くに人はおらず、しんみりと孤独を感じながら雲を眺める。転生してから初めて明確に一人の状況になって、少しだけセンチメンタルな感情が湧いてきた。
適当な岩山に腰を下ろしつつ瞼を下ろして、今の気分に流されながらふと前世のことを思い返す。
前世で両親はすでに逝去しており、妻や子供どころか恋人さえいなかった。だから、僕が死んでも心から悲しんでくれる人なんていなかったはずだ。最後の時を覚えていないから死んだのかすら分からないけど。
強いて言うなら、急にいなくなって部下達に迷惑が掛かっていないかってことだけが心残りかな。上司どもは知らん。いい加減仕事を押しつけないで自分でしろ。
あっ、いや、一人だけ悲しんでくれそうな人がいるかも。僕の唯一の親友で腐れ縁のショタコンホモ野郎がいた。
引っ込み思案な僕の手を引いて、走って遊んで笑ってくれた野郎。原神を勧めてくれたのもそいつだ。推しキャラは風ショタ軍団だった。ガチのショタコンである。
僕にとっては大事な親友だったけど、あいつにとってはどうだったんだろう。
「大丈夫かなぁ…元気してるといいけど」
らしくないが、感傷的な気分で心が埋め尽くされる。あー、クソ、涙まで出てきた。
体の年齢に心が引っ張られている感じがする。今の僕は、さながらデパートで迷子になった女児、というところだろう。
「キューン?」
ふと、足下で動物の鳴声らしき音が聞こえた。目を開けて視線を下ろすと、そこには大きな赤い耳と茶色の毛皮を持った動物が数匹。
おそらく『赤狐』と呼ばれる動物だろう。ゲームでは肉にしてました。
「チチッ」「ピィーピィー」
今度は騒がしく小さな鳥が僕の肩や頭の角に止まった。輝く金色の羽や明るい赤羽を持ったこの鳥は、確か『ヤマガラ』。ゲームでは肉にしてました。
鳥類特有の鉤爪を携えた足が、むき出しの肩や敏感な角の上で動いてくすぐったい。
しかしどちらの動物たちも、僕の足や顔を舐めたり甘く噛んだりしながら、心配そうな表情、鳴声をしている……気がする。
留雲真君曰く、麒麟は仁獣。非常に温厚で、自然を愛し愛される存在だという。
もしかしたら、僕の感情を読み取って慰めてくれているのかも知れないな。いや、おそらくその通りなのだろう。
ある種の動物は、仲間同士で感情を感じ取ることが出来、コミュニケーションをとると言う。
僕のことを仲間だと思ってくれたというのなら、それは普通に嬉しい。
「ありがとう、ちょっとだけ元気出てきたよ」
顔を上げ、頬を少し叩いて心を持ち直す。僕の今の気分は一転、軽策の清水よりも澄んでいる。
あっ、よく考えたら、今の僕って動物に囲まれたディ●ニープリン●スっぽくない?外見は甘雨ちゃんでめっちゃ可愛いし。中身男だけど。あと服装は痴女だけど。
辺りを見渡せば、いつの間にかピンクや青色などなどカラフルな仙霊や、スライムの群れが同様に寄ってきている。この子達も僕を心配してくれているのだろうか。
いや、確か『元素生物』と呼ばれるこれらの種は、元素が溢れる場所や生物の周りに集まるらしい。ということは、僕にも元素力を扱う素質があるということか。
特に寒色系の色をした仙霊が多い気がするので、水元素か氷元素ってとこかな。まぁ十中八九氷元素だろう。ゲームではそうだったし。
だが、仙霊が死ぬほど近づいているのと対照的に、スライムたちは一定の距離を保ちつつこちらに近づいてこようとしない。
おそらく、僕が彼らを心のどこかで恐れているのを感じ取っているのかも。心なしか、しょんぼりとした表情のようにも見える。
つい先日に遭遇した大型スライムとその子分も、ただ僕にじゃれているだけだと留雲真君が言っていた。
渡された鈴も鳴る気配が一切無いし、害意がないのは明らかだ。後は僕の心持ちだけ。よ。よぉーし…
「こ、怖がってなんかないよ~。ほら、来たかったらおいで~……うへっ!」
その瞬間、電光石火の速さでスライムたちが突っ込んで来、思わず変な声が出てしまった。
ちょっとだけベタベタするが、動物たちや仙霊と同様に体を擦り付けて甘えてくる。
炎スライムは器用に体温を下げてくれているっぽいし、岩スライムも僕が痛くないように頬ずりしてくる。水スライムに手を突っ込むと気持ちが良く、氷スライムはひんやり心地よい感じがする。雷スライムはビリビリだ。
こう見ると、この子たちがめちゃくちゃ愛おしい存在のように思えてきた。ガチでびびってたのが馬鹿みたいだ。あ^~スライムがぴょんぴょんするんじゃあ^~
「よっし、皆ありがとう、完全復活です!」
ガッツポーズを見せつけながら、僕の小さな応援団たちにお礼をする。彼らも跳ねたりジャンプしたりと、心なしか嬉しそうだ。
えっ、ガチで可愛いんだけど。今度から落ち込んだときはこの辺に来ようかな。癒やされたいぞ。
「えぇーっと、皆は、『仙力』について分かったりなんかは…しないかな?」
僕はようやく思い出した課題を、ダメ元でこの子達に聞いてみる。皆は首を縦に振ったり無反応だったりと、おそらく知らない様子。まぁ正直分かるわけないよな。
仙力を捉えるのってめちゃくちゃ難しいらしいし、この子たちの中にそんな芸当が出来る子がいたら、それはもはや仙獣の子だよ。
そう思って諦めていたが、仙霊の中でも少し小柄な緑色の精霊が僕の前に飛び出して、今よりも更に南西にある、石珀が採れるという『琥牢山』の方向を向いて飛び回り始めた。なんだか踊っているようにも見える。
「えっ、あっちの方に何かあるってこと?」
僕は少し歩いて、琥牢山の全貌を観察する。所々に琥珀色の鉱石が露出しているその山からは、確かにうっすらと奥蔵山とは違う雰囲気が感じられる。
ゲームでも確かあの山には、留雲真君とは別の仙人であるなんたら真君がいたような気がする。
魔神任務で琥牢山には登ったはずなのに、漢字が羅列された名前ばっかりだったので正直忘れていた。
さっきの仙霊のヒントは、僕にとってはまるで砂漠の中のオアシス。めちゃくちゃありがたい。感謝感謝。
「本当にありがとう!親切な緑仙霊さ…ん?あれ?どっか行っちゃった?」
感無量になってお礼をしようと振り返ったのだが、例の仙霊は
「うーん、綺麗な景色、澄んだ空気!ハイキングに来たみたいだぜ。テンション上がるなぁ~」
動物&スライム仙霊軍団と別れつつ、緑と鉱石溢れる琥牢山を登る。
所々に別のスライムや動物たちが見られるが、今の僕からすれば愛しい存在だ。襲われるかもなんて、1ミリも考えちゃあいない。
だから僕はのびのびとこの琥牢山を、まるで山登りに来たかのような気持ちで闊歩することが出来ている。
「うんうん。心洗われる滝の音。子供に餌を与える親鳥。石珀の塊の中に捕らえられた盗人。実に雅だねぇ~……ってえ゛ぇ゛ぇ゛!!!」
「すみません、仙人様!どうかお許しを!申し訳ありませんでしたぁ!!」
「何があったのか分かりませんが、私は仙人ではありませんよ。どうして石珀なんかに閉じ込められていたのですか?って、逃げないで下さい!」
その辺に落ちてた採掘道具を勝手に使って、この盗人を救出した。が、どうも様子がおかしい。
というか石珀に閉じ込められているという状況自体がおかしい。そうはならんやろ。あと逃げんな。
「どうしちゃったんだろ。そんな化け物を見たような表情しちゃっt…」
「琥牢山に侵入し琥珀を破壊した賊人を勝手に逃がそうとはな」
背後から尋常ではない気配を感じ、慌てて後ろを振り返る。
そこには、留雲真君の2pカラーみたいな鷺の姿をした仙人が立っていた。
「あの人間は、確かに仙威を知らぬかも知れない。だが、お前がしたことは……いや、待て。お前は…」
しかし、その気迫は留雲真君の優しいそれとは違う。低い男性の声で、なおかつそこらの男性の百倍は圧倒される声で威圧してくる。生命の危機がビンビンに予測された。
そんな明確な生物としての格の違いを感じ取り、僕が次にとった行動は土下座であった。
「すみません、仙人様!どうかお許しを!申し訳ありませんでしたぁ!!」
「お前はあの仙獣の子だな。まずは詳しい事情を聞かせてみよ、虚言は通じぬからな」
「甘雨よ、話は分かった。留雲借風真君が課した試練も理解した。彼奴らしい課題だ」
「申し訳ありません理水畳山真君、盗人を逃がしてしまいました…」
どうやら理水畳山真君は、この琥牢山に生物の密猟や鉱石採取にやってくる人間達に飽き飽きしていたらしい。
そして僕は、捕らえた盗人を解放し、あまつさえ逃がしてしまった。どう考えても戦犯です本当にごめんなさい。
「謝る必要など無い。この琥牢山には、私が植えた花、『踱山葵』が埋まっている。」
「これを踏めば侵入者はたちまち琥珀に閉じ込められる。一人逃がしたところで大したことは無い」
確かに、周辺の至る所に見たことない花が埋まっていた。自然にカモフラージュされた人間ホイホイみたいなものか。
ひぇー怖いわ。見たところ内側から脱出する術はなさそうだし、捕まったら一巻の終わりだ。
ん?でもこれって…
「もしかしてこれって、あなたの仙力で出来ているのですか?」
「その通りだ。この花は琥牢山の至る所に埋められているため、琥牢山は私の仙力で守られているようなものだ」
ほぇー、通りで山全体が謎パワーで覆われてる感覚があったわけだわ。
留雲真君のとは違う力を感じて、肌がビリビリする。
「お前が欲すると言うのならば、この琥珀の欠片はくれてやろう。修業の糧になるやも知れぬ」
「えっ?よろしいのですか?」
願ったり叶ったりとはまさにこのことだ。この琥珀の欠片からの仙力をもっと感じることが出来れば、自らの仙力の補足にまた一歩近づくかも知れない。
「その代価として、お前には一つ『契約』を受けてほしい。何、簡単なものだ」
理水畳山真君は、真剣な表情でこちらに臨む。緊迫した雰囲気を感じ、僕の方も気分が引き締まった。
一体どんな願い事をされるのだろう。この琥珀の中に実験台として入ってみよ、なんて言われたら嫌だな…
「私の踱山葵は、確かに侵入者を排除できている。だが、たまに珍妙なものも閉じ込めることがある…私としても、無垢な動物たちが閉じ込められるのは本意ではない。」
「?…えぇーっと、つまり…?」
「お前は動物たちと心を通わせることが出来るようだな。善良な動物たちが閉じ込められることが無いように、気に掛けてはくれないか?」
【朗報】仙鳥二号、無事ツンデレ