君の気持ちを知りたい   作:烏兎 満

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気づきたくなかった

 六月も終わり七月中旬。時間はあっという間に流れていく。

 学生たちのみんなはもう少しで始まる長期休暇を待ち望んでいるだろう。

 俺もその一人だ。

 もうすぐインターハイ出場をかけた予選決勝が行われる。下北沢は順調に勝ち上がり来月八月の頭に決勝戦だ。

 勝つ。ここでの勝利は日本のプロサッカーへ繋がる切符のようなものだ。

 

「で、いつまでいるんだ」

「んー、もう少し」

「そればっかりじゃないか。もうすぐ暗くなる」

「もー! 一緒に帰りたいのー!」

 

 七月に入ってから伊地知さんは、少し強引になってきた。

 俺は決勝戦に向けて練習終わりも自主練をするようになった。

 そんな中で伊地知さんが夜遅くまでいて、部活の日でも一緒に帰るようになった。

 

 なぜだ。一体伊地知さんに何があったんだ。

 正直、今の時期は集中したいから一人の時間も欲しいものだ。

 

「………はぁ、いいよ」

「! やったー!」

 

 飛び跳ねて喜ぶ伊地知さん。そんな嬉しいか。

 部室で着替えてから帰りの支度をする。

 

「お待たせ」

「なんかごめんね。私がいて集中しづらいよね……」

 

 こういう自嘲的なのは嫌だ。

 でも、ここでそれを治すためには俺の自主練に彼女が付き添っても良いって言ってるようなもんだ。

 それとも、素直に「邪魔だ」と伝えるべきだろうか。

 

 本当に最近になって伊地知さんが変わった。別に嫌いになった訳じゃないけど、驚いている。

 なんか強引になったっていうか、積極的になったというか。ボディタッチも多くなったな。うん、最近は俺が振り回されてるな。ちょっと無理してる感じもあるけど。

 

 やっぱり「邪魔だ」とは答えられない。伊地知さんは親友だ。傷つける訳にはいかない。

 自分の次の発言をここまで悩むなんて俺らしくないな。

 

 ここまで沈黙を貫いている俺を伊地知さんはじっとうかがっている。

 

「試合のことに集中したい。部活の日は一人にしてくれないか?」

 

 言ってしまったー! オブラートに包もうかと思ったけど、これ解釈によっては「邪魔だ」って言ってるようなもんじゃないか。

 

「そ、そっか。ごめんね。今度からはそうするよ……」

 

 伊地知さんは頭頂部のよくわからん部分、アホ毛がしなっと垂れ下がってしまう。

 ダメだ。こんな萎れている伊地知さん見たくない。

 最近グイグイ来ることが多くなったから本当の意味で仲良くなった気がしてたんだ。

 

「ごめん。伊地知さんを傷つけるつもりはなかった」

「ほ、ほんとに?」

「本当だ」

 

 にへへ、と笑う伊地知さん。何かの術中にハマった気がする。

 

「じゃ、また明日ー! ユウ君!」

「おう」

 

 変わったことといえば、俺を名前呼びするようになったこともか。

 俺は伊地知さんに何をしてしまったんだ。

 あの時の看病? 

 いや、あの後は別に普通の伊地知さんだった。

 何もわからない。

 

「まぁ、いいか」

 

 わからないことはすぐに忘れるのがいい。

 

 

 #

 

 

「そういえば、ドラム聞かせてよ」

「いいよー! あれから結構練習して自信ついてきたんだ!」

 

 夏休み初日。スターリーで伊地知さんとバイトをしていたとき、ふと前の約束を思い出した。

 

「それは楽しみだ」

「こっち来てー」

 

 そう言われて手を引っ張られる。

 む、いつもの伊地知さんの匂いと少し違う。

 いつもはお日様のような匂いだけど……。花のような匂い?

 

「伊地知さん、洗剤変えた?」

「え、よくわかったね。なんか嬉しい!」

 

 え、そこは変態とか言われるかと思った。喜ばれてしまった。

 

「今のユウ君の気持ちわかるよ。変態と言われるかと思った、でしょ!」

「正解」

「えへへ、ユウ君のことなら任せて!」

 

 何を任せるんだろうか。少し怖いです。店長さんの視線も怖いです。

 

 伊地知さんが控え室のような場所に案内してくれる。

 そして、ドラムの席に座る。

 

「ふふん、何が聴きたい?」

 

 胸を張ってまだやってもないのにすごいドヤ顔。いいね、そういう表情大好きだ。

 

「え、え、大好きって……!? あ、あ、曲名のこと?!」

 

 あ、心の声が。

 

「ごめん、大好きって曲わかんないや」

「じゃあNEEの不革命前夜」

「よし来たー!」

 

 伊地知さんの元の実力を知らないが、めちゃくちゃかっこいい。

 思わず口ずさんでしまう。

 

「ユウ君歌上手いね。うん、なんかもうあれだね。スーパースペックだね」

「そうか? ありがとう」

 

 まぁまぁまぁまぁ。歌、俺上手いしね。

 

「その顔、私以外の前でしないでよ」

「なんで」

「いいから、しちゃダメ!」

「無理ー」

「ぐぬぬぬぬ」

 

 これはこれで伊地知さんは面白いな。

 何か悔しそうに唸る伊地知さん。

 

「でも、応援はするよ」

「バンドのこと?」

「おう」

「まだ組んでないけどね〜。メンバー集めないと」

「メンバー集めてうちの文化祭でバンドしなよ」

「先輩から聞いたけど、うちの学校文化祭でそういうのダメらしいんだよね」

「そのことなら任せろ。もう手は打ってある」

「へ?」

 

 教えて教えて、と迫ってくる伊地知さん。

 まだ教えてない。最近の伊地知さんは少しわがままだ。ここは待てを覚えさせよう。

 

「教えてくれてもいいのに」

「拗ねんなって。あ、夏休み花火大会行くか」

「行く!」

 

 そう、飴と鞭。あれ、俺何しようとしてんだろう。

 

 

 ♪

 

 

 七月初旬。もう気温は二十五度を超え始めて熱くなり始めた頃。

 

「あ、あの、今日の放課後校舎裏に来てください!!」

「ん、いいよ」

 

 他クラスの女子がうちのクラスに突撃してきた。

 そして、私と話していた日賀くんに話しかけてそう言った。

 

「なになに〜、日賀くんモテモテじゃん!」

「別に。違うかもしんないだろ?」

「え〜、そうかな? 校舎裏だよ?」

 

 私はできるだけ明るそうに振る舞う。

 なぜか私の胸の中でザワザワとした胸騒ぎが起こっていた。

 

 なんでだろう。別に日賀くんが何されても私には関係ないのに。

 

 放課後。

 本当はいけないことだけど、日賀くんの後をつけてしまう。

 きっと今の私は去年のストーカー女と一緒のことをしている。

 罪悪感で死んじゃいそう……!

 

 でも、どうしても自分の胸の中にある騒めきの正体を掴みたかった。

 

「こ、今回はありがとうございます!」

「気にすんな。で?」

 

 女の子は日賀くんの高圧的な態度にたじろいでしまうけど、覚悟を決めたような顔を作る。

 

「わ、私ずっと前からあなたのことが好きでした! 付き合ってください!!!」

 

 胸が痛い。なんでこんな気持ちになるんだろう。

 わかってる、彼が絶対に断ることは。でももし、ここで日賀くんがこの子の告白を受け止めてしまったらと考えると苦しくて仕方がない。

 やめてほしい。断ってほしい。

 

「悪い。俺今サッカーに集中してるんだ。それに君のことは好きじゃない」

「そ、そうですか……。でも聞いてくれてありがとう!!」

 

 女の子は泣きながらも最後は笑顔で立ち去る。

 

 そ、そっかぁ。日賀くんはちゃんと断るんだ。

 なぜか安堵する私。

 もう胸のざわめきは治ったようだ。

 

「なんだろう、この気持ち」

「何してんだ、伊地知さん」

「うぇっ!?」

 

 見つかったぁ! ま、まずい、ストーカーしてたのバレたら嫌われちゃう……!

 

「あ、えっと、その……」

「まぁ、つけられてたのは知ってたけど、まさか伊地知さんだったとは」

 

 あ、嫌われた。

 また胸が痛くなってくる。

 どうしたんだろう、今日の私。何か変だ。

 

「ふふん、今の伊地知さんの気持ちを当ててやろう。怒られる、だろ?」

 

 ニヤニヤと笑う日賀くん。

 よ、良かったー! 全然怒ってなさそう!

 というか、最近は結構私の前で笑ってくれる。私以外にもこんな笑顔見せてるのかな……?

 

「わ、わー、せ、正解!」

「絶対違うじゃん」

「ご、ごめん! この後予定あるから! じゃ!」

「お、おう」

 

 私はその場から逃げるように立ち去る。

 何してんだろ。私と彼はただの異性の友達なのに。

 

 

 #

 

 

 家に帰って夜ご飯の支度をする。

 玄関が開いた音が聞こえたため、お姉ちゃんが帰ってきたのだろう。

 

「おっ邪魔しまーす!」

「絶対家のもの壊すなよ」

「わかってますってー! じゃ、シャワー借りまーす!」

 

 あー、廣井さんだ。

 酔っ払いの酒カス。度々うちでシャワーを借りて行ったりご飯を食べたりとやりたい放題のバンドマンだ。

 正直、酒臭いし面倒だから来ないでほしい。

 

「うはー、さっぱりしたー! 先輩ありがとねー」

「ほら、早く帰れ」

「えー、つれないなー。私と一杯飲もうよ〜!」

「死ね」

 

 お姉ちゃんの目が死んでる……! 

 お姉ちゃんは無理だと思ったのかこっちに絡んでくる廣井さん。

 

「けっぷ。虹夏ちゃーん、先輩が虐めるー!」

「帰ってください」

「あ〜! 虹夏ちゃんあれだな! なんか恋してるでしょ!」

 

 ドキりとする。

 私が恋? ないない。

 そう思った時ふと頭に浮かんできたのは日賀くんの微笑んでいる顔。

 

「えー、その顔図星でしょー!」

「ち、違いますっ!?」

「でも、なんか寂しそうな顔してるよー。恋してるんなら相手にグイグイ行きなって! で、告白しちゃえー! 男なんてそれさえすればイチコロよ! お酒みたいにね、アハハハハ!」

 

 さ、酒臭っ!? 

 で、でも恋。

 その言葉が私の胸の中にすとんと落ちてきた気がする。

 

「お前虹夏に変なこと教えんな」

「えー、先輩もうすぐ三十路なのに結婚しないんですかー?」

「うるせー!!!!」

「ギブギブギブっーー!?」

 

 お姉ちゃんが廣井さんにプロレス技を仕掛ける。

 まぁ、お姉ちゃんまず相手がいないもんね……。

 

 私、日賀くんに恋してるのかな。

 でも、日賀くんはそういうの望んでないし、私だけ熱くなるのはなんか辛い。

 気づきたくなかったな。

 

「はー、きつかった」

「お姉ちゃんは?」

「風呂風呂。ゴクゴクゴク、ぷは〜! 美味しい!」

「早く帰ってくださいよ」

「んー、虹夏ちゃん。さっき恋のこと言ったけど、何悩んでるの? 相談乗るよ」

 

 こんな酒カスに相談してもいいことなんだろうか。

 お姉ちゃんには相談できないし、リョウはこういうの絶対無理だし………。

 ダメもとで廣井さんに相談してみるか。

 

「あ〜、なるほどね。自分が好きな子としか付き合わないのか! 面倒だね! その男の子!」

「早くアドバイスください」

「怒んなって〜! そうだねー、虹夏ちゃん。彼を振り向かせればいいんじゃないかな。そして、君が告白される〜! 万事解決!」

 

 そ、そうか。私のことを彼に恋愛的に好きになって貰えばいいんだ。

 でも、日賀くんは私のこと友達としてしか見てないし、この関係が崩れるのは正直怖い。

 

「大丈夫大丈夫! グイグイ行ってあとからグッと引いてあげるの! 虹夏ちゃん可愛いんだから自信もちなー! ほら、お姉さんとお酒飲んで幸せスパイラルをキメちゃおう!」

「あ、それは結構です。でも、引くタイミングがわからなくて……」

「その男の子がいつもより違うな、って思った時に引くんだよ!」

 

 全部ネット掲示板に書いてたことなんだけどねー、と信憑性のかけらもない発言をする。

 引くのはなんか可哀想だしやめよう。

 でも、自信が湧いてきたぞ!

 

「よし私は日賀くんを、ううん、ユウ君を振り向かせてみせる!」

「その意気だ!」

 

 それはそれとして、廣井さん早く帰ってください。

 

 願わくば、彼との関係が崩れませんように。

 




ゴールは決めてます。ただ、ゴールに辿り着くかはわかんないです。(エタリ予防)
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