呪いが新たな祈りを導く『君のための物語』 作:夜なべ
タイトルに深い意味はない。おそらく。
変われる強さ、変わらぬ思い
秋谷真紘は考えた。
反転術式が使えずとも、『
そも、真紘には常々不思議だったのだ。
この呪術界は命の危機が常にそばにあるわりに、救命手段が圧倒的に少なすぎる。
直接的な攻撃だけでなく、毒や麻痺などの状態異常を付与してくる呪霊もいるのに、それを治療できる自力での回復技能、反転術式を扱える呪術師は稀。
他者に回復を施せる術師となるとさらに数が限られる。
だというのに、何故『回復』もしくは予防的な手段を、アイテムだとか、回復能力を有する呪具を扱うとか、外から取り入れるという手段が浸透していないのだろう? と。
「そう思わないか、硝子」
真紘がそう問いかけると、家入硝子は、ええ……と眉を顰めた。
窓から日差しが降り注ぐ昼下がり。
たまたま時間があったからと、任務の帰りに頼まれた買い出しを済ませて寮に帰還した真紘が、通りがかりの家入を「ちょっと相談があって」と捕まえてキッチンへと誘い、食材を仕舞い込んだり並べながら相談したのが、上述の内容であった。
しかしながら、当然ではあるが、家入は回答を持ち合わせていない。考えたこともなかったからだ。
「…………その……なに? 秋谷みたいに呪力とか体力を他から補うって発想がさ、まず無いんだよ。
呪力ってのは自分で生み出して使うものなんだから。
大体そんなことが出来たら技術革新ってレベルじゃないし」
「けど、反転術式のアウトプットで他者を治す場合、元になる呪力は、治療を受ける当人ではなく、
それで実際に傷が治るなら、他者の呪力を自己に馴染ませるというのは、別に不可能ではないのでは、と。
硝子、きみの反転術式の行使を見ていてそう思ったんだけど」
不思議そうにこちらを見遣る真紘の視線に、家入はますます眉間に皺を寄せたが、それでも何故だか目を逸らす気にはなれなかった。
家入は、秋谷真紘という同期の呪術師のことが、正直よく分からない。
そもそも、秋谷真紘は当初からどこか風変わりなところのある人物だった(呪術師に『風変わり』でない者の方が少ないといえばそうなのだが)。
まずは能力の時点で、突出して特異な部分があった。
五条悟と夏油傑を『最強』とするなら、秋谷真紘は『万能』と呼ばれるに相応しい呪術師だ。
出来ないことの方が少ないと言っていいだろう。
一般家庭出身にも関わらず、入学当初から近接戦闘は当然のように一線級で、さらには徒手・得物を問わず達人並みの腕前を誇った。
とある任務において、弾丸のような速度で飛んできた一級呪霊の攻撃を、一瞥したのちに拳の一振りで打ち払い、予備動作もなく間合いを詰め、即座に呪霊の頭部に風穴を空けたのを目撃した、同じ任務に派遣されていた夏油は、「さすがにあれは私でもちょっと」と頬を引き攣らせたという。
肝心の呪術においても、生得術式による千変万化の属性攻撃、さらには反転術式とそのアウトプットまで身につけている。
これまたとある任務において、とにかく数が多い二級呪霊に囲まれた際、呪詞の詠唱もなしにどこからか大量の『水』を召喚し、全てを押し流して祓ってしまったのだという。
これはたまたま任務地が近かった五条が、補助監督からの要請を受けて真紘の救援に向かった先で見た光景らしい。
「やけに
そしてあれ、真紘の術式の一側面であって、本質じゃねーし」
とは五条の言である。
まだ誰もその真髄を見たことはないが、少なくとも『極ノ番』、または『領域展開』にも至っているだろうというのは、担任の夜蛾と六眼を持つ五条の見解だ。
高専に入学して幾つか上述のような任務をこなすと、間も無く特級認定されたのも納得の、まさに才能の怪物だと、彼を見たほとんどの者が認めている。
さらには、今の『回復薬』の件をはじめ、『呪術の常識』なぞ知らぬというように、軽々と超えていく発想力さえ見せる。
ついでに料理の腕はプロ並み、手先も器用と、生活スキルまで備えていては、もはや時々突拍子もないことを始めたり、言い出すことくらいしか欠点がない。
つい先週、真夜中に突然思いついたからと真紘がピーチパイを焼き始め、香りに釣られてやってきた五条たちと4人で食べることになったのは──まあ、可愛いものだろう。
何より、秋谷真紘自身の性質が、呪術界においてはあまりにも『清廉』が過ぎた。
所謂『根明』な性格の人間は時折いるが、秋谷真紘ほどの『清廉な性質』になると、もはや
総括して、秋谷真紘という呪術師に対する印象は、「よく分からない」というのが大凡のところだろう。
決して家入だけがそう思っているわけではないのだ。
距離感が上手く掴めておらず、それがなんだか複雑なだけであるとか、そういうことでは、……少しはあるかもしれないが。
「私は一介の反転術式使いだぞ。
そりゃあ何度も他人を治療したことはあるけど、呪術的な『薬』を創るとか、研究しようとか、そんなこと思いつきすらしなかった」
「そう、他者の『治療』に関して、硝子以上に秀でている術師は他にはいないんだよ。
俺は反転術式は使えても、呪力操作は結局のところ大味になってしまうようだし、医療知識なんて皆無に等しいからな。
それは硝子だから出来ることだよ。
そう、だから逆に、俺にできそうなことをもう少し広げたくて、硝子の見解も聞きたかったんだ。
その上で、俺の思う『回復薬』が
ああ、そう、こういうところなんだよな、と家入は珍しく苦笑した。
真紘にはこういうところがある。
感覚派といわれる家入だって、努力しなかったわけではない。
自身の能力と努力をこんなにも自然に肯定されては、まあ、協力してやるのもやぶさかでないのだ。
「…………はあ、わかったよ。手伝ってやる。
けど呪力に関わることだから、五条たちが任務から戻ってきたら、あいつらにも手伝わせよう。適任だろ」
家入の提案に、真紘は素直に「ああ、確かにその方がいいかもしれない」と頷いた。
「『回復薬』がきちんと作れたら、悟の六眼で、呪力がどう作用しているか見てもらえると安心だよな。
傑は呪力消費が激しそうだから、彼がもし許してくれるなら、『オレンジグミ』あたりの回復の効果を試させてほしいな……」
ぶつぶつと呟いた後、納得した様子で、ひとつ頷いた真紘が、おもむろに腰を上げた。
「よし、じゃあちょっと貴船まで行ってくる」
「は??」
こいつは何を言っているんだ。
家入の脳裏が「?」で埋め尽くされた。
「作ろうと思っている回復薬の何種類かには、綺麗な水が必要なんだ。
呪術的に考えたら、多分霊験あらたかな水神様のところがいいのかな、と」
「待て待て待て、貴船の水はそりゃ相当のもんだけど、今から京都まで行く気か?
せめてここの裏の山の湧水にしとけ、天元様のお膝元だから。
行政の水質検査も通ってるから飲用に使える。
……一応医者の勉強してる身として、下手なもん飲ませられん」
「──そうか。ありがとう、硝子。
やっぱりきみに訊ねてみて良かった」
「……そんで? 『回復薬』の材料がこれか。
リンゴにレモンにオレンジ、パイナップル……いやスムージーの材料にしか見えねぇ〜。
あと何これ……ゼラチン?」
「その通り。
まあさすがに呪霊からは『グミの元』になる素材が取れなかったんで、普通に固形ゼラチンを……、硝子、どうした?」
「…………いや……」
呪霊からは『グミの元』になる素材が取れないって、何だろう。
やっぱり、秋谷真紘のことはよく分からない。
「『回復薬』ぅ〜?」
しばらくして、任務から帰還した夏油と五条が家入に連れられ、寮のキッチンに姿を現した。
その頃には真紘もすっかり試作品を作り終え、それらをテーブルに並べてチェックしていた。
ご丁寧に、試作品の前にそれぞれ名称の書かれた付箋が貼られている。
『アップルグミ』、『オレンジグミ』等のどう見ても普通のグミにしか見えない菓子の瓶詰めに加え、『キュアボトル』とか『パナシーアボトル』とか『ライフボトル』とかいうらしい、こちらは装飾のついた小瓶に入った透き通った薬液。
『エリクシール』なるご大層な名前のついたものまである。
「そう。以前から考えていたんだけど、『回復手段』の乏しさがどうにかならないものかと」
「で、反転術式のアウトプットで放出した『正の呪力』を外に留めて、それを練り込んだ素材で作成した、と」
「うん、硝子にも手伝ってもらったから、こんな早くに形にできたんだ」
「……言われてみれば、反転術式のアウトプットができる術師なら、外部に留める手段さえあれば『呪力の保存』が出来ないこともないのか……?
真紘、よく思いついたね」
かくかくしかじかで、と経緯を説明する真紘に、感心する夏油。
それを横目に、五条はテーブルに並べられた瓶詰めのグミと、薬液の入った小瓶を、その蒼穹の瞳で眺め回していた。
「どうだろう、悟」
「──へえ、本当に『正の呪力』がきっちり練り込まれてるよ。
悪いモンじゃねーけど──真紘お前、こんなんまで作れたらさすがに上層部が黙っちゃいねえぞ」
「!」
当然ながら、『反転術式により放出した〝正の呪力〟の保存』『保存した〝正の呪力〟による後追いでの回復』『高度な反転術式を要する状態異常を自他共に解毒できる薬の作成』という、前例がないことを成功させてしまったということは、『秋谷真紘』という呪術師の特異さをより際立たせることになる。
そしてそれは当然、呪術総監部に目をつけられ、危険に晒される可能性へと繋がってしまう。
若干の緊張が走る夏油と家入だが、真紘は「そういえば」といったように瞬きを繰り返した。
「けど、まあ、何というか。
もうとっくに危険視はされているし……度合いが増すのは確かにありがたくはないんだけど。
うん、心配してくれてありがとう、悟」
何の裏もない感謝の言葉を受け取った五条が、む、と思わず唇をへの字に結んで言葉に詰まる。
真紘は五条に対して頷くと、それよりも、と瓶の蓋を空けて橙色のグミを一粒手に取り、
「これが使えて、必要としている人たちの助けになることの方が大事だ」
そう言うと、自分の口に放り込んだ。
もむもむと咀嚼し、
また、このグミやボトル系回復薬を作るために消費した自分の呪力が、きちんと補われていくことを感じ取り、自分自身にはやはり効果があることを実感していた。
『回復薬』を作成するのに材料以外に自分の
「うん、何度食べても、やっぱり俺には
…………その、治験、みたいになってしまうのは本意ではないんだけど、みんなもどうかな」
それを聞いた五条たちは顔を見合わせた。
『正の呪力』が練り込まれた、菓子にしか見えないものと、水にしか見えない薬液。
そして、決して忘れもしないのは、『秋谷真紘がこれまでに作った料理も菓子もすべて美味だった』ということ。
「硝子はもう食べたのか?」
「そりゃ、手伝ったからね」
問いかけられた家入が、ニヤリと笑ってそう答えると、彼らの行動は早かった。
「じゃ、私もひとつもらうよ。
ちょうど任務帰りで、体力も呪力も多少は減ってるし」
「『エリクシール』っつーからには、効果もそれなりじゃねーと許されないよな」
「あ」
不本意ながら口から『呪力の塊』を取り込むことに慣れてしまっている夏油が、いち早く『オレンジグミ』を掻っ攫い、口に放り込む。
それを追いかけるように、五条は大して
まずは一番高価なものから、無駄遣いという言葉を知らなさそう、という行動はいかにも五条らしいな、と家入は思った。
「ええと、どうだろう」
「……………えっ、普通にすごくね?」
「味は市販の菓子と変わらないのに、何だこれ……『回復薬』便利すぎじゃないか?」
五条と夏油はまじまじとテーブルに残っている他の『回復薬』を見た。
真紘はほっと安堵の息をつき、家入は真紘の手を持ち上げると、いえい、と互いの手を軽く打ち合わせてやった。
「成功だな、秋谷」
「ああ、硝子が手伝ってくれたおかげだよ。
悟と傑も、味見してくれてありがとう。
もし体調が悪くなったらすぐに言ってくれ」
真紘は『回復薬』を丁寧に箱に仕舞い込むと、それを抱えて「とりあえず、まずは夜蛾先生に報告に行ってくる」と告げた。
律儀なものだと五条が揶揄うと、「報告連絡相談、大事なことだと学んだからな」と少し
家入がひらひらと手を振る中、五条と夏油は即座に冷蔵庫の中身を確認しに行ったのは言うまでもない。
ちなみに、真紘が作った料理には特に呪力も何も込められていないのだが、食べた後に戦闘を行った時、密かに「
このあと真紘は夜蛾にめちゃくちゃ怒られた。勝手に実験をしたためである。
その後で、発想と技術と努力をめちゃくちゃ褒められた。
『回復薬』はその後、五条や夜蛾のおかげで呪術総監部に秘匿されたりすることなく、必要な人に必要なだけ、出回ることになる。
いつかの未来で、ある呪術師の命を救うきっかけになるのは、また別の話。
◆◆◆
五条悟には、秋谷真紘の術式の本当の効果は見えている。
ついでに、秋谷真紘の『魂』に、術式に関連して結構な絡繰があることも。
たとえば、その『魂』の裏側に、『呪い』に近い存在が眠っている、というような。
しかしそれは、『呪い』のわりに悪いものではないので。
「ま、いいか」
今はとりあえず、フルーツタルトのワンホールを3人で分けるとき、自分の分をどれだけ多く確保できるかの方が重要なのだった。
本当に悪いものではない。「なんとかなるか(なってない)」みたいな案件ではない。単純にゲーデもいつも一緒にいるよ、という話。
真紘の料理や回復薬作りなどの『生産』は趣味で、呪霊の味も特に知らないが、夏油が任務で呪霊を取り込んできた時に、何となく気持ち悪そうな、後味悪そうな表情をしているのを見たことがあるので、口直しの意味も込めてよく作っている。
という小ネタも挟みたかったが無理だった。
これが1番書きやすい設定な感じがある。