ビルダニア戦記   作:ぽー

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第五話 共犯

 騒ぎを嫌ったヴァータルはうるさい子猫*1放り込むように全員を上階の自室に押し込んだ。

 いかにも片付けるのが不得手であろう彼の私室には書類が山と積み上げられており、一行が蹴り込まれた拍子に紙束があちらこちらでドサドサと崩れてしまう。

 階下からはやんやと囃し立てる声が止むことなく聞こえてくるが、騒ぎは間もなく酒の肴として供されるに違いない。クロエは組合でも目立つ存在だ。明日にはアグニア中の噂になっているはず。

「……ったくもう!」

「んっ、面目ない」

 生返事のフィバルに反省の様子は見えない。

 だが非難はクロエよりも先に室内の先客から上がった。

「るっさいなぁ! 一体なんの騒ぎだっつーの!」

 美しい栗色の髪を両脇で結んだ可愛らしい少女が腰に手を当て呆れている。

 小柄ながらも腕組みしている姿は威風堂々である。立ち居振る舞いと啖呵の切り方に隙はないが、だからなおのこと左足の義足が目を引いた。

「おうヴィヴィちゃん。客だ。悪いがなんか飲み物頼む」

「別にいいけどさぁ、普通に入ってきなよヴァータル! せっかく片付けたってのに……」

「ヴィヴィちゃん、バタバタとごめん」

「あっ、クロエちゃんもいたんだ! ッシャ行くぞオラ!」

 右手の平、右手甲、右拳(うぇいうぇいうぇーい)

 握ったまま上に下に(よいしょよいしょ)

 円を描いて右肘左肘(イヤホイホイ)

 気合を入れながら二人にしかわからない複雑な握手を決めるヴィヴィとクロエ。長年の悪友のようなやり取りである。

「うっし、飲み物ね。私も入れて……五人分! 了解!」

 たちまち機嫌を直したヴィヴィはカツンカツン、と足音を立てながら部屋を出ていった。

 セルイが不思議そうに聞く。

「……今の方は?」

「ヴィヴィ・グンター。俺と同じ旅隊だった。現場は半分引退してるようなもんで、ここでは俺の秘書だ。クロエとも古いな?」

「うん。女の冒険者仲間っていうのもあるけど気が合って。基本ずっとダチんこ」

「ヴィヴィ殿は」

「ヴィヴィちゃん」

「ヴィヴィちゃんだ。あと絶対に年齢は詮索するな」

 クロエとヴァータルがほとんど同時に注意した。

 どうやら間違えてはならないところらしい。セルイは息を飲んで言い直した。

「……ヴィヴィちゃん殿は左足の怪我が原因で現役を退かれたのですか?」

「いや、あれはもっと前からだ。あいつは片足義足でダンジョンに潜っていた。なぜそんなことを聞く?」

「かなりの使い手と拝察しましたので」

 ふうん、とヴァータルはセルイを見た。出来るやつとは思っていたがやはりただの供回りではないらしい。

 あの身なりと義足からヴィヴィの実力を見抜く者は少ない。ヴィヴィはヴァータル隊でも前陣配置の速攻役だった。本人は嫌がっているが凶悪な二つ名まで持つ。

 並の冒険者なら十人からでも()()()()()しまうだろう。

 そのようなヴィヴィの実力をフィバルはどう評価するかと思いヴァータルは目を向けた。

 ヴァータルの目利きではフィバルもただのボンボンではなく相応の使い手——クロエにいきなり声をかけたその観察眼に一目置くところもあったからだ。

 しかしちらりと盗み見た褐色肌の美男子の視線は、ヴァータルでもヴィヴィを追うでもなく、目の前の不貞腐れた少女にだけ向けられていた。

 

 ——()()()()()()

 

 それははっきりしたものではなく、曖昧で、たゆたう揺らぎのようなもので、実態のない陽炎にも近しい何か。

 だがフィバルには見えた。優れた人ほど必ず、そして激しく。

 それが武力であれ、知力であれ、はたまた魔力であれ。一頭地を抜くような人材は誰であれ。

 その力があったから地獄のような宮中の(やしろ)で生き残ることが出来たのだと確信している。

 目の前に座る少女を見ながらフィバルはこれまで志を共にしてきた仲間たちの顔を思い浮かべた。おそらくミーヤッタ、あるいはヨミ・デボン以来の人物ではないかと。

「……なに?」

 どうやら嫌われたようではあるが。

 ヴァータルが笑いを噛み殺しながら言う。

「そう尖るな。変人でも変態でも金さえ払えば依頼主だ」

 隣でセルイ・シャーランが顔を伏せて獣人特有のピンと張ったひげを震わせているが、こらえてるのは怒りではなく笑いであることはひと目でわかった。

 後で仕置きを与えてやる。セルイにどんな無理難題を吹っかけてやろうかと想像してフィバルは他人事のように笑った。クロエだけが「何が面白いんだ」と腕を組んだまま憮然としている。

 そうこうしているうちにヴィヴィがお盆片手に戻ってきた。土色の素朴な焼きもののカップに注がれているのは茶を獣乳で煮出したもので、この地域ではよく飲まれるものだ。安物の茶葉でも味わい深く楽しめるので重宝されている。

「で? そこのゾッとするような美男子と見覚えのない獣人(バルカ)ちゃんはどちら様?」

 デン、と椅子にあぐらをかいてヴィヴィがうながした。

 ヴァータルは渡された飲み物にたっぷり砂糖を加えながら話し始めた。意外と甘いもの好きらしい。

「法都アルバからの紹介状を持って来られたフィバル殿とその従者のセルイ殿だ」

「ああ、ハゲ頭のドン・モリスンから紹介されたやつね。そんな胡散臭い縁故案件にクロエちゃんを見繕ったわけ?」

「お前だったらどうする? ヴィヴィちゃん」

「……ま、ガルファンやコルスローって選択肢もあったろうけどね」

 歯切れは悪いがヴィヴィにも異論はないようだった。ガルファンもコルスローも優秀な冒険者だが癖が強い。他には出払っている、旅隊は固定が条件、同行者を殺しかねない荒くれ者などケチが付く冒険者ばかり。

 ヴァータルは傷だらけの大きな手で自分の膝をがっしりと掴み、あらためて言った。

「では依頼主殿。少しバタバタしたが約束通り紹介しよう。我らアグニア組合が推薦する冒険者、クロエ・ファルクだ」

 雑に足を組み、カップに口を付けながら少女はよそ見をしたま会釈した。砂糖なし。渋い顔にぞんざいな仕草。雇い主に愛想の一つもない。しかしギルド長から太鼓判を押される冒険者。

「気に入った」

「気に入らない」

 なおのこと気に入った。

 とは口には出さず、フィバルは小さじ半分だけの砂糖を加えて卓上の地図に指を立てた。

「ならば俺もあらためて依頼内容と条件を提示しよう。目標はスピナ湖から北北東二十五リートに位置する通称ミレイと呼ばれる地下迷宮(ダンジョン)だ。目的は最深部までの探索、そして道中得た成果物の確保だ。同行した上で無事に連れ帰って欲しい」

「それが不思議なんだけど、なんでわざわざ依頼主がダンジョンにもぐる必要が? 自分で行くなら依頼すんなし」

 難癖をつけるヴィヴィにフィバルはもっともらしく頷いた。

「金持ちの道楽だと思ってくれて構わない。ダンジョンにもぐったことがある、それを郷里の仲間に自慢したいのだ」

 独立都市ヤイシュ*2から陸路で諸国漫遊の旅に出てはや半年、各地で見聞を広め珍品を買い漁った。最後の目的がここアグニアから魔境ビルダニアに足を踏み入れ地下迷宮(ダンジョン)に挑戦するというもの。郷里の父と親友らに武勇伝を持ち帰り、商家の後継ぎとして盤石だと認められたい。

 

 ——そういう設定だ。

 

 朗々と歌い上げるように言ったフィバルは最後に親指から順番に指を五本立てた。

「報酬は経費込みで金貨五枚を前払い」

 あらまぁ! と途端にヴィヴィが色めき立った。ヴァータルもひげをしごきながら思案の様子。

 疑いの余地なく破格。

 この条件で断る冒険者などいるわけない、と誰しもが思う。一階に張り紙を貼ったなら人死にが出る勢いで奪い合いが発生するだろう。

 しかしまるで他人事のように頬杖を突いたままクロエは手を上げた。

「断る」

 あぁー、とヴァータルは天を仰ぐ。そっと手を上げ立候補しようとするヴィヴィ。侮辱されたように顔を(しか)めるセルイ。

 何一つ動揺していないのはクロエとフィバルだけだった。

「クロエ殿、理由を聞いてもいいだろうか」

「胡散臭い」

「もっともだ。だが断る理由にしては弱いと思うが」

「信用できない依頼は身に危険を及ぼす。十分すぎる理由でしょ。他を当たれば?」

 いいや、とフィバルは身を乗り出して言った。

「人を指弾するのなら告発者はせめてその理由を正確に述べるべきだろう。本当は何が気に食わない? それを聞かないままでは納得がいかんな」

 クロエは手元のカップの中身を飲み干した。いつでも帰ってやる、という気持ちが仕草に現れている。

 そのまま席を立っても良かったろう。だがフィバルの熱意は本物だった。クロエは最低限の誠意を示すように答えた。

「ときめかないから」

 しん、と場が静まった。

 この言葉を聞いたなら、中には笑う者もいるだろう、とセルイは思った。だがその場の誰も笑う者はいなかった。それほどクロエの表情は真剣だった。

「おしゃぶり咥えてお()りをしてもらいながらダンジョンをぶらついて、それで冒険者を気取りたいって? バカバカしい。私はそんな遊びは手伝わない」

 座ったまま前のめりになり、クロエは言葉を続けた。次第に熱がこもる。

「このアグニアは魔族との戦争じゃあずっと最前線だった。たくさんの人が命を落としていった。戦争が終わった今でもここはビルダニア開拓の最前線だ。のんびりした金持ちたちが金貨(ソル)銀貨(ルナ)をちらつかせて貼り付けた依頼に、私たち冒険者は命を賭けて挑んでいる。それは、いい。納得しているから。けど物見遊山で遊びにくるやつは嫌いだ。私は魂を預けられる人としか組まない。旅隊(パーティ)の絆は血よりも濃いんだ」

 静かな怒りだった。まだ十五か十六だろうに、冷たく沈んだような黒い瞳の色も相まってセルイは思わず気圧された。凄みがあった。それは戦場に立つ一級の将が持つものに匹敵する迫力だった。

「それにあんた、嘘ついてるでしょ。ギルド長だって気づいてるよね? そんなんでいいの?」

 うっ、とヴァータルは言葉に詰まった。確かに危険が少なく金払いのいい依頼者は組合にとっても得しかない。何せ組合の取り分は報酬の二割なのだ。その隣では挙手しようとしていた手をさりげなく引っ込めてうんうんと頷くヴィヴィ。

 ヴァータルもクロエに無理強いするつもりは毛頭なかったが、金貨の量に目がくらんだ——いや、それよりもフィバルの人柄かもしれない。奇妙な魅力がこの男にはある、その美貌だけではなく人をその気にさせてしまうような、異様な魅力が。

 なぜだ? とヴァータルはフィバルではなくクロエを見た。なぜクロエは冷静でいられた? あるいはこの娘は自分が考えているよりも、もっと大きな何かを持っているのかもしれない。

 これでしまいだ、とばかりにクロエは言った。

「お金は欲しい。けどボンボンが酒飲みついでに披露する慰み話のネタにされるくらいなら、未開拓の大地に一歩でも深く突っ込んで行く方を選ぶよ」

 生意気だが真っ直ぐで筋が通っている。そして賢くも熱い。

 セルイは感情を飲み込んでカップを手で包んだ。まずいな、と憂鬱になっていた。いかにもフィバル好みの性格だ。借金してでも……いや、この街を攻め落としてでも連れ帰りたいなどと言い出しかねない。ようやく猫舌の自分にも飲めるほどまでに冷めたカップに口を近づけ、セルイはちびちびと舌を伸ばして茶を飲んだ。無茶なことになればヨミになんと言い訳しよう? だがもう無理だ。なにせ()()()()()()()()

 フィバルの顔からはもう先程までの軽薄な——見せる用の笑顔はすっかり消え去ってしまっていた。彼が何かに本気になる時になった時だけ見せる顔、本当の笑顔がそこには浮かんでいた。

 神話に登場するような美貌の持ち主は、しかしその優美な宝を力任せにひしゃげさせていた。怖気をもよおすような、欲望を全面に出してしまったあられもない獣の顔。いやらしくもおぞましい獰猛さを滲ませているというのに、されど美しい異様な笑み。

 気の狂った賭博人が地獄の鉄火場で浮かべる顔でフィバルは言った。

「目的は天使の聖鎧だ」

 

 ——立ち去ろうとしていたクロエの足が止まった。

 

 セルイが息を飲む。まさかそこまで言ってしまうとは! ことの重大さに戦慄し、全身の体毛が戦闘時のように逆だった。帝国の行く末さえ左右する話かもしれないというのに!

「……正気? あれっておとぎ話でしょ。先史時代の天の兵装。神が遣わした天使の鎧。けど天使は梯子を降りれなくなってもう助けてはくれなかった」

「冒険者の心意気を説いた者が正気を問うのはやめることだ。問うのならば狂気を問え。狂気の()をな。天地戦争について教会は真実を伝えてはいない。天使はいた。人はその技術を模倣し武器とした。ダンジョンに眠る先史時代の失伝魔道具(アーティファクト)が何よりの証拠だ」

 金持ちのボンボンなど嘘だ。ここに座っているのは狂人だった。聖教会の述べる事実を全て否定している。聖職者が聞けばたちどころに異端審問所に引きずられ、大陪審にかけられる程の発言だ。

 野心にとりつかれたあまりに美しくも狂った男が続ける。

「俺は本気だ。俺と来い。俺を連れて行け。そして俺とともにそれを探し出せ。天使の墓を暴き、世界の(ことわり)を覆す」

 ときめいたか? とフィバルが聞く。

 浮かんだ笑みが、クロエの答えであった。

 神話に逆らう共犯がここに成立した。

 

 

 

 

*1
猫はいる。

*2
ラザン帝国、レイヴダム皇国の間に位置する小国。山間の要害に位置しており、両大国の攻勢に耐え続けた。銀を豊富に算出するため経済的にも豊か。




3月1日に転職してもうめちゃくちゃ忙しくなってしまってなかなか書く時間がありませんでした。ちょっとずつですが頑張ります。
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