本作構想中の没タイトルは「幽霊は転"生"に入りますか?」でした。
……この草案時点では素直に幽霊してたんだけどなあ。
《―――ええと、この辺りになります》
ラビ少年―――
確かに彼の言う通り、狭い範囲に一種類の草が結構な密度で生えているのが分かる。
これが件の採取依頼が出されている薬草ということなんだろう。
ちょいと見渡した範囲には、彼に繋がりそうな何かは見当たらなかった。
……まあ、そこに関しては大した期待はしていない。
《それじゃ、手掛かりはここからということで……ちょっと集中するから離れててね》
《え? あ、はい》
そういってラビ君に離れてもらい、目を閉じる。
今からやるのは、つい先日一気に増えた『霊力源』を基に考え出した、新たな探索方法。
……ただ
《全方位……『探知開始』!》
《お、おおっ!?》
……いや、そんな良い
ただ単に【念動力】こと私の手(っぽい感覚)を、霊力の限りに広げるだけだからね。
幽霊ボディを活かした探索、偵察は確かにえげつない。チートも良いとこだ。
しかし情報を得る手段を視覚に頼ってるようでは心許ない。幾ら壁も起伏も無視して最短距離を往けるといっても、私の移動速度はそこそこだし、隠れてるものを見落とすことだってあり得る。
そこでもっと効率的な手段は……と考えていた中、ふと頭を過ったのは先日の遺跡での一件。
あのとき私は地上に戻らんとするベテラン四人組をまあまあ必死に引き留めようとする過程で、【念動力】の新たな仕様を発見した。
私の腕が届く範囲内なら、三箇所以上『手に持って』動かせる。
これによって主の成仏した物言わぬ白骨を人形劇よろしく動かしたわけだが、驚いた彼らの手で無残にも頭蓋骨を砕かれてしまった。
床に散らばった骨片を拾おうとしたら、微妙に範囲を外れていてちょい浮かすのが精一杯だったというわけだが……つまりそれ、触れる感覚自体はあったわけなんだよね。
そこで、改めて私は考えたのだ。
───私の『手』って、果たしてどこまで伸ばせるんだろう、と。
しっかりと物体に影響を及ぼせるのは、私本来の手の届く範囲程度。
しかし範囲外の物体に対しても、手……の感覚を伸ばせば、触った……っぽい感覚は得られる。……毎度ながら形容し辛くて面倒くさいんだよなあ、私の能力全般。
では動かすという目的はスパッと捨てて、伸ばせるだけ伸ばしたなら果たしてどうなるか?
その答えがこの探知技……の皮を被った『手探り調査(幽霊式)』というわけだ。
無数の『手』を全方位に伸ばし、周囲の物体を一斉に触診。
隠れていようが見え辛かろうが、端から端まで触って調べる。
気配を消そうが透明になろうが、私の『手』から逃れることは不可能なのだよ! そんな手段が実在してるかどうかは知らんけど!
「触る」だけに留めて「動かそう」としなければ、霊力の損耗はごく微量。
当然、私に「触られた」と分かる、すなわち見破られたと察することが出来るのはユズちゃんのような霊感体質の人間のみ。
いやはや、実に素晴らしく、そして私らしい身も蓋も無い能力だと思わんかね?
ユズちゃんにもそう言ったところ「まさにレイン」と呆れ顔。どやぁ。
今扱える霊力量ならば、ちょっと広い程度の閉空間ならほぼほぼ丸ごと有効範囲。
野外だと……今触れてるのが、あの辺の木までか。んー……二、三十メートルはありそうか?
返ってくる感覚は触覚とは多少異質ではあれど、少なくともそこにある物が硬いか柔らかいか、滑らかなのかざらざらなのか、ぐらいの違いは何とか分かりますぜ。
先日の
槍やら毒やら飛び出す罠でも、部屋や通路毎どうこうって感じの大掛かりな罠だろうと、壁一枚透過して「触ってみれば」その存在は一発で分かる。
そうやって所在さえ掴んでしまえば、後は顔突っ込んでじっくり調べれば良いのだよ。
今回の場合は植物、土、虫、石、そしてそれら以外の何かの判別程度なら余裕……要はこの辺に人間一人が倒れてるなら、着てる服やら肌やらの感触ですぐに分かるって寸法だ。
さあて、後は探索済み範囲を広げるべく『手』を伸ばしながらゆっくり移動ーっと。
草がわっさわっさ―――
石がごろごろ―――
ああ、この辺土肌露出してるな―――
お、この木の洞案外深い―――
う、毛虫……でも大してリアルな感触は返ってこない。いやーありがたいっすね。
…………居ねえな。まあ、予想通りではある。
やはりラビ君の身に何かが起こったのは、この辺りに辿り着く前だったんかね。
彼の供述でもここに向かったとはあっても、辿り着いたとは言ってなかったからなあ。
今のところ、私が想定しているラビ君の死因(?)は次の二つ。
一つは、モンスターないし大型の獣に死角から襲われ一瞬で意識が飛んだ、というもの。
何かに集中していて―――特にここで薬草採取に気を遣っていた隙に―――って可能性が高いと思ってたが、どうもここには何の痕跡も無さそうだ。
もう一つは、ここに来る途中で足を滑らせたか何かで崖下にでも転落したんじゃないかと。
まあ、どっちの場合でもこうして【手探り】を続けつつ、彼の行動経路を辿ってけば何かしらは見付かるでしょ。たぶん。
……人為的な事件の可能性? そこは考えてるとキリ無いから横に投げて放置よ放置。
イヤ、だって、そこまでは知らんもん。手を出す義理も縁もありゃしない。
…………それ言ったら、今こうしていらん手間掛けてる義理も無くね?
その辺は、まあ、掛かる手間の尺度の問題というか、そのー……良いじゃないか、別に。
《―――あ、あの、どうですか?》
……ちょいと、ラビ君や。話しかけるなって言ったやん。
いやまあ、流石に無言が長すぎたか。私も何か余計な思考に逸れてきてたし。
《……次は、ここに向かうまでの道を調べます。案内して》
《え……は、はい……》
そして例によって説明はしない。面倒くさ……いからではナイヨー、ホントダヨー。
少しでも彼の記憶が欠落する前に行動しようというのが建前でして、HAHAHA……ふう。
《あ、あの……一つ、お願いしたいことがあるのですが……》
《……うん? お願い?》
《は、はい! その……聞いて頂けるなら……》
…………まあ、取り敢えず聞くだけは聞こうじゃないか。
今君に何か頼まれたとして、私にそれを叶えられる保証は微塵も無いが―――
《手を…………僅かで構いませんので、御手を触らせては頂けませんか?》
《…………は?》
ど、どうした少年。ちょっと放置され過ぎて、おかしくなったか?
それともこう……アレか? 思春期特有の発情期的なアレだったりするのか?
《え!? い、いえ、決してそういう事ではなくっ!? 何故か、その……貴女の手に触れれば、安心出来るような気がすると言いますか……》
あー…………これ、アレだ。
私が出会った最初の幽霊こと、ミナちゃんが言ってた……アレだ。
何故
彼女の場合は存在、というか魂(?)が限界ギリギリな状態だったからだと思ってたけど、まだ余裕ありそうな彼もってことは、これは幽霊の本能みたいなものなんだろうか?
……というか、こんなこと言ってくるって時点で、彼が幽霊なのはほぼ確定か?
しかし何が理由で幽霊になったのかは未だ謎のまま……彼の『記憶』を浚えば何か分かるか?
いやいやしかし……うーむ……やはりここは―――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「―――っ!?」
二つ名決定翌日。いつものように冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、一斉に向けられた視線に思わず息を呑んだ。
……悲鳴を喉で抑えきれたのは、レインに鍛えられたお陰、かなぁ……。
こればっかりは感謝したくないなあ、なんて思いながら、視線を横切って依頼書が張り出された掲示板に目を向ける。
……いつもならレインも一緒に依頼の確認をしたがるのに、まだ戻ってきてないなんて、昨夜はどこまで飛んで行っちゃったんだろう? ……心配はしませんけどね。レインですし。
「……おっ!」
「……?」
依頼書の前に居た冒険者の一人が、わたしを見た途端にギルドの外へ走り出していった。
……何だろう。こんな反応をされたのは初めて―――じゃないや、うん。
レインと一緒に旅をするようになって、彼女の偵察能力をわたしの『スキル』という触れ込みで活動することに決めて―――それからは結構見るようになった反応。
つまり『それ』を期待するような、それでいて急ぎの依頼が舞い込んだという証。
「……人捜しの依頼、ですか?」
「あ、ああ。ユズさん、いや『狐鼠姫』に任せられるならそれが一番だからな」
「ああ、やっぱり……ではさっきの人は……」
「依頼人を呼びに行ったんだ。かなり切羽詰まってるらしくてな……」
緊急性が高い行方不明者の捜索、かな? それならやけに注目される理由も分かる。
……そんなに皆でチラチラ見なくたって、受けますよ。受けない理由なんて無いですからね。
「…………あれ、今……?」
「え、ああ……ほら、流石に自分より高ランクの冒険者を
「そ、そんなのわたし気にしないですよ?」
「イヤむしろ気にした方が良いんじゃないか? 君、じゃなかったユズさんならもっと高ランクになるかもしれないし、そうなったらもっと格式張った依頼が来ることもあるだろうし……」
……言われてみれば、そうだ。
レインの為にも、わたしはもっと高ランクの冒険者を目指さなきゃいけない。……師匠に会いに行く為、というのもあるけど。
ランクが上がれば受ける依頼も相応のものになり、依頼人も大きな商店の主や、場合によっては貴族になることも考えられる。
……うん、これからは少しずつ高ランクの冒険者らしい振る舞いも身に着けていかないと―――
「……ッ!? ま、まあ急には変われないだろうし、ほどほどにな!」
「えっ? ……あ、はい。そうですね」
先日会った
……何か変な顔にでもなっていたのかな? 今度、レインに練習に付き合ってもらって―――
「……ヤッベェ、何だ今の。かわええ」
「何かオレ、ヤバイ方向に目覚めそうになったわ……」
「あ、くそ、俺正面から見れなかったんだ! ズルいぞお前ら!」
…………わたしは何も聞いてません。ええ、聞いてませんとも。
レインに見せる前に鏡で確認してからにしよう。うん。
「―――お願いしますっ! どうか彼を見付けてくださいっ!」
悲痛な声でそう叫んだのは、それからすぐにギルドに飛び込むようにして入ってきた女性。
それから彼女に遅れて、ついさっき外に出ていった冒険者が頭を掻きながら姿を見せる。
……彼からわたしの事を伝えられて、そのままこの調子で走ってきたんでしょうね、この人。
「落ち着いてください。あなたの依頼は―――」
「こちらが、この方の依頼内容です」
表から女性の足音が聞こえてきたあたりで席を立っていた職員さんが間に入り、一枚の依頼書がわたしの前に差し出された。
……ちゃんと依頼の体裁が整えてあったんですね。この女性の様子からして相当突発的な事態だったように見えるんですけど。
「……こちらの方が依頼に来られたのは昨日深夜です。既に業務時間は過ぎていましたがあまりに逼迫した様子でしたので……書類整理等々で遅くまで詰めていた職員が特例で対応しました」
わたしの驚きを察したのか、職員さんは疲れを滲ませてそう言った。
……えっと、お疲れ様です。
「昨日から彼が帰ってきてなくて、彼が森に入っていったのを見たって人がいて、森の中は危険なモンスターが出るのにって、私が前から散々言ってきたのに―――」
「内容は昨夜から行方不明となっている男性の捜索。また彼はFランクの冒険者です。薬草採取の依頼を受けていましたから、そのために森に入ったと推測されています」
軽く錯乱し始めている女性の台詞を遮る形で、職員さんから詳しい説明が入った。
誰かにこんなに心配される冒険者なんて珍しいな、と思いながら話を聞いていく。
「『狐鼠姫』様、捜索に必要なものはありますか?」
「……最低限男性の身体的特徴や当時の服装、入っていったという森の情報と……『捜させる』にあたり、男性の持ち物か何かがあれば」
……本当はレインが探す分には場所と顔、背格好の情報あたりがあれば十分ですけど、わたしのスキルは虫や小動物の『調教』ということになってますからね。
遺留品のように想像されそうな「そういう物」も、あれば嬉しい、ぐらいには言っておかないと不自然になってしまう。
「え、ええとっ! 髪は黒髪で! 肌は色白でも色黒でもなくって! 背は高くも低くもなくて! 目が二つに鼻が一つ―――」
「何度か対応した職員が用意した人相書きがありますので、こちらを」
何の指標にもなっていない女性の言葉を再度遮って、依頼書の上に人相書きが重ねられた。
……本当に、ギルドの職員って大変なお仕事なんだなあ。
心の中で職員さんを労いつつ、渡された人相書きを確認して―――
「…………えっと、これは」
「とある職員が用意した、人相書きです」
「あ、はい」
えっと、何ていうか……何だろう、これ。
いや、人の顔に見えないとかの致命的な問題があるわけじゃないんですけど……
花が散らされているといいますか、無駄に輝いて見えるというか……
まあ、特徴はとらえてますし、これでも人捜しの目的は果たせますよ? うん。
……なんかもう、ほんとうに、おつかれさまです。
「……分かりました。準備が出来次第、調査に向かいますね」
取り敢えず、向かった場所が分かっている上に、街を離れてから二日と経っていないとくれば、レインが
……本当にレインの力は、「台無し」とか、「身も蓋も無い」とかいう評価を本人が嬉々として下しちゃってるのが質が悪いというかなんというか。
「ああっ! ありがとうござ―――」
「ありがとうございます。お気をつけて」
……それは遮らずに言わせてあげても良いのでは?
何にしろ、レインと合流してからになりますね。
わたしがギルドに顔を出していることも予想してるだろうし、彼女のことなら……
《―――ユーズちゃーんっ》
「……!」
ほら、聞き慣れた声が空の上から聞こえてきた。
噂をすれば……というのはちょっと違うかな? なんてね。
相談することは色々あるけど、とにかくまずは受けた依頼の話と、この人相書き、を―――
…………あれ、ちょっと待ってください、レイン?
なんでわたしの視界に、幽霊が
《連れてきちゃった。……てへっ》
《え、えエと……はじめマシて?》
「…………」
視界に飛び込んできたのは、二人の幽霊。
見慣れた顔をイラッと……もとい、どこか無性に腹の立つ笑顔に変え、拳をコツンと自分の額に当てるという、何故か非常にイラッと……イラッと来る仕草を取ったレイン。
そしてその隣で、所在なさげに佇む、時々輪郭を崩しながら佇む男性の幽霊。
……ねえ、レイン? そちらの方はどなたですか?
透けて、その上崩れてきてるということは、わりと時間の経った幽霊さん、ですよね?
それとその方、何だか極々最近見た事がある顔のような気がするのですが?
具体的には、そう───今この
「……どうかしましたか?」
「イエ、ナンデモ」
不思議に思ったらしい職員さんの声に、咄嗟にそう返せたわたしは『不測の事態』というものに随分と『慣れ』を得ることが出来たんだと思う。
それ自体は冒険者としてとても有用な技能だと、頭ではそう判断しているよ?
……でもね、レイン? わたし、そこに関してだけは絶対に感謝はしないからね?
救助依頼を受けた瞬間、救助対象の幽霊(?)と対面した彼女の心境を十五文字以内で述べよ。
レインさん「てへぺろ☆」
ユズちゃん「(#・ω・)」