五月初旬。
ついに虹夏たちの初ライブの日。
バンド名は『結束バンド』。
ダジャレっぽくてウケる。
かなり楽しみだったので早めにスターリーに到着。
俺は虹夏から買っていたチケットを店長に渡して、ドリンクも購入してのんびりと待つ。
すると、虹夏とリョウがピンクジャージの猫背が特徴的な女の子を連れて入ってきた。
虹夏は俺を見つけるとパァッと輝くような笑顔を振りまいてこちらに近づいてきた。それとは対照的に伊藤さん(仮)は、俺を見た瞬間にビクッと震えたかと思うと俯いてしまった。リョウはいつも通り。
「ユウト! ボーカルやってくれない!?」
「郁代はどうした?」
「そ、それが、なかなか集合時間に来てくれなくて………」
要は逃げたらしい。何やってんだあいつ。
「でね! 私が野生のギタリストを見つけてきたの! それがこのひとりちゃん!」
「なるほど、話は見えてきた」
「私からもユウトのギターボーカル聴きたいし出て欲しい」
「あたしもー!」
まぁ、虹夏が望むなら出てやるか。
「ひとりちゃん! この人が日賀ユウト!」
「よ、よよよろしくお願いしましゅ!」
「私の彼氏なんだ!」
「か、彼氏さんっ!? か、カップル………」
なんだこの生き物。ひとりちゃんと呼ばれた人が何故か知らないが溶けて無くなっている。
これには虹夏もびっくりしたようでどうなってんだ! と混乱している。
こいつ、ほんとに人なのか?
俺が訝しげにピンク色の液体を見る。とりあえずスタジオ練習だ。スライム状になったひとりを瓶に詰め込んで、控え室に向かう。
「いや、適応能力早すぎない!?」
「はい、虹夏はギター持って。時間ないんだからさっさとスタ練するぞ」
「っ! やってくれるんだ!」
「虹夏が頼むなら臨時のギターボーカルぐらいならやってやる」
虹夏は嬉しそうに笑顔を作る。やっぱり虹夏の頼み事は断れない。
なんとか原型を取り戻したひとりを加えて四人でライブの確認をする。
演奏中ひとりの手元に視線を向ける。手捌き的に素人ではない。が、ドラムの虹夏との息があってない。というか、目を開けてない。
「ド下手だ!」
「ぷっ」
と、下手だと虹夏は述べたが、下手とかそういう問題じゃない。プランクトン後藤になっているひとりを眺めながら思う。
手元を見ないでギターを弾く才能はあるみたいだ。
「ひとり」
「ひ、ひゃい!?」
「もっと、俺たちの音を聴け。特にドラムの音な。あと、バンドするなら目を開けろ。手元を見ないで弾けるのなら観客を見ろ」
「す、すすすすすみません!!! でででも、私にはそんな勇気が………」
「じゃあ、これ使えば?」
リョウが出してきたのは完熟マンゴーのダンボール。
ひとりはものすごい勢いでダンボールに滑り込む。
「わ、私の家ですっ!」
「いや、どんな環境に住んでんだよ」
「そいえばひとりちゃんはあだ名ないの?」
「あ、中学では、おい、とか、あの、とか………」
「じゃあ、あだ名ぼっちで」
「デリケートなところを………」
ぼぼぼ、ぼっちです! と喜ぶひとりを見て思う。こいつ、自分への自信が無さすぎる。ここまで自信のないやつ初めて見た。リョウとは対極に住んでいるような人間だ。いや、人じゃないか。
「まぁ、そろそろ時間だ。おい、その被り物取るぞ」
「わわわわわわわっ!?」
「ユウトー、ぼっちちゃん困ってるよ」
「本当にそのあだ名で進める気なのかお前ら……。だめだ、ライブでこれを被りながらなんて、絶対、だめだ」
観客に失礼とかそういうことじゃない。自分にここまで卑屈になっている人間は、あのライブの景色を見させてやるべきだ。
「ひとり」
「は、はい」
「なんで出て来ないんだ」
「あの、えっと、その、バンド、初めてで、上手くできるか、ふ不安で……」
予想以上の拗らせ具合に頭を抱える。不安なのか。今の彼女の顔がダンボールで隠れていて見えない。甘えさせちゃだめだ。
「ひひぇ〜! ご、ごめんなさい!」
「ユウト。無理矢理は良くない」
「そうだよー。ユウトがそういうの嫌いなのはわかるけど、押し付けるのは良くないよ!」
「………わかった。二人がそういうのなら、それでいい」
「悪い、ひとり。でも、最後にこれだけ言わせてくれ。お前にとってのライブはどういうものか、よく考えてこいよ。理想を」
「…………は、はい」
舞台に立つ。スターリーでライブするのは初めてだな。薄暗いこのライブハウス。いつもは見る側だが、やる側はこんな景色なのか。ひとりがこの景色を見れないなんて、つくづく勿体無い。
「結束バンドでーす! 下北、盛り上がってますかー!」
シーン。冷めきってるな。観客もよく見れば、虹夏の友達だったり、学生が多い。ゆうても十人ちょっとだが。
この十人を虜にしてやるよ。
俺はマイクに口を近づける。ボーカルである俺はMCを務める。さて、この冷めた空気をどう暖めるか。
振り返ると虹夏がごめん! って顔で謝ってくるが、任せてほしい。
といっても正直難しい。ここは素直に実力で勝負だ。
「ギターボーカルのユウトです。今日来てくれてありがとうございます」
虹夏の友達がキャー、と歓声を上げる。
お、いいな。知人がいるのは少し盛り上げやすい。
「まぁ、見たところ学生が多いようなので、流行りの曲でもしようと思います。名前だけでも、覚えてってくれよな。結束バンド………ぷっ」
俺が結束バンドというバンド名で笑ったことで、会場にもちょっとした笑いが巻き起こる。虹夏には悪いが活用させてもらうぞ。
それから少し暖まったところで一曲目だ。
相変わらずリョウのベースは安定感がすごい。安心して背後を任すことができる。流石だ。
虹夏も前よりも、絶妙なリズム感でドラムを奏でている。随分と上達したな。まだイージーミスが少し目立つが、練習あるのみだ。
そして、完熟マンゴーことひとり。うん、やっぱり一人で突っ走ってしまう演奏だが、先ほどよりも随分とマシになった。いや、少しリョウがひとりに合わせているのか。でも、ひとりも俺のギターの音を拾って合わせてくれている。
ひとり、この短期間で少し成長したな。なんか嬉しい気分になるな。
俺はこの前のリョウとの路上ライブから、ギターの練習量を増やした。おかげで少し苦手だったコードも間違えることは少なくなっていったことが実感できる。楽器とは面白いものだ。
歌に関しても変わらず。
観客はかなりの盛り上がりだ。やはり、学生はノリが良い。
観客の中に不審者らしき人がいた。まぁ、なんとなく察せられる。あいつの空気感は目立つしな。
演奏も終わった控え室。
はぁ、虹夏たちの演奏をあっち側で見たかったなー。
ダンボールから出てきたひとりに詰め寄られる。な、なに? 怖いんだが。
「あ、あの! わ、わ私、ちやほやされたいです! そのためにば、バンド組んでライブしたいんです………」
最後らへん声が小さくなっていくのと同時に、崩れ落ちていくひとり。
お、大きくなったなぁ。お父さん、感動だよ………。
でも、ちやほやか。いいな、承認欲求は嫌いじゃない。
「ちやほや、ね」
「や、やややっぱり世界平和のために………」
「いや、良いんじゃない? これからこのバンドしてくんだろ?」
「こ、これから………?」
「うん! 私たちこれから結束バンドだよ!」
「うん、ぼっち歓迎」
ひとりは感動したように泣き出す。
俺はひとりによく頑張った、と頭を撫でてやる。気持ちは頑張った妹みたいな感じ。ひとりはまた溶けてしまった。
そしたら、虹夏とリョウが俺に詰め寄ってくる。
「わ、私も頑張ったし! それに、そんな簡単に女の子の頭撫でないの!」
「ユウト、私も頑張った」
撫でて撫でて、と言葉には出さないが言外に訴えてくる彼女たち。俺の目には二人とも頭から犬耳を生やして、ものすごい尻尾を振っている犬にしか見えない。
仕方ないので虹夏の頭を撫でてやる。陰ながらドラムの練習していたのは知ってるし。
リョウが捨てられた犬のような瞳でこちらを見てくる。
「わ、私は………?」
「………仕方ない」
「わん」
うん、そこまで犬になりきらなくて良いから。結束バンドじゃなくてドッグバンドに改名しろよ。
反省会をしよー! と虹夏が誘ったがひとりは即帰宅。リョウは寝た。
「あーもう! 結束してよー!」
「虹夏、ドラム上手くなったな。びっくりしたぜ」
「っ! ありがと!」
今日一番の笑顔を咲かす虹夏。
彼女が陰ながら努力していたのは知っている。
それに、俺に見つからないようにしていたことも。
愛おしいやつめ。
「バンド、応援してるよ」
「任せてー! ボーカル逃げちゃったけど。今日はありがと!」
「おう」
きっと結束バンドで俺がやるのはこれで最後だ。最後だよね? もうないよね?
んんっ、そこは置いといて。
俺は着信音のなるスマホの画面を見る。
大体予想はついていたが、当日に連絡が来るとは。
ま、話聞いてやるか。
#
俺はライブ後、あるファミレスに来ていた。
店内に入ると、帽子をかぶってサングラスをかけてマスクをつけている不審者に呼ばれる。普通に警察に捕まりそうな見た目だな。
「す、すみません、日賀先輩! 急に呼んでしまって!」
「気にすんな。で、今日のライブの話だよな?」
俺は不審者こと喜多郁代の向かいのテーブルに腰掛ける。
俺の言葉に郁代は俯いてしまう。
「理由を聞こうか」
「………はい、実は私、ギターなんてできないんです……」
「それはまた、すごい嘘ついたな」
「すみませんすみませんすみません!!」
テーブルに頭を打ちつけて必死に謝ってくる郁代。いや、俺に謝られても。てか、テーブル壊れそうだからやめて?
ギターできないのか。なぜあの時、バンドなんてやろうと………。
「リョウ先輩に憧れて、バンドに入ろうと思ったんです……」
なるほどな。リョウに憧れる子は多くいるが、まさかこういう形で関わりを持とうとしてくる子がいるとは。
「私、合同練習は避けていたんです。その間、少しでも上手くなろうって練習したんですけど、なかなか上手に弾けなくて………」
「それで逃げた、と」
「はい…………。今日のライブ見ました。日賀先輩、ギターがうまくて、歌なんて私が歌うよりももっともっと魅力的で………」
あー、そういう卑屈な考え方になったちゃったか。良くないな。自信がないと実力もモチベもついて来ない。
まぁ、俺が自信無くしちゃったのが原因かもだから、どう声をかければ良いのか正直わからん。
「お前、歌上手いのか?」
「日賀先輩に比べたら、全然………」
「歌、上手いかって聞いてんだ」
「か、カラオケで高得点は出せますけど………」
「郁代」
「その呼び方やめてください」
暗かった表情が一変。急に真顔な顔になって、そう言ってくる郁代。
そんなことどうでも良い。
俺はドリンクバーでもらったオレンジジュースを一口飲んでから、話を続ける。
「郁代は郁代だ。簡単にいえば、歌ってのは歌うやつによって形を変える。上手い下手ってのはあとからいくらでも変えることができる。要は、歌い手には個性が宿る」
「個性………」
「そうだ。俺が歌って感動する奴もいれば、郁代が歌って心に響く奴もいる。歌ってのは相性なんだよ」
「でも………」
郁代はいまだに何かを悩んでいるようだったが、心を揺さぶることはできている。あと一押しだ。
「そんなに自信ないか?」
「私よりも日賀先輩のほうがあのバンドに合ってますよ……」
「じゃあ、言い方を変える。俺だけを見てろ。俺を目標にして努力して俺を越えてくれ。俺を越えた時には、郁代は胸を張ってギターボーカルを名乗って良い」
「日賀先輩だけを………」
「あと、郁代は逃げ出したままなのか?」
「一度逃げてしまった私は、もうあそこには戻れないですよ……」
「いや、戻れる。俺が説得するから安心しろ。罪悪感なんて無視しろ。あいつらが郁代のこと許さないと思ってるのか?」
ゆるゆると首を振る郁代。
なんで俺はここまで必死になって彼女を引き止めようとしているのだろうか。彼女の歌を聴いたわけでもないのに。
でも、なんとなく彼女はあの結束バンドに必要な人材だと俺の直感が言っている。
あと、ここまで必死になるのはやはり、虹夏のためだ。
「郁代、逃げ出したことに罪悪感を感じているのなら、償いとしてはあいつらのバンドに戻ることだ。俺はそう思う」
「わかり、ました。私、頑張ってみようと思います! 日賀先輩に負けないほどのギターボーカルになって見せます!」
覚悟を決めたような表情を作る郁代。やっぱり下を向いているやつより、前を向いている奴のほうが俺は好きだ。
オレンジジュースを一気に飲み干して席を立つ。
「今日は俺の奢りだ」
「え、あ、ありがとうございます!」
「どういたしまして」
ファミレスから出て郁代を家まで送ることにする。後輩には優しくしなければならない。
別れ際、郁代に声をかけられる。
「先輩!」
「なに」
「今日はありがとうございました! もし良ければ、ギター教えてくれませんか?」
「無理」
「えっ!?」
「郁代の高校にいるこいつにギターを教われ。俺よりも多分上手い」
そういうと唇を尖らせる郁代。
「私、先輩から教わりたいです」
「嫌だ。はい、これ後藤ひとりってやつのロイン」
郁代は渋々とひとりのロインをもらうと、切り替えたようにこちらを向く。
良い顔だ。
「私、日賀先輩だけ見てますから!」
「ん、頑張れよ」
郁代と別れてから虹夏に郁代について連絡しとく。
さて、結束バンド。
面白いメンバーが集まってきたじゃないか。
虹夏が言っていた俺よりもすごいギターボーカル。
最高のメンバーたちによるライブ楽しみにしてるぜ、虹夏。