君と出会った日
騒々しいような静かなような、そんな教室はこの時期だからこそ味わえる特別な空気感だ。これと言って好きな雰囲気とは言えないけど。
今日は四月七日。下北沢高校新入生の入学式。教室には浮き足だっている生徒や静かに本を読んでいる生徒などさまざまである。俺もそんな新入生の一人として自分の机の上の紙の束と向き合っていた。
正直下北沢に最近越してきたため友達と呼べる人間はいない。そして、話すことが苦手な自分では話しかける勇気もない。
これはスタートダッシュは失敗だな。ため息を吐いて悲観した時、隣の女子が話しかけてきた。
「初めまして! これから隣の席同士よろしくね!」
金髪の明るそうな子が元気よく挨拶してくれた。いきなりのことでびっくりしてしまった。会釈だけしとくか。
「あ、あれ? おーい?」
どうやらお相手さんは会話を求めているらしい。嬉しいけど上手く話せるか不安だな。
「……こちらこそよろしく」
「あはは、無視されてるのかと思っちゃった」
ごめんなさい、そんなつもりなかったんです。
「……あんまり見ない顔だけど、どこ中出身?」
そんなまじまじと顔を見てこないで欲しい。やけに緊張してしまい、思わず目を逸らしてしまう。
「…ここら辺じゃないかな。引っ越してきたんだ」
「えー! じゃあ下北沢についていろいろ教えてあげるね!」
それから先生が来るまで、すたーりー? なるライブ店について何がいいのかとか聞かされた。なんでも彼女の姉が店長をしているライブハウスらしい。場所はまさかの俺の家の下だったので、いつか行ってみようと思う。
#
入学式も終わり、部活の簡単な自己紹介を終わらせてから帰路に着く。
五歳ごろからサッカーを続けてきたけど、人生の半分以上はサッカーで埋まっていると言っても過言じゃない。
親の転勤、というか気分でここに引っ越して来た。うちの両親は多分他の家よりかなり変わり者なのは自覚してる。
そうだ、今日隣の女子がおすすめしていたライブハウスにでも寄ってみようかな。
今の時刻は午後五時過ぎ。特に問題のない時間だ。ライブハウスなるものがどういうものかわからないけど、不安よりも好奇心が勝ってしまうのは昔からの性格なので仕方ない。
マンションの入り口から少し遠い目立たない地下への階段。少し見つけづらい場所にあったんだな。電光灯? のようなもので『STARRY』というアルファベットが爛々と輝いていた。
下への階段を降りてから、やけに重そうなドアを開ける。開けた瞬間、爆音で音楽を流し出すスピーカーの音が俺の鼓膜を殴って来た。
「……いらっしゃい。チケットはお持ちですか?」
足と腕を組んで、尊大な態度で俺を向かい入れる美人な女性がチケットの有無を確認して来た。これがライブハウスの店員なんだな、と勝手に自分で解釈してチケットはないと答える。
「チケット一枚二千円です。……お客さん来るの初めてですか?」
「はい、友達に紹介されて……」
実際には友達じゃなくて、ただのクラスメイトだけど。そういえば、名前も聞いてなかったな。
「あれがドリンクカウンターで、トイレはあっち。ゴミとかはポイ捨てしないように」
薄々気づいていたが、この人途中から敬語を面倒くさがってタメ語で話し始めたぞ。まぁ、これがライブハウスか。何でもこれで片付くな。
チケットとドリンクを買ってから今も爆音が鳴り響く会場へと足を運ぶ。どうやら男四人組のバンドらしく、客は俺以外にも狭いホールがほとんど埋まるほどの人気を博していた。
「みんな来てくれてありがとう! 最高のライブにしようぜ!」
ボーカルらしき人が掛け声のような言葉を発すると、ライブ会場全体が揺れる錯覚を覚えるほどの熱気を放つ。おー、これがライブ。舞台に上がるバンドメンバーそれぞれに目が釘付けになってしまう。それからドラムやベース、ギターによる演奏が始まり、イケメンボーカルさんが歌い出すと、ライブハウスは最高潮の盛り上がりを見せていった。
やはり自分の好奇心は間違えることはないと確信を抱いて、今日ここを紹介してくれた隣の席の田中さん(仮)に心の中で感謝を伝えるのだった。
ライブも終わり今日はこれで最初で最後のバンドだったらしいので、帰ろうと思った時聞き覚えのある声に振り返る。
「お姉ちゃん、ただいまー」
「おかえり、虹夏。ライブハウスの掃除手伝え」
「はいはい、ただいま向かいまーす」
振り返った先には今朝声をかけてくれた田中さん(仮)がいた。はー、あの不機嫌そうなライブハウスの店員がまさか田中さん(仮)の姉だったとは。言われてみれば確かに容姿は似てるかも。性格は全然似てなさそうだけど。
「俺もその掃除手伝うよ」
あれだけ人がいたのであって、ゴミは散乱しており片付けを二人だけは大変そうだと思い、そう申し出る。それに、ここを教えてくれた感謝もあるしね。
「あ! ほんとうに来てくれたんだ」
「うん、時間あったし。田中さん……えっと名前なんだっけ?」
「え、田中さん……? そ、そう言えば自己紹介まだだったね。私、伊地知虹夏! こっちが私のお姉ちゃん!」
やばい、頭の中で仮につけていた名前をつい呼んでしまった。知らない人とか物に勝手に名前をつける癖は直したほうがいいかもしれない。
「俺は
「へー、虹夏はもうボーイフレンドを見つけて来たのか。それもイケメンの」
「お姉ちゃん!?」
いや、そんな関係じゃないから。まぁ、顔は整っている自信はあるが。中学に何度も告られたんだから、それぐらいの自覚はある。親も親だしね。
伊地知さんが顔を赤くして姉の胸をポカポカと殴りつけているが、全然痛くなさそう。というか合法的にお姉さんの胸を見られるチャンスなのでは?
姉に比べて胸部装甲が薄そうな妹さんは、ジト目でこちらを睨んでくる。え、思考読まれてるの?
「ちょっと、失礼なこと考えてたでしょ」
「ソンナコトナイデス」
これ以上問い詰められないために急いで散らばるゴミを回収する。いやー、ゴミ拾い楽しいな。
一通り片付けられると、伊地知さんに声をかけられる。
「掃除手伝ってくれてありがとね。じゃ、また明日!」
伊地知さんはお姉さんに一声かけた後、階段を勢いよく登っていく。
さて、俺も帰りますか。
お姉さんに何か凄い目で睨まれたが、軽く会釈して退出する。
いやー、今日は良い発見ができた日だったな。定期的に行こ。
それに、まだ友達とは呼べないかもしれないけど、仲良くできそうなクラスメイトもできたことだしね。
マンションの入り口の自動ドアの前で、伊地知さんとばったり遭遇した。え、なんで?
「あれ? もしかして日賀くんの家ってここなの?」
「まさか同じマンションとは思わなかった」
「面白い偶然もある物だね、行きとか一緒に行ったりする?」
確かに同じマンションならそういうのありだけど、人に時間合わすの苦手だしな……。
「遠慮しとくよ。人と行動するの苦手だし」
「あはは、なんか日賀くんって雰囲気私の親友に似てるかも」
誰だその親友。俺と雰囲気が合うなんていつか会ってみたいものだ。
「で、家に帰るんじゃなかったの?」
「それが鍵を家に忘れてしまっていて……」
「ん、俺が開けるよ」
「マンションの入り口は開けれても、部屋は開けれないから……なんかごめんね」
あ、そっか。ここのマンションはそういう感じか。
なんか不思議な別れになったが、良しとしよう。帰ろ。
#
カーテンの隙間から差し掛かる日光で目を覚ます。
またやってしまった。
時計を見れば午前九時。もう最初の授業が始まっている時間であった。
このまま二度寝して忘れようかと考えたが、昨日伊地知さんにまた明日と言われた手前、少し気が重い。それに部活が今日から始まる。スタートから休みだといろいろと面倒が起きる。
ゆったりとした動作で朝ごはんと昼飯のお弁当を作って、サッカーの後に食べるおにぎりも握る。
そのままのペースで学校の支度を整えると、家に出る頃には午前十時半。大遅刻である。
「遅れてすいませーん」
教室に入った瞬間浴びる人の目には慣れたものだ。慣れちゃいけないものなんだろうけど。
「遅いぞ! 何時だと思っている!?」
「午前十一時前、ですかね?」
「はぁ、もういい。早く席につけ」
先生からちょっとお叱りの言葉を受けて、窓側の自分の席に向かう。生憎と後ろではなく、真ん中だ。
「ちょっとちょっと。初日から遅刻って何やってるの日賀くん」
「目覚まし時計が壊れてて」
嘘である。本当は昨日の夜遅くに謎に朝早く起きれる自信が湧いて来たため、目覚ましなど不要と感じたからだ。
さて、眠くなって来たな。寝よう。
机に突っ伏して、睡眠を取る体制に入ると脇腹に妙なくすぐったさを感じる。視線だけそちらに向けるとジト目の伊地知さんが。
「ちゃんと授業受けようよ」
「つまんなくて」
はぁ、と盛大なため息を吐かれてしまった。
「ほーら、おーきーて!」
「うぐっ!?」
可愛らしい掛け声とは想像のつかない威力のチョップを脳天に喰らってしまった。痛いなんてレベルじゃない。これが女子の出せるパワーなのだろうか?
「ほら、もう一発いくよー!」
「授業受けます」
これ以上喰らうと洒落にならないため、渋々授業を受けることになった。
それから時は流れてお昼休み。
「もし良かったら、ご飯一緒に食べない?」
伊地知さんからのシンプルなお願い。ふむ、普通の友達とはこういうものなのかもしれない。昔から変な交友関係は多くあったから感覚が麻痺して来てる。
それにしても一緒にご飯。今日は一人の気分。でも、流石に断るのは申し訳ないな。
「いいよ」
「やった、じゃあ私の友達も呼んでくるから」
そう言って伊地知さんは隣の教室に行った後、青髪の中性的な顔をした美人さんを連れて来た。スカートを履いているので多分女子。いや、今の時代それだけで決めるのは浅はかかもしれない。
「どうも」
「ちゃんと自己紹介!」
「面倒臭い」
「もー、この子は山田リョウ! 変人って言ったらかなり喜ぶよ」
「照れる」
あー、これが親友さんか。名前的にももしかしたら男子かもしれない。世の中、おとこのこっていう概念もあるしね。確認するためには、触るしかない。
「ちょっと待って。犯罪の匂いがしたけど、気のせいかな??」
伊地知さんの目が笑ってない。顔は笑顔なのに目が冷え切っている。怖いので流石に手は出さないでおこう。
「それにしても、虹夏にこんなイケメンの彼氏がいたなんて意外」
「意外って何、意外って。いや、彼氏でも何でもないよ!」
「え、何でもないの…?」
「あ、間違えた! えーと、クラスメイト? 知り合い?」
傷ついた。
「はい! この話終わり! お昼食べよう!」
伊地知さんが無理矢理話を終わらせてきたが、俺の心は傷ついたままです。
「あれ、リョウ。ご飯は……?」
「今日は雑草のサラダ。ドレッシングかけたら美味しいことが判明した」
「なるほど、ドレッシング……」
「日賀くん、もしかして私が全部突っ込まないといけない感じ?」
まぁ、流石に雑草にドレッシングは栄養価に悪そうなので、お弁当を半分分け与えてやった。
「ありがと。このご恩はいつか私の末裔が返す」
「いや、リョウが返せよ」
伊地知さんがズバッとツッコミを入れてくれる。この二人、仲良いな。微笑ましい。
「日賀くん、リョウを甘やかしたらダメだからね。すぐ調子に乗るから」
「今度焼肉奢って」
「ちょっと女子かどうか確認してから……」
「日賀くんって、結構変態なんだね……」
失礼な。俺は少しだけ自分の欲求に正直なだけだ。好奇心には勝てないんだよ。
そう伝えると伊地知さんは今日何度目かのため息を吐くと、自分のお弁当を食べ始める。後ろから山田さんが狙っているのには気づいていないようだ。
「そういえば、日賀くんは部活とかするの?」
「サッカー部」
「へぇ、結構運動できそう」
ふむ、伊地知さんのお弁当はタコさんウインナーか。あ、山田さんが伊地知さんの後ろからひょいとつまんで盗み食いした。
「あ! ちょっとリョウ。欲しいならちゃんと言ってよね」
「あ、許されるんだ」
「日賀くんも大丈夫とわかって自然と盗ろうとしないで」
バレたか。結構美味しそうだから、つい食べたい欲求に駆られてしまった。
伊地知さんはこうは言ったものの、しっかりと分け与えてくれるので俺の卵焼きをあげといた。
「ん〜! この卵焼きしょっぱくて美味しい! もしかして、意外と料理できたり?」
「並みの女子よりは女子力ある」
「なんか棘のある言い方だね…」
料理って意外と楽しいんだよね。自分で作った料理ほど美味しいものはない。いや、人のお金で食った焼肉の方がうめぇや。
「って、山田さんどこ行った?」
「あー、気づいたらいなくなっちゃうんだよね。自由人だから」
「変わったやつだな」
「君も大概だけどね」
心外だ。
♪
私の名前は伊地知虹夏。今日は高校の入学式。
親友のリョウもなんとか受験を乗り越えてくれたから、おんなじ学校にまた通えるのは嬉しいな〜。
クラスは違ったけど、同じ高校ならいつでも会えるので特に問題なし。
私は自分のクラスの席につくと、隣の席でずっとぼーっとしてる男子に視線を向ける。どこ見てるんだろう。
よし、せっかくの高校生活だし隣の席の男子とお話ししたいな。できればスターリーの布教もしたいしね。
「初めまして! これから隣の席同士よろしくね!」
「………」
隣の男の子は視線だけこちらに向けると軽く会釈した。
あ、あれ? それだけ? もしかして無視されてる?
私はまだこちらに気づいていない可能性に賭けて声をかけると、やっと返事をくれた。
今更気づいたことだけど彼、とってもイケメン。こんなイケメンさんここら辺にいたっけな?
「最近越して来たんだ」
なるほど。じゃあこれはスターリーを布教するチャンスなのでは!
と、まぁ色々と説明したけどこの子、ずっと無表情なんだよね。視線は向けてくれるし、相槌も打ってくれるけど本当に聞いてるのか不安になってくるね……。
でもリョウも普段こんな感じだし、そこまで気にすることじゃないかな。
入学式も終わり、私はリョウと一緒に下北沢を適当に散歩してから帰宅する。やっぱり、新しい制服を着て友達と一緒に遊ぶのはなんか青春だなー。
今日はバンドするライブが一つしかないけど、一応スターリーの様子でも見に行こうかな。
ライブハウスに着くと、一つのバンドしかやってないのにホールはゴミだらけ。うわー、酷いねこれは。
お姉ちゃんに一声かけてから、ピッカピカにするぞー! と息巻いていると背後から声をかけられる。
「俺も掃除手伝うよ」
なんと隣の席のイケメンくんが制服姿のまま、そこに立っていた。
へー、意外だね。今朝の彼の反応からして来ないだろうなー、と思っていたから私の声が届いていたみたいでちょっぴり嬉しい。
それからお姉ちゃんに変な誤解をうみそうだったけど、彼自身まったくそんな気配を感じさせないから多分大丈夫だと思う。あと、田中さんって誰……?
掃除も一通り終わったところで、二人に声をかけてスターリーを出る。
んふふー、日賀くん、スターリーに定期的にくると言っていたからスターリーの良さを広められて私は大満足!
っと喜んでいたのも束の間。家の鍵を忘れていたことに気づいて、Uターン。自動ドアの前に立ったところで、日賀くんが不思議そうな顔で見下ろして来た。日賀くん身長高っ。
まさかの同じマンション。ちょっと気まずい別れ方をしたけど、日賀くんそういうの気にしなそうだから大丈夫かな。
それにしても、ちょっと変わった男の子だったな〜。雰囲気だけならリョウに似てたかも。
#
な、なんで日賀くん来ないんだろう……?
体調でも崩しちゃったのかな。いやでも、そんな体弱そうじゃなかったし…。先生も連絡がないって言ってたけど、ちょっと心配だなー。
心配した私がバカだった。時刻は午前十一時前。
まだ授業初日とあって、静かな教室。そんな静寂を壊すかのようにガラガラと音を立てて入ってくる遅刻魔がいた。
「遅れてすいませーん」
慌てて来たとかならまだわかるけど、のんびり入って来たのだ。私もびっくりみんなもびっくり。授業初日から悪目立ちするとかどこのドラマじゃい。
先生は軽く叱ってから意外にもすぐに許した。日賀くんは私の隣の席に座る。目覚まし時計壊れたって言ってるけど、絶対嘘でしょ。やっぱりリョウに似てるかも。男版のリョウ?
日賀くんが席に着いてから五分もしないで、彼は机に突っ伏してしまった。
もしかして、寝る気なの!? 遅刻してきた身でそこまでしたら流石に先生も怒っちゃうよ!
私は彼の横腹をツンツンと突く。眠たげな彼と目が合って一瞬ドキッとした。無駄にイケメンだから腹が立つなー!
「ちゃんと授業受けようよ」
「つまんなくて」
ちょっと殴りたくなってきたかも。よし、殴るのは可哀想だから優しく起こしてあげよっか。
「ほーら、おーきーて!」
「うぐっ!?」
意外にも可愛らしい反応が返ってくる。先生からの視線が怖いけど、ちょっと面白かったからもう一回やっちゃおうかな?
そう思ったけど、ちゃんと授業を受けるそうなので、今回は一発で許してあげよう!
#
日賀くんをリョウにも紹介して、スターリーも一緒に行ったりして気づいたら入学から一週間。こうやって高校生活もあっという間に終わっちゃうのかなー。
実は日賀くん。クラスの女子からかなりの人気を誇っている。食べ物を渡したら何でも食べてくれるから、クラスの女子たちが自分のお弁当やらお菓子やらを餌付けするかのように与えているのだ。もしかして、日賀くんって動物だった……?
「日賀くん、ここわからないんだけど教えてくれない……?」
「ここはこうやって…」
「あ、そっか。こうやって解けば……。ありがとう!」
顔をちょっと赤くして自分の席へと帰っていく女子の一人を見て思う。日賀くんめっちゃモテてる。
本人に自覚があるかどうかわからないけど、確実にうちのクラスの男子に敵視されてる。現に男子の友達が一人もいないしね。
彼がモテる理由も多少わかる気がする。だって、運動できるし勉強できるし料理もできる。あとイケメン。
「日賀くんモテモテだね!」
「そうか?」
「もしかして自覚なし? いつか刺されちゃうよ」
「え、俺に殺害予告でもきてるの?」
うん、それになんか天然気質。私との会話も結構噛み合わないことが多い。
「そういえば、私もここわからないんだけど……」
「そこは、三平方の定理を使えば……」
「わ、ほんとだ! 日賀くん、完璧すぎるよ…。でもありがと!」
「どういたしまして」
その時、彼は少し笑った。すぐに無表情に戻ってしまったけど、不意打ち過ぎて心臓がバクバクと早鐘を打つ。
い、いやいや、きっと笑ったのは気のせいだよ。だってこの一週間結構一緒にいたけど、一度も笑ったことないし……。
でも、もし笑っていたのだとしたらなんか嬉しいな。
いやー、彼のモテる理由が何となくわかった気がするなー。これはモテるよ、うん。
「顔赤いけど、熱でもあるのか」
私の体調を気にしてか顔を近づけてくる日賀くん。いや、ちょっと待って! 今近づかれると心臓が…!
「ちょ、ほんと大丈夫だから!」
「え、あ、そう?」
ちょっと強引に遠ざけてしまったけど、彼もそういうの自覚ないのはタチが悪いよ! アイドルとか向いてるんじゃない?
いや、笑顔とかできないから無理か。
そう思った時、彼の笑顔が脳裏にちらついてしまい、私は逃げるようにトイレに敢行するのであった。
続くかは未定。