「日賀くん、テスト期間入る前に映画でも見に行かない?」
部活のない日は、自然と伊地知さんと帰るようになってきた五月初旬。
伊地知さんに映画に誘われた。
「部活がない日ならいつでも」
「やった! じゃあ今週末とかは?」
「日曜の午後なら空いてる」
トントン拍子で映画を見る約束が進んでいく。これが友達。いや、俺も他クラスには部活友達がいるけど。
「今日帰りスタパに寄ってかない? 新作が出たんだってー!」
「おけ」
スタパか。本当の名前はスターパックス。陽キャとかイソスタグラマーとかがよく行っている場所だった気がする。ちなみに俺は行ったことがない。
スターパックスの新作。ふむ、星の封り。どういう意味だ?
「スタパか、スタパって綺麗だよね」
「え、綺麗? ちょっと日賀くんのスタパと私のスタパ絶対違うんだけど」
そんなこんながあって、スタパに到着。あー、カフェ見たいな飲食店か。名前からは想像がつかない。
「マンゴーフラペチーノ、ショートで一つお願いしまーす」
「俺は……オレンジで」
「日賀くん、オレンジないよ」
「コーラで」
「コーラもないよ……」
もしかして、初めて? と聞かれたので素直に頷く。盛大にため息を吐かれてしまった。
「じゃあ、伊地知さんと同じやつで」
「かしこまりました〜」
オレンジ色のアイスが乗ったようなカップを受け取ってから、カフェを出る。
「日賀くん、飲む前に写真撮ろうよ!」
伊地知さんにそう言われたので、自分のスマホからカメラアプリに移行して俺と伊地知さんが映るように自撮りポーズをとる。
「な、ちょ! こういうのって女子が撮るんじゃないの?!」
「そうなのか? まぁ、どっちでもいいだろ」
「あと、顔近い……!」
ふむ、なかなかいい写真が撮れた。ロインの背景にしとこ。
ちなみに、伊地知さんとはすでにロインは交換している。毎朝電話をしてくれるので、ロインを交換した日からは遅刻することは無くなった。
試しに飲んでみるととても甘い液体が口の中にじわっと広がっていく。
「ん〜! 甘くて美味しい!」
「うん、うまいな」
「あれ、もしかして、こういうの……」
伊地知さんが顔を赤くさせて何かに気付いたようだけど、そんなことよりもこの飲み物だな。マンゴークラペチーノだっけ? 美味しい。
「そういえば、伊地知さんドラムやってるんだっけ?」
「うん! 中学の頃は少しバンド組んでたんだけど、高校に入って解散しちゃったなぁ」
「今度聞かせてよ」
俺の発言にピシリ、と固まった伊地知さん。はて、何か変なことでも言っただろうか。
「い、いやいやいや、私なんて全然下手っぴだから、聞かせられるほどの腕前じゃないよ!」
「それは聞いてから俺が決めることだ」
伊地知さんの目を見て言う。
こういう自分を卑下する言葉、俺は好きじゃない。
「………そ、そっか。ごめんね。うん、今度聞かせるよ。それまでめいいっぱい練習するから任せておいてっ!」
よし、それでいい。楽しみにしておこう。
気づいたら自分のマンションに辿り着いており、伊地知さんはスターリーに寄るらしいので、ここでお別れだ。
今日の収穫は、伊地知さんとの映画デートと演奏デートの取り付け。うん、これこそ青春だぜ。
#
五月六日。今日は部活の大切な試合。インターハイ予選の幕開けである。
「お前またスタメンかよー。一年からスタメンとか羨ましいぜ」
「どうも。実力派エリートです」
「自信と実力が見合ってるのがうざいんだよなー」
部活の友達、木下雄大。話していくうちに仲良くなった。陽気で明るいムードメーカーだ。
「そういえばお前、最近伊地知さんとよく一緒にいるよなー」
「同じマンションだし」
「羨ましいぜ、だってあんな可愛くて優しい子と一緒に登下校できるなんてよー」
「お前彼女いたよな」
「おう」
雄大は中学から付き合っている彼女さんがいる。それなのに、伊地知さんのことを狙っているような発言はあまりよろしくないぞ。
まぁ、こういうのはほとんど冗談で一途なのは知っている。
「おーい、スタメンは集まれー」
「ほら、行ってこいよ、スーパースターさん。って、あれ伊地知さんじゃない?」
雄大が指差した方向に視線を向けると、金髪の女の子がこちらに大きく手を振っていた。
「ヒロインさんに挨拶しとけば?」
「いや、別にいいよ」
「そう言いながら手を振るのはツンデレなのかただの天然なのか、わからんな」
伊地知さんが応援に来てくれるとは思わなかったな。今日試合とは言ってなかったんだけど。この後映画を一緒に観る予定はある。
まぁ、友達にいいところは見せたいな。
#
「おつかれさん、流石だな」
「バカ疲れた」
「いや、全然そうは見えないけど。うちの高校そんな強くないのに、お前がいればもしかしたら全国あるかもな」
「まだ初戦だぞ?」
「ま、そうだな。あ、伊地知さんがこっち来たぞ。よしユウト、君に決めた!」
俺はポケ◯ンかよ。
伊地知さんは目をキラキラさせながらこちらに駆け寄ってきた。今日のグラウンドは乾燥しており、土まみれなのであまり近づかないでほしい。
「ちょっと、何で離れるの!?」
「気分」
「流石に傷つくよ…! それより、すごかったね。ナイスゴールだったよ!」
伊地知さんが両手でグッドサインを突き出してきて今日の活躍を褒めてくれる。
ふふん、まぁこれぐらい余裕だけどね。
「厳しい戦いだった。下手したら負けてたかもしれない」
「私、あんまりサッカー詳しくないけど、10対0は結構差がついてるんじゃない?」
「そうかもしれない」
後ろで雄大が爆笑しているのが気に食わなかったため、ボディブローをかましておく。
「痛ああああああぁぁ!?」
「映画はどんなやつ見るの?」
「私はアクション系とか見てみたい気分かな」
「いいね」
「え、全員俺のこと無視?」
ちゃっと着替えて映画館行きますか。
#
待ち合わせはスターリー前。家がおんなじだとこういうところで便利だよな。
スターリー前には伊地知さんがスマホを片手に立っていた。
ふむ、服装はなかなかにオシャレ。ゆったりとしたデニムのパンツに上は襟付きのシンプルな半袖のシャツ。その半袖のシャツをパンツにインして革のベルトが見えるようになっている。伊地知さん、腰が細いな。
靴は赤と白を基調としたスニーカーで、とても可愛らしい。いつも制服の時首元にリボンとしてつけているスカーフは腕に巻いている。相当気に入っているのだろう。
「………何ジッと見てるの」
おっと、私服を観察しているのを見つかってしまったらしい。こう言う時、女子は褒めると喜ぶ。よし。
「伊地知さんの服装がオシャレだなーって思っただけだよ」
「そう? ありがと」
結構塩反応が返ってきたがよしとしよう。うん、傷ついてないよ。
伊知地さんに話しかけようとした時、1メートルほど距離を取られてしまう。
「なんで離れるのさ」
「気分、かな」
そっぽを向いて俺と目を合わせてくれない。どうしてだ。俺が何をしたってんだ!
「可愛い……かっこいい………アイス奢ってあげる」
「しょーがないなぁ! 私の寛大な心に感謝するんだよ!」
アイスに反応した。ちょろいな。まぁ、こういうところが男子からモテる要素なんだろうけどね。伊知地さんはモテる。風の噂(雄大情報)で知った。
それに、奢ってもらえることが相当嬉しいのか。頭の上の何かよくわからない部分がピコピコと動き回っている。何あの部分。
そんなこんな歩いて目的地に到着した。
「うーん、アクション系ないねー」
「恋愛系見るか。この映画なんか広◯すずが出るから見てみたいな」
「え、もしかしてファンなの?」
「女優は広◯すずしか知らない」
「えぇ……」
なにか思い悩むような表情を浮かべているが、まぁいいか。
チケットとドリンクを購入して、スクリーンのある場所へと向かう。
「こういう暗い雰囲気ライブハウスみたいでいいよねー!」
「そうだね。……あ、伊地知さん、これ必要でしょ?」
「それ背の低い子供とかが使うクッションじゃん!? バカにしてるでしょ!」
「うん」
「サイテー!?」
もう、暗い雰囲気無くなっちゃったよ……と肩を落とす伊地知さんにドンマイと声をかけてあげる。可哀想に誰のせいなんだ。
「ワクワクするねー!」
「そのワクワクはすぐに壊されてしまうだろう」
「え、なんで?」
「だって、これホラー映画だもん」
「………へ?」
映画の予告などが終わって、本編が映し出される。
ワクワクするなー、伊地知さんの反応。
「こ、怖い。日賀くん最低」
映画も中盤。不穏な空気の漂うこの映画に涙目を浮かべる伊地知さん。ちなみに終始俺の悪口を言ってる。
流石に可哀想に思えてきたので、伊地知さんの手を握ってあげる。
「ひ、日賀くん……!」
よし、これで伊地知さんは安心するはず。
「ふんっ!」
「っ!!!!!」
伊地知さんがものすごい握力で俺の手を折りに来た。前から思ってたけど、筋力が並みの女子より高くない? これがドラマーの力なのか…!
それから痛みに悶えながら無事? に映画を見終わった。
「まったく、無断で見る映画を変えるとはひどいなー。それにホラー映画。絶対これから日賀くんにこういうの任せないから」
「めんごめんご」
「もう知らない」
「でも怖がる伊地知さん、可愛かったよ」
「………あんまり好きでもない女子にそういうこと言っちゃダメだよ」
満更でもなさそう。ちょろいなー。こんだけちょろいと少し不安になってしまう。俺が面倒見てあげたい。
「今度お弁当作ってあげようか?」
「そういえば、料理とかできるんだっけ? じゃあ一回頼もうかな」
「よし、時間少し余ってるしスターリーに寄るか」
時刻は午後六時。そろそろお腹が空いてくる時間だ。
「お姉ちゃん、ただいまー」
「店長と呼べってずっと……。またお前か」
「ども」
「虹夏に変なことしてないだろうな?」
「何もしてないです」
伊地知さんに背中に爪を立てられてグリグリとされるが、顔色は変えない。この店長さん怖えんだ。最近妙に目をつけられてるし。
「まぁいい。ライブハウス手伝え」
最近暇な時はスターリーでバイト紛いのことをしている。というかさせられている。この店長さん怖えんだ。
一通りバイトが終わったところで、店長さんから声をかけられる。
「はい、これ」
「え、いいんですか?」
「ちゃんと働いてくれてるからな。時給分は払う。何で泣いてんだ」
「こんなに優しい店長だったなんて…!」
「私のことなんだと思ってんだ」
「魔王」
顔面を殴られた。
「はいはいー、お姉ちゃんで遊ぶのはやめましょうね。帰ろ帰ろー」
スターリーから逃げて伊地知さんと一緒にマンションに入る。
「今日はありがとね。楽しかった」
意外だな。結構怒っているのかと思った。
「怒ってると思った?」
思考が読まれてる!? エスパーかよ。
「少しな」
「んふふー、ちょっと日賀くんの心読めるようになってきたかも」
「それは怖い」
「また今度遊びに行こうね! あと、テスト勉強も付き合ってほしいな」
何だろうな。こう、守ってあげないといけない庇護欲が出てくるような子だな。
少し、未来のことを想像してしまいちょっとニヤけてしまう。
「………日賀くん、いつも笑ってればいいのに」
「え、なんて?」
「なんでもなーい」
伊地知さんとエレベーターで別れてから、自分の部屋番号に辿り着く。
入学してから一ヶ月が経つがここまで親密な関係になった女子が今までいただろうか。まぁ、恋愛感情とかそういうものじゃないし、気にする必要もないかな。そういうのは懲り懲りだ。
♪
入学してから二週間が経過した。
あれからかなりの頻度で遅刻してくる日賀くん。
やっぱり高校は単位とか出席日数が大切になってくるから日賀くんには遅刻せずに学校に来てもらいたい。
そうと思ったら善は急げだ!
「日賀くん、ロイン交換しない?」
「む、確かに」
日賀くんは躊躇いもせずに頷く。
私は日賀くんから携帯を預かるとQRコードで登録を済ませて、すぐに返す。
「よし、これで日賀くんの遅刻癖を治すことができる!」
「え、何の話?」
内緒ー、と人差し指を口元に寄せて答える。彼は不思議そうな表情を浮かべると特に気にせず眠りについた。
最近気付いたことだが、彼は別に授業を受けずとも勉強ができるのだ。どんな超人だよ! まったく!
まぁ、そうとわかったところで眠らすわけにはいかないけどね。最近の楽しみは彼をどう起こすか。
「わっ!?」
「にへへー、驚いた?」
「伊地知さん、耳の中に指入れるのは良くない。ゾワってしたぞ」
「じゃあ、ちゃんと授業を受けてよね!」
「………はい」
こうして、今日も平和な一日が過ぎていく。
#
「伊地知さん伊地知さん」
「え?」
帰り道。ふと名前を呼ばれて振り返ると、見覚えのない男の子が声をかけてきた。
「ごめんごめん。俺のこと知らないよね。あのさ、今週の日曜の午前、下高に来てよ」
「えっと、どちら様で……?」
「俺隣のクラスの木下雄大。その日サッカー部の大切な試合があるから」
「え、なんでそんなこと教えてくれるの?」
正直知らない男子との会話は緊張する。
目的とか何だろう?
「いや、日賀ユウトって知ってるだろ? あいつが出るから伊地知さん応援してほしいんだ」
「な、なるほど」
え、私が応援? でもどうしてだろう。私じゃなくても彼を好きな女の子はたくさんいるはずなのに。
「あいつさ、最近伊地知さんの話をするんだよね。だからもしかしたら〜って思ってさ。俺の恋のキューピッド作戦!」
私の話してくれてるんだ。どんなこと話してるんだろ。
「ってことでよろしくー」
「あ、ちょっと!?」
行ってしまった。その日は彼と映画を見る予定があるし、ついでに応援に行っちゃおうかな。
#
当日。
試合前に日賀くんを見つけたので、大きくジャンプしながら手を振る。
あ! 気付いてくれた!
試合が始まり、素人目に見ても下北沢高校が圧倒しているように見える。開始十分を過ぎようとした時、日賀くんがなんかすごいゴールを決めた。
………正直結構かっこいいと思う。いつものどこか抜けているような雰囲気を出す日賀くんとは打って変わって、真剣な表情でサッカーと向き合っている。
これが所謂ギャップってやつなのかな?
結果は下北沢の圧勝。
終わった後にすぐに駆け寄ると、サッカー部の先輩たちがヒューヒューと囃し立ててくるのが少し恥ずかしい。全然そういう関係じゃないから!
てか、何で日賀くん私から離れるの!?
「気分」
この時は傷ついたけど、後から考えてみると彼のユニフォームは土まみれで近づかせたくなかったのかもしれない。でも、後で仕返ししてやるっ!
日賀くんにナイスゴール! と伝えると若干嬉しそうにドヤ顔していた。ちょっと可愛い。
#
日賀くんはシャワーを浴びてから映画に行くらしいから、集合場所をスターリー前にする。スマホで友達にロインを返していると、ふと日賀くんのアイコンが気になったため、ポチッと押してみる。
すると、彼の背景画がなんとこの前遊びに行ったスタパの写真だったのだ。
こ、これじゃあ、カップルみたいじゃん!? この子に羞恥心はないのかい!?
顔に熱が溜まっていくのを感じながら、目を瞑る。うん、落ち着け。大丈夫。彼はそういう人なんだから。
ふと、視線を感じたため後ろを振り返ると、まじまじとコチラを見つめてくる日賀くんの姿が。
灰色のスウェットに緑のカーディガンを羽織っており、普段とのダウナーな感じから優しげな感じのギャップに心臓がドクドクと脈を打ち始める。
黒ジーンズパンツを履いていて、スニーカーはクリーム色。
オシャレすぎるっ!! もしかして日賀くんって弱点とかないんじゃないの……?
いつまでもこちらを見ているので、ささっと声をかけて移動する。
「伊地知さんの服装がオシャレだなーって思っただけだよ」
「そう? ありがと」
日賀くんからの褒め言葉。思わず口角が上がっていってしまう。
なぜか見られたくない気持ちが溢れて距離を取る。これで仕返しってことにしてやろう。
それから、何かちょろいとか思われてそうだけど、アイスで許してあげたり、女優の広◯すずの話だったりして映画を楽しんだ。
ホラー映画だったと気付いた時は、最低だー!? と思った。けれど、いい思い出にもなったと思う。日賀くんの手、結構大きかったな。
お弁当を作ってもらう約束をしたり、スターリーでお姉ちゃんに怯えている新しい一面の日賀くんも見れたし。
あとは、彼の笑顔も見れたしね。
ずっと笑ってればいいのになぁ。
あ、いつも笑っていたら、彼の笑顔に特別感が薄れちゃうかも!
なんかこんなこと考えてるとカップルかよっ! って誰かにツッコミ入れられそうだなー。出会って一ヶ月しか経ってないのにね。
でも多分、日賀くんはそういうの望んでないと思うんだよね。何となく、そう思う。
自宅に帰ってから、夕飯の支度を始める。今日の晩御飯はしょっぱいのを作ろうかな。