五月二十九日。下北沢高校一年生はテスト最終日を終えた。
「いやー、難しかったー!」
「そう? 覚えてないや」
「日賀くん、大体のテスト途中から寝てたけど、ちゃんと解いたよね……?」
「覚えてないや」
帰り道、伊地知さんはため息を盛大に吐く。幸せが逃げるぞ。
テストに関してはなんかあの静かな空間は眠くなるんだよね。
あ、そういえば。
「伊地知さん、何かジュース奢る」
「え、いきなりどしたの?」
「今日、誕生日でしょ」
「わ、なんでわかったの?」
ロインのステメとかに書いてあったりするんだよ。
てか、伊地知さんのアイコン、あれ頭頂部だよね? 変なアイコン。
「俺の勘」
「はいはい、ステメ見たんだね」
「ほら、早く選んで」
自販機の前でどれにしよっかなー? と悩む伊地知さん。
「じゃあ、オレンジで!」
「うい」
珍しい。てっきりレモン系を頼むかと思った。
「ん〜! 美味しい! ありがとね!」
「おめ」
しかし、これで俺より年上か。
「日賀くんは誕生日いつ?」
「秘密」
「え〜。あ、ステメを見れば……。って書いてない!?」
「今消した」
「どんだけ知られたくないの……? もしかして、もう過ぎちゃった!?」
「…………」
何も教えたくない。できれば俺の方が年上でいたい。
もうすぐ六月。ジメジメとした季節で正直好きじゃない。
サッカーの練習も無くなること多いしね。大事な時期なのに。
「私も日賀くんの誕生日祝いたいな〜」
両手を後ろにしてチラチラとコチラ見てくる伊地知さん。あざとい。
でも、どんなにあざとくても教えないぞ。
「教えない」
「相当嫌なんだね。というか、そろそろ梅雨だねー」
「梅雨嫌い」
「私はそこまで。ほとんど家にいることの方が多いしね」
そう話しているうちに自宅に到着。
伊地知さんはスターリーでバイトがあるらしいので、ここでお別れ。
この前伊地知さんの夢を聞いた。
夢。昔は俺にもあった。もちろんサッカー選手になること。
もう忘れていた夢だったけど、目指してみようかな。本気で。
そして、彼女の夢も応援したい。
俺はちょっとした準備を始めるのであった。
#
六月中旬。天気は大雨。
傘忘れた。
六月に入ってから雨が全然降らなかったため油断してた。
もちろん、グラウンドは土なので部活はオフ。
「伊地知さん、傘入れて」
友達と話していた伊地知さんに声をかける。
「いいよー! ちょっと狭いけど大丈夫?」
「全然オッケー」
「虹夏ちゃん、もしかして付き合ってたり……?」
「全然付き合ってないよ!?」
あたふたと慌ててる伊地知さんに早く行こ、と伝える。
「や、やっぱり……」
「だから違うってば!?」
急いでコチラに寄ってきた伊地知さん。
「もー、あんまり友達と話してる時に声かけないでよね!」
「わかった」
「絶対わかってない……」
下駄箱についた時、山田さんが伊地知さんに声をかけてきた。
「虹夏、傘忘れた。入れて」
「え、リョウも?」
「伊地知さん、俺のことは大丈夫だから……」
流石に大雨の中濡れながら帰りたくない。ここは同情パワーを使うしかない。
「泣くのやめてくれる!? てか、絶対嘘泣きでしょ!?」
「虹夏、ユウトは大丈夫って言ってる。行こ」
「置いてくの!? というか、なぜ名前呼び!?」
いつの間に仲良くなったの!? と驚く伊地知さん。
いや、通りすがっても挨拶すらしない関係だよ。
「もー、三人で入るしかないね!」
「「えー」」
「そんなこと言わない!」
「私とユウトでその傘を使えば問題ない」
「名案だ」
「問題しかない。傘入れないよ?」
俺と山田さんは渋々と三人での相合合傘を承諾する。
伊地知さんが折りたたみ傘を開こうとしたところで、問題が発生する。
「あ、あれ…? 開かない?」
「あ、ここ取れてる。壊れてるね」
「そ、そんな……!」
そして、気づいたら山田さんはいなくなっていた。
「山田さんは?」
「もう他の傘に入って行ったよ……。どうしよう、この雨明日まで続くんだよね……」
「走ってくか……」
正直めちゃくちゃ嫌だったが、しょうがない。
「よし、私も覚悟決めたよー!」
「よーいドン」
二人で勢いよく玄関から走り出す。
もちろん、俺の方が足は速い。でも、流石に可哀想なので同じペースで走る。
「雨が目に入って前が見えないー!」
「伊地知さん危ない」
「わっと!? あ、ありがとう…」
信号が赤だったため急いで引き留める。
あと俺が走って一分。このままのペースだと三分はかかる。
伊地知さんの制服のシャツが透けて白いブラジャーが見えるが、正直ふざけてる場合じゃない。
雨はより強くなっていき、視界も悪くなっていく。
「ちょっと失礼」
「え、ちょちょちょちょ!? 日賀くんっ!?」
伊地知さんの膝の裏と背中を両手で支えて走り出す。
伊地知さん、軽いな。
「は、はやーっ!?」
なんか伊地知さんが驚いていたが、これぐらい普通だ。
無事マンションに到着。
「へっくち」
「伊地知さん早く着替えた方がいい」
「だよね、風邪ひいちゃうよー!」
「白ブラ見えてる」
「ふんっ!!!」
「ごはっ!?」
俺のお腹に綺麗なボディブロー。
そんな怒ること……?
というか、そろそろ本格的に伊地知さんが風邪ひきそう。
エレベーターで別れて、俺は部屋についた。
濡れたものを色々と乾かしたりしてお風呂に浸かる。
昔から風邪なんて一度たりともひいたことがないので大丈夫だが、伊地知さんが少し心配。
#
翌日。
未だ降り続ける雨。気分は最悪だ。
最近は伊地知さんが電話をかける時間帯に体が勝手に起きてしまう。
そして、いつもの電話がかかってこないことに気づく。
いつもは伊地知さんから電話がかかってきて、成り行きで一緒に登校する。
昨日のことも考えると少し心配だ。
学校の準備を済ませて伊地知さんの部屋に向かった。
チャイムを鳴らしてちょっとしてからガチャリとドアが開く。
「お、おはよ……」
「………風邪ひいてんじゃん」
「ちょ、ちょっとね。昨日のでやられちゃったみたい」
「店長は?」
「お姉ちゃんは今日ちょっと予定があるみたいな感じでね…」
「タイミングが悪いな」
「そ、そうだよね……」
髪を結んでない伊地知さんは新鮮。一瞬店長かと思った。
服は星の柄のパジャマ。
あと、結構きつそうだな。
「学校は?」
「休むよ。もう連絡入れてるし………」
そう言った時、伊地知さんの体が傾く。
肩を抑えて倒れないように支えてあげる。
「ご、ごめん……。結構きつくて」
「よし、お邪魔します」
「え、日賀くん……」
流石にこのままで放っておくことはできない。
伊地知さんを昨日のように抱き抱える。
部屋の場所は大体わかっている。伊地知さんの部屋に到着してからベッドに寝かせる。
ちょっと前のバイトもどきでスターリーを手伝った時、一応店長とはロインを繋いでいる。
連絡を飛ばしておいて、はよ戻ってこいと伝える。
「あはは……。ありがとね。助かるよ」
いつもの明るさとはかけ離れた弱々しい声でそう答える。
俺は携帯を取り出して学校に電話する。
「すいません、親が家出したため休みます」
「意味わからない欠席連絡……! ゴホッ、ゴホッ!」
「無理しないで寝てな」
「やだ……! 日賀くんが寝ている間何するかわからない…!」
「どんだけ信頼ないんだよ」
まぁ、今日ぐらいいいさ。雨の中学校とかいきたくないし。
俺は伊地知さんの家にあった冷えピタを伊地知さんの額に貼る。
朝ごはんを食べていないようだったから、一度家に帰って簡単なお粥を作ってくる。念のため作ってきたうどんは冷蔵庫に入れておく。
「………こういうのって食べさせてくれるもんじゃないの?」
「わがまま言わない」
「一人じゃ食べれないよ〜!」
「仕方ない」
伊地知さんは熱で頭が飛んでるらしい。しょうがないので、この俺が直々に食べさせてやろう。
「熱くないか?」
「おいひい……。ありがとう……」
「どういたしまして」
「……今日、学校休んで大丈夫だったの…?」
「雨の中いきたくないし、ズル休みできるし最高」
「最低」
「あと、伊地知さんがいないと面白くないしな」
「……………そういうところずるいと思う」
早く病人は寝なー、と声をかけてから部屋を出ようとした時、伊地知さんが俺の制服の裾を掴む。
「い、行かないで……」
そんなか細い声で引き止めないでくれ。なんか俺が見捨てたようで心苦しい。
伊地知さんの手を握ってあげる。熱いな。かなりの熱だ。
伊地知さんはすでに安心したかのように寝息を立てていた。
「ただいま……」
「意外と早かったですね。予定は?」
「………別に。そんなの無かった」
「あっ(察し)」
「一発殴らせろ……!」
ごはっ!? 姉妹揃って強烈なボディブローをかましてくるな……!
しかし、優しいんだな。姉妹の確かな愛を感じるよ。
「虹夏は?」
「寝かせてます」
「お前学校は?」
「今日、学校は休みですよ」
「んなわけあるか」
「んなわけあるんですよ」
というか静かに。伊地知さん起きちゃうでしょ!
店長は盛大にため息を吐く。ここら辺、ちょっと似てるな。
「…………虹夏のめんどう見てたのか?」
「全然見てないですよ」
「え、じゃ何してたの?」
「ズル休みをする口実を………」
「今すぐ学校行ってこいっ!!!」
店長に伊地知家を追い出されてしまい、渋々学校へと向かう。
店長がいれば伊地知さんも問題ないだろう。
それにしても足取りが重い。
はぁ、今日の学校つまんなそ。
♪
下北沢高校一年生は、初めての定期テスト最終日を乗り越えてテスト地獄から解放されていた。
私はこの後スターリーでバイトがあるため、日賀くんと一緒に帰宅していた。
「いやー、難しかったー!」
「そう? 覚えてないや」
「日賀くん、大体のテスト途中から寝てたけど、ちゃんと解いたよね……?」
「覚えてないや」
テスト中、隣の席を見てみると穏やかそうに寝ている日賀くん。
流石にテスト中は起こすことができないから歯痒い思いをしながらテストを受けてたなぁ。
何も覚えてないのは不安でしかない。
いきなり日賀くんがジュースを奢るとか言ってきた。
びっくりしたことに私の誕生日を知っていたみたい。
「何か好きなの選べ」
「じゃあ、お言葉に甘えてー……」
レモンティーとかレモネードを頼もうと思ったけど、左上にあるオレンジジュースに目が行く。確か日賀くんがよく飲んでいるやつ。
「じゃあ、オレンジで!」
それにしても日賀くんは身長が高い。180あるのかな?
日賀くんに誕生日を聞くと、なかなか答えてくれない。
というか、絶対に答えない意志を感じる。なんでぇ?
まぁ、正直彼の誕生日は把握してるんだけどね。
確か九月九日。
多分、私より歳が下になることが嫌なんじゃないかな。ちょっと可愛い。
よーし、日賀くんに誕生日祝ってもらったしバイト頑張るぞー!
ちなみにお姉ちゃんからは私の欲しかった好きなバンドのCDをもらいました。
#
六月中旬。
天気は雨。
折りたたみ傘持ってきといてよかったー! 結構古いやつだけど。
日賀くんは傘を忘れてしまったらしい。
あと、友達と話してる時に声かけないで…。誤解が生まれちゃうから。
玄関まで移動するとリョウに会う。傘忘れたらしい。薄々気づいてたけどね!
そこで問題発生。誰を傘の中に入れるか問題。
というかいつから二人とも仲良くなってたの!? リョウに関しては日賀くんのこと名前呼びだし……。
私も名前呼びにした方がいいかな。
ゆ、ユウト君……。だめだぁ!
二人が結託して私だけ学校に取り残されそうになったけど、私の傘が壊れていることが判明。リョウは一瞬で違う傘について行った。裏切るのが早すぎる。
走って帰るしかないかなー。
日賀くんはめっちゃ嫌そう。
二人で一気に駆け出す。
うひゃー! 冷たい!
雨が目に入ってしまい、視界が悪い。今私どこ走ってるんだ!?
「伊地知さん危ない」
わっ! 日賀くんが私の肩を引っ張って止めてくれる。
よく見てみれば信号は赤で車が走っている。
あ、危なかったー! 雨で視界が悪くなってて全然気づかなかった。
うー、シャツが肌にこびりついて気持ち悪い。それに、なんだか体が冷たくなってきた。
そう思った時、私の体がふわっと持ち上がる。
わ、わわわわ!? う、浮いてる!?
と、思ったら日賀くんが私を両手で持ち上げていた。
そう、お姫様抱っこだ。途端、恥ずかしくなってきたけど、日賀くんの走るスピードに驚く。
もしかして、私にペースを合わせてくれていたのかな? そう考えると申し訳なく感じてしまう。
日賀くんのおかげであっという間に辿り着いた。
けど、何か寒気がして止まらない。日賀くんにはバレないようにしないと。
日賀くんに下着を見られてしまったのは恥ずかしかった。勢いで殴ってしまったが、彼ももう少し気を使って欲しい。
でも、エレベーターの中で私の体調を心配するような視線に気づく。もしかして、顔色でも悪かっただろうか。
日賀くんと別れてから部屋に戻る。
寒気が止まらない。明日がちょっと不安だな。
#
案の定、というべきか。いつもよりも遅い時間に目を覚ます。
彼との電話する時刻を過ぎている。
頭痛が激しく喉が痛い。ついでに鼻水もたくさん出る。
うん、風邪ひいちゃった。
頑張って起き上がり熱を測る。体温計が示したのは三十九度。
これはひどい。
お姉ちゃんは珍しく朝から出かけていて、今はいない。心配をかける訳にはいかず、連絡はしない。
学校に連絡して、日賀くんにも一緒に行けない事を伝えようとスマホを開いた時、チャイムが鳴った。
ふらついた足取りで玄関にたどり着く。
扉を開けた先には無表情の日賀くんがいた。
「お、おはよ……」
自分の声とは思えないほどのか細い声。自分でもびっくり。
日賀くんは、むっとした顔でこちらの様子を伺っている。
これは多分怒ってるとかじゃなくて、心配してるんだと思う。
日賀くんからこっちに来てくれるなんて、なんか嬉しいな。
「………風邪ひいてんじゃん」
「ちょ、ちょっとね。昨日のでやられちゃったみたい」
頭が痛い。正直、話すのも辛い。
あれ、今私何話してるんだっけ? あ、やばい、目眩が……。
「おっとと」
「ご、ごめん……。結構きつくて」
「よし、お邪魔します」
倒れそうになる私の体を支えてくれる日賀くん。
そして、昨日のように私を抱き抱えてベッドまで移動させてくれた。
かなり助かる。横になると全身の力が抜ける。
「無理すんな」
彼の言葉が体に染みる。やば、涙出てきそう。
日賀くんは私に冷えピタを貼ったりしてくれた。
お粥も作ってきてくれて食べさせてくれる。
「は、鼻水が……」
「はい、ティッシュ。チーンってして」
なんか今の私赤ちゃんみたいで恥ずかしい……!
日賀くんの出席日数とか気にしてロインとか交換したけど、足引っ張っちゃったのは私だったな。彼は気にしないだろうけど、不甲斐ない。
「あと、伊地知さんがいないと面白くないしな」
そういうのってずるいよ。不意打ちすぎて熱が上がった感じする。
でも、その一言に私はちょっぴり救われる。私の存在で彼に影響を与えられたのはなぜか嬉しい。
日賀くんはできることは全てした、はよ寝ろとか言って部屋を出ようとする。
あ、いつもは感じない寂しさを胸の中で感じてしまう。
彼の背中が遠くなっていく。
ま、待って! いかないで!!!
「い、行かないで……」
必死に伸ばした手はなんとか彼を引き止めることができたようだ。
意識が落ちる。
最後に感じたものは彼の冷たくて安心できる、大きな手だった。
#
目が覚めると目の前には寝ているお姉ちゃんの姿が。
あれ、なんでいるんだろう。確か昔のバンドメンバーとの遊ぶ予定がとかなんとか言ってたけど……。
日賀くん、もう帰っちゃったのかな。少し寂しい。
いつもこんなこと思わないのに、風邪で頭がやられているらしい。でも、だいぶ良くなってきた。
時刻は午後七時。一日中寝てしまったらしい。でも、そのおかげで熱は微熱まで下がっていた。まだだるいけどね。
「………虹夏。起きたか」
「今起きたのはお姉ちゃんでしょ?」
「気づいたら寝てた。体調は?」
「結構良くなってきたよ。どうして帰ってきたの?」
「…………姉の勘?」
「なにそれ」
思わず笑ってしまう。お姉ちゃんにそんな勘ないでしょ。
スマホを確認すると、彼からロインが来ていた。
『お大事に』
少なく単純なメッセージ。だけど、私のことを思ってロインしてくれた事実にこの上ない嬉しさを感じてしまう。
ロインに今朝はありがとうと打つとすぐに既読がつく。
可愛らしい熊のグッドサインが送られてきて胸が暖かくなってしまう。
「お姉ちゃん、夜ご飯は?」
「あ」
「よーし、元気になった私が作ってあげよう!!!」
「まだ熱あるから休んでな。今から私が作る」
「お姉ちゃんが料理すると指が傷だらけになるしキッチンも汚くなるんだよねー」
「…………」
あ、拗ねた。
あ、日賀くんからロイン。
『冷蔵庫に朝作ったうどんを置いておいた。温めて食べろ。明日は来いよ』
なんと、日賀くんはこの事態にも対応することができるのか。
それに、明日。
ふふん、日賀くんは私がいないと生きていけないもんね! 任せて!
あ、でも今日私いなくても学校行ったのか。
もしかして、私無しでも日賀くんは学校に行ける……?
よし、この話はここまでにしとこう。これ以上は風邪をひいた精神に悪影響だ。
ロインで感謝の意を伝えて、明日には行けそうと答えると既読だけがついて返信が返ってこない。
お願い、返事してー!!
「虹夏、いつから百面相なんて覚えたんだ……?」
「え、えっとこれはその……。あ! 冷蔵庫にうどんあるからそれあっためといて!」
「はいはい……」
あーもう! 日賀くんのバカ!!!
明日になったら覚えてろよー!!
風邪でおかしいテンションの中で私は日賀くんに何故かよくわからない仕返しを考えるのであった。
なんか今日執筆頑張ってる