理水畳山真君との邂逅から数十日、そして留雲真君がからくり研究の為に部屋に籠もってからも同様の日数が経過した。
僕自身は、山の動物たちやスライムたちと遊んだり、その辺りの野草を食い散らかしたりと、社畜時代からはまったく想像が付かないスローライフを送っていた。
ゲームではそこら中に生えていたために見向きもしなくなっていた『スイートフラワー』も、そもそも存在すら知らなかった『琉璃袋』という植物だって、今の僕にとっては最高のごちそうだ。
特にスイートフラワーの方は、この世界では珍しい甘味として非常に注目している。一口食べただけで濃厚な甘みが口の中を支配し、まるで砂糖菓子にかじりついたような感覚を体験した。これは食べ過ぎると絶対太るやつ。
今度時間があったら、こうした花々の自家栽培について調べてみるのも良いかもしれない。一歩庭先に出ると、こんな美味たる植物のバイキングが待ち構えている生活を想像してみる……なんと素晴らしいことか!
また、あわよくば帰離原の薬屋か商人に、ここの薬草を売るのもありだ。絶雲の間での生活ではお金が一切必要が無いので忘れがちだが、僕は無一文の身である。
お金はあって困るものでもないし、仙人として修行している半仙だって、たまには町で豪遊したいのだ。こんな俗っぽいこと企てていたのがバレたら怒られそうだけど。
もちろん先日言い渡された修行も忘れちゃあいない。しかし、留雲真君の仙力がこもったこの服やら鈴を意識しつつ、それっぽく滝に打たれながら瞑想してみたり、理水畳山真君の仙力の塊である石珀の欠片を抱きながらお昼寝したりしてみたけど、今のところはよく分からない。
まあそもそも自分の仙力なんて簡単に捉えられるものじゃないらしいしな、のんびりやっていこう。
麒麟という種族は極めて長命で、例え人間とのハーフだったとしてもそれは変わらないという。実際に甘雨ちゃんだってゲームの時点で3000歳だったらしいし。いつか出来るようになるでしょ。
だから無理に急ぐ必要など無い。僕が今やらねばならないことなど、刻々と迫り来る夕食のメニューをどのようなものにするか、程度のものである。
ちなみに今回は、留雲真君のための夕食も採って帰ろうと思っている。
前回留雲真君が食事を取ったのを確認したのは、もう10日も前のことだ。おそらく仙人は食事なんて必要としないのだろうが、それにしたって食べてなさ過ぎである。
故に僕は今、山頂に生えている『清心』を採るために、鋭い岩山の上を目指して崖登りの最中なのだ。
「ふぅ…ハァ…よっと!ちょっと前は登ることさえ難しかったのに、今ではすっかり板に付いてきたなぁ。おっ、清心発見」
慣れというのは案外早いもので、頻繁に転がり落ちていた崖も楽々と登れるようになった。
段々とこの絶雲の間に馴染んできた…というよりは、麒麟としての能力が制御できるようになってきているという方が正しい気がする。
自分がこの大自然の中のどこにいるか、周囲にはどんな生物がいるか、次の足場はどこにするべきか。
前世ではそんなことなど一切察知できなかっただろう。だが、まるで生来この森で育ったかのように分かるのだ。それが、とにかく面白い。
考えてもみてほしい。何も才能が無かった男が、ある日突然天才ピアニスト顔負けの演奏が出来るようになったら、なろう系の如く万能のチート能力が手に入ったら、或いは、英語が一晩の内にペラペラになったら。きっと、その能力をひけらかしたくなるだろう。
僕はまるで跳ねるように崖を駆け下り、用意していた竹籠のなかに清心を入れた。着実に成長しているのを確信し、気分はウキウキである。
前言撤回だ。自分の仙力を自覚できるのもそう遠くではないのではないか?ボクは訝しんだ。
だが、そろそろ洞天に戻ろう、そう思って踵を返そうとしたときだ。背後から尋常ではない力の気配と、何者かの足音が聞こえた。
(何だ何だ?まさか、魔物とかじゃないだろうな)
気配から、スライムなどの小型魔物ではないことは既に感じ取っている。おまけに、僕はまだ自衛の為の武器なんて持っていない。
害意がある相手が出てきた時点で、僕には逃亡以外の選択肢が消え去るのだ。来るなら物騒じゃないタイプの魔物であってほしい。
そして姿を現したのは……ヘラジカのように大きく立派な角を持ち、綺麗な黄褐色の毛並みの牡鹿。すごく強そう(小並感)
「ほう、隠蔽した我の気配にも気づくか。麒麟の子よ、汝は筋が良いな。そう警戒するな、我は三眼五顕仙人が一人、削月築陽真君だ」
「へっ、じゃあ削月築陽真君は、留雲真君に頼まれて私を監視していたのですか!?」
警戒を解いて、留雲真君の洞天へと一緒に向かっていた僕に衝撃の真実…!
なんと、僕が昼間に一人で
じゃ、じゃあ僕がスライムの群れで疑似トランポリンをして遊んでたり、頭にヤマガラを乗せながら昼寝してたのも全部バレていたと言うのか…
一日の大半を修行なんてせずに遊んでばっかりだったのが留雲真君にチクられたら、もしかしたら破門なんてこともあり得るかも知れない。
そうなりゃ終わりだ。勘当されて、その辺の野盗に襲われて性●隷エンドなんてことになるかも。かくなる上は…
「申し訳ありません!何でもしますので、私が遊び呆けていたことは報告なさらないでください!」
「ははっ、何を勘違いしているのかは知らないが、留雲が気にしているのはそんなことではない」
ん?僕がサボってないか監視していたわけじゃないのか?
「留雲は、汝の身に危険が迫ったら助けてやってほしい、と願い出てきたのだ。ついでに、修行が行き詰まっていたら助けてやってくれ、とな。だが、そんな心配は不要だったようだ」
えぇ…留雲真君、防犯用に鈴を持たせてくれたのに、まだ心配してくれてたのか。
もう優しすぎてもはやママじゃん、次あったらオギャろうかな。でも…
「すみません、ではどうして留雲真君は、直接自分自身でついて来て下さらなかったのでしょうか?」
ちょっとだけ疑問に思った。からくりの研究をするから、なんて言って洞天から閉め出しておいて、何故削月築陽真君に、僕を見守るようにお願いしたんだろう。
危ないかもと思ってるなら、目の届く範囲においておくのが一番安全じゃない?僕子供の相手したことないから知らんけど。
「ふっ、彼奴は、弟子との接し方が分からない、などと我に相談しに来たのだ。だから、少々投げやりな修行となってしまったのかも知れぬな」
…は???僕の師匠かわいいかよ。ツンデレかよ。CV.釘宮●恵かよ。
あぁ~、すごいぐっとくる。僕は
間違いない、留雲師匠は俺の嫁だ。多少ノリが古くさいとか言われようが、鷺の姿をしていようが関係ない。
あんなにクールで落ち着いているのに、本音はめっちゃ人見知りのツンデレとか最高やろ。
こうなったら、留雲真君の為に、更に夕食を採ってこないと気が済まない。
要らないなどと言われようが、ここ数日はご飯を食べていないのだ。空腹に決まっている。
「…削月築陽真君、寄り道をして、清心をあと数本摘んできてもよろしいでしょうか?私の師匠に捧げたいのですが…」
突然の提案に削月築陽真君は驚いたようだが、首を縦に振って許可を出してくれた。その瞬間に僕は飛び跳ね、目にも止まらぬ速さで崖を駆け上る。
うぉぉ!!!ほっつき歩いている場合じゃねぇ!!!よぉ~し、探すぞぉ~
「……ふむ、留雲は面白い子を弟子としたな」
近くの山々から清心を取り尽くした後、僕と削月築陽真君はようやく奥蔵山の頂上、留雲真君の洞天の前へと戻ってきた。
しかし、入り口の前には霊符で結界が展開されており、どうやらまだ研究に集中している様子。
「すみませーん!留雲真君ー!削月築陽真君がいらっしゃってますよぉ~!」
「…甘雨よ、我は留雲に会いに来たのではない。我らは長命、いつでも再会出来る。それに、傾注してる彼奴を無理に邪魔してはならぬ」
それは確かにそうだ。普段の留雲真君は放任主義かつちょいデレみたいな性格をしているが、からくり研究を邪魔すると割と不機嫌になる。なので、無理に引っ張り出そうとするのはナンセンス。
だからといって、このまま何も出さずに帰すのは元社会人としての名が廃るぜ。ジャパニーズとしてのO☆MO☆TE☆NA☆SHIの心を見せてやる。
「では、せめてお茶だけでも飲んでいって下さい!」
僕は洞天の前庭にある、石の食卓へと案内する。と同時に、茶器と湯沸かし機能持ちのからくりを拝借してお茶をお出しした。
この食卓には、前々からそうしたお茶を早急に用意できる道具が準備されている。こうして実際にもてなすことで分かったが、これらは急な来客があったときに便利だ。
椅子も三つ準備してあるし、留雲真君って案外友達いたんだ。内向的な方だと思ってたから少し意外だ。
椅子の数的に、留雲真君と削月築陽真君と理水畳山真君が座るのだろうか。この三人って見た目仙獣だし仲が良いのかも。
「…というように、我は仙力を扱えるようになったのだ。ちょうど我が岩王帝君に師事していた頃だったか。留雲の言うとおり、やはり他の仙人の仙力を識別することが契機となったな」
へぇー、削月築陽真君って帝君の弟子だったんだ。正直ちょっとだけ羨ましい。
帝君こと鐘離先生は僕が原神で甘雨ちゃんの次に好きなキャラクターである。
魔神任務ではその岩神としての正体を隠して主人公と接触した。その目的は神や仙人との契約で守られている璃月を、人間の力のみで統治出来るか見極めるため。
結果的に人間と岩神の間の全ての契約は終わり、人間のみで俗世の舵取りが行われるようになった、というのが主な内容だったはず。
6000年も生きている魔神で、無論魔神戦争も勝ち抜いた、いわばクソ強い神様だ。
…あらためてヤバい人だな。もし遭うことがあったら絶対に媚びを売っておこう。
でも、転生してからその名前はほとんど聞いてないなぁ。むしろ『塵の魔神』って人の名前のほうがよく聞くかも。
もしかしたら、まだ十分に力を持ってないタイミングなのかも知れない。
「その際会得した仙術の中に、
「えっ、よろしいのですか!」
これはチャンスだ。仙力の精密な制御が必要とされる(らしい)仙術を見ることが出来れば、もっと明確に感覚を掴むことが出来るかも。
僕が喜んで返答すると、削月築陽真君は徐に自らの角を私のほうに向けて、細々と何かを唱え始めた。
その瞬間、暖かく優しい仙力が僕を包み込んだ…気がする。全身をさわさわとくすぐられているような感覚で非常にくすぐったい。
あっ、でも確実に他の仙人たちのそれとは別物であることが分かる。
よくよく思い返してみると、留雲真君はミントのようにさっぱりしていて、理水畳山真君のは鉱石のようにどっしりしていた(語彙力)。
僕の仙力にも、そうした特徴があるのだろうか…?自分の内側を意識して、力の所在を確かめてみる……が、分からない。
「甘雨よ、そう焦ることはない。…読めたぞ。汝は、祝福を贈る者。人間を、命を、そして魔神にさえ救済する、か。」
「えぇっ!!な、なんでそんな大袈裟なことが!?」
えっ、重くないか?その占い結果!
僕は驚いて顔を上げ、再び会話に意識を戻した。甘雨ちゃんならともかく、僕にそんなことが出来るとは思えない。
絶対何かの間違いだと思う。なんだよ、魔神を救済するって!僕のほうが救済される側でしょ。
まだ自分の能力すらろくに使いこなせていない系ロリです。それに神の目すらないから元素力も扱えない。
…こう考えると、僕の長所ってビジュアルが甘雨ちゃんで超絶可愛いのと、麒麟のハーフってことぐらいだけに思えてきたな。僕自身が成し遂げたことなんて動物たちと遊んでたことぐらいじゃん。凡人転生してたら絶対死んでた件。つらい。
「はっ、そう謙遜するな。我の占いは絶対だ。それに、汝の仙力の自覚はおそらくあと少しの機があれば可能だろう。流れに身を任せると良い」
おまけ
「聞きましたよ留雲真君、削月築陽真君に私を見守るようにお願いして下さったそうですね」
「…彼奴め、とうとう見つかったのだな…」
「この鈴も持たせて下さっているのに、心配しすぎです。ですが…ありがとうございます!」
「ふっ、ふん。お前の身に何かあったら、旧友に向ける顔がなくなってしまうことを恐れただけだ。そもそも妾はお前のことをそれほど心配などしていない!それに…」
以後、