君の気持ちを知りたい   作:烏兎 満

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好きだ

 八月初旬。

 ギラギラと人工の芝生を照らす太陽。

 今日の天気予報では東京は三十度を超えていた。

 前半は終わって後半への準備をするハーフタイム。

 スコアは1対1のイーブン。

 

「お疲れ、大丈夫か?」

「負けるわけにはいかない……!」

「ギラついてんねー。だけど、顔色悪いぞ。熱中症じゃないか?」

「………大丈夫だ」

 

 決勝戦。相手は東京の強豪校だ。

 俺が一点をもぎ取ったが、取り返されてしまった。

 もっと点を決めないと……!

 

 だが、体が思うように動かない。

 他のチームメイトもこの暑さにやられてしまっているようだ。

 

「ま、頑張れよ。伊地知さんも見てるし」

 

 初の決勝戦ということもあって下北沢高校のほとんどの生徒がスタンドで応援歌を歌ってくれている。

 伊地知さんの姿は見えないけど、きっと俺のことも見てる。

 

「よし! 一点取って全国行くぞぉぉぉおおお!」

 

 主将の掛け声に全員が声をあげる。

 

 後半は厳しい戦いになった。

 ずっと攻められ続けている状態で、いつ決められてもおかしくない状況。

 そして、なんとか守り切ったのだ。

 点を決める余裕なんてなかった。それほど相手は強かった。

 

「この暑さでヤバイから延長線は無しでPKか」

「大丈夫か?」

「お前、一人でほとんどの範囲守ってたからな。お前がいなかったら絶対決められてた。ありがとな」

 

 木下の心配と主将の鼓舞。

 頭がぼーっとする。

 

「日賀、お前に重要な五番目のキッカーを託す」

「………はい」

 

 そして、PK戦は誰も外すことなく最後に俺の番へ。

 これを外したら負け。決めたらサドンデスに突入だ。

 

 緊張はもちろんしている。だが、この局面だからこそこの緊張を楽しまなければならない。

 イメージするのはゴールを決める自分。

 深く深呼吸をする。

 自分を照らす日光が鬱陶しい。体に張り付くユニフォームも鬱陶しい。

 

 ここで勝って、俺は夢への一歩を決めるんだ。

 

 審判の長い笛が吹かれる。

 

 動かない。

 スタンドもベンチもキーパーすらも置き去りにした静寂の空間。

 笛が吹かれてたっぷり十秒が経過した時、俺は走り出した。

 

 夢をのせてゴールの隅へ吸い込まれるボール。完璧なコースだ。

 キーパーは反応しきれてない。

 

 ────取った。

 

 カーンという場違いな音の後に、相手のキーパーが雄叫びを上げる。

 足から力が抜ける。

 俺の背後から相手選手がキーパーに駆け寄り、騒いでいる。

 

 外したのか。

 

 体が妙な脱力感に支配される。

 

 空を見上げると快晴の青い空と眩く輝く忌まわしい太陽。

 

 別に涙は出てこない。

 ただ、虚無感だけが胸に残っていた。

 

 

 #

 

 

「お前切り替えるの早いな」

「おう、次は選手権だ。今度こそ全国だ」

「次は多分俺も出れるから頑張ろうな!」

 

 終わった帰り道。

 敗北した下北沢高校サッカー部の面々は意外にも敗北を受け入れた。

 弱小校がここまで勝ち進んだのだ。

 エースの俺が外した時は多分驚いただろうが、仕方ない、とか、ドンマイと先輩方は声をかけてくれた。

 

「この後花火大会行くけど、お前は伊地知さんと?」

「そうだな」

「いいところ見せられなかったのは残念だろうけど、楽しめよ!」

 

 木下はギャハハハハ、と笑いながら家に帰って行った。

 

 俺も一度帰ってシャワー浴びよ。

 

 待ち合わせは午後五時。現在時刻は午後五時。遅刻だ。

 

 ソファに深く沈み込んで天井を見上げる。

 

「何もしたくねー」

 

 夢が遠ざかってしまった。確かに特集とかはされたが、全国に行かなければ日本に名前を売ることができない。

 

 今日、バックれようかな。伊地知さんには悪いがやる気が起きない。

 

 ピンポーンと、なるチャイム。

 伊地知さん迎えにきてくれたのかな。

 

「………はい」

「ざ、残念だったね、決勝」

「まぁ、奮闘した方だ」

「疲れてると思うし、今日じゃなくて明日にしない?」

 

 俺の心を読んだかのように提案してくる伊地知さん。

 優しい。

 

 この優しさには今は甘えたくないな。

 

「いや、大丈夫。すぐに準備する」

「そう? わかった!」

「家上がりな」

「え、いいの? お邪魔しまーす!」

 

 キョロキョロと周りを見渡す伊地知さん。

 

「あれ、ご両親とかは……」

「親は共働きでね。働いているというか自分の趣味みたいなもんだけど」

「えっと、じゃあいつも一人?」

「そさね」

 

 そう話しているうちに準備は整った。

 伊地知さんに目を向けると意外と普通の私服だった。

 デニムシャツに黒いショートパンツ。デニムシャツは前は開けていて白い無地のTシャツが見えている。

 あとはいつもより伊地知さんが綺麗。化粧でもつけてきたのかな。口紅もつけてるし。

 結構気合い入ってるみたいなので、サボろうした事実に罪悪感を抱く。

 

「どしたの? じっと見ちゃって」

 

 ちょっと顔を赤くしながらもじもじとする伊地知さん。

 

「綺麗だなって」

「そ、そう? ありがと。よ、よーし! お祭りへレッツゴー!」

 

 世田谷駅に行くためには下北沢駅から小田急線に乗って、乗り換えて東急世田谷線に乗る。

 

「盛り上がってるねー」

「………」

「ユウ君?」

「あ、あぁ、ごめん」

 

 まずい、ぼーっとしてしまう。

 

「やっぱり、戻ろっか」

「え、あ、いや! 大丈夫」

「でも、明日もあるから大丈夫だよ! それにユウ君、浮かない顔してるし……」

「本当に大丈夫」

 

 でも、すぐに今日のあの瞬間を思い出してしまう。

 この胸に残ってる謎の感情。

 虚無感じゃなくて、もっと熱い何か。

 

「そう? じゃあ、あの射的行こう!」

「よし、全部落としたる」

「あれ欲しい!」

「任せろ」

 

 射的は一発も落とせなかった。あれ、昔からこういうの得意なんだけどな。

 

「切り替えてこ! あ! たこ焼き食べよ!」

「よし、俺が奢る」

「え、それは本当に悪いからやめて!」

「おいひい」

「ユウ君、はい」

 

 伊地知さんがこちらにたこ焼きを突きつけてくる。

 え、食べさせて欲しいってこと? 

 この前の看病で変な性癖でも植え付けてしまったのだろうか……?

 

 伊地知さんからたこ焼きを受け取って、そのたこ焼きを伊地知さんの口の前に持ってくる。

 

「いやいや、そうじゃなくて!」

「え、違うの?」

「ユウ君が食べてよ! ほら、あーん」

 

 あ、俺が食べるのか。

 もぐもぐもぐ、美味い。なぜかさっきのより美味しい気がする。

 

「えへへ、もう一個食べる?」

「うん」

 

 はい、あーん、と食べさせてくれる。

 これちょっと恥ずいな。

 

「はい、俺のもあげる」

「やった!」

 

 伊地知さんが目を瞑る。

 あ、俺が食べさせてあげるのか。

 

「ほれ、たんとお食べ。あーん」

「ん〜! 美味しい!」

 

 なんかカップルみたい。

 でも、楽しいな。

 こんなことを続けているともうすぐ花火が上がるというアナウンスが流れ始める。

 

「ほら、見に行こ!」

 

 俺の手を引っ張ってくれる伊地知さん。

 でも、どんなに楽しくても、やっぱり消えない。消えてくれない。

 

 今日の先輩たちの負けた時の励まし。強く記憶に残ってる青い空。相手キーパーの雄叫び。そして、ポストにボールが当たった時のカーンという鉄の音。

 

 あ、ダメだ。

 

「えっ!? ユウ君!?」

 

 俺は伊地知さんの手を振り解いて人の流れとは逆の方向に走っていく。

 

 ごめん、こんな顔伊地知さんに見せたくないや。

 

 走って走って走って。

 

 辿り着いたのは人気のないベンチだった。

 座り込んで下を向く。

 自嘲的になっちゃだめだ。俺が一番よくわかってるし、俺が一番嫌いなことだから。

 

「ユウ君!」

 

 見つけるのが早いよ。伊地知さん。

 まだ心の整理ができてない。

 

「ごめん」

「…………こっちきて」

 

 隣に座ってくる。

 ダメだ、顔が見れない。というか見せたくない。

 

 すると、伊地知さんが強引に俺の頭を掴む。

 そして、伊地知さんの膝の上に乗せてくる。

 

「何、伊地知さん」

「だーめ。起きあがろうとしないで」

「顔見せたくない」

「ちょっと、太ももの方に顔向けないで! くすぐったい!」

 

 ショートパンツを履いているので、伊地知さんの素肌から熱を感じられる。暖かい。

 流石に顔は見れないから顔を横にして祭りで繁盛する屋台を見つめる。

 

「……何か抱え込んでるなら私に話してみて」

「無理」

「シンプルな拒絶!?」

「ごめん」

「辛いんだよね。でも、今日かっこよかったよ!」

「負けた」

「しょうがないよ! 今日暑かったし」

 

 伊地知さんがどうすればいいのか困惑するような声で話しかけてくる。

 

「俺さ、伊地知さんの夢に感化されたんだ。俺も忘れかけてた夢を思い出した。小学生みたいな夢だけど」

「その夢、聞かせてよ」

「サッカー選手。ちょっとガキくさいよな」

「全然。私よりも、ううん、私と同じぐらい立派な夢だよ」

「今日勝てば、その夢に近づけたんだ」

「…………」

「そう、あのPKを決めていれば。伊地知さんも見ただろ? ポストにカーンって当たったやつ。傑作だよな」

「傑作って。そういうの私嫌いだなー」

「だよな、俺も嫌い」

 

 はぁ、なんだろう。この気持ち。

 

「あのね、人って負けると悔しいー! って気持ちになると思うんだ。ユウ君はそんな気持ちにならなかった?」

「悔しい……」

 

 俺があの時感じたのはただただ、虚無感だけだ。

 

「私にもうまく説明できないけどね」

 

 でも、なんでだろう。悔しいって言葉が妙に俺の心に染みる。

 そっか、悔しいのか。

 後から、そう、後から来るんだ。じわじわと。抑えられない感情が。

 

「男の子ってそういうの敏感だと思うんだ」

「…………」

「私に話してみて」

「………悔しいよ。後一歩が届かなかったんだ。そう、後一歩」

 

 口から出たら止まらない。悔しいという激情の嵐。

 

「俺の外したPKで、自分で自分の夢を遠ざけたんだっ! 相手のキーパーが心底羨ましかった。あんなに嬉しそうに仲間に囲まれて! あれを決めていればもしかしたら………! あー、悔しい………」

 

 涙と鼻水が止まらない。ダセェよ。女の子の前で泣くのは。

 伊地知さんは俺の頭に手を当てて撫でてくれる。

 

「悔しいよね」

 

 悔しい。悔しい悔しい悔しい! 

 彼女の撫でている手とは逆の手を握る。

 あったかいな。安心する。

 

「こっち向いて」

「…………やだ」

「ほーら」

 

 両手で無理矢理上を向けさせられて伊地知さんと目が合う。

 

「あはは、ひどい顔」

「最悪だ……」

「いつもの仕返しー」

「最低だ……」

 

 ちょっと視界が霞んでいるが、伊地知さんは優しく微笑んでいた。

 

「ダサいよな」

 

 ダサいに決まってる。てか、ダサいって言ってくれ。

 伊地知さんはゆるゆると首を振る。

 

「ううん、今日のユウ君、すっごいかっこよかった! 私のヒーローだよ!」

「………!」

 

 伊地知さんの笑顔。言葉。声。後頭部から感じる熱。

 この空間だけ、俺と伊地知さんだけになったかのような錯覚を覚える。

 

 好きだ。

 

「あー、花火終わっちゃったねー」

 

 俺はゆっくりと起き上がる。伊地知さんの熱がなくなったのは少し寂しい。

 

「わっ、もう少し寝たままでよかったのに」

「流石に恥ずい。ティッシュない?」

「はいどうぞ」

 

 うん。落ち着いた。

 

「ありがと」

「えへへー、どういたしまして」

「しかし、今回は一本取られた」

「私はユウ君の意外な一面が見れて良かったなー」

「忘れてほしい」

 

 伊地知さんは、いや、虹夏はいたずらっ子のように、にししと笑ってから、

 

「やだね。一生忘れてやらないよ」

「ひどい」

 

 ほんと、振り回されてばっかだ。最近は。

 

「虹夏」

「っ! な、何?」

「これからよろしく」

「こ、こちらこそっ!」

 

 このなんとも言えない異性の友達としての距離感が俺は好きだった。

 でも、これからはその関係より一歩踏み込みたいって思えたんだ。

 

 願わくば、彼女との関係が崩れませんように。

 

 

 ♪

 

 

 八月初旬。

 夏の暑さが本格的に始まった。

 私は友達と一緒に駒沢競技場まで足を運んでいた。

 今日は下北沢高校サッカー部の大切なインターハイ県予選決勝。

 順調に勝ち進んでいた下北沢高校も今回ばかりは苦戦を強いられていた。

 

「わー! 見てみて虹夏ちゃん! ユウトくん決めたよ! キャー! かっこいい!」

「うん、ほんとにかっこいいなー」

「もー、虹夏ちゃんが羨ましいよ。あんなにかっこいい彼氏がいるだなんて」

「えっ!? いや、彼氏じゃないし!」

「本当にー? うちのクラス、というか学校全体がそう周知されてるけど?」

「デマだよー!」

 

 そんな噂聞いたことなかったんだけど!!!

 

 それにしても暑い。気温は三十度を超えている。

 頬に汗が流れるのを感じる。

 ユウ君はこんな暑い中でもあのピッチを走り続けていると思うと、本当にすごいと思う。

 

「あー、決められちゃった……。負けちゃうかな」

「………大丈夫」

 

 ユウ君は夜遅くまで自主練習をしてたんだ。その努力が報われてほしい。

 

 それから、後半はずっと攻められ続ける。

 危ないシーンはいくつもあったけど、ほとんどユウ君が体を張って止めている。

 

「PK? 何それ」

「えーと、引き分けだった時にキッカーとキーパーが………」

 

 せ、説明が難しい! せっかくサッカーについて勉強してきたのに。

 

「み、見ればわかるよ!」

 

 そして、PK戦。

 見ているこっちが緊張してしまう。

 どっちも外す気配がない。

 ユウ君は一番重要な五番目のキッカーだった。

 

 私の知識が正しければ、これを外したら負けてしまう。

 

 私の心臓がバクバクと音を鳴らす。

 私が蹴るわけじゃないのにめっちゃ緊張してきた。

 

 ユウ君は笛がなってから動かない。

 このグラウンド、いやスタンドまでが静かになるのを待っているかのように、仁王立ちしてキーパーを見据えている。

 

(お願い、決めて!)

 

 もう、見てられない気持ちになったけど、私は目を逸らさない。

 

 ユウ君が動き出してからは一瞬だった。

 彼の足から放たれたボールは左上隅に入るかと思われたけど、ポストに弾かれてしまったのだ。それからは相手のチーム全員と相手チームの応援席のスタンドが熱を持ったかのような熱狂に包まれていた。

 

「惜しかったねー。ユウト君でもああ言うミスするんだ。なんか人間味があってより親近感が湧いちゃったよ!」

「あ、うん、そうだね」

 

 私の関心は結果よりも彼の心に向けられていた。

 

 外した時、ユウ君は崩れ落ちて空を仰いでいた。

 彼の気持ちを考えると胸が痛い。

 わかったような気持ちになるのは傲慢なことかもしれない。

 

 でも、彼を支えてあげたいな。

 よし! 今日の花火大会で元気づけてあげよう!

 全然今日の試合気にしてなかったらどうしよう。

 

 

 #

 

 

 時間になっても彼の姿が見当たらない。

 ユウ君の部屋に行こう。

 

 チャイムを鳴らす。

 少ししてからいつもの無表情のユウ君が出てくれた。

 でも、その顔からは疲れのような何かが見え隠れしていた。

 

 このまま花火大会に行っても多分彼は楽しめない。

 明日もあるし今日は休ませたほうがいいと思ったが、行くらしい。

 

 服装は半袖のクリーム色のシャツ。その下にワンポイントが入った白いTシャツ。下はゆったりとした茶色のワイドパンツ。

 髪型はセンターわけ。

 

 今は夏の真っ只中なのに、秋のようなイメージを抱いてしまう。

 まぁ、かっこいいからいいけど。

 

 家にお邪魔させてもらって、部屋を見渡す。

 思えば初めて彼の家に来た。

 結構部屋とかぐちゃぐちゃなのかと思ったけど、片付けられてる。

 あれ、両親はどこだろう? 挨拶とかしたいんだけど……。

 

 と思って聞いてみたら、共働きしているらしい。

 じゃあ、誰が彼の悩みとか聞いてくれるんだろう。

 きっと一人じゃ寂しいし、全部一人で抱え込んでしまう。

 私はお姉ちゃんがいるから大丈夫だけど、一人は絶対寂しいよ。

 それにしてもユウ君がじっとこちらを見つめてきてる。どしたの?

 

「綺麗だなって」

 

 い、いきなりは卑怯だよ! 

 た、確かに今日は張り切っていつもはしないメイクとか色々してきたけど……!

 でも、気づいてくれたのは嬉しいな。

 

 電車の中で彼に聞く。

 

「一人だと、やっぱり寂しいんじゃない?」

「全然。親は放任主義だから」

「へ、へー。何かあったらいつでも頼ってね!」

「おう」

 

 現地に着くと、すごいお祭り状態。

 この空気感、いいねー。

 

「私インドア派だからずっといたい、ってわけじゃないけど、こういうところは楽しいね!」

「…………」

 

 大丈夫だろうか。

 先ほどからユウ君が心ここに在らずって感じでぼーっとしてる。

 やっぱり、休ませてた方が良かったかな。今からでも引き返せる。

 

 ユウ君にそういうと、大丈夫だと言ってくれるけど心配だ。

 それからお祭りを楽しんだけど、何かいつもの彼とは違うような印象を抱いてしまう。

 

「あ! 花火始まるって! ほら、見に行こ!」

 

 アナウンスで花火大会のアナウンスが流れる。

 その時、ユウ君が花火の方向とは逆に走り出した。

 

 ちょ!? どこ行くの!

 

 やっぱり今日のあの試合で何かあるんだ。

 彼はどんどん人の波をかき分けて進んでいく。距離が離れていく。見失っちゃう。だめだ。今彼を一人にしちゃダメなんだ。

 

「伊地知さん、こっち」

「え、えっとどちら様?」

 

 私が完全にユウ君を見失った時、手招きをしてくれる浴衣の女性が。

 

「雄大の彼女でーす。今、日賀くんは雄大が追ってるから。あ、ここだって」

「あ、ありがとうございます!」

 

 木下君、可愛い女子と付き合ってるじゃん。ギャルっぽいけど。

 

 名前は倉井さんと言うらしい。

 倉井さんに案内されてお祭りとは少し外れたベンチに座るユウ君を見つける。

 気づいたら倉井さんはいなくなっていた。

 

 二人ともありがとう。いつかお礼しなくちゃ。

 

「ユウ君!」

「………ごめん」

 

 いつものユウ君じゃない。

 顔は見えないけど、何か抱え込んでいる。

 誰かが彼の話を聞いてあげないとダメなんだ。人は全部一人だけで感情を処理できない。溜め込みすぎると壊れちゃうんだ。

 

 私が彼の話を聞いてあげたい。けど、私に話してくれるのか、話すに値するかはわからない。

 でも、私がやるんだ。

 傲慢かもしれないけど彼を救いたい。

 

 ユウ君の顔を見るために強引に太ももに寝かせるようにする。膝枕ってやつ。この前ネットで調べた。

 

 膝枕をしても全然こっちを向いてくれない。

 しょうがないからこのまま話を進めるしかない。

 

 励ましてみてもいい反応は返ってこない。

 やっぱり、私だと力不足なのかな………。

 

「俺さ、伊地知さんの夢に感化されたんだ。俺も忘れかけてた夢を思い出した。小学生みたいな夢だけど」

 

 彼はポツポツと話してくれる。

 私は相槌を打ったり、共感したりしたけど、彼が苦しんでいるのはもっと深いところにある単純な何かだ。

 ユウ君はそれに自分自身気付けてないんだと思う。

 

 私の夢が彼に影響を与えられているのは、素直に嬉しい。

 彼は言っていた。

 夢が遠ざかったって。

 急ぐ気持ちもわかるし、悔しい気持ちもわかる。

 

 悔しい……?

 

 そういえば彼の口からその言葉は聞いてなかったな。

 

 案の定、彼はずっと胸の中に悔しいと言う感情をしまい込んでいたみたい。

 泣きじゃくるユウ君は、いつもの凛とした感じとはかけ離れてる。

 私だけがこんなにも弱っているユウ君を知っている。

 彼には悪いけど、ちょっと優越感を感じてしまう。

 

 子供みたいだなぁ。

 思わず彼の頭に手を置いて撫でてしまう。

 髪の質は柔らかい。結構毛量が多いので撫でるのが気持ちよくてついついずっと撫でてしまう。

 

 いきなりユウ君が私のもう片方の手を握ってきた。

 び、びっくりした。いきなりだと心臓に悪い。

 んふふ、今のユウ君本当赤ちゃんみたいだな。

 写真に納めたいけど、流石に可哀想だ。

 

 しっかりと話をするために無理矢理顔をこちらに向けさせる。

 

 うわー、涙と鼻水でひどい顔になってるー。

 な、なんか、可愛い。めちゃくちゃ可愛い。

 あ、やばい、心臓が張り裂けそうなぐらいときめいてる……!

 

「ダサいよな」

 

 え、可愛いです。

 あ、あぶねー! 声に出しちゃうところだった!

 

 でも、そう。今日のサッカーをしている時の彼はかっこよかった。

 

 私のヒーローだ。

 

 そう言った時、初めて目があった。

 やっぱり、イケメンだなー。

 こんなイケメン君にもこんな可愛いところがある! って紹介したいけど、この表情は私だけのものだ。

 

 ユウ君は忘れて欲しいって言ってた。

 けど、忘れられるはずがない。

 一生忘れてやらないよ。

 そう言ったら苦笑いするユウ君。

 

「虹夏」

 

 心臓が跳ねる。

 彼が私の名前を呼んでくれた。

 その事実だけで私の心は最高潮にまで達する。

 

「これからよろしく」

 

 今まで見てきた笑った顔とは何かが違う。

 心が惹かれるような、そんな顔。

 

 な、なんにせよ! 彼を救えたみたいで私は大満足だ!

 

 いつか、必ず君を振り向かせてみせる。




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これからも本作をお願いします!!!
ゴールするかわからないけど(エタリ予防)
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