これって転生に入りますか?   作:非単一三角形

1 / 74

 これまで二次創作で書いてきた者ですが、この度オリジナルに手を付けることにいたしました。
 作者の過去作をご存じの方もそうでない方にも、拙作が束の間の娯楽となれば幸いです。



Chapter-1
C1-1 いざ、第二の人生へ……


 

 ―――投げ出された手足。

 血の気の消えていく肌。

 大地に広がる赤い泉。

 遠ざかる喧噪。

 打ち捨てられた馬車。

 

 辺りを満たしていた怒号も、慟哭も既に無く。

 残るは風で擦れ合う草音に、かそけき虫の声。

 

 夜闇に包まれた街道、荒い土の地面の上に、敷き布一つなく投げ出された少女の(からだ)を、呆然と見下ろす視線が一つ。

 

 

 その瞳に宿るのは、年若い少女の末路に対する同情……ではなく。

 この場で起きた悲劇に対する哀悼……でもなく。

 この世に溢れる理不尽に呆れる厭世感……というわけでもなく。

 

 

 ただただ呆然と立ち尽くしていた彼女は、不意に頭を抱え、ぽつりと呟いた。

 

 

「…………マジでか」

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――私の名前は糸々山(いとやま) 雨巫(あまみ)。享年十六歳。

 比較的何処にでもいる女子高生の一人だった、と思う。

 

 そんな私にとんでもない転機が、それも否応無く訪れてしまったのが、ある晴れた日のこと。

 視界の先に高速道路ばりの速度を出してこちらに突っ込んでくる車の姿が映ったのが一瞬。

 フロントガラス越しに見えたおばさんの、鬼気迫る表情でハンドルにかじりつく姿に怯える暇も無く、私の意識はぷつんと暗転した。

 

 次に目を開けたとき、視界に飛び込んできたのは、見渡す限り真っ白な世界。

 病院の天井? と思った頭の中に、すかさず《違う》と否定する声が響いた。

 

 聞こえる声に質問を重ねると曰く、自分は神様だという。

 怪しい宗教の勧誘でも「私は神だ」はねーよ、と返すと《あ、うん、そっか……》と、やたらしょんぼりした声が返ってきて、ちょっと罪悪感に襲われた。

 

 私はどうなったの、という問いに対して《お前は死んだ》と返された。

 何で死んだの、に対しては《車に轢かれた》が返答。

 あのおばさんは私に何の恨みが。《お前ではなくその後ろにいた女性が標的》。

 ……その女性は一体何を。《息子を盗られたと思っている》。

 

 要するに私は嫁姑戦争に巻き込まれて死んだらしかった。

 ……いや昨今の嫁姑問題殺伐としすぎだろ。気に入らない嫁を轢き殺して排除しにかかるとか、どこの世紀末ですか怖すぎワロエナイ。

 ちなみに標的にされた奥さんは傷一つなく、姑さんは息子は勿論のこと親類全てに縁切りされ、めでたく塀の向こうへと旅立ったそうな。

 

 ともあれ私自身には何の過失も無ければ、縁もゆかりもへったくれもないところから飛び出した不運により命を落としたというのだ。理不尽過ぎる。

 これには神様も同意見らしく、何かしら便宜を図ってくれるとの事。

 それから巻き込まれて死んだ私を気に病む奥さんに、その辺りを夢枕越しにぼんやりと伝えて、臨月の精神負担を和らげようという計らい―――優しさの化身かよ、と呟いたら神様照れていた。神様マジ神様。

 

 

 ―――そんなわけで神様に《転生にあたって何かリクエストある?》と、わりとフレンドリーに聞かれることに。

 となると私も『全盛期(じゅうよんさい)』は過ぎたとはいえ年頃の若者。真っ先に頭に浮かんだのは今流行りの『異世界転生』だったわけだ。

 

 『お姫様』とまでは言わずとも、機会があるなら一度『お嬢様』辺りにはなってみたいという、俗っぽい願望も後から浮かび上がり、神様的にも都合が良かったのか、その辺も含めてホイホイと了承を貰う。

 折角なので『魔法のある世界』『文明は地球でいう中世前後』などと、どんどん様式美(テンプレ)な条件をつけていき、最後に追加したのが『赤ん坊から再開は勘弁、今の年齢近くで前世の記憶覚醒、って感じでお願いします』であった。

 

 

 ……それがこんな事態を招くとは、神ならぬ我が身には想像も―――いや、神様も乗り気だったあたり、神にさえ予想の及ばない事態だったに違いない。

 

 

 

 

「…………マジでかあ」

 

 事態を認識し、溜息と共にもう一度呟く。

 右を見ても、左を見ても、死体死体死体―――後は中身の無い馬車。

 

 それなりに上等な紳士服を来た壮年の男性―――の後悔に満ちた死に顔一つ。

 襤褸とは言わないまでも煤けた給仕服の女性―――の絶望に満ちた死に顔一つ。

 黒服に身を包み、白鬚を湛えた老人―――の「何故?」とばかりの疑問に満ちた死に顔一つ。

 

 そしてなるべく綺麗にと誂えられた衣服をバッサリ背中から斬られ、今も僅かに血の零れる傷口を晒しつつ、うつ伏せに倒れる少女の身体が一つ。

 

 母親の形見だった首飾りは襲ってきた男達に『()()()』と称して奪い取られ、その際に掴まれていた右腕にはくっきりと浮かんだ青痣。

 長く伸ばし、丹念な手入れのもと、それなりに艶を湛えていた十の爪は、半分以上がひび割れ、あるいは剥がれてしまっている。

 母親譲りと言われ大切にしていた腰まで届く青髪も、乱暴に掴まれた故かあちこちに散らばり、ささくれ立っている始末。

 

 彼女が今日までしてきた努力、歩んできた人生を、私は知っている。

 斜陽になりゆく家を当主の娘という立場から必死に支えるも力及ばず、遂には権力争いの場から追い落とされ、失意を胸に僅かな供を連れて王都を後にした一家を、ここで夜盗が襲ったのだ。

 

 とうに権威を失ったと言っても爵位を持つ貴族。交渉次第では命までは取られないでしょう、とどこか意気揚々と馬車から顔を出した執事が呆気なく切り捨てられた。

 当主たる父親の弾けるような指示に従い、少女は唯一残っていた御付きのメイドと共に馬車から飛び出すも、眼前を囲う夜盗―――御者まで混じっていたのが凄まじい―――にまごつくうちに、背中から断末魔の声を聞く。

 腰を抜かしてへたりこんだメイドに見切りを付け、決死の覚悟で囲いを抜け出そうと駆けるも、忽ち腕や頭を掴まれ引き倒され。

 男達に時間が無かった―――しきりに「急げよ」と叫んでいた―――ことを幸いとするべきか、その尊厳を踏みにじられることは無かった代わりに、呆気なく命を奪われたのだった。

 

 

「…………うん、まあ、思い返すと色々見えてくるけど、とりあえず―――」

 

 先の三人は顔が見える姿勢で倒れているが、少女はその限りではない。

 少女がどのような表情で息絶えたかを確認しようと、その身体に手を伸ばす。

 

 

 しかし、伸ばした私の手は少女の肩をするりと()()()()()しまった。

 

 

「……まあ、そうなるよね」

 

 それに対して、私に驚きはない。

 いや、驚いてはいるが、どちらかといえば「だろうな」という納得の方が強い。

 そもそも少女を仰向けにするまでも無く、どんな顔をしていたか大体は()()()()()

 

 

「転生先のお嬢様が記憶覚醒前……十二歳で死んじゃうかあ……」

 

 

 ……盲点だった、実に。

 神様に注文を付けてた頃の私に会えるなら、最後の条件だけは撤回しろと死ぬ気で訴える自信がある。……もう死んでるけど。

 

 前世の私こと、雨巫の意識が覚醒したのはついさっき。

 具体的には今世の『私』が息絶えた瞬間だろうか。

 

「『私』も色々頑張ってたんだけどなあ……相手が悪かったとしか」

 

 今の私には今世の『私』―――ヤーネ=スペクハイド嬢の苦労と努力に彩られた人生が、何やら不思議な感じに記憶として入っている。

 彼女が見聞きした景色やら会話やらが、大きな本棚に収められている感じというか……その気になれば選んだ場面を一人称視点で観察できるといった具合だ。

 

 その場その場で彼女が何を思ったか、何を考えていたかも知る気なら分かりそうだなと感じる。

 ……その最期を考えると追体験してしまうのはやや危険な気がするので、一歩離した感覚で観察するべきかなあと思うけど。

 

 

「……というか、私はどういう状態なんだ?」

 

 手を広げて目の前で振る。……うん、私の手だ。

 『私』()()()()()の、糸々山 雨巫の手だ。

 

 亡きヤーネ嬢は同じ貴族と相対したときに舐められないためにと、目の付く場所―――指先にはかなり気を配っていた。

 安い手入れ用品を首尾よく多めに確保して、時間の許す限り艶出し作業をしていた記憶と共に、その手の形も私の記憶の棚の中に目立つように保管されている。

 

 そして今、視界に映る手―――ちょっと透けている―――の形はその記憶と一致しない。

 受験勉強の影響で出来たペンだこの残るこの手は、間違いなく女子高生雨巫の手だろう。

 

 

 続いて身体に目を向ける。

 胸があって、腰があって……えっ、足あるのか。

 両足、指先十本までしっかり揃っている。……あ、裸足だ。

 服は……うん、これ制服だな、長袖の。まあ、轢かれたの冬だったしな。

 

 鏡が無いから分からないが―――あっても映るとは思えないが―――顔は確認できない。

 だがこの流れから推測するに、前世の私の顔がそこにあるのだろう。

 髪の毛の色も、今世の『私』の青髪ではなく慣れ親しんだ黒髪が見えているわけだし。

 

 足元には草原が広がっているが、足の裏にそれを踏んでいる感覚は無い。……というか浮かんでないか私? 具体的には五センチくらい。

 つま先を曲げて地面に伸ばす……やっぱり感覚は無い。ついでに血溜まりに突っ込んでみるが、血が付いたりもしない。

 足の先に影も無い。街灯が無い分、月明かりだけで結構明るいのに……これ影絵で遊べないな、左手で右手を掴んでワンワン……うん、何やってんだ私。

 

 

 ……これ歩けなくね? どうやって移動すんだ? と考えた途端、身体がふわっと前進。

 どこから推進力を得てるんだかサッパリだが、進む方向を決めて移動しようと思えば、そちらにふよふよと進むことが出来るらしい。

 

 これ、上下方向にはどこまで行けるんだろう? ……地面の中に潜っていくのも、空の向こうを目指すのも中々に勇気が要るな、試すのは今度にしよう。

 何より速度がかなり遅い。どうものんびり歩く程度までしか出せんっぽい。

 

 

 風の音も聞こえてる、草むらが靡いてるのも分かる。……が、身体に風が当たる感覚が無い。

 暑さも寒さも感じません。そういえば『私』の記憶によると今の季節は……夏か。まあ日本ほど四季がはっきりした地域ではないみたいだけど。

 

 ふと思い立って息を止めてみる。

 そもそも息をしていたとは思えないが……うん、苦しくもなんともないね。知ってた。

 

 

 というわけで総括。

 今の私は…………まあ、色々と疑問は残るが―――

 

 

「幽霊……だよねえ」

 

 

 半ばそうだろうと思ってチェックしていた感は否めないが、何故にこんなことに。

 まさに始まる前に終わっていた私の転生ライフ。

 

 

 …………あの、これって転生に入りますか?

 





※読み切り短編ではありません。続きます。

 前作がアレだったし、今度は開き直ってテンプレ転生チート主人公無双モノ書いてやろう!
 → 転生主人公がプロローグでお亡くなりになりました。……(・3・)あるぇ~?


 糸々山性は2023年2月時点で調べた限り非実在。(糸山性は全国広範囲に実在)
 「霊」の字源は意符「巫」+音符「レイ(「雨」の下に「口」が横並びに三つ)」。
 「巫」が人名に使用可能となったのは2015年1月。「みこ」と読ませることが多いそうな。
 ……「幽」の成り立ちは「山」じゃなくて「火」? こまけぇこたぁいいんだよ。


 それから最初に宣言しておきます。本作の主人公は雨巫さんです。
 これは本当です。……本当ですよ? 本当だってば。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。