これって転生に入りますか?   作:非単一三角形

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 前話末のレインさん脳内BGM:ドリ○の人類滅亡的なアレ。



C2-9 怨霊作戦・後は流れで……

 

「───あんたは、何者なんだ?」

 

 目の前に佇む『それ』に対し、ポルトが誰何の言葉を絞り出す。

 上級に勘定される冒険者として、そしてパーティを率いるリーダーとして積み上げてきた場数と経験が、ぎりぎりのところで彼を踏み止まらせていた。

 

「《…………ふむ。我を何者か、と問うか》」

 

 ゆっくりと、どこか優美さを感じさせる動きで、()()は思案するように腕を組んだ。

 

 外見は人付きの良い少女の姿そのままに、しかしその瞳は元の深緑色から、吸い込まれるような漆黒へと変貌している。

 対峙する彼らに今なお叩きつけられている、魔力とは決定的に異なる『気配』が、理解及ばぬ『ナニカ』の存在を如実に示し続けていた。

 

 

「《今は亡き……其方らからすれば、遥か古代に没した王国の最後の女王、というところかの》」

「「「……っ!」」」

 

 幾らか迷いを込めて告げられたその言葉に、四人は一様に息を呑み、次いで顔を見合わせる。

 また各々が驚愕しつつも、それほど不審に思うことなくそれを受け入れていることも確認した。

 

 この数日間()()()()()()()事態に振り回された彼らにしてみても、『彼女』によりもたらされたこの情報はどこか納得できる答えでもあったからだ。

 

 

「……その箱を動かしてたのは、あんただったんだな?」

「《うむ。……あの程度しか動かせなんだがな》」

 

「ここ数日、私達に話しかけてきてたのも?」

「《ああ。……もう少し明瞭な意思の伝達が可能であったならば、こうも強引な手段を採る必要も無かったのじゃがな》」

 

 箱を見張り、調べていたことで最も『現象』との遭遇率が高く、幾度も戦々恐々といった思いをさせられた二人の問いに、実にあっさりとした答えが返ってくる。

 やがてポルトが、そこに生まれた根本的な疑問を口にした。

 

 

「それじゃ、あんたは……俺達と話したかったのか?」

「《そうじゃ》」

 

 纏う気配とは裏腹な、軽い口調の肯定。

 しかしそこから続いた言葉は、彼らの心胆に別の意味で悍ましい寒風を叩きつけた。

 

 

「《警告をしたかったのじゃ。我がこの身を以て封じた大いなる『災い』───栄華を誇りし我が王国を瞬く間に滅ぼしおった()()を、持ち去ってしまった其方らにな》」

 

 

「…………わざわ、い?」

 

 どうにかそう呟いたポルトの耳に、「《よもや今になってあの封が解かれるとはの……》」と、どこか遁世染みた呟きが響く。

 

 

「《今の世にも再びこの地に築かれた文明が……人の営みがあるのは其方らを見ておれば分かる。それを我らの負の遺産が滅ぼしてしまう、などとなられてはあまりにも忍びない。仮にも為政者の立場に居た者として、死んでも死に切れぬわ》」

 

「「「…………」」」

 

 

 傍目にも分かる程の自己嫌悪に歪んだ表情を浮かべ、吐き捨てるように告げられた言葉。

 言葉通り、文字通りの執念が滲み出たその姿に、恐怖も忘れて再び顔を見合わせる四人。

 ……同時に隠された財宝を見つけたと、どこか浮かれていた自覚のあったその目が一斉に泳ぐ。

 

 

「……それで、俺達はそれをどうすればいい?」

「《……この事を知った上で、適切に処理せよ、としか言えぬ》」

「おいっ!?」

 

 無責任にも聞こえる答えに、ラクスが目を剥く。

 そんな彼の様子に、女王の―――少女の顔が泣きそうな顔へと変化した。

 

「《我らにこれを後世に遺さぬ(すべ)が在ったのなら、そうしておる。それが出来なかったからこそ、今この場に残ってしまっておるのじゃからのう》」

「う……」

「ああ、そりゃそっかぁ……」

 

 悲痛な無念を滲ませる女王の答えに、ばつの悪そうな顔で目を逸らすラクス。

 サーシャは痛みを堪えるようにこめかみを押さえつつも、納得の息を吐いた。

 

 

「《我の望みはたった一つ。我らが遺してしまった災いが、今代の民を害することなく再び闇へと葬られること。それが叶うならば手段は問わぬ……尤も、今代に如何なる手段があるのか、我には知る由もないのじゃがな……》」

 

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――おっけい、大体台本通り。

 これでまともな神経してればこの箱をどうにかしようとは思わんはず。

 

 一時はどうなる事かと思ったけども、なんとか修正完了ってことで。

 予定より『観客』少なくなってるけど、この四人にさえ聞いてもらえてれば……うん。

 ……何で観客少なくなったのかって? いやぁ、それは…………何でやろなあ。

 

 

 …………確かに【憑依】状態で叫んでみるなんて検証したこと無かったけどさぁ。

 冒険者達もそこらの小動物もついでに盗賊達までバタバタ昏倒しちゃったんだけど? 目の前のベテラン四人以外見事に全滅なんやけど?

 何なの? こんな能力いつの間に生えてたの? 実はマンドラゴラの幽霊か何かだったの、私?

 

 ここから演技も本番だと思って、ちょっと気合い入れただけやのにこんなんなるとは……いや、ほんと、ちゃうんやって。そんなつもりなかったんやって。

 

 まあ、でも、伝えるべきことは大体伝えられた。目的は達した。うん。

 終わり良ければなんとやら。大丈夫だ、問題無い。無いったら無い。

 

 

(……本当にこれで大丈夫ですかね?)

 

 おおう、声を出さない会話……【念話】? 上手くなったね、ユズちゃん。

 

(何度か全身の操作権をレインに渡してきたからでしょうか。魂だけで動くと言いますか、そんな感覚に何だか慣れてきましたよ)

 

 そっかぁ。慣れちゃったかー。

 ……慣れちゃって大丈夫なもんなんかなー、それー。

 ま、まあ、今みたいな状況では割と本気で便利だし、多少はね?

 

 

 演技の出来ないユズちゃんに演技をさせる方法、その二。【憑依】した私が全身操る。

 緊急時以外はやらない約束だけど、今がまさに緊急時ですよ、ええ。

 ……事態を緊急にしたのは私? ええい、やかましいわっ。

 

 

「―――ひとつ、聞いてもいいか?」

 

 おっとっと。

 

「《何じゃ?》」

 

 女王モードで応答。……何だねその目は、ユズちゃんや。

 魂だけでよくジト目を表現できるね、器用な……って、それは兎も角。

 私だって流石にネタや酔狂でこんなことをやってるわけではないんだってば。

 

 

 ―――あの遺跡で私が受け取った、三千年分の女王様の記憶。

 そこには当然、女王という役職に求められる振る舞いに関する記憶だってきっちり含まれてる。

 カリスマ溢れる物腰、姿勢、仕草、流し目から息遣いに至るまで。

 

 私はそれを忠実に再現し、彼女が()()()()()伝えたかった情報を()()()()()彼らに届けるだけ。

 遺してしまった『災い』に関して、この地に生きる後世の人々に関しても、女王様が抱いていた感情をほぼほぼそのままに。

 口調だけは私の勝手なイメージだけど。……何故って? いやあ、言語の壁は強敵でしたね。

 

 

「俺達がその箱を見付けた時に襲い掛かってきたスケルトン。……あれはあんただったのか?」

「《うむ。呼び掛けが届かぬようだったので、我が亡骸を必死に動かしての。……まあ、そちらの女子(おなご)に見事に燃やされてしもうたが》」

「え、あ、その……すいません」

 

「《いやいや、仕方あるまいて。それに、数千年越しにようやく弔ってもらえたと思えばの》」

 

 ……だからジト目で睨むのはやめてください。

 女王様だってきっと納得してくれてるって。知らんけど。

 

 

「それと、その……あんたが憑りついてるその子は大丈夫なのか?」

「《む? ああ、大分怖がらせてしまったようじゃが、我が出ていけば問題無かろう》」

 

「そうなのか……しかし何だってその子に憑りついたんだ?」

「《……それは、憑りつけそうな体だったからとしか言えんのう》」

 

 【感情吸収】の問題が未解決なこともあるけど、それでなくとも会話もできない相手の身体には入りづらいんだよね。倫理的に。

 最低限「入りますよー」「どうぞー」のやり取りが出来ないとちょっとねえ……

 

 ……実際問題、ユズちゃんみたいな体質の持ち主ってもうちょっといないもんなんかな。

 ユズちゃんが知ってる限りだと師匠さんだけらしいけど、このベテラン四人ならそれらしい人の情報を持ってたりしないもんだろうか。よし、ついでに聞いてみるべ。

 

 

「《我の時代では降霊術士などと呼ばれていた者達がこの娘に似た雰囲気をしておったのじゃが、今の時代にそのような職は無いのかの?》」

「……すまんが、聞いたことないな」

「霊能力者とかいう胡散臭い連中なら……」

 

「《むう……まあ我も往年の頃は胡散臭い連中じゃと思っておったしの。この身体になって初めて或いは虚言でない者もおったのじゃろうか、と思ったくらいじゃ》」

 

 うーん……やっぱり向こうの世界と変わんない感じかなあ。

 私がユズちゃんと出会う切っ掛けになった例の領主さんにしても、そういう人間を対象に依頼を出したんだろうけど、『領主の依頼』に手を挙げたのがユズちゃん一人だったことから察するに、いわゆる()()()ってやつはそうそういないんだろうなー。

 

 

(…………レイン?)

 

 

 おっと、脱線してたね。

 そんじゃ、そろそろ撤収に移ろうか。

 

 

「《……さて、名残は惜しいが、我はそろそろ逝くとするかの。……数千年振りの他者との会話は実に楽しかったぞ》」

「あ……」

 

 女王様の言葉―――実は私が聞いたのとほぼ同じ―――に、俄かに神妙な顔になる四名。

 ……しかし君ら、最初の怯えっぷりはどこへやらだね。対応力高いと言うかなんというか。

 

 

「《其方らの世界が、我らの世界と同じ末路を歩まぬことを切に願おう。……未来に厄介なモノを遺してしまった我らを、どうか許しておくれ―――》」

 

 というわけで、これまた私が聞いた女王様の台詞で締めます。

 ……実際、私は単なる伝言役だからね。それ以外については基本知らんよ。

 

 

 後のことは、この世界に『生きている』人間の手で何とかしてくださいな。

 

 

        ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 ―――カクン、と。

 少女の身体が糸を切ったように崩れ落ちた。

 

「……いかんっ!」

 

 倒れ込もうとする身体を、駆け寄ったクルガンが抱き止める。

 それと同時に、身体に貼られた御札の残骸に未だ燻っていた青白い炎が音も無くかき消えた。

 

「……どうだ?」

「……まだぼんやりとしているようだが―――おい、大丈夫か?」

 

「う……は、はい」

 

 クルガンの巨体越しに、控えめな声が聞こえてくる。

 ……同じ声音で、こうも印象が変わるとは……あれが女王様の威厳って奴か。

 

「……そうだ、箱は―――っ」

 

 女王様とやらが話している間、その顔の辺りに浮かんでいた金色の箱。

 そちらに意識を向けた瞬間に視界に入ったのは、誰かが手を添えてでもいるようにゆっくりと、地面に向けて下降していく箱の姿。

 

「…………」

 

 ラクスが何度か俺達と目を合わせつつ、コトリと地面に着地した箱を拾い上げる。

 見れば表面に付いた薄黒い手形も消えて、見付けた時と同じ鈍い光沢を取り戻していた。

 

「……任された、ってことでいいんだよな?」

「そう思うしかないでしょうよ」

「正直……荷が重いがな」

 

 思い返せば『災い』とやらに関する具体的な説明は一言も無く、ただ与えられたのは『瞬く間に一国を滅ぼした』なんていう物騒過ぎる情報のみ。

 ひょっとすると、この箱を開けるだけで辺り一帯ドカン、なんて可能性もある。

 おかげでちょいと中身を確認しようなんて考えは間違っても湧きやしない。

 ……あの女王様はそれを見越して、俺達にも敢えて説明しなかったのかもな。

 

「お前さんは聞いてたのか?」

「え……あ、はい。身体を取られている間も意識はありましたから」

 

 それなら後は俺達四人と、この子とで口裏を合わせれば事を広げずに済むか。

 女王様の一喝で他の冒険者の耳が塞がれていたのは幸運と思うべきだな。

 

「……で、どうする?」

「……実際にこれをどうするかはひとまず置いといて、まずは箱の事を知っちゃってる人間にどう説明するか、じゃない?」

「単純に『中は空だった』で良くないか?」

 

「『朽ちて塵になっていた』という方が信憑性があるんじゃない?」

「二、三千年前の遺跡だったか? 確かにその方が有り得そうだな」

 

 対外向けにはそんなもんでいいか。

 

「箱そのものに関しては……とりあえず俺達で管理しておくしかないか」

「最終的には、どこか人の手が入らないところに埋める、とかかしら?」

「それでいて獣に掘り返される心配がないように……とかだな。まあ追々考えるか」

「そんなわけで、他言無用で頼むぞ」

「わっ、は、はいっ!」

 

 ……そう睨まなくても、その子なら大丈夫だと思うぞ。

 

 

「……しかしまあ―――凄いモン見たな」

「…………ええ」

 

 しみじみと呟いたラクスに、サーシャもまたこめかみを押さえながら同意した。

 

「古の王国の女王様の幽霊、か。酒の席で話してもこれは信じてもらえないよなあ」

「信じてもらえない経験を積み重ねてこその上級冒険者だからな」

「あら、それじゃユズちゃんも上級冒険者の仲間入りかしら?」

「え、そ、そんな、わたしは、その、怖がってただけですし……」

 

 いつの間にかサーシャに抱えられて、ふるふると震えている少女。

 念の為にと圧をかけているんだろうが……なんというか、ほどほどにしてやれよ?

 

「それを言うたら、ラクスとサーシャも怖がっとっただけだろ」

「な、何だと!? サーシャは兎も角、俺がいつ怖がってたって!?」

「……ちょっとラクス!? それは聞き捨てならないわよ!」

 

 ……二人とも、テントからここまで走ってきたときのことを覚えてないんだろうか。

 あの形相はとてもじゃないが、人様には見せられない有様だったぞ?

 

「それにしても、あの女王様曰く降霊術士? なのか君は?」

「ええと……『御祓い屋』を名乗ることがありますが」

「御祓い……実際この御札はああいうのに効果あるの?」

 

「ええ、まあ……一応は」

 

 彼女曰く、あの箱に浮かんでいた手形をつけるのが精々、というような霊が相手なら御札による対処は可能らしい。

 御祓い屋というのも大々的には名乗らず―――胡散臭いだけなので―――()()()()()()と思しき依頼を見付けた時にのみ、その肩書で受領するのだとか。

 

 ……言われてみれば確かに、そんな感じの依頼を数年に一度くらい見かけることがあったか。

 こんな依頼、胡散臭い奴に適当に金を毟り取られるだけだろってイメージだったがなぁ。

 

 

「今回は相手の力が強過ぎて、ほとんど意味が無かったみたいですけどね……」

 

 そういって溜息を吐きつつ、少女は御札の燃え残りを剥がしていく。

 ……オイ、何を物欲しそうな顔で見てるんだ、そこの二人。

 

 

「…………在庫ならまだ少しはありますけど」

「「売ってくれ(ください)」」

 

 ……お前らなあ。

 

 

 …………俺も一枚くらい買っとくかな。いやほら、()()がいるって知っちまったし、なあ?

 





 あくまで伝言役するだけです。後の責任なんて負いません。幽霊(?)ですので。

Q. 前々話で台本とか台詞合わせとか言ってたのは?
A. 少女の身体を使う『何者か』の存在に説得力を持たせるための小芝居が予定されていました。想定外の新能力発覚により丸ごと吹っ飛びました。良かったね。


 レインさん「聖なる炎とか言ってたし火葬としては最上だったハズ!」
 ユズちゃん「……当時は火葬じゃなく、ミイラにして遺体を残す文化だったのでは?」

 レインさん「あっ」

 これには三千年前の女王様も草葉の陰で苦笑い。

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