その後のすり抜けで刻晴が出たので書きました。
「神応、この仕事もお願い」
「あい任された」
「神応、あれの処理どうなってる?」
「宝盗団ならもう全員牢にぶち込んだ」
「神応、これ甘雨によろしく」
「それは俺でも処理できる。甘雨さんに渡すのはこっちだな」
昼下がりの玉京台。『璃月七星』の刻晴とその右腕と呼ばれる神応が今日も途方もない量の仕事を捌いている。
刻晴は非効率を嫌い、常に完璧であろうとする。例え、他人になんと言われようとも彼女はその体制を変えようとしない。
その刻晴に付いてきたのが幼なじみの神応である。彼は貴族の出身ではないが、見識は広く、千岩軍には収まらないほどの腕っぷしを持つ。
そしてどうやら刻晴と神応は家が近いらしく、お互いが小さい時から面識があるとのことだ。
刻晴が岩王帝君に対し、...まぁ喧嘩を売るような発言をした時、璃月の大抵の人間は彼女の敵となった。それでも、神応は刻晴の考えに一定の理解を示し、彼女の手助けをしたいという理由で刻晴の部下となった。
...とは言ってみるものの、
「刻晴、あとは俺がやっておく。君は昼飯でも食べに行くといい」
「何言ってるの。あなたが先に食べてきなさい」
「...あ?」
「...は?」
通りすがりの百聞は「やっべぇ」と思わず口に出してしまった。
そして2人の距離がどんどん近くなるのを脇目に、そそくさと退散して行った。
「...テメェ、俺が行けって言ってんだからさっさと行けや。大体今日ミス多いんだよ」
「...それが上司に対する態度かしら? 私はあ・な・たの面倒を見るので忙しいの」
「あの...お2人とも...?」
「...あぁ? どこで俺が面倒見られてるってんだ。俺はお前のケツを拭くので忙しいんだが?」
「...言うようになったじゃない青二才。私よりもミスするくせに、よくもまぁそんな事言えるわね」
「...喧嘩はやめてくださーぃ...」
ちなみにさっきからちょくちょく会話に入ってきている小声の女は甘雨である。その後ろにはなぜだかギャラリーが集まっており、笑いながら「またやってるよ(笑)」という会話が聞こえてくる。
刻晴と神応、2人の口喧嘩はもはや名物だと言われており、主に朝、昼、夜、深夜のおおよそ4回にわたって「夫婦漫才」と呼ばれる口喧嘩を見ることができる。
甘雨はさすがに大勢の一般人がいる前では機密も含む書類仕事ができない。故に一応止めるのだが、基本的には勝手に収束するので放っておく。その間に別の書類を片付ければいいのだから。
そんな中、口喧嘩はどんどんヒートアップし、2人の距離もどんどん近くなっていく。
「...テメェこないだも宝盗団逃がしたくせに何言ってんだ。俺がいなきゃそれまでの計画全部パァだったんだぞ」
「それは...! あ、あなただって決済の時に計算間違えたでしょ! 人のこと言えないと思うけど!?」
「ぐっ...それを言われると...!」
ついには額と額がぶつかるほどの距離まで近づき2人揃って「ぐぬぬ...」と唸っている。甘雨は溜息をつきながら自分の書類に目を落とし、ギャラリーは囃し立てる。男は「そのままキスしろ!」とからかい、女は「早く結婚しろ!」とマジトーンで吐き捨てる。
神応は実は女性ファンが多い。街を歩けばツーショットを求められることもしばしば。まぁ神応が街を歩く時なんて大抵は隣に刻晴がいるので、写真を撮る度に刻晴がどんどん不機嫌になっていく。そして、度を越した口喧嘩になってしまうのだが、刻晴自身もなぜ自分が不機嫌なのか理解出来ず、すぐに謝ってくる。
お互いがお互いにどんな気持ちを抱いているのか、この2人はまだ気づいていない。
『そんな一幕、はじまりはじまり。
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「...ったく、結局こうなるんじゃねぇか」
「...食事中くらい黙れないのかしら?」
結局あの後、ヤジの中から「じゃあ2人とも食いに行けばいいじゃん」という声が聞こえてきて、2人の口喧嘩にピリオドが打たれた。
刻晴としては2人同時に仕事場を空けるなんて事は非効率だと両断していたが、そこは年長者である甘雨が「私が残りますよ」と機転を利かせてくれた。それに神応が甘え、
「いいんですか。じゃあお願いします」
と、甘雨に甘えたため、刻晴も断る理由が無くなった。
「じゃ、お願いね。ほら、さっさと行くわよ」
「おー。...あ、俺気になってる店があんだよ」
「ふーん? じゃあそこに行ってみましょうか」
一応、念の為述べておくが、2人は「同じ時間に飯を食べに行け」と言われはしたが、「一緒に食べに行け」とは微塵も言われていない。
いや最早璃月の誰も疑問にすら思わないのだが、この2人、基本的にずーーーーーっと一緒にいる。神応は別に秘書という訳ではない。ただの上司と部下プラスそこに幼なじみという関係があるだけであって、特別な感情がある訳では無い。
はっきり言おう。もう既に璃月の中では2人は『夫婦』だと呼ばれている。
ちなみに広めたのは胡桃である。たまたま玉京台に立ち寄った時、阿吽の呼吸で仕事を片付け、口喧嘩も程々に仕事が終われば家が隣だからと言って2人で帰り、外食する時はいつも一緒。そんな2人を見たのだ。
そりゃ胡桃の口から「え、夫婦じゃん」という言葉が出るのも仕方がない。
「...で、最近お前大丈夫か? ...いやなんだその目、俺は一応心配してんだぞ?」
「うるさいわね...。余計なお世話よ。そっちこそ、今日処理した書類にミスはないんでしょうね?」
「当たり前だ。さすがに繁忙期って訳じゃねぇし」
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一方その頃、神応が対応した書類に目を通した甘雨
「.......」
(...ふむ、特に問題なさ...? ...あ、ここの計算が間違ってる...)
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2人はお互いに小言を言い合い、お茶で食事を流し込むと、また2人ならんで玉京台に戻ってきた。
その間も璃月の民に「仲良いなぁ」なんて思われていたのだが、2人は全く気にせず、甘雨に一言礼を述べると再び仕事を再開した。
昼下がりは上手く仕事が回っていたのだが、宵の口に入ってから急にガタリと効率が落ちた。神応は自分の手元に回ってくるはずの多くの書類が届いておらず、甘雨も首を傾げている。そんな中、「バタン!」と勢いよく扉が開かれ、
「ご、ごめんなさい2人とも! 書類はここに...」
フラフラと刻晴が転がり込んできた。
「刻晴!? お前顔真っ赤だぞ!?!?」
「刻晴さん!? 大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫よ...。このくらい...だい、じょ...」
そういうと刻晴ば先程の扉の音にも負けないほどの大きな音を出して倒れ込んでしまった。
「刻晴! 甘雨さん、こいつすごい熱だ。自分が白朮先生の所に行ってくるので少し見てもらってていいですか?」
「わかりました。...早足でお願いします」
「当然です!」
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白朮は息を切らした神応を見るやいなや只事ではないとすぐに判断し、すぐに刻晴の容態を診てもらえた。
しばらく熱を測ったり、体を触って刻晴の反応を確かめていたが、すくっと立ち上がり、
「なんてことはないですよ。ただの過労です。ゆっくり休めばすぐに治るでしょう」
「...まぁ、心当たりがありすぎますね」
「...そうですね」
白朮の言葉に神応と甘雨の激務コンビは目を逸らすことしか出来なかった。甘雨は言わずもがな半永久残業マシーンと化しているが、神応も甘雨、刻晴に次ぐ残業時間をたたき出している。というかこの3人のせいで玉京台の仕事はすごくブラックだという噂が止まらないのだった。
甘雨はまだ分かる。半仙なので人より体は頑丈だ。残業したってある程度の睡眠と昼寝さえすればほぼ無限に働くことが出来る。
神応もまぁギリ分かる。男だし。少なくとも女よりは体力がある。鍛えてるし。こちらも食事とある程度の睡眠があれば戦える。
だがしかし、刻晴は人間である上、女性だ。別に差別をしたい訳じゃないが、どう頑張っても女性は男性の体力を上回ることはできない。故に甘雨や神応よりも先に限界が来るのは分かりきったことなのだ。
刻晴は苦しそうに呼吸を繰り返している。一応眠っているらしいが、「ハァ...ハァ...」と離れていても聞こえてくる。
「神応さん、刻晴さんをお願いできますか? 私は他の仕事を回しておくので...」
「じゃあ一旦自分がおぶって帰りますね。...これとこれは持って帰ってやっておきます」
「すみません。よろしくお願いしますね」
そういうと甘雨は刻晴の業務を確認するために外に出た。さて、
「...おい、大丈夫か?」
と声をかけても刻晴は眠っているため返事はない。代わりに返ってきたのは苦しそうな息遣いだけである。顔も赤い。
「仕方ねぇ。...よいしょっと」
とおぶって歩き出した。玉京台を離れる前に何度か指示を求められたが、「スマンが甘雨に聞いてくれ」の一点張りでなんとかすり抜けた。玉京台を離れ、街中を歩いても、黄色い声援が上がり、その度に「病人なんだ。静かにしてくれ」と注意する羽目になった。
そんな具合に紆余曲折を経て、刻晴の宅に着いた神応は、なんのそもなしに
「鍵ィ...あった」
懐から合鍵を取りだした。なんてことは無い。ただ互いに合鍵を持っているだけである。刻晴をおぶりながら器用に鍵を捻ると、小気味よい音を響かせ鍵が開いた。
神応はドアを押し込み中に入り、靴を脱ぎ脱がせ、悪いが靴が散らかるのは許せと考えながら迷わず寝室に直行し、刻晴を優しく寝かせた。ここまでそこそこ揺れたと思うが、未だに刻晴が眠っているのを見ると、よほど疲れていたと見える。
「ハァ...ハァ...」
「だから無理すんなつったのによ...」
そんな愚痴を独り言ちながら神応はキッチンへと向かい、冷蔵庫の中を確認した。熱もすごいし、氷を探すついでになにか消化にいいものでも作ってやろうと考えたのである。
「...なんじゃこりゃ」
絶句した。なんっにもない。氷はあるにはあったが、食料が少なすぎる。肉も魚もない。調味料だけ置いてあって、野菜は...
「これもうダメだろ。いつのだよ...」
新芽が出ていたり、葉が変色していたりと、見る人が見れば阿鼻叫喚するような様相だった。
「アイツ仕事はできんのに自炊できねぇのか...」
言われてみればヒントはあったかもしれない。魔物の掃討作戦の終わり際に2人で孤立した時に、火を起こせないときた。その時「火なんか使わなくても料理できるわ」とドヤ顔で話しかけてきた刻晴に期待していたところ、髪飾りを水に投げ入れて雷元素で焼くとかいう、訳の分からない芸当で手に入れた焼き魚を食したことがある。
「あれを料理と言うか...」
神応は額に手を当て天を仰いだ。幼なじみがこんなにもガサツだったとは...。しかもあの焼き魚が得意料理...。
溢れ出る涙を押えながら神応はとりあえず食材を買い込んでくることを決意した。その間刻晴を1人にしてしまうが、まぁこの様子だと起きないだろう。
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神応が買い物を急ぐ最中。
「......ん...ハァ...ゲホッ! ...あ、れ? 私...」
神応の予想とは裏腹に刻晴が目覚めた。
刻晴はしばらく天井を見つめていたが、ここが自宅だと気づくとだるい体を起こし、周りを見渡した。そして、自分の身に何が起こったのか少しずつ思い出した。
「そっか...私...倒れて...」
自分の不甲斐なさにネガティブになると同時に、
「ゴホッ...し、仕事は...」
布団を蹴飛ばしフラフラのまま居間に出てきた。そこには、神応が持ち帰ってきていた書類が置いてあり...
「こ、これだけでも...」
辛い体に鞭打って、万年筆片手に机に向かった。
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「さて、こんなもんか? 日持ちするもんって意外と売ってねぇもんだな...」
神応は一通り買い物を終えた。日持ちするものを中心に肉、魚、野菜をある程度買い揃え、家に戻って調理したものを冷やしておけば温め直すだけで刻晴もまともな食事を取れるだろうと考えたのだ。
「献立はどうすっかな...」
なんて1人でブツブツ唱え、鍵を捻り刻晴の宅に入ると、そこには...
「あ...しん、応...」
「お前何やってんだぁ!!」
さすがに神応もキレた。家に帰ったら病人が自分の身を顧みず再び仕事をしているのだ。せっかく療養して欲しいと考えを巡らせていただけに、ショックもあった。
刻晴は急に怒鳴られたことにビクリと肩を震わせた。
「し、しん...」
「お前は寝てろ! 体調悪ぃんだから! なんでこう...自分を顧みられねぇかなぁ!」
「ご、ごめ....なさ...」
神応は刻晴に近づきすくっと抱き上げると、また寝室に直行し、ベッドに下ろすと、
「ほら。...ったく、仕方のねぇ奴だな...。食欲あるか?」
「...」
「...どうした?」
「...エグッ...ヒグッ...」
「おいおいおいおい。どうしたよ?」
刻晴は嗚咽を漏らしながら涙を流し、裾を強く握りしめている。神応は刻晴が泣いていることに驚きつつも、何があったのか聞き出そうとした。
「ごめ...なさい...。寝てるから...嫌いに...ならないで...」
「は? いやいや、俺お前のこと嫌いになってなんかねぇぞ?」
「...ほんと?」
「当たり前だろ? 何年の付き合いだと思ってんだよ。今更嫌いになるかっつーの」
「ぅん...。よかった...。...お腹すいた...」
泣いたり笑ったり忙しいやつだなと心の中で思っていると、どうやら刻晴は食欲も湧いてきたようで、腹がへっているらしい。元々何か作るつもりで来ていた神応はよしきたと腕をまくってキッチンに姿を消した。
「へ...へへ...。よかったぁ...神応、私のこと、好きなんだぁ...。えへへぇ...」
そして刻晴はとんでもない勘違いをしていた。
嫌いでは無い=好き なわけがないのだが、今の彼女は思考力が鈍っている。
「...ほら、とりあえずリンゴ剥いてきたぞ。お粥はもう少し待て」
「...ぁー」
「...ほい、ほら」
「...(シャクシャク)...」
刻晴は親鳥が持ってくる餌を貰う雛のように口を開けていた。まぁ神応もなんの疑いもなくリンゴを刻晴の口に入れていたのだ。餌付けである。
「...俺たちにゃ休みなんてそうそうないんだから今のうちにゆっくり休んどけ」
「そういう訳にもいかないわ。...ケホッ...まだ、仕事が...」
刻晴は「仕事が残ってる」と言葉を発しようとしたが、神応の般若のような顔をみて言葉を噤んだ。神応もそれを察したらしく「よろしい」と低い声で刻晴にゆっくりと伝えると、
「そろそろお粥もできるだろうから取ってくる」
「...何から何までごめんなさい...」
「...そう思うんだったらもう少し生活感だそうな。洗濯物は溜め込まずに洗うもんだぞ」
「ああああああなた! 洗濯物見たの!?!?」
「下着はネットに入れりゃいいんだろ? とりあえず洗濯機回しといたから、干してから戻る」
何気なくつらつらと述べた神応の言葉に刻晴は顔を真っ赤にし、神応が後ずさりするほどの勢いで布団から這い出て、神応の胸ぐらを掴むと、
「私が干す」
「あ? お前は寝てr」
「私が、干す。分かった?」
「...分かった」
今度は刻晴が般若の顔をして「よろしい」と言う立場になった。
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なぜ、神応が刻晴の洗濯物をしようと考えたのか。
それは以前、仕事が割と早めに終わった時(午後8時)刻晴が「神応の料理を食べたい」と駄々を捏ねたことがあった。
この手の問答が2人の間であった時、基本的には神応が刻晴の家に行って2人で食べることが多い。なぜなら(使われていない)高性能な調理器具が多いから。
そしてその時、刻晴が溜め込んでいた洗濯物を見つけた神応は、「もう少ししっかりしろ」と説教し、料理の間に洗濯をさせたところ、洗濯物までは良かった。まぁ洗濯機に入れるだけだから。問題は干すところだった。
「...おい、これだとすぐよれるぞ」
「え?」
「...こっちもだ。...あとは下着を外に干そうとするな」
「え?」
「...なんで靴下が片方しかないんだ...?」
「それこっちに干してあるわよ」
ということで、神応は再び刻晴に説教たれることとなった。女子力の欠片もない刻晴に神応は泣きながら説教した。泣いている神応にドン引きした刻晴はしばらくは洗濯や食事をなんとか自分で回していた。
まぁそんな生活なんて長くは続かず、今回神応が溜め込んでいる洗濯物に気づいた訳だが。
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「ほら、お粥できたぞ」
「...熱い、冷まして...」
「へいへい」
神応は息をふきかけてお粥を少し冷ますと、再び口を開けて待っている刻晴の口ににスプーンを入れた。
「...ん、おいしい...」
「そりゃ良かった」
食欲はあるのかお粥もリンゴもすぐに平らげ、片付けをしてまた寝室に戻ってみれば、刻晴は既に眠ってしまったようだ。「すぅ...すぅ...」と幾分か楽そうに寝息を立てている。この分なら大丈夫そうだと神応は判断し、書類を持って刻晴の家を後にし、自宅に書類を置いて、玉京台に戻った。
そして翌日。
「...昨日は迷惑をかけたわね。取り返すわ」
「刻晴さん。お身体の方は...?」
「もう大丈夫。ほら、その書類寄越しなさい」
刻晴は復活した。神応の献身的な看病と白朮先生の薬のおかげだろう。今までの分を取り返さんと精力的に働いている。甘雨と神応以外はドン引きするレベルで働いている。
「神応、その...世話になったわね...ぁりがと...」
そして刻晴は神応に対して珍しくデレた。2人がお互いに対して「ありがとう」というのは基本的に業務的なものが多く、滅多に礼を言わない。それほどまでに親しい関係でもあるのだが、
「......ん? 悪ぃ、聞いてなかった。後にしてくれ」
これである。神応は神応で仕事をこなしているのだから忙しいのである。神応は無視をしている訳ではない。本当に仕事に集中しているだけなのだ。
「じゃあ刻晴、これ頼むぞ...おい、また顔赤いぞ。大丈夫か?」
「うるさい! なんでもないわよ!!」
「えぇ...?」
これは神応が悪い。
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それからしばらく経って、日も長くなってきた頃、
「宝盗団?」
「は、はい! 向こうも腕がたつようで...千岩軍が返り討ちに...」
「...わかったわ。私が出る。居場所を教えなさい」
刻晴は千岩軍が大敗したと聞き、詰所にやって来た。どうやら腕のたつ宝盗団いるようだ。
千岩軍から居場所を聞き、1度玉京台に戻ってきた刻晴は甘雨に「ちょっととっちめてくる」という旨を伝え、自らの愛刀を携え、その宝盗団が屯する場所へと向かった。
ちなみに、この時神応は『天権』凝光の元へ向かっており、戻ってきた時には刻晴はいなかったので甘雨に聞いたところ、
「ならず者をとっちめに向かいましたよ」
「それ、場所とかって聞いてます?」
「えーっと...南天門付近と...」
「...すみません甘雨さん。自分も出ます。そこの宝盗団は一筋縄じゃ行かない」
「その理由は?」
「凝光さんから聞きました。南天門付近の宝盗団は『神の目』を妨害したり出力をいじるよく分からない物を持っている、と。1人では上手く行かないと思いますし、自分が行ってきます。すみませんがよろしくお願いします」
「はい、分かりました。くれぐれもお気をつけて」
そうして甘雨は1人になってしまったが、別に全く苦にせず書類を捌いていった。今までも比重で言えば甘雨が仕事をしていたのだから甘雨としてはなんともないのである。
他の職員は刻晴と神応が居なくなったことに対して頭を抱えていた。
「あなた達ね。千岩軍を返り討ちしたっていうのは」
刻晴は既に南天門に到着し、その付近にいる宝盗団を片っ端から片付けていた。しばらくは順調に事は進んでいたのだが、
「...ん? なんだ嬢ちゃん。...アンタ、『玉衡』だな? ハッハッハ! とんだ大物が出てきたもんだ!」
目の前にいる大男がこの一派の頭だと刻晴は無意識に悟った。傷跡、落ち着き、隙がない。ただの宝盗団にしては中々のものだと感心もしながら刻晴は一気呵成に攻め立てた。
「ハァッ!!」
「その力! 『神の目』だなぁ! 『玉衡』さんよォ! ...おい、あれ準備しろ」
「へい!」
「何をしようとしているのか知らないけど、大人しくお縄についた方が身のためよ」
「テメェこそ、ここに来ねぇ方が身のためだったぜ?」
「何を...」
その瞬間刻晴の体からフッと力が抜けた。何事かと周りを見渡すと周りの下っ端が何かよく分からない機械を自分に向けている。
今まで雷元素による身体強化を武器に戦っていた刻晴。宝盗団はその『神の目』による元素の流れを阻害し、そのハンデを帳消しにする代物だ。
「な、なによ...これ...」
「俺たちみてぇな『神の目』を得られなかったクズ共が、『神の目』持ちを倒すための機械だ。...これで俺とアンタの条件はトントン。さぁ! 歯ァ食いしばれよ!」
雷元素の反動もあり力が入らずにいる刻晴に対して大男が殴り掛かり、刻晴は避けきれずにそのパンチをモロに受けた。いつもなら絶対に受けない大ぶりのパンチ。刻晴の、というか女性の身体に突き刺さり、吹き飛ばされ、背後の岩に打ちつけられた。
「ガハッ!? ...っつぅ...ゲホッゴホッ!」
「おいおいなんだよ。その程度か?」
刻晴は今までこのような攻撃を受けたことがなかった。
たとえ相手の攻撃が直撃しても、バックステップをするなど、ダメージを受けないように立ち回っていたのだが、全て『神の目』あってのこと。
そこからは蹂躙だった。まともに動けない刻晴に対して、大男が殴る蹴るの大暴れ。
どんどんアザや傷が増えていき、遂に刻晴は立つことも出来なくなった。
「...っぁ」
「ハッハッハ! 天下の『玉衡』サマも『神の目』が無けりゃこんなもんか! ...おい、テメェ。俺たちに負けたからにゃどうなるか分かってんな?」
「...っ」
刻晴は視線だけを上に向けたことを後悔した。自分に向けられる幾つもの下衆た視線。大男は頭を掴み、その単純な力をもって刻晴を片手で持ち上げると、
「ぃたっ...離せ...!」
「んー? まぁ知ってはいたが、いい女じゃねぇか...。俺たちで使ってやった後に売り飛ばせばいい金になりそうだ」
「な、なにを...!」
「「なにを」!? ハッ! 分かりきってんだろ!? お前は! 俺に! 負けたんだ!」
そして、顔を近づけ大男は言い放った。
「女が負けたんだ...どうなるかくらい、分かんだろ?」
「ひっ...」
刻晴は顔を青ざめさせた。圧倒的に力に差がある。今ここで抵抗してもどうなるかは目に見えている。引き摺られながら刻晴は思考を続けた。
(抵抗しても、勝てない...。でも...抵抗しないと...いや...いや!)
刻晴は地面に爪を立てて、必死に抵抗した。紫を基調とした服は土に汚れ、爪は何枚か剥がれた。顔は涙と血にまみれながらも必死に抵抗した。
刹那、
「ん? 雨か?」
「...ぁ...」
刻晴はこの雨を知っている。
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「雨?」
「これはただの準備だ」
水の『神の目』によって引き起こされるこの雨。
この雨を刻晴は知っている。
「え? これ...」
「...これが俺の元素爆発だ。ただの雨だからって舐めてると痛い目見るぞ」
刻晴は自分の周りにシールドが張られていくのを感じた。そして自らの傷が癒えていくのも感じた。
だんだんと雨足が強くなるこの力を知っている。
「...あんまり動くなよ。このシールドから出たら、お前も攻撃対象になるからな」
「わ、分かった...」
刻晴は知っている。
この暖かさ。この癒え。そして、この時自分がどうすれば良いのか。
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「なんだ? 今日は1日晴れの予報だったはずだが...」
「お頭! あそこ! 誰かいる!」
刻晴と大男は同時に下っ端が指さす方向を見た。
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「あなた、千岩軍をクビになったんですって?」
「...お恥ずかしながらな。元素の扱いが酷すぎて味方も巻き込んじまった」
「ハン...幼なじみの交よ。私と一緒に来なさい。私と璃月を変えましょう」
神応は千岩軍をクビになった過去を持つ。
彼は、抑えきれないほど(鍾離がドン引きするレベル)の寵愛を水の神から賜った。
故の水元素の『神の目』。
通常ならば、水元素は他人の治癒や味方の補助に特化する事が多い。
どちらにせよ、水元素が戦いの決め手になることはあまり多くない。
「し、神応...」
「大丈夫だ。1人くらいならカバーできる」
しかし、神応は別だ。
溢れ出る水の神の寵愛。そこから溢れ出る大量の水。
「水ってのは恐ろしいんだよなぁ...ホントに...」
「...あれだけの魔物が...」
己が敵を全て押し流す激流。生命の奔流を逆流させる一撃。
その一撃。鍾離にでさえ「天下無双」と言わしめたその一撃。
その一撃を刻晴は知っている。
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その名を叫ばずにはいられなかった。
「...ぅ......神応!!!」
崖の上の立つその男は刻晴をチラリと一瞥すると再び大男に視線を戻し、
「お前...刻晴に...何やってんだァ!!!」
「なに!?」
どんどんどんどん、雨は強くなる。
宝盗団は投げナイフや元素をまとったビンを投げるなど抵抗したが、
「『ノア』」
彼が小さくそう呟くと、刻晴の見渡す限りが水で埋め尽くされた。刻晴はシールドによって全く濡れもしない状況だったが、濁流は宝盗団を跡形もなく押し流した。
雲は裂け、日が覗き、刻晴に付いていたシールドも消えた。
崖から飛び降り、風の翼で上手く刻晴の近くに着地した神応。刻晴は痛みのなくなった体をすぐに起こし、神応に相対した。
「...無事か?」
と、神応が刻晴に問うも、
「...」
返事がない。
神応が、俯いている刻晴を覗き込もうとすると、
「うおっ」
刻晴が抱きついてきた。
「ごわがっだぁ...ごわがっだよ゛ぉ......」
「おいおい...ぐしゃぐしゃじゃねぇか...」
刻晴は神応の胸でひとしきり泣き、怖かったと言い続けた。彼女が経験した初めての恐怖。今までとは別種のその恐怖に刻晴は心を打ち砕かれながらも、最後まで抵抗の意志を見せた。
だがまぁ、刻晴が強いのも事実。
すぐに泣き止み、神応のちり紙で鼻をかむとスッキリした顔で、「さ、帰るわよ」と言うもんだから神応は可笑しくなって大笑いした。
「...ところで、結局あの妨害装置はなんだったのかしら」
「あぁ、なんでもスメールのタフィーロって奴が生み出した『邪眼妨害装置』を他の奴が改造したらしい。...全く、改造できるくらいの技術を他に活かせってんだ」
「へぇ。まっ、私たちの敵じゃないわね」
「お前が雷元素で感電起こしながら立ち回ってくれるとホントに楽
「わざわざそこを強調しなくてもいいでしょ!?」
刻晴と神応は木漏れ日差す南天門を抜け、璃月にこの事件を笑い飛ばしながら帰ってきた。
凝光からは「さすがね」とお褒めを受け、鍾離からは「2人ならできると思っていた」と感心の言葉を貰った。そして甘雨からは「こちらの書類お願いしますね」と早速仕事の話をされた。
そんな変わらぬ璃月を護ったのだと、刻晴と神応はお互いを見やって笑い、すぐさま自らのデスクについた。また、いつもの仕事漬けの日々が帰ってくる。
はずだった。
事件はこの1件の数日後。夜深く。璃月の民も寝静まった後。
例に漏れず神応も眠っていた。のだが、急な来客によってその睡眠は断ち切られることとなる。
「...zzz」
...............コンコン
「...zz」
......コンコンコン
「...z」
コンコンコンコンコンコン
「なんだようるせぇ!」
こんな夜中になんの用だとブチ切れながら神応はドアを開けると、
「...ぁっ...し、神応...」
「あ? どうした刻晴、こんな時間に。さっさと寝ろよ」
「ま、待って!」
「うぉっ!?」
ドアを閉めようとした神応に対し、刻晴はそのドアの内側にするりと入り込んだ。神応は刻晴が何を考えているのか分からなかったが、よく見ると、
「......」ブルブルブル
「...震えてるぞ? さみぃのか? 今まだ夏だけど」
「......」ガタガタガタ
「...あっ、もしかしてエアコン壊れて部屋が寒くなったのか?」
刻晴はドアに背中を預けながら震えている。
神応はこりゃ参ったぞ、と考えながら刻晴がなぜ震えているのかを探ったが、どうやら寒いわけではないらしい。
すると、刻晴は神応の腕を掴み、
「...こ、怖い夢...見たの」
「...なるほど?」
「...このままだと寝れない...」
「...トイレに着いてけばいいのか?」
神応はこの後の展開が容易に想像できた。なるべく刻晴の尊厳を破壊しないようにしたかったが、ここまで典型的な怖がり方も今どき珍しいと楽観的でいると、
「...違う...一緒に...寝て?」
「お前それは...どうなの?」
果たして神応の斜め上を行く回答が帰ってきた。「一緒に寝て」? 字面がヤバすぎる。下手すれば事案である。さすがの神応も倫理的に戸惑った。
「...はやく...」
「分かった分かった。引っ張るな...」
刻晴は神応の寝室に直行すると、そのままベッドに寝転んだ。そして、
「......スンスン」
「人の寝床の匂い嗅ぐのやめて貰えます?」
「...いいの、落ち着くから...」
「俺が良くねぇんだよ...」
刻晴はどうやら大男に詰められたことがかなり頭に残っているらしい。その夢を見てしまい、眠れなくなった結果、こうして神応のベッドで2人で眠るという行動を起こしたのだ。
そして、神応の匂いを嗅いでだいぶ落ち着いたらしく、いつもの調子が戻ってきた。
「ほら、あなたも立ってないで入りなさいよ」
「いやそれ俺の...」
「つべこべ言わないの。同じ布団にいる女がいいって言ってんだからいいのよ」
「いやだからそれ俺のなんだけど?」
「...私と一緒はいや?」
「......それは卑怯だろ...」
そうして渋々と神応もベッドに入ると、刻晴が正面から抱きついてきた。悪い夢を打ち消そうと、神応に頭を擦り付け、匂いを嗅ぎ、強く抱き締めた。
神応は頭を撫でながら欠伸をひとつすると、既に刻晴が落ち着いてスヤスヤと眠っていることに気づき、そのまま眠りについた。
そんな行動を刻晴が悪い夢を見る度に繰り返した2人。いつしかの玉京台でこんなことを言われた。
「...? 刻晴さん」コソコソ
手招きをする甘雨。
「なにかしら?」
「...神応さんの匂いがします。それも結構濃く...」コソコソ
「......!?!?!?」
甘雨に2人がよく同衾している事がバレた。
ある意味不可抗力とはいえ、神応には責任が発生した瞬間である。
「...神応さんとまぐわったのですか?」コソコソ
「そそそそそそそそんな訳ないでしょ!?」
「...ならどうしてこんな...」コソコソ
「同衾しただけ! 私が頼んだの!! 嫌な夢見た時だけだから!!」
「...なるほど。失礼しました。それと...あまり大きな声でそういう事は言わない方が...」
「...え?」
周りの職員は全員刻晴の方を向き、「え? 刻晴さんと神応さん、まだそこ?」という視線を向けた。それを刻晴は煽られているように感じ、「忘れなさい!!」と玉京台の外にも響くほどの大声で叫んだ。
とある昼下がりの玉京台。この一件は『『玉衡』の叫び』として、今でも語り継がれている。
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めでたし、めでたし』
「...という感じでどうかしら?」
「却下よ却下!! なんで私達の馴れ初めが公演になるのよ!! 恥ずかしいったらありゃしない!」
時は流れ、ある日の群玉閣。
「あら? 結構いい出来だと思ったのだけれど」
「心にもないこと言ってんじゃないわよ!!」
幾年か時は流れ、人の世と呼ばれ早数年が経った璃月。
「ふーん? じゃあ神応はどうかしら?」
「自分ですか? いやもちろん恥ずかしいんでやめて欲しいですけど」
璃月の要人が群玉閣に集合した。凝光はもちろん、鍾離や甘雨、夜蘭、胡桃、蛍にパイモンまで勢揃い。
「そう。じゃあやめにしましょうか」
「...え、あら? 結構簡単に降りるのね。『天権』ともあろうあなたが、珍しい」
神応と刻晴はなぜ呼ばれたのか全く理解していないが、断る理由もないとノコノコとやってきたのだ。
「えぇ。今日2人を呼んだのは別件でだもの」
「別件?」
.........パン!パパーン!!
「うぉっ!」
「きゃっ!」
「「「「「「神応、刻晴(さん)! 結婚記念日! おめでとう(ございます)!!」」」」」」
2人の左手の薬指には銀のペアリングが強く輝いていた。
刻晴は結婚早そう。凝光は結婚遅そう。(ド偏見)
『ノア』は刻晴につけたシールドを方舟と考えました。
また気が向いたら書きます。